西湖の鱒はやっぱり絶滅したと思われていたクニマスだったよ

 さて、会長が連絡してくれた田沢湖町の田沢湖町観光協会の人たちが田沢湖郷土史料館にあったクニマスのホルマリン漬けの標本の入った容器を持ってきて会長と一緒に我が家にやってきた。


「こちらの家に生きたキノシリマスらしい魚がいると伺ってきたのですが」


「あ、田沢湖町観光協会の方ですか?」


「ええ、そうですわ。

 どうぞ上がってくださいませ」


 会長がそう言うので俺も観光協会の人に上がってもらうことにした。


「では、こちらへどうぞ」


 というわけで俺と浅井さんが西湖で釣ったクニマスっぽい魚の前に案内した。


「お、おお、この体色が煤をまぶしたような黒で、背中から口先にかけて楕円を描くような姿形と、まん丸な目。

 まさしく私達が探しもとめていたキノシリマスだ」


 ちなみに明治から昭和にかけての田沢湖には、田沢湖固有の在来サケマスが五種ほどいて、その他にも主に北海道から持ち込まれた国内外来種サケマスが四種、そして海外からの外来種サケマスが四種とかなりの種類がいたらしいのだけど、あまり細かい記録は残ってないらしい。


 1935年に山梨の西湖と本栖湖のほかには長野県の野尻湖、富山県の小牧ダム湖、滋賀県の琵琶湖に受精済みの10万粒の発眼卵が移殖されたのは確からしいが。


 後には、”前”では本栖湖でもクニマスらしい魚が見つかっているんだけど、こちらはヒメマスとの交雑をしている可能性が高いらしくて、純粋なクニマスの生息は西湖でしか確認されていなかったはずだ。


 西湖だけ交雑しなかった理由は謎だけど、産卵を行っている場所に湧水があるらしいので、そのあたりに理由があるのかもしれないし、田沢湖では明治時代から既に色々なサケマスが放流されているらしいので、その時点でまず交雑がなかったかどうかも定かじゃないけどな。


「こ、これは大発見だ。

 この水槽を譲ってもらえないか?」


「うーん、それは困ります。

 ただ西湖だと10匹鱒を釣れば1匹2匹はクロマスが釣れるようですし、今から西湖に行けば釣ること自体は簡単だと思いますけど」


「そ、そうか。

 ならば西湖に行って釣ればいいのだね」


「ええ、ヒメマスよりは深い所にいるようなので少しタナを深めにとればいいと思いますよ」


 俺がそう言うと会長が言った。


「ところで懸賞金の100万円はいただけますの?」


「ああ、一度町に戻らないといけないけど、必ず支払うよ。

 後、クニマスの写真を撮らせてもらっていいかな」


「あ、ええどうぞ」


 パシャリパシャリと写真を撮っていった後で、彼は名残惜しそうに帰っていった。


「これがクニマスなら、これも谷津遊園のどっかに展示するか」


「そうすればまた人が呼べそうですわね」


「多分新聞にも掲載されるだろうしな。

 というわけで会長、田沢湖周辺の旅館もいい物件があれば買い取ってもらえるかな?」


「ええ、それはもちろん構いませんわ」


 絶滅した幻の魚の発見といえばシーラカンスが有名だけど、クニマスに関して言えばそれに近い発見になるはずなんだよな。

・・・


 実はこの時裏ではバス釣りに関係する釣具メーカーが西湖のクロマスがクニマスである発表を潰させようとしていた。


 西湖はバスの漁業権を保つ数少ない湖の一つでもある。


「また余計なことをしようとしているやつがいるらしい。

 もしクニマスだとわかれば西湖でのバス釣りは制限され、バス駆除しろということになるだろう。

 いつもの教授にこれはクニマスではなくヒメマスと言わせて、生きてるクニマスは殺せ」


 実のところクニマスの卵が持ち込まれた昭和10年代からクロマスの存在は既に知られており、観光資源にしたい田沢湖町の観光協会に西湖や本栖湖のクロマスの情報自体は何度か届いていたのだ。


「わかりました」


 そう言われた男は田沢湖町観光協会の男を尾行して前田健二の家の前まで来ていた。


「さて生きたクニマスを持ってくるのかどうか」


 しかし、田沢湖町観光協会の男は生きた魚を持ってでてはこなかった。


「仕方あるまい、強盗に見せかけて皆殺しにするか」


 男がそう言って家に近づこうとした時、がっと彼等の両足首を何者かが掴んだ。


「な、なんだ?」


 その両手は地面の下から伸びてきてものすごい力で彼を地面の下へ引きずり込んでいった。


「一体なんなのだ!」


 だがその声は誰にも届くこともなく彼等はそのまま冥界まで引きずり込まれたのだ。


「うむ、私の計画を邪魔しようとした重罪人よ。

 地獄の日帰りツアーへようこそ」


「な、何だお前は?! こ、ここはどこだ?」


「うむ、私の名は伊邪那美。

 そしてここは正真正銘の黄泉の国よ」


「よ、黄泉の国?」


 そして般若よりも恐ろしい形相になった伊邪那美が言う。


「よくも私の計画の邪魔をしてようとしてくれたな。

 しかも無関係なものまで殺すとしようとするなど言語道断!

 24時間、地獄の責め苦を受けてまずは己の所業を悔いるがいいわ!」


 伊邪那美はヒョイッと彼を地獄へ投げ落とした。


 彼等は地獄で巨大なバスに食われては消化され糞として排泄されてはまた人の姿になり、また食われるのを24時間の間受け続けた。


 むろん地獄では自殺も出来ず、意識を失うこともなく、狂うこともできない。


「お、俺が悪かった、も、もう許してくれ


「ああ、ダメダメ。

 だいたいあなた今までも奥の人間を殺してきたでしょう?

 宇宙が終わるまでここで己の所業を悔いながら苦しむのよ」


「そ、そんな、俺が好きでやったわけじゃない。

 俺は命令されただけだ」


「ふむ、ならば、まあ、ここは司法取引というやつで手を打ちましょう。

 そのためにあなたに命令した者や、いままでやってきたことを全て洗いざらい白状しなさい。

 仲間がいるのならそいつらの名前もすべてだ。

 すべて白状したら地上へ帰らせてやるが、嘘をついたら閻魔がそれを知らせるから無駄なことはするなよ?

 あと、地上へ戻りもう一度同じようなことをしたら、お前たちの仲間や家族も一緒に地獄に突き落とすし、永遠に同じ責め苦を味わわせてやる。

 言わないならば一番上の地獄へまわしてやるから1兆6653億1250万年ほど苦しみに悶えるがいい」


「わ、わかりました! 全部話します! 証拠も出します!」


「うむ、素直でよろしい。

 ああ、地上に戻ってもいつでもどこでも我々の目はついて回ると思え。

 たまに足首でもつかめば忘れんだろうがな」


「ひ、ひぃい、もう許してください」


 これにより彼が、「釣具業界は西湖のクロマスをヒメマスだとして認めさせないように金を掴ませていたこと」「場合によっては発見者を強盗に見せかけて殺し樹海などに捨てたこと」「バスやブルーギルの放流、密放流は釣具メーカーや釣具店が率先して行わせていたこと」などが全て表面化した。


 実際に1970年代にはブラックバスは、魚食性が強いため、漁業被害が既に問題視され、漁業調整規則で無許可放流が禁止されていたのだが、その後も人為的な放流により生息域を拡大して80年代には全国47都道府県の40で既に発見されるに至っていたのだ。


 これによりバス釣りをする者は白眼視されるようになり、今年から始まった富士五湖のバス釣りのプロたちが大会に参加して賞金を稼ぐバスプロトーナメントも中止、これには釣具メーカーなどの企業が賞金や協賛金を出資し、バスプロのスポンサーとなり、バス釣りに関するさまざまな情報を出版して意図的にブームを作り出していたこともわかって、ルアーフィッシングブームそのものも沈静化した。


 更に雑誌などでバス釣りの宣伝をしていた遠藤真彦に非難が殺到したことから、ジャーニーズ事務所は釣り具メーカーや出版社などに彼のイメージを壊したという損害賠償請求訴訟を行った。


”そのような違法行為が行われていると知っていれば、出演させなかった”


 という理由だ。


 そしてバスの釣った後のリリースや生きたままの持ち出しは厳禁となり、違反したものは100万円の罰金となったが、それでも密放流をしようとしたものは一度地獄に落ちてバスやブルーギルやピラニアなどの魚に溺れながら延々と食われる羽目になり、二度とバス釣りはしない、水にも入らないと釣りから離れ、この頃にはブラックバス釣り人口は約三百万人、ルアーなどブラックバス釣り具の売上高は年間六百億円以上となっていたが、バス釣り市場が崩壊したこととジャーニーズに訴訟を起こされたことで釣具メーカーは倒産するところが相次いだ。


 ほそぼそと和竿を手作りしているメーカーなどには被害はなかったが。


 そしてすでにほぼ全国に広がってしまっていたブラックバスやブルーギルは駆除の対象となってしまったのである。


 日本のバスアングラーが、自分の住んでいるすぐそばでバス釣りをしたいという欲望を抑え、釣具業界もそれを後押しせず、芦ノ湖や富士五湖近辺だけで釣るものとして受け入れていたら、結果は変わっただろうが、釣り業界とバスフィッシャーはもはや法を守らない最悪の存在だと思われてしまったのである。


 またアリゲーターガーやナイルパーチ、ピラルク、ヨーロッパオオナマズ、レッドテールキャットなどの大型肉食魚やミドリガメなどの観賞用の輸入も水族館を除いて禁止された。


 これらの魚や亀を飼いきれなくなって捨てていたものが数多いこともわかったからだ。


 しかしこれでハゼ、フナ、タナゴ、モツゴ、メダカなどの小型の魚や淡水貝類、小型のエビなどがバスに食べ尽くされ姿を消し、水鳥のヒナが食われて、渡り鳥も来なくなるという最悪の事態は避けられたのである。


 また漁業者たちが資金を投じて養殖、放流したアユやワカサギなどの稚魚が食べられてしまい、漁業者の生活が厳しくなることもなくなった。


 環境省は外来生物、特定危険動物として多くの動物などを輸入制限、飼育制限したがこれは心無いバスフィッシャーや動物の飼い主自身の自業自得である。


 結果的に釣り業界だけでなく観賞魚業界からペットショップ業界全体にまで影響が広まり、ブームになったら大量に売られて、買いきれない魚や両生類爬虫類も含めた動物が捨てられるということがほぼなくなったことで保健所で殺処分される犬猫なども減ったのであるが、特に悪質な人間は畜生道に落とされてバスに食われる小魚などに何度も何度も何度も延々と生まれ変わって苦しむことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る