第48話 ヘブラス・エンフィールドの告白
古代の生物の死体を使って改造人間や生物兵器を作る。そんな妄言の相手などしなければ良かったと今になって悔やんでいる。だが民族間による対立や、衝突の繰り返しが発端となって起こった大戦争を意地でも勝ち抜きたいと盲目的に突き進んでいた私や当時の軍部にとってその計画は、藁にも縋るような必死の思いで始めたものであった。
同郷の出という事もあってかヨーゼフ・ノーマンとは学生時代からの友人であったが、どこか陰気臭い男だった。私とは比べ物にならない程に優秀な成績を収めていたが、何事も悲観的且つ退廃的な物言いをする男であり、覚えている限りでは私以外の誰かと一緒にいる姿を見たことが無い。そんな彼が私を頼ってきたのはムンハの軍が他勢力によって追い詰められ始め、組織内部でも不穏な空気が流れている頃であった。
研究開発班のリーダーであった彼は、古代の文明によって作られた遺跡の存在と、彼らが保持していたという強大な戦力にまつわる話を大陸の各地で遺されている資料から紐解き、それらを応用した兵器の開発をしたいと申し出て来た。当たり前ではあるが、まずは反発や批判が続出した。あるかどうかも分からない古代文明の遺産とそれを使った兵器製造など、子供の空想ごっこであれば面白いシナリオだと褒められたのだろう。しかし、それを大真面目に語っているのがいい歳をした科学者であれば、気狂い呼ばわりする事に異議を唱える者がいるはずもなかった。
そうして当初は相手にしなかったものの、やがて戦況が変わって来るうちに私を始めとした一部の者達は彼のその計画の事が頭をよぎるようになった。ノイル族やザーリッド族には始めこそ兵器の性能や物量で優位に立っていたが、兵器が流出して敵の手に渡るようになった後には各地で撤退などの報告が相次いだ。装備が同じなら、最後に勝敗を分けるのは使用者自身の力量である。身体的な部分において他二つの種族には逆立ちしても勝てるはずの無かった我々は、そうして少しづつ追い詰められていった。
彼の研究に対する費用を出すと決定したのは、大陸の四割を彼らに領土として奪われた時であった。切羽詰まっていた我々は、やるなら早いうちにと考えてすぐに取り掛からせ、間もなくして遺跡が発見されたという報せを受け取った。しばらくすると、ノーマンは若い人間の体が欲しいと申し出て来た。これには流石に戸惑ったものの、私は何とかして「新薬の実験という名目で怪我や諸事情によって除隊が決まった者から報酬付きで募集をして欲しい」と当時前線で兵の管理を行っていたエドワード・ライク大佐に依頼をした。
ある日、彼は専用の実験施設へと私を案内して研究の成果を見せてやると語った。私が彼にとって恐らく友人であった事や、「継承」と名付けられたその計画について私がいち早く実施を提言してくれた事を恩義に感じていたらしい。
見せられた成果とやらは、ハッキリ言って趣味が悪かった。体の一部がおぞましい異形の触手に包まれ呻いている者もいれば、既に人としての体を成していない何かが這いずり回っており、徴収されたばかりにこの様な光景の一部にされてしまった彼らに対する自責に苛まれた。そんな私の事など目もくれず、ノーマンは恍惚とした目で彼らを鑑賞していた。生き生きとした様子で彼らの身体的な特徴の変化などを語っていたが、私はなぜ彼にまともと言える交友関係がなかったのか、その時になってようやく納得できた様な気がした。
最後に彼が見せたものは、実験体達のベースとなった生物の残骸と復元に成功した個体であった。彼は培養液の中にいるローズと名付けたその生物を愛でながら「彼女が私に話しかけて来る」だの「彼女こそが大陸を救う救世主であり、我々に平穏を与えてくれる存在だ」などと訳の分からない事を言い出した。細かい事については馬耳東風といった具合に聞き流していたので覚えていない。
もう一つの生物の残骸については既に必要のないものらしく、後で処分に回すつもりらしかったが、肉体の内部にあった人間でいう所の心臓にあたる部位の移植を試みたと、意識を失っている幼い被検体を披露しながら彼は説明した。何でもこの不可思議な生物が使っていた兵器を起動する鍵であるらしいが、そんな戯言に付き合う気にはなれなかった。私はとにかくその寒気のする不気味な空間から逃げ出したくてたまらなかったのである。
あれほど子供の様にはしゃいでいた分、計画の中止が決まった時に詰め寄られた際の剣幕もいつになく鮮烈であった。計画が中止になった原因は他勢力から休戦を申し込まれた結果、内部からもこれを機に戦争を終わらせるべきではないかという声が相次いだ事に起因する。
そこからとんとん拍子で和平協定に関する協議が順調に進んだため、このような非人道的な計画を行っていたことが明るみに出ては、戦後の軍事裁判でどう裁かれるか分かったものではないと説得したが「もはや戦争という枠組みの問題ではなく世界全体に危機が迫っている。何が何でも彼女を復活させないといけない」とこれまたどこかの陰謀論者の様な事をのたまった。私も我慢ならず、君自身がどう思おうが勝手だが既に決定した事であり、逆らうというのであれば計画における全ては君の独断での敢行だと押し付ける羽目になると釘を刺した。
研究を行っていた施設は処分したが生存者は出来る限り保護をしてほしいという指示を出した結果、あの移植とやらを受けていた一人の子供が保護をされた。もう一人成人男性がいたらしいのだが、抵抗した挙句に逃亡をしてしまったらしい。
片手で数えた方が早い年齢であったその少年は記憶を失っていた。さらに引き取り手もいない事から、私は彼を引き取ると申し出た。あのとち狂った選択によってこの少年を巻き込んでしまった事に対する私なりの罪滅ぼしである。ルーサー・イザーク・エンフィールドと名付けてその少年と過ごしていたが、これといって異常があるわけでも無く健康に育ってくれた。流石に不安であったため、医者のもとで何度か検査を受けさせてみたが、どこもおかしなところは無いと言われて首を傾げる羽目になってしまったが。
やがてノーマンの生存が分かり、狙われる事を予測して私は急いで姿を眩ました。年端もいかないルーサーと離れるのは不安もあったが、病弱でまともに太刀打ちのできない私といるよりも護衛が付く分、安全ではあると信じたい。真実を告げられなかった事も含めて、ルーサーには申し訳ない事をしたと思っている。だが、私が本当の子供のようにあの子を愛していたというのは紛れもない真実であると断言できる。
私自身の懺悔を書き連ねてしまったが、ここからが本題である。私の遺産の全ては死後、養子であるルーサー・イザーク・エンフィールドに相続させる。大した額ではないが好きに使ってくれて構わない。そして、あの子にこの文書を読ませてやって欲しい。隠し続けていてすまなかった。
もう一つ、もしヨーゼフ・ノーマンについて知っている者がこれを読んでいるのなら、どうか頼みがある。ここに記している通りの大馬鹿者ではあるが、どんな目的だろうが達成して見せるだけの手腕があり、そのためならば人としての一線も容易に飛び越える男だ。どうか奴を止めてやって欲しい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます