第44話 さようなら

「ヘブラス・エンフィールドか…もし手がかりがあるなら、きっと母さんの書斎だ」


 シモン達によって起こされたネイサンはそう言った。何事かと思い、事情を聞いてからは全員を引き連れて自宅へと案内する。家は所々ガタが来ているが掃除自体は時々やっていたらしく、想像していたよりも清潔に保たれていた。家の前にネスト・ムーバーを停めたレイチェル達とも合流して一行は二階へと案内されると、綺麗に整頓され、武術書や考古学に関する書物、小説などが所狭しと並んでいる本棚と光沢のある木製の机が置かれている部屋へ招かれる。


「しばらく入って無かったが、好きに漁ってくれ」


 体を洗いたいという父を見送った後に全員で手分けをして物色していると、机の引き出しから鍵が見つかった。ひどく古びた物であり、机の近くに置かれている収納棚を開けるのに使う物だというのが試したことで分かった。


「凄い量の手紙だ…」

「母さん、結構人と話すの好きだったからね…」

「あ、これじゃないかしら?」


 収納棚に入っていた手紙を片っ端からチェックしていたシモンに対してジーナが母の事を説明していると、レイチェルが何かを見つけた。その後も手紙が見つかり、最終的には三通程の手紙が手に入る。それは以下の内容であった。


 ――――クリーガァ殿へ

戦争も終わり、敵味方の区別も意味を成さなくなった今だからこそあなたに謝りたい。わざわざ忠告をしてくれたにも拘らず、敵軍であるからという理由だけで無下にしてしまった我々の判断が間違いであった事は、あの日ノーマンと共に見た光景から理解できた。

 私はすぐに実験の中止をしたが、彼はそれを受け入れてはくれなかった。何を言っているのかはサッパリだったが、それがとんだ妄言である事は分かっていた。友人に対して苦渋の選択であったが、私は事故に見せかけて計画自体を無き物にしようと試みたが、見事に出し抜かれてしまったんだ。本当に申し訳なく思っている。


 ――――クリーガァ殿へ

考古学に精通しているという君ならば情報を耳にしているだろうが、近年発見された古代遺跡の遺品がオークションに出されていたらしい。調べさせたが目を疑ったよ。間違いなく私が遺跡の調査で目撃した品の数々だ。あんな物を持っているのは知る限りでは一人しかいない。おおよそ既に研究が済んで使い物にならないからと、軍資金代わりにするつもりだろう。要らないと判断した物はさっさと切り捨てる。彼はそういう男だ。


 ――――クリーガァ殿へ

ノーマンはいずれ私の事も狙うようになるだろう…間違いなく狙いはあの子だ。ひとまずは彼の手が及ばない地域へと身を隠すことにした。そして、あの子の事はいずれ政府とは関係の無い私の知人に預けようと思っている。連邦政府の中にも裏切り者がいるとなれば、彼らの護衛を付けるという訳にも行かない。その点に関しては私の人脈に信頼できるものがいるから心配は無いが、念のためにあなたも警戒をしていて欲しい。

 この住所はもうすぐ使いものにならなくなってしまうが、もし私と連絡を取りたいのであれば、スークシティに住んでいるロドリゴという男に聞いてくれ。


「ロドリゴ…?」


 全員で手紙を見ていた時、セラムはそう呟いてから大急ぎでネスト・ムーバーに戻って行った。大急ぎでハト婆が寄越してくれたリストと、以前の依頼の報酬としてミハイルから貰った資料を照らし合わせる。そしてネスト・ムーバーに備え付けていた大型の無線機から、ハト婆に連絡を始めると何かを確認し始めた。


「間違いない。ロドリゴ・エンシーナス・マルタ。オークションの主催者だった男だ。ハト婆から詳しい情報を聞こうと思ってすっかり忘れていた。さっき確認したがまだ生きているそうだ…会うのは楽じゃないみたいだが」

「何にせよ決まりね。スークシティへ向かおう」


 戻ってきたセラムが手に入れた情報を全員に伝えると、ジーナは次の進路を決めて立ち上がり、散らかってしまった部屋の片づけを始めた。全員もその考えに同意して彼女を手伝い、出発をしようと下の階へ降りていく。


「用事は終わったのか?」


 服を着替え終わってソファで新聞を読んでいたネイサンが居間から出てきた。


「うん、もう大丈夫。押しかけたりなんかしてごめん」

「何言ってるんだ。お前の家なんだぞ?もっと居てくれてもいいくらいだ」

「また次の機会にね。約束する」


 ジーナがネイサンと暫し言葉を交わしている間、一同は廊下で微笑ましく眺めながら待機をする。それじゃあと別れを告げて行こうとした時、ジーナは躊躇うように足を止めた。そして思い切って振り返り、父親の元へ駆け戻っていくと彼に強く抱き着いた。あまりの勢いにネイサンは驚いて少し体勢を崩すが、すぐに優しく彼女を抱きしめ返す。


「今度は皆で遊びに来る」

「ああ、出来れば早めに頼むな…そうだ」


 ネイサンは一度から離れてリビングに行くと、テーブルに置いていたメモ帳とペンを掴んで何かを書き込む。それが終わったらメモ帳のページを破ってジーナへ渡した。


「住所と電話番号だ。たまには連絡してくれ」

「…ありがとう!」


 再び互いに笑顔で抱擁し合うと、ネイサンはシモン達に頭を下げた。


「どうか娘をよろしく頼む」

「任せてください」


 シモンも快く答えると、ジーナは今度こそ別れの挨拶を交わして家を出て行った。残されたネイサンは少し寂しげな顔をしていたが、きっとあの子ならそれほど遠くない内に連絡をしてくれると思い、やり遂げた顔で再びソファに腰かけた。壊れた時計を眺めながら今日にでも修理に出そうと考えながら、新聞を手に取ろうとした時であった。


(食事にするか…)


 小腹の空いて来たネイサンは腹ごしらえをしようとキッチンへ向かって行く。娘が再び帰ってきた時のために練習でもしておこうかなどと考えながら、鼻唄交じりに準備を始めた。


 裏山から双眼鏡を使い、部屋の様子を遠目で見ていた老人は時計に目をやってから手に持っていたスイッチを押した。そんな事を知る由もないネイサンは、皿を出そうと食器棚に近づいた時、棚の位置が少しずれている事に気づく。元の場所へ戻そうとした時、何か粉の様な物が付近に飛び散っているのを目にした。不審に思い、食器棚を動かした瞬間にその理由が分かってしまった。


「クソ」


 壁に埋め込まれていた固形物とそこに設置されている信管やタイマー、そして遠隔操作用の子機を見た瞬間にネイサンはただ一言だけ声を上げる。逃げようとした頃には爆音と衝撃、そして白い煙が部屋中に広がった。


 ジーナ達がネスト・ムーバーを走らせ始めた直後、付近から聞こえたのは爆発音と何かが崩れる音だった。急ブレーキをかけて周囲を確認したレイチェル、そして窓から恋しそうに遠のいていく自宅を見ていたジーナは目の前で起きた爆発に絶句した。停車した直後に誰よりも先に飛び出し、家へと入っていく。あれほどの爆発では家が倒壊してもおかしくはなかったが、そんな事を考えていられるほどの余裕はなかった。


「父さん!!」


 煙が立ち込める家の中を咳き込みながら進み、ジーナは父に呼びかけた。


「父さん!!どこにいるの!?父さ…」


 リビングに入ったジーナは、そこでようやく変わり果てた姿で横たわっている父を見つける。あまりにも早すぎる、望んでいない形での再会だった。足や腕が片方吹き飛び、残っている方に関しても繋がっているのが奇跡とも言える状態であった。虚ろな目は真っ赤に染まり、全身の毛が焦げている。


「嘘だ…そんな…ねえ…」


 情けない声で同じような言葉を繰り返しながら、ジーナは必死に父だったものを抱きかかえて、引き摺る様に家を出てきた。彼女の後に続こうとしていたらしいシモンとセラムはその異常な光景にある種の恐怖心を抱く。


「やだ…やだ、そんな、なんで…」


 騒ぎを聞きつけたウィリーとフィリップが現場に到着してみたものは、どう見ても助かる見込みのないネイサンをジーナが必死に抱きかかえてへたり込んでいる姿だった。


「ひっ…!」

「どういうことだ…」


 軽い悲鳴をあげそうになったフィリップと対照的にウィリーは大急ぎで駆け寄り、状態を確かめる。シモン達はすぐ彼に病院の場所を聞いて、レイチェルに向かう様に頼んだ。


「レイチェル、行く前に話がある。グリポット社から貰った解毒剤の試作品を一つ貸してくれ」

「どうして急に…!」

「間違いなく敵によるものだ。万全を期した方が良い」

「…待ってて」


 ウィリーがフィリップと共にネイサンを運び込んでいる間にレイチェルもネスト・ムーバーへ戻った。そのまま運転席の窓からセラムに解毒剤を渡すと、すぐさま病院へ急行する。


「父さん…やだ…嘘だ…」

「ジーナ…!落ち着け…俺を見ろ!」


 パニックになり、立ち上がることも出来ずにいたジーナの顔に触りながらシモンは彼女を宥めた。


「今は病院に運んでいる。大丈夫だ…きっと」


 無責任と言われればそれまでだが、彼女を落ち着けようとシモンは根拠のない見解を伝える。彼女も理解はしていたがそれを認めたくないらしく、俯いて体を震わせた。


 どうにか彼女を立ち上がらせて病院へ向かおうとした時、どこからか音が聞こえる。セラムが上を見上げると、そこにあったのは大型の飛行型ネスト・ムーバーであった。価格の問題もあるせいでそれほど出回ってない代物がなぜ現れたのかと思っていると、機体の横に取り付けられたハッチが開き、ロープが数本垂らされる。武装した兵士達が次々と下降してきた。やはりジーナ達が狙いらしく銃口を向け、辺りを警戒しながらにじり寄ろうとする。


「御苦労だったな。後はこっちで好きにやらせてもらうぜ」


 そう言って無線を切ったサッチは、ロープを使わずにそのまま飛び降りた。


「狙って良いのは女以外だ」


 サッチは重い響きと共に着地し、兵士達に対して命令をしながら上着を脱いだ。三人が身動きが取れずにいると、背後から自動車のエンジン音が近づいてくる。グリポット社であった。ジープやトラックから降りた兵士達が銃を構えながら牽制をし、周囲の空気は一気に張り詰めた。


「やっぱり最初から組む気は無かったって事だな」


 知った風な口をききながら笑っているサッチとは対照的に、到着したグルームは破壊されている家屋と放心状態になっているジーナ、そしてそれを庇う二人を見て状況を把握しようと必死だった。


「まあいいや…おい、俺言ったよな?『勝ち負け関係なしに喧嘩してくれれば逃がしてやる」って。約束破っちゃったもんな、お前」


 首を鳴らしながらサッチはジーナに語り掛ける。ジーナは全く聞く耳を持っていない様子で、まだ足りないかと睨んだサッチはさらに煽り立てる。


「その結果どうなった?死んだぞ。殺したのは俺だ…だが、そのキッカケを作ったのは誰だろうな。誰かさんが俺を倒してれば、避けられたと思わないか。なあ?」


 言い返せずにいたジーナにとって、自分のせいなのかもしれないという考えは確かに頭をよぎっていた。だが、鼻で笑う様に自分を見ているサッチの姿が目に入った瞬間にそれは消え去った。父が彼らによって殺されたという事実が思考を上書きし、全ての判断基準や倫理観を取っ払っていく。後に残ったのは、怒りや憎しみという言葉さえもが生温く思えてしまう程のドス黒い怨恨であった。


「サッチィィィィ!!!」


 咄嗟に抑えようとしたシモン達の制止を振り切り、ジーナは怒号をあげながら駆け出した。


「お前ら手を出すなよ。だが他の連中に関しては好きにしろ」


 気を引き締めたサッチは部下達に指示を飛ばし、彼女を出迎えるようにこちらからも走って向かって行く。大振りな右ストレートを放った直後、彼女はしゃがんでそれを躱した。パンチが空を切った後、ジーナは低い体勢のまま恐ろしい速さで懐へと入り込み、顎に向けてアッパーカットを打った。


(コイツ殺すつもりじゃん、俺を)


 サッチは一瞬だけ目が合ったジーナを見た刹那、躊躇いや迷いが無い殺意の籠っている顔からすぐに悟った。ジーナの拳が顎に叩きつけられ、歯や顎が砕ける鈍い痛みが口中に伝わる。後ろへよろけた直後、ジーナが追い打ちをしようと詰め寄るが、すぐに蹴りで反撃して距離を取らせる。


「久しぶりだよ。そういう顔してくれる奴」


 彼女にそう言いながらサッチは構えを取り、ジーナも再び立ち向かっていく。新たな戦いが幕を開けた。

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