第30話 刺客

 噴水のある広場にて、化け物達は次々とジーナに飛び掛かって行ったが、すぐに殴り飛ばされ、地面に叩きつけられた後に踏みつぶされた。ジーナは目に入った街灯をへし折り、武器代わりに振り回すなど出来る限りの抵抗を続けた。時折噛みつかれたり引っ掻かれそうになったせいか、服には大小様々な傷が残っている。


「これ結構気に入ってたのに…」


 そんな愚痴を呟き、鬱憤を晴らすが如く再び化け物達を叩き潰していった。しかし、一向に減る気配がない群れを前に、次第にジーナはウンザリしていった。


 ジーナが先ほど通った道から、誰かが向かってきた。妙に太っており、背中には布で包んだ巨大な得物を背負っている。


「流石…いや~見事。一人でこれだけの数を相手にするなんて…サッチさんが気に入るわけだ」


 ねっとりとした拍手と共にその人物は、彼女を讃えた。サッチという言葉にジーナが反応した直後、突如化け物達がうめき声を上げながら倒れ、痙攣し始めた。気が付けば、その場にいた化け物達は煙を撒き散らしながら肉体が溶解していき、遂には跡形もなく消え失せる。


「あらら…時間切れみたい」

「時間切れ?」


 少し引っかかる発言をした目の前の人物にジーナは食って掛かった。


「そう、時間制限付きであの化け物達を従える能力…クイーンクラスのミュルメクスの中でも珍しい力。自己紹介が遅れた。ジョン・ホーランス…それが俺の名前」


 そう言うと、ホーランスは軽くお辞儀をして見せた。強烈な腹回りのせいか腕が非常に短く見えてしまい、非常に滑稽であった。背中に背負っている得物が非常に気になっていたが、ジーナは敢えて何も言わずに話を移した。


「クイーンがどうとか、そのミュル…なんとかについてよく分かんないからもう少し分かりやすく説明してくれない?」

「ダメだな。他言無用って言われちゃってるんだ。本来なら喋っちゃいけない…でも、君は気に入ったから特別に…名前だけ教えてあげちゃった」


 ホーランスはその醜い体を揺さぶりながら、野太く低い声を出し、こちらに近づいてくる。豚と呼ぶのすらおこがましい程に太りあがった容姿をジーナは心の底から嫌悪し、吐き気を催した。


「何で俺が君に教えてあげたのか気になるでしょ?…俺にはね、結婚相手がいた。勿論女の人。だけど、俺はいつもそいつに虐められていた。稼ぎが少ない情けない奴なんて言われていっつも見下されて…!少ない金も全部あいつが分捕って行った」


 無駄なジェスチャーと共に経歴を語り始めるウェインに嫌気がさしていたのか、ジーナは無線を弄っていた。そんな中、嫁への悪口を言い続けていたホーランスが静かに立ち止まった。


「殺してやったよ」


 その声は息をするように淡泊であった。


「殺す直前、あいつ俺の足に泣きついて来たんだ。『今までの事は謝るから殺さないで!』って。初めてだ!なんのいい所も無かったあの女の血まみれの泣き顔を見た時、初めてときめいた…!強くて生意気な奴が心を折られるとこんなに可愛いんだって気づいたんだ」


 一人で長々と熱く語るホーランスにジーナはただ唖然としていた。ふと自分がゴリアテと戦った際の事を思い出し、こいつがあの場にいなくて良かったとなぜか安心してしまった。


「発見してしまったんだ。屈強な奴が恐怖や苦痛で顔を歪める瞬間こそが、俺の大好物なんだって。それは例え相手が男だろうが変わらなかった。まるで恋する乙女だ。だから――」

「話が長い。結論だけ教えて、何で私にあーだこーだどうでも良い事を教えてくれたの?」


 業を煮やしたジーナが無理矢理話を終わらせると、ホーランスは少し残念そうにしていた。溜息をついてから改めてジーナの方を見ながら、気持ちの悪い微笑みを投げかけた。


「せっかちだな。良し、じゃあこれでおしまい。これから好きになれるかもしれない相手なんだ。自己紹介は基本だろ?それに…冥途の土産代わりさ」


 背負っていた得物を取り出すと、巨大な丸鋸が取り付けられている武器が露になった。彼の体にも変化が起きているのか、服が裂けて黒い触手に覆われた肉体が垣間見える。やはりディバイダ―ズの手先であったとジーナは面倒くさそうに構えた。


「サッチさんには悪いが、楽しみで仕方ない。君がどんな風に命乞いをして死ぬのか、ね」



 ――――シモンはただひたすらに屋根や屋上を飛び移りながら、敵を撒こうとしていた。だが物音がしなくなったのを不審に思い振り返ると、先ほどまで追いかけていた化け物達が跡形もなく消失していた。付近に立ち込める濃霧の様な煙が放つ異臭が、化け物達のその後を彼に悟らせる。


「ラッキー…なのか?」


 そう思っていた矢先、背後からの不穏な気配が彼を襲った。ライフルを構えて振り返るが、少し荒廃した街並みが広がっているばかりであった。にも拘らず腑に落ちない様子だったシモンが空を見上げた直後、黒い人影が月に照らされている事にに気づいた。明らかに鳥ではないものの、巨大な翼を持つその人影はこちらに一直線に向かっているように思えた。シモンが不審に思っていると、銃弾が頬を掠めた。


「熱っ…!!」


 その人影が放ったものだと分かったのは、立て続けに銃弾が飛んできた時であった。咄嗟に近くに数段ほど積まれていた木箱の陰に隠れ、ライフルでそちらの方向へ撃ち返したが目を見張る機動力を持つそれは嘲笑う様に躱した。やがてその人影は、シモンが隠れている建物の屋上へと降り立った。


 今まで見たものとは打って変わって巨大な翼を形成している触手にシモンは息を呑んだ。触手の宿主である人物は標的がどこにいるのかおおよその検討はついているらしく、木箱を睨みながら銃を弄っていた。


「木箱の裏。バレてるよ」


 ゴーグルやマスクに隠れてはいるが、確かに女性の声だった。雄大な翼状に形成されている触手と、頬に付いてしまっている掠り傷は、彼女が自身にとっての敵である事を知らしめる何よりの証拠であった。それ故、シモンは特に顔を出すわけでも無く、木箱に寄りかかったまま動こうとしなかった。


「シモン・スペンサーだ。初めましてだな…で、お前は?」


 シモンはそう言ったが、すぐに銃声と共に掻き消された。


「言わなくても良い、知ってるから。それに私が名乗る必要性はない」


 撃ち尽くしたのか、機関銃のリロードを行いながら女性は答えた。翼状の触手は周囲の攻撃を警戒するように彼女を包んでいた。


「じゃあ、やらないといけない事は分かってるだろ、何を躊躇ってる?」

「あなたの手の内も既に知っているから…不用意に近づきたくない」


 シモンは彼女に語り掛けながら慎重に体を動かす。バレていないことを願いながら、木箱の陰で左拳を握ると、触手が彼の左腕を覆い隠す。左腕に纏わりついた触手はいつしか塊となり、巨大な腕を形成した。


「お前なんかが俺の何を知っている?」

「シモン・スペンサー、36歳。かつては兵士として最前線で活動。上官への暴行が原因で除隊されかけていた折に極秘で行われていた人体実験に参加。後に事故死とされていたが、生存が確認されている。先駆者と呼ばれる生命体の肉体を移植された人間、通称「オリジン」の一人。分かっている限りでは、左腕から触手を繰り出し、意のままに操る…これで満足?」

「…思っていたより知られてるな、だが…」

「だが?」

「全部じゃないっ!」


 ようやく準備が終わったシモンが木箱を左手で殴りつけた瞬間、爆散するように木箱たちが舞い上がった。そのうちのいくつかは女性に目掛けて吹き飛び、ぶつかると同時に砕け散る。翼で防いだものの、女性は後ろへ若干吹き飛ばされた。体勢を立て直そうとした瞬間に、シモンの拳銃による追撃がくると翼で防ぎつつ、空へ飛んだ。


「やるじゃん」


 そう言って銃を乱射し反撃するが、触手を一か所に集めて簡易的な盾を作り出したシモンには有効的な攻撃では無かった。すぐに拳銃で何発か打ち返すと、シモンはそのまま建物から飛び降りた。建物の外壁に触手を引っ掛けながら地面に着地すると、近くのドアを無理矢理ぶち破って入っていく。


「機関銃…レイチェルにねだってみるか」


 シモンはそんなことを口走る。そして装備の確認をしつつ、迎撃するために思考を巡らせ続けた。



 ――――幾度にも渡る激しい鍔迫り合いが繰り広げられ、金属同士がぶつかり合う音が空っぽの店内に響き渡っていた。切り込んで来ようとするセラムを迎え撃とうと、ノイル族の男は残り三本しかない触手と自身の両手に握られているサーベルを振るうが、その全てが受け止められるか、躱されてしまう。どれほど手数を増やそうが、まるで攻撃の来る場所が分かっているかのように足や刀で防がれ、避けられてしまう事がじれったかった。


 セラムの立ち回りもまた、厄介な状況を作り出していた。幾度も打ち合いが続いてしまった事で、男の操る触手が背後からの奇襲も出来る程の柔軟さを持っている事に勘付いたのか、セラムは常に壁を背にして触手が背後に回り込まないように動き続ける。少し斬り合いをしては距離を取る。この繰り返しが男を非常に苛つかせた。


「大丈夫か?息が上がっているぞ」


 時折、自身の間合いに踏み込んできて欲しいのかセラムは挑発をしてくる。


「あなたこそ…逃げてばかりじゃ勝てないですよ?先程までの勢いはどうしたんです?」


 男も張り合おうとセラムをおちょくった。セラムはそれを聞くと呆れた様に首を横に振り、構えを解いた。


「自分が怯えて何も出来ないのを他人のせいにするような腑抜けに操られるんじゃ、その触手達も憐れだな」


 減らず口を叩き続けるセラムを前に、男は彼に対して加虐心が芽生えてきた。触手を切り落とした最初の不意打ち以降、大した攻撃もしてこない分際でよくもここまでつけあがる事が出来るものだと男は一周回って関心さえしていた。


「その見下した態度がいつまで続くか見ものですね」

「安心してくれ、もう見なくて済むさ」


 そう答えると、再びセラムは静かに構えた。男もいきり立つようにして構えると、ジリジリと距離を詰めていく。互いの呼吸や足音だけしか聞こえなくなり、次に動き出したが最後、勝負がつくのであろうと両者は感じた。


(今度は同時だ…同時に触手で突きを放ち、動きが止まった瞬間に両手のコレで仕留めてやる)


 戦略を立て、ようやく決意を固めるや否や、男の触手は今まで以上に力強く、俊敏な突きを繰り出した。同時に突きを放った三本の触手達はそれぞれ、太腿や胴体の当てやすく、傷つけば大きく影響の出るであろう部位を狙っていた。どれかは当たるだろうという安直な考えではあるが、これまで悉く攻撃を躱され続けている事による焦りによるものであった。


 同時に放たれた突き技に対して、セラムは隙間を縫うように体を捻りながら後方へ跳躍して避けた。触手達の持つサーベルが壁に突き刺さった後、セラムはその勢いをのまま壁に足を着け、あろうことか壁を踏み台にして男の方へと目掛けて飛んだ。


 いきなり眼前に迫って来る敵を前に男は突拍子もない声を上げ、触手を引き戻そうとするが、それより先にセラムの持つ刀が首に食い込んでくるのを感じた。腹部は片手に持っていたもう一つの刀によって切り裂かれ、鋭い痛みがジンワリと込みあがってくる。服がべっとりと血に濡れていく内に、男は視界が淀み、力尽きていく。


 勢い余って倒れ、動かなくなった男の体をセラムは見た。喉を貫通して刺さったままになっている刀を引き抜いて、血を拭うと鞘へ仕舞う。そして、他の仲間達との合流を急ぐために店を走って出て行った。

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