第4章
第24話 待ち受けるもの
テーブル越しに座るダニエルの顔は決して気分の良さそうなものではなく、その理由が何なのかをサッチは薄々理解していた。十分後に仲間達が入ってくるまでの間中、二人は一切会話を交えることも無く黙りこくっているばかりであった。
「サッチ、調子はどうだ?ん?勝手な事した挙句に何の収穫も無かったそうだが、どんな気持ちだ今?」
部屋に入って来るや否や、サッチに対してざまあ見ろと言った具合にザーリッド族の老人が煽り立てた。
その腹の立つ言い方にサッチが反応しないわけも無かった。
「うるせえ!邪魔がいなけりゃ何とかなってたんだ!」
流石に堪えたのか、老人を睨みつけながらサッチは怒り心頭に発しながら反論をした。遅れて部屋に入ってきたベンは仲裁をするわけでも無く、そのまま適当な椅子に座る。
「おお~怖い怖い…連れて行った貴重な部下のうち無事に帰ってこれたのは何人だ?行ってみろ。人手を集める身にでもなってから物を言え青二才が」
「だからどっかの馬鹿の横槍で…!」
過熱する二人の雰囲気を一気に凍り付かせたのはダニエルによる机の殴打であった。
二人の言い争いが止んだのが分かると、ダニエルは腕を組んで口を開く。
「熱くなりすぎだ。ノーマンとは既に話した…あくまで予測だが、グリポット社は俺達と組む気はさらさら無いらしい。ノーマンの奴…餌で釣るような真似をしやがって」
ダニエルは愚痴交じりにグリポット社とノーマンがどの様な取り決めをしたのかを語った。全てを説明し終えると、その場にいた全員が困惑を隠すことなく自身の気持ちを声に出した。
「…待てよ、俺達で兵器の性能を試す代わりに協力してくれるって約束だったんじゃないのか?それなのに他の連中ともそんな事を?」
状況が呑み込めないサッチは、ダニエルに対して問いかけるが彼は何も答えなかった。
「こうなったらもう早い者勝ちって事か。そんな約束を取り付けるなんて…ノーマンも焦ってるのかも」
「分析なんぞしてる場合か…!ダニエル、どうするんだ?こっちに生物兵器を渡してくれなくなるというのは今後の活動にも影響が出る…お前さんの体にもな」
冷静を装うベンに軽く激昂しながら老人はダニエルに意見を仰ぐ。
ダニエルは老人を見ながら、分かっていると言う様に軽く頷き、標的の動向に関する新しい情報をベンに求めた。どの道伝えるつもりだったらしく、ベンは彼らが既に次の目的地に向かいつつあるという事をダニエルに報告する。
「ビーブックシティに向かう可能性があるか…ネビーザ」
「分かっておるさ。既にあの街で息の掛かっている連中には、見つけ次第ガキを捕まえて他の連中は始末しろと伝えてある。これで奴らは飛んで火にいる夏の虫だ」
ダニエルが言う前に老人は待ってましたと自身が既に手回ししている事を打ち明けた。
「最終的に邪魔が入ったとはいえ、サッチから逃げ切れる程の実力だ。俺達はもしかしたら甘く見すぎていたのかもしれない。気を引き締めてくれ」
ダニエルはその場にいた者達全員に敵の持つ力の強さを伝えるとその場を後にする。
――――見渡す限り荒れ地だった風景の中に少しづつ無機質な建物が増えてきた。車窓から眺めていたジーナは街が近くなってきたのだろうかと運転席にいたシモンの元へ向かう。聞いたところ、あと一時間もすれば街に着くとの事だった。
「何だか、ボロボロな場所が多いね」
ルーサーは外にある人気のない建物の群れを見ている際にそんなことを呟いた。
「戦争が終わって暫く経っているとはいえ、今も爪痕が残り続けている場所もあるんだ。大体は立て直せるほどの余裕が無いとかそんな理由だがな…そうだ、ルーサー。車に乗った連中が外から話しかけてくるかもしれんが絶対に窓を開けるなよ」
土地についての説明をしていたセラムがいきなり注意を促すと、ルーサーは驚きながら理由を尋ねた。
「強盗だよ。気さくに話しかけて油断したところで攻撃をしてくる。下手すれば乗り込まれることもあるんだ」
そう言ったセラムの顔は妙に懐かしげであった。ルーサーは少し強張りながら窓の外に視線を戻した。
さらにしばらく進むと、先ほどの景色とは打って変わってネオンの光る活気づいた景色に移り変わった。人々の風貌は少々物騒ではあるが、退屈しなさそうな場所であった。
「よし、到着だ。ひとまずは俺とセラムで向かう。留守番は頼んだぜ」
準備を終えたシモンは三人にそう言うと、セラムと共に街に繰り出していった。そうして残された三人は雑談を繰り広げながらネスト・ムーバーの中で二人の帰りを待つことにした。
小雨が降っていたのか、濡れて光が反射している水たまりがそこかしこにある路面をシモンとセラムは歩いていく。酔っ払いやこれから盛り上がるつもりなのであろうチーマー達がたむろし、道の端には全てを諦めたような目をしている浮浪者が空き缶を自身の前に置いて、ひたすらに恵みを享受できる事を祈り続けていた。
「…不快な場所だ」
セラムは何時にも増して静かであったが、不意にそんなことを口走る。
「まあ、言っちゃ悪いが掃きだめだな…昔を思い出すか?」
「反吐が出る程に。」
シモンはセラムの様子を見ながらそんな事を聞いたが、セラムは苦笑いをしながら即答した。
しばらくすると、再び小雨が地面に打ち付けられ始めた。二人は足早にとある酒場へと向かった。少し小汚いがなかなかの広さであり、それなりに繁盛している事が分かる。既に閉店していたが、二人はお構いなしにそのまま店に入った。するとカウンターで掃除をしていた男が気づいたのか二人を見た。
「今日はもう店じまいでな。明日来てくれ」
「スペンサーだ」
「ああ、あんたか。オーナーなら奥に座ってる…すぐ行ってやんな」
「どうも」
セラムはそう言って店主に金を渡すと、そのまま席に向かって行く。
奥ではノイル族にも引けを取らない様なムンハ族の大男が、周りにガラの悪い連中を集めて酒を飲んでいた。シモンとセラムがやって来ると、大男以外の者達は呼んでもいない謎の二人組に対して威嚇するように凄みながら席を立って彼らを取り囲んだ。
「ロバート、久しぶりだな…またデカくなったか?色んな意味で」
シモンは怖気づくことなく大男に向かって話しかけた。大男は最初こそ怪しんでいたが、顔の持つ面影やその声が彼の警戒心を解いたらしくシモンの元へ詰め寄った。
「シモン!まさか本当だったとはな⁉…というか生きてたんだな!」
野太く、どことなく間抜けそうな声の大男は喜びながらシモンと熱い抱擁を交わした。
再会の挨拶を済ませると、大男は取り巻き達を説得して二人を同じテーブルに座らせた。二人の前にグラスを置くと、並々とウィスキーを注いだ。当然だが水も氷も入っていない。
「まあ、飲んでくれよ!いやぁ、本当に驚いた。店番している部下が『スペンサーと言えば分かる』なんてほざく奴が会いたいって連絡を寄越して来たと言うから、まさかとは思ったが…」
大男はシモンとの再会に興奮が収まらないのか、酒を注ぎながらも自身の心情を喋り続けていた。
シモンとセラムはグラスに入った酒に口を付ける。バニラの様な甘い香りと、濃厚で辛口な味わいを持つ酒であった。
「しかしまさかロバートさんの知り合いだったとはな。一体どう関係なんだあんた?」
ここ最近飲めていなかった酒の強烈な味わいに舌鼓を打っていたシモンに対して近くにいたモヒカン頭の取り巻きが尋ねたが、すぐさま大男が待ちきれんとばかりに語り始めた。
「おう、よ~く聞け!シモンと俺はな…同じ前線で鉛玉を飛ばし、手榴弾を投げまくり、迫りくる死神の魔の手から逃れ続けてきた仲なんだ!」
誇らしげに語るロバートをやれやれという目で見ながらシモンはセラムを見ると、酒が減っていない事に気づく。まだ警戒をしているのだろうか、彼らしいとシモンは思った。
気が付けばロバートはかなり話し込んでいるようで、周囲の者達にも疲れが見えた。
「――そしてシモンが本部に召集される前に行った最後の戦いでそれは起きたんだ。キャンプで襲撃を受けて、敵のどたまに狙いを定める事に必死だった俺の隣に手榴弾が転がってきた。当然だがピンは既に抜かれていつ爆発してもおかしくない。悪運が尽きたと思ったその時、シモンが飛び出てその手榴弾を投げ返してくれたんだ。あの時ほど俺はこいつに出会えた事を感謝した日は無い!こうして無事に生き延びた俺達は―――」
「なあ、ロバート。そろそろ本題に入りたいんだが…」
「ん?…ああ、そうか」
帰りが遅いというジーナ達からの文句を避けたかったシモンは早めに話を切り上げる事にした。
シモンは連邦政府やルーサーに関する部分を出来る限り省いて、自分達がこの街に来たのは仕事のためである事を説明した上で、この辺りに自分たちの事を探しているといった動きが無いかをロバートに聞いた。
「なるほどな…実はここ最近、人探しをしているって連中がこの辺りのギャングや債務者、ホームレス共に前金と称して金をばら撒いてるらしいんだ。五人組で動いてるっていう便利屋に写真付きで懸賞金をかけているらしいんだが、狙われてるのは本当だったんだな…まさか他の三人もこの街に?」
ロバートから聞いた街に流れている噂話を整理しながらシモンは頷く。
そしてシモンが他の三人も既に街にいる事を伝えようとした時、セラムが話を遮った。
「シモン、あまり情報を話しすぎるのはやめた方が良い」
セラムは疑いの眼差しを全員に向けながらシモンに言った。ロバートはもっともだという様に言い返そうとしたシモンを止める。
「警戒するのも無理は無いよな…だが、何度も俺の命を救ってくれた恩人やその仲間達を売ってまで金を手に入れようとするほど俺も…ここにいる連中も腐っちゃいない。こいつらは全員俺の仲間だ、安心してくれ」
ロバートは笑って取り巻き達を指差しながら説明していたものの、そのセラムを見る目は至って真剣であった。
セラムも多少は信用する気になったのか、溜息をつくと「分かった」とだけ言った。シモンはその自分達を探しているという連中と会える場所はどこかにあるかを聞いてはみたが、やはり知っている者はいなかった。グラスが空になったところでシモンは立ち上がった。
「とりあえず俺達は仕事に行くよ。やることやったら、また寄らせてもらう」
「ああ、お前ならいつでも大歓迎だ!何かあったら出来る限りは手伝うが、気を付けるんだぞ!」
こうしてロバートと別れて酒場を出た2人は、周囲を警戒しつつ依頼人が待っているというカジノへと向かって行った。
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