第6話 依頼

 ペーブシティはジーナのいたフォグレイズシティに比べれば決して大きくはない街だが、また違った雰囲気と賑やかさを持つ街である。火山地帯が多いという事を活かしてかあちこちに温泉やそれに関連した施設が立ち並んでおり、多くの人々はそれを目当てに訪れていることが手に持っている地図や土産が入っているのであろう荷物から分かる。ジーナはあちこちを見回しながら街の大通りを歩いていた。ふと気づけば遠方に白い煙が立ち上っており、妙な臭いを鼻で感じ取った。


「…なんか変な臭いがしない?」

ジーナはセラムに聞いた。


「恐らく硫黄によるものだろう。この辺りは温泉地として有名らしくてな。あちこちに出てる白い煙も温泉からによるものだそうだ」


 セラムは歩きながらジーナの質問に答える。彼がいつそんな情報を仕入れたのかは知らないが、ジーナは感心しつつ歩き続ける。


「ついでに温泉に因んだ名物なんかも色々あるらしい、例えば…」

「オイ、気持ちは分かるが観光は後回しだ」


 少し得意げになるセラムを遮りシモンが口を開いた。気持ちは分かるという言い方が彼自身も楽しみにしているという意味なのか、それとも単なる二人への気遣いなのかは定かではなかったがいずれにしても正論だった。二人は少しだけしょんぼりしつつ、シモンの後について行く。


 そんな時、通りにちょっとした人だかりが出来ているのをシモン達は見つけた。よく見ると小さな屋台が並んでおり、土産や食べ物を売っているようだった。


「さあ、どうですお客さん!こんなにデカい饅頭が今なら三つで三百ルゲンだよ!」

「よってらっしゃい見てらっしゃい!世にも珍しい温泉で蒸したプリンだ!」


 呼び込みをしようと声を張り上げて宣伝をする商人とどれを買おうかと右往左往する人々で賑やかな雰囲気を醸し出しているその場所を見ていると、シモンは振り返って二人を見た。


「…そういえば朝飯を忘れてたな」


 結局一行は最初に目に留まった3つ入りの「特大肉入り饅頭」を買って、食べながら歩くことにした。濃い味付けと肉のボリュームがちょうど良く、歩きながら小腹を満たすには最適だったのである。一番に食べ終わったシモンは再び地図を手に取った。そして周りの建物や地形と照らし合わせながら現在地と目的地の確認を行う。


「よし、だいぶ目的地に近づいている。後はそこの路地に入って行けば着きそうだ」


 シモンは食べている二人にそう言った。それを聞いた二人は残っていた饅頭を平らげて、気を引き締め直す。


 路地に入ってしばらく地図が示している道を進んでいると、先ほどの賑やかさはどこかへと消え閑散とした光景が広がっていた。あちこちがシャッターで閉まっており、どこかの恥知らずが描いたのであろう落書きが虚しく残っている。奥へと進んでそこからさらに細い路地に入っていくと、まともな人間なら立ち入らないであろう店が並んでいる。こんなところで引き受けるような依頼をエドワードが彼らにするのかとジーナが不思議に思っていたその時、セラムが突如足を止めた。


「…二人とも」

セラムは少し小さい声で呼びかけた。


「まさか…」

「ああ、囲まれてる」


 すると、どこからともなく柄の悪い輩が十人ほど現れた。全員が屈強そうな肉体を持っており、中にはマチェットなどを携えてる者もいる。とてもでは無いが歓迎しているという雰囲気ではなかった。ノイル族の若い男は睨みつけながらシモンの前に立った。


「この辺りの店はどこも開いてないんだ。悪い事は言わねえから引き返せ」

リーダーらしきその男はシモンに言った。


「いやあ、客として来たわけじゃないんだよ。ホントさ。別に悪さするわけじゃないんだ、通してくれないか?」

「客としてじゃない?じゃあ何の用だ?答えられねえんなら力づくで追い返させてもらうぜ」


 シモンはしばらく黙ってしまった。彼らがエドワードを襲った連中とグルではないという確証も無い。うっかり地図の事でもバラして情報が知られてしまうなどあってはならないと考えたシモンは最終手段の行使を意識し始めた。シモンは後ろにいる二人を少し見た。セラムは彼が何をしようとしてるのかを感じ取ったのか少し頷く。そして、ジーナに「準備だ」と囁くように告げた。


 セラムは後ろを振り返ると一人の男に目を付けた。言葉を選ばずに言うならば頭の悪そうなその男にわざと視線を飛ばした。そして鼻で笑いながら「アホらしい…」と決して大きくは無いものの、聞き逃さないであろう程度の声量で呟いた。


「オイ、てめぇ今何か言ったか?」

案の定、男はバットを握りしめながらセラムの背後に近づいてきた。


「聞こえねのか?何て言ったって聞いてんだよ」


 挑発に乗った男はセラムの左側に立つと苛立ちながらもう一度聞く。セラムは馬鹿で助かったと思いながらさらに煽り立てた。


「そんなに覚えられない程難しい事を言ったか?」

「この野郎嘗めてんのかっ!」


 男はバットでセラムの頭めがけて振り抜こうとしたが、スピードが乗る前にセラムによって腕を抑えられてしまった。さらにそのまま服の襟を掴まれ、一気に引き寄せられる。引き寄せられた際に体勢が崩れた男に対して、セラムは右腕を首に巻き付け締め上げると、ホルスターからナイフを抜いて刃を首筋に密着させた。


「動かないでくれ」

「ひぃ…!」


 セラムからの脅しに男は怯え切ってしまう。他の連中も助けようと駆け寄ってきたが、ジーナが間に割って入ってきた。ジーナは一人を蹴飛ばすと、近くにいた小柄な男の首を鷲掴みにした。男はジーナの腕に縋り付こうとするなど苦しそうにもがいている。


「折ろうと思えば折れるわよ」


 そんな彼女の一言に他の連中も尻込みしてしまったのか、一歩も動こうとしなくなった。ホントはそんな事をするつもりは無いのだが、脅し文句くらいは言っておこうとした結果出た言葉だった。何となくカルロの最期を思い出してしまい、ジーナは苦虫を噛みつぶしたような顔をする。


 一連の動きに周囲が気を取られた瞬間、すぐさまシモンは右腰の拳銃を抜いて目の前の男に向けた。左腰にある大型と比べれば小振りだが、人を殺すには十分な代物だった。


「なっ…!」

「ほら、あっという間に人質が出来たぜ」


 呆気に取られるリーダー格の男の胴体へとシモンは静かに狙いを定める。ノイル族が相手ではこの程度の武器で何とかなるとは思っていなかった。だが武器なら他にもある…最悪の場合は左手も。相手もそれを分かっているのか、或いは仲間を人質にされているせいなのか動こうとしない。殺気立った無数の気配による睨み合いが続くばかりだった。第三者による仲裁が無い限りは永遠に続くだろう、と誰もが思うほどに静かで緊迫していた。


 するとセラムは、通りの前方から誰かが来るのを目にした。眼鏡をかけた自分と同じザーリッド族である。花柄のシャツを着ており、灰色の皮膚が見えていた。そして体つきや動きからするに年配の老人である事が分かる。彼女は近づいてくると立ち止まり大声で怒鳴った。


「もういいよあんた達!その辺にしときな!」

「ハト婆…!」


 周囲の連中からハト婆と呼ばれているその老女はシモンとリーダー格の男との間にズカズカと割って入った。


「ほら、全員さっさと物騒なもんをしまいな…あんた達もだよ!そいつらを放してやんな!」


 周囲が大人しくなったのを確認したシモン達は武器をしまい人質にしていた男達を開放してやった。


「もしかして婆さんが呼んだのか!?」

リーダー格の男はハト婆に向かって不服そうに聞いた。


「そうだよ、文句あんのかい?」

「なら教えてくれりゃ良かっただろ!」

「信頼できる相手としか取引はしない!腕試しはこの商売の基本だよ。あんたらと来たら情けない!一人五万ルゲンも出してやってるのに殴りかかる度胸すら無いなんて!」


 取り巻き達も彼女に文句を言い始めるが、それをかき消すような大声を張り上げながらハト婆も言い返す。しばらくするとハト婆は口論を黙って見ていた3人に向き直った。


「合格だよあんた達、早く来な。事情は知ってる」


 三人は彼女がエドワードの件にどう関係しているのか分からなかったが、ひとまずついて行くことにした。


 彼女に連れられるまま、閉店中の喫茶店に入れられると厨房へと案内される。中にはエプロンを身にまとった厳つい顔の男が二人いる。どうやら仕込みをしているようだった。


「客だよ」


 ハト婆からの呼びかけに反応すると二人の男は奥にある食器棚を右にずらした。食器棚の後ろから鉄製の扉が現れ、中で待っていたのであろう青年がドアを開けた。非常に恰幅が良く、手には散弾銃が握りしめられている。そのまま地下へと続く階段を下り終わり、さらに奥にある部屋に連れられたジーナ達は唖然とした。そこにあるのは膨大な資料で埋め尽くされた無数の本棚とそこを行き交う人々、写真の現像を行うために用意されていると思われる暗室、そしてさらに奥の開けた場所に置かれている巨大な装置とその前で作業をしている者達の姿があった。


「…たまげたなあ」


 シモンは思わず感嘆したのか声に出して言った。セラムも物珍しそうにあちこちを見回している。


「エドワードから話は聞いてたよ…あいつの事に関しては残念だったね。」

「あんた、エドワードさんの事を知ってるのか?」

「あんたじゃないだろう…まあ、ハト婆とでも呼んでくれればいいさ」

「分かった…あーハト婆。エドワードさんの事も、何が起きているのかも大体把握済みって事か?」


 お見通しとでもいいたげな含みを持たせて話すハト婆にシモンは尋ねた。ハト婆は近くのソファに座りながら置いてあった紙巻き煙草に火をつけ、それを豪快に吸う。一気に吐き出すと辺りに白い煙が漂い、独特な臭いが充満する。


「ああ、分かってるさ。あんた以上にあいつとは長い付き合いなんだ。何が起きたのかもバッチリだよ…あいつがどんな奴らに依頼をしたのかもね」

「まるで俺たちの事も知っているかの様な言い草だな」

「勿論さ。シモン・スペンサー、セラム・ビキラ、ジーナ・クリーガァ…なんなら年齢や経歴についても聞きたいかい?」

「ああいや、その辺で十分だ」


 プライベートを暴露されたらたまったものではないと思ったのかシモンは中断させた。


「…まあいいさ。あんたが持ってる地図は私が奴に寄越したものだよ。『依頼を引き受けてくれるってやつがいるならそれを渡しな』ってね。そしてあんた達が来たわけだ。ホントは詳しく話を通しておいて欲しかったところだけど…そこの嬢ちゃんが一緒なのを見るあたり、そうも言ってられなかったみたいだね」


 ハト婆はそう言いながらジーナを見た。ジーナは特に反応するわけでも無く軽く会釈をする。


「あんたの事はエドワードやカルロからよく聞いてたよ。だいぶ可愛がられてたみたいだね」

「…はい」


 エドワードとカルロという二人の名前にジーナは少し胸が熱くなった。こんなところにまで自分の話が及んでいるというのが如何に自分が彼らに信頼され、大事に思われていたかを改めて教えてくれたのである…彼らを助けられなかった自分自身の不甲斐なさも含めて。


「とにかく、来たからには依頼を引き受けてくれる。そうだね?」


 三人はハト婆からの問いに迷うことなく頷く。ハト婆はそれを見ると満足そうに笑い、先ほどもいた散弾銃を持った男を呼び寄せた。


「あいつらを連れてきてやんな」

「分かった」

そう言うと男はどこかへと小走りで急いでいく。


「あいつは私の弟子でね…ああ見えて優秀な奴さ。ゆくゆくは此処の情報屋稼業の跡取りだね」

ハト婆は自慢げに語った。ジーナはふと疑問に思ってた事をぶつけてみた。


「そういえばなんでハト婆なんて呼ばれてるの?」

「昔はよく伝書鳩使って情報の受け渡しをやってたんだよ。私は大量に飼ってたからね、そしたら知らない内にそう呼ばれるようになったのさ。伝書鳩を使わなくなっちまってる今でもね。まあ、悪い気分はしないさ」


 そんな雑談を繰り広げていると、ハト婆の弟子とやらが何人かの人物を連れて戻ってきた。黒いスーツを着た真面目そうな集団の中によく見ると子供が一人混じっているのにジーナは気づく。パーカーを着て紺色のズボンを履いており、栗色の髪を持つ少年だった。顔に関してもどこかやつれている様な雰囲気はあるが、人攫いが見たら手を出さずにはいられないはずだと思える程度には端麗であった。一人のノイル族の黒服が前に出てくると、シモンに握手を求めた。シモンもそれに応じて右手を差し出す。


「シモン・スペンサーだ」

「連邦政府の者です。コーマックとお呼びください」


 握手をしながらシモンは少し戸惑っていた。なぜそんな連中がここに?握手を終えるとシモンは少し警戒しているのか怪しむように彼らを見た。


「なるほど、この度はどのようなご用件で?」

「単刀直入に言わせていただきましょう」


 コーマックは少年を自分の元へ手招きする。少年は特に何か言うわけでも無く、トボトボと歩いてきた。コーマックは少年が来ると、改めてシモンに真剣な眼差しを向ける。


「しばらくの間この少年を…保護していただきたいのです」

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