VSアンラル・クシェル
触れるべきではない。
何よりもまずそう感じた堅悟の取った行動は全力の回避だった。
先程はなんの変哲もない石の欠片が自然落下で木箱を粉砕した。もしあれが敵の能力だとするのなら、ともかく接触は控えるべきだと。
だが路地裏から覗く空一面を覆う水とガラス片を全て避けることは叶わず。
「…ッ」
やむなく聖剣での迎撃を行った瞬間に失敗を察する。
『絶対切断』の効力が発揮し水を裂くと同時、刃が水の雫に穿たれた。
ありえることではない。通常の武器はもちろん、天使を介して与えられた神からのギフトがただの水に遅れを取るなど不可解に過ぎる。
異世界の異能との衝突。エラーの果てに打ち負けたのはこちらの法則、ということか。
(水の使い手…違うな、ガラスの破片も断てなかったことからして物体に何かの力を浸透させて放った。その線で対処する)
「すごいね。よく避ける」
砕ける二本目の水瓶。地に着ける両脚がアスファルトを爆砕し発する掌底の勁。
真上に解放した勁撃は落下する水滴とガラス片を襲い、だがしかし。
(これもか)
衝撃に煽られることすらなく落下の軌道をそのままに、堅悟の掌底を貫いて水は落ち続けた。
身体を貫く前に手を引き戻し路地を奥へ奥へ走り抜ける。
(衝撃で吹き飛ばすことも出来なかった。落下する物体への干渉を断絶する何らかの能力…。ヤツの触れた物、指定した物、あるいは範囲内の物体…か)
風穴の空いた掌の怪我にも眉一つ動かさず走りながら敵の分析を続ける。
ある程度は推察ができたが、結果としてこの場所が最悪の狩場と化していることに舌を鳴らす。
あの敵に頭上を取られたのは痛い。隙を見て壁を駆け上がろうにも屋上を伝い追跡してくる男はそのタイミングを逐一見逃さず砕いた水瓶を投げ込んできた。
問答無用で落下軌道上の障害を貫くのなら防御力も切断力も意味を成さない。法則の押し合いで負けた以上は剣の性能に頼る理由も失せた。
どうせ神聖武具は破壊されようがしばらく時間を置けば勝手に修復される。構うことなく水に穿たれた聖剣を屋上の敵目掛けて投げつけた。
屋上の縁にぶつかり、『絶対切断』の余韻を残しながら斬り砕いた建物の外縁部分が礫として撒き散らされる。
「うわ、っと」
「―――」
咄嗟に手で眼を覆って礫を防いだ瞬間を逃さず、壁を跳ねて二歩で屋上まで到達した。
反撃の暇は与えない。二回転半の遠心力を乗せた回転蹴りは紙一重のところで躱され、爪先は敵の革ジャンの端を引き千切り階下まで衝撃を貫通させた。
「剣士じゃなかったのか」
応答せず突き出した拳打は脱ぎ捨てた革ジャンに巻き取られる。その状態から足払いを受け二段蹴りを側頭部に受けたがさしたるダメージではない。近接格闘術は得意ではないらしい。
「分が悪いな、この場所は」
腕から離れた革ジャンが眼前に投げ広げられた。手で薙ぎ払おうとしたがこれを数歩下がって避ける。自由落下に任せるままにほとんど重量を持たないはずの革ジャンは先の脚撃で崩落した建物の残りを押し潰しながらひらひらと落ちて行く。
やはり落下によるエネルギー保持の能力が濃厚と判断し、視線を上げた先には屋上を二つほど超えた男の背中が見えた。
一度退いて状況を整える魂胆か。確かに上方を取れない以上あの能力者の優位性は失われている。
だが、
(三十メートルちょい、ギリ届くか…)
足場が脆い。一打を撃てばそれだけでこの建物は全壊するだろう。本来この技は地上でなければ威力を発揮し切れない。
踵を叩きつけ、腰を深く落とし、右掌は晒す敵の背中に照準。蜘蛛の巣状に広がる亀裂は震脚の
イメージは遠当ての延長。合気発し、練気合す。
この身は砲身、この掌は砲口、この気勢を指向する。
奮いて放つは我流複式金剛八卦が奥秘の参・
発動に際し建物が音を立てて崩れ落ち、コンマ二・五秒の時を得て。
「……ぇ」
距離にして三十四メートル先のアンラル・クシェルはダンプカーに撥ねられたが如き衝撃に見舞われ、骨肉を圧潰しながら地上へと落ちた。
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「次元パズルはどこだ」
血溜まりに沈むアンラルを無感情に見下ろし、ただ必要な情報だけを求めて問う。
「知らない…」
遠くなる意識の中で、ごぼりと喉を満たす血に喘ぎながらそれだけを返す。目的の為に協力こそしたが、彼にもその在処は分からなかった。
「外れか。もういい、楽にしてやる」
どの道長くはないが、介錯程度は手間に入らない。貫手で止まり掛けの心臓を潰してやろうと腕を引いた。
「……けっ、きょく。僕は、なんだったの、かな」
殺し屋として生きていた以上、殺されることは受け入れていた。ただ、目的を果たせなかったことは少しだけ悔やまれる。
探し求めていたものを知らず口にしていた。その呟きを相手は拾っていた。
「知るか。俺を殺そうとして俺に殺された間抜けだろ、テメエは」
適当に返し、刺し込んだ指先が心臓の鼓動を止める。
「…っはは」
そんなもの、かもしれない。
薄れゆく視界で自身を見る最後の敵が映る。
探していた『自分』。
殺して来た者達にとっては『仇敵』だろうし、返り討ちにしてくれたこの男にとっては言う通り『間抜け』だ。
わざわざ探さなくても答えはいつも相手が持っていた。空虚な自分にとってはそんなもので十分だったのだろう。
変えることも変わることも出来なかったが。
自分が何かは、なんとはなしにわかった気がした。
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