VSデッドロック
「あたしはどっちつかずのデッドロックだ」
「…そーかい。奇遇なことに俺もそうだよ」
赤熱する槍の捌きは実に巧みなものだった。石動堅悟の持つ剣の問答無用な切れ味を知っているのか無意識で察したのか、小柄な少女は槍でかち合うことはせず、振り回すことで発生する火焔を主軸にして堅悟を追い込もうと攻めていた。
対する堅悟も、無理に『絶対切断』の性能で押し切ることはせず、炎を裂き斬撃を掻い潜り反撃の機会を窺う。
共に自らの武器に関して熟達しているが故の攻防。まだ力を出し切っていないのは双方にも理解できた。
「あんた次元パズル持ってんの?」
「さあな。持ってたらどうすんだよ」
「さっさと出しな。大人しく渡すってーなら命まで取りゃしねーよ」
回避がてらに地面に突き立てた炎槍が岩盤ごと熔かし爆散させながら引き抜く。
迫る溶岩を迎撃しながら、その影に紛れて肉迫したデッドロックのハイキックを仰け反って躱す。
「んなスリットで。あんま足上げてっとパンツ見えるぞ」
「へん、たい―――があッ!!」
激怒に駆られるままに、蹴りの勢いをそのままに振り被る槍はさらに長大なものとなっていた。
(やっぱサイズはある程度変化が利くってことか)
冷静に分析しつつ二歩前へ。六メートル近く伸びた槍の最大効果範囲を前進することで避け、聖剣で槍の柄を両断する。
「うぇっ!?」
突如真ん中から先の重量を失くした槍にバランスを取られ前のめりになったデッドロックへ向かいさらに二歩。踏み込むついでの震脚で発勁、左の脚から伝い右足へ。
本来勁にこのような使い方は無い。足から発するエネルギーは通常肩や背面、肘や拳へ伝えることで武術としての全容を発揮するものだからだ。
我流で鍛錬を続けてきたからこその邪道。短い流転とはいえ魔力を介した肉体ならば充分過ぎるほどの力を放つ。
我流複式金剛八卦。
振り上げば戦斧、振り抜かば戦槌の衝撃が少女の胴を打ち、焦土の先へと蹴り飛ばす。
非正規英雄や準悪魔であってもあの一撃に耐えられるものはそういない。骨は砕け内臓も死んだ。長年双方を下し殺し続けていた堅悟には並々ならぬ『生物を殺す経験』がある。その経験が、確かに絶命の手応えを伝えた。
だが。
「―――咆えろ、バニッシュロード」
「クソが、『ソロモン』」
突如背後に現出した十メートル大の炎槍が地面に突き立ち急激に膨張していくのを確認した瞬間、変化の神聖武具によって燕と化した堅悟が全速力で上空へと飛び上がった。
炸裂する槍は半球状に爆炎を広げ、数秒の後に縮小し三十センチほどの短槍へと収束された。
弾かれたようにひとりでに跳ねた槍は主のもとへと帰還し、手の内に戻ると同時に再び二メートルほどの長槍へ寸借を変える。
そして槍身を覆う灼熱がくすんだ赤をより紅く照らし出す。
「ほ、ら。ほら。ほらほらほらぁ!」
「チッ」
上空で変身を解除し人に戻った堅悟が、地上で炎槍を構えるデッドロックを確認し忌々し気に舌を打つ。
吐血の跡が口元を汚している。脚撃を見舞った腹部は修道服が破け皮膚は真っ赤に染まっていた。
それでも致命傷に届かない。これが異世界の生命体。魔法の世界の産物。
石動堅悟も嫌というほどに対峙した死なない相手、並大抵では死に届かせられない敵。
コレも、その一つらしい。
「
「いつまで空中散歩してんだよ。たらたらしてっとぉ―――」
落下途中の堅悟へ槍を逆手に握るデッドロックの照準が定まる。幾重もの火焔の螺旋が、槍先からレーザーサイトのように伸びていた。
対する堅悟の手には剣の姿は無く、その手には一対の弓矢が握られている。
使い手の姿を変化させるソロモンの指輪。長く使い込んできたことで親和性を得たそれは効果範囲を使い手のみならず使用する武具にも適用させることが可能と成っていた。
神聖武具の掛け合わせ。剣は形を変え一矢と化し、尚もその威光を失うことは無い。
矢を番える。槍は火焔を推進力とし爆発力を高め続け。
タイミングは同一。
「串刺しだっての!!」
「射殺せ」
焼け野原となった地表をさらに焼き焦がし、紅蓮の一槍は空へと昇る。
莫大な熱量は槍に触れずとも物質を焼き熔かすほど。それが速度を伴って迫るとなれば、もはやそんなものは隕石と同列の威力を有す。
英雄にも悪魔にも成り切れなかった男の一射は、それを真っ向から狙い討つ。
鏃に込められた聖剣の性能は、弓術という面において何にも比肩しない脅威と化す。
彼の住まう世界の知る人ぞはそれを『
あらゆるものを断つ剣の力が矢に乗ったのなら、それと拮抗できる力などあるものか。
轟と唸る神域の一射は炎を呑み槍を砕き、真正面から炎槍を射ち抜いて地上の修道女を消し飛ばした。
「…、!」
悲鳴も断末魔も残さない。それはそうだ。
まだ死んでいないのだから。
「はっはぁ!!」
あと僅かで地上に着地するというところになって、噴煙を上げるアポロンの着弾点から槍を持つ少女の跳躍が確認された。
確かに肉眼で消滅を確認したはずだが、そうなればあれは幻影。炎を操るが故の蜃気楼に似た何か。
大技を誘導された。
「「やるじゃねえか!あたしにここまで出させるなんてなぁ!」」
叫ぶ称賛の声は正面の少女からだけではなく、堅悟は弓を聖剣へと戻して二人のデッドロックの挟撃に対応を迫られた。
(分身か、ど直球に面倒臭ぇ能力を!)
分身したからといって一人当たりの戦力まで別れるということもなく、熟練された槍の使い手が純粋に一人増えた状況となって地表へ落下した。
短槍によるインファイト、長槍によるアウトレンジ。
剣と武術の間合いを付かず離れず殺しつつ炎撃も織り交ぜた攻め手は厄介を通り越して呆れすら抱く潔さだった。完全に石動堅悟という人間の戦闘スタイルを掌握されている。
一発二発は貰う覚悟で殺しにいく必要がある。
どちらが本体かは分からない。おそらく本体を叩かないことには分身だけ殺しても意味がない。
二つに一つ。日頃の行いからして善人とは呼び難い堅悟は忌み嫌う神に祈ることなど不要と断じる。
ただ自力で敵を斬り、屠り、殺す。
ただその為だけに剣を握る。
この次の交差が勝負。
「くたばれ害悪ゥ―――!!」
「いくぜバニッシュ―――!!」
劫炎の槍が前後を塞ぐ。どちらかを突破し殺す。
練り上げられた炎撃が発動する間際まで本物を見極めようとしていた堅悟の頭上から、それは聞こえた。
槍の真名を唱える最後の一句。
「―――ロォォォォーードッッ!!!」
(三体目…!!)
前後上空、都合三方からの同時攻撃。
ただの火炎であったのなら、英雄としての側面を持つ堅悟の肉体で耐え切ることは出来る。だがこれは異世界の謎エネルギーが関わった未知の焔。まともに喰らうことだけは避けろと本能が叫んでいた。
奥歯を噛み締め、決断を下す。
使う、しかない。
―――…………、
「やるじゃん。マジで」
「そいつはどうも」
厚刃の剣に深々と貫かれても、修道女は敵への称賛を多量の血液と共に口から吐き出す。
剣を握る堅悟の右腕は、今鎖骨の付近までギラついた銀色に覆われている。
展開・発動によって非正規英雄としてのあらゆる能力値を数十倍からやろうと思えば数百倍にまで引き上げることを可能とする、とある上級悪魔から引き継いだ
強い反動から使用を極力控えていた堅悟の方こそ、これを使わせた少女への賛嘆の念を禁じえない。
「ってかなんでわかったわけ?後ろのが、
爆炎に視界を遮られ聴覚を揺さぶられながらも、堅悟は即座にターンして背後で槍を振るったデッドロックにのみ狙いを定めた。
別に確信があったわけじゃない。三体も欲張っては要らぬ痛手を増やすだけだと判断したから、一点突破で一人を仕留める方針を固めてはいた。
強いて言うのなら、その判断基準は石動堅悟との距離にあった。
「お前だけ他二人より遠かった。流石に三人分の火炎は規模も桁違いだったしな。傷付いて困る本体は少し距離を置いていると考えた」
「…は。知らずチキっちまってたって、ことか。造り物の、あたしが。命を、惜しんだってか」
ぐぐ、と。貫いた剣の根元を掴んで引き寄せる。『絶対切断』の影響で刃に触れた指が容易く斬り落とされても、デッドロックの執念は滾り燃え続ける。
堅悟の胸倉を、指の無い手で必死に握り引き寄せる。
「なら、これは詫びだ。すまねえα、ごめん皆。せめてコイツは、黄泉路まで引き摺り回すから、まあ許せ」
怒る、怒る。
うまくいかないこの世界に。敗北を喫した自分自身に。目的を邪魔するこの敵に。
憤怒を力に。激情を糧に。怒髪天を衝き、激憤は全て集束する。
ほとんど胸板を触れ合わせるほどの距離の二人の間に、ポゥと小さな槍が現れる。
今まで見たどの形態よりも小振りでありながら、内包された炎はそのどれよりも朱く、強く、熱い。
最大限の怒りを燃料に
「
「クソガキ…てめ、そこまで…!?」
死に体のはずが、まるで引き剥がせない。
風前の灯火すらも最期の一撃に投げ入れて、少女諸共に槍は爆光を放つ。
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