魔法の世界
ただの一つも命が存在しない世界。
そんな異世界に石動堅悟は立っていた。
「……ふん」
広がる花畑。心地良い涼風。晴天の青空。
大半の者が見れば非常に心安らぐ風景であることに間違いは無いが、堅悟はこの景色に嫌悪感しか抱かない。
彼にはそうだと、解っていたから。
『いきなり押し掛けておいて、随分と不遜な態度じゃないか』
奇妙な合成音声じみた中性的な声を聞き留め、堅悟は振り返るより速く顕現させた剣を振るう。
『そして粗暴だ。力で捻じ伏せることしか知らない思考を止めた類人猿。この世界にはおよそ似付かわしくない荒くれ者よ』
両断したモニターは地に落ち、そしてまた違うモニターが堅悟の背後から嘲りを含ませた音声を放つ。
「力を持たない雑魚が使うような煽り文句をまぁベラベラと。この世界は口先の技量が優劣を分けるゴミみてえなとこらしい」
『黙り給えよ』
空間を歪めて出現した複数のモニターから一斉に光線が照射される。おそらくは一つとして直撃を許してはならないほどの威力。
だが無意味。
「テメエら人間を何だと思ってやがる?なんだこの世界は」
『絶対切断』の前に光線は斬り捨てられる。法則、理をすら斬って断つのがその真価。使い手が十全な状態では惑星を滅ぼす一撃とてその身には擦過の一つもままならない。
そして石動堅悟が感じ取ったこの世界の違和。その正体。
「死んではいねえが生きてもいねえ。…俺もちょいと世界の神秘とやらに踏み入った一人でな、わかるんだよ。この世界の生物がどんな状態で縛られているのかがな」
遠方に見える巨大な建造物。その内に在る無数の生命の波動は酷く弱い。死にかけているわけでも、苦しめられているわけでもない。
ただ最低限の生命維持だけを行われている。そう感じざるを得ない不自然なまでの弱々しさがその中には犇いていた。
『彼らは幸福の最中にある。君がどう捉えようが、それが事実でそれが全てだよ』
「下らねえ。人の生きる意味と価値を知った気になってやがる。神様にでもなったつもりか」
堅悟にとっては些事だ。この世界の住民が、この星の在り方が、どうあろうが知ったことではない。
解放する、救済する、囚われた命を救い出す。そんな善性はとうの昔に棄て去った。今ではそれを善とも思えない。自分勝手な偽善で動くつもりは毛頭無い。
「次元パズルについて知ってることを言え。持ってんなら渡せ。知らないんならとっとと失せろ」
『確定したよ。君は僕達の敵だ』
横合いから突き出される鋭い穂先を躱し、魔力を循環させ強化した四肢で急襲された真逆の方向へと十数メートル跳び退る。
『どの道君は踏み入った。我らが故郷、我らが星、我らが世界。だというならば問うべき是非は何処にも存在しない。抹消するよ、君という外敵を』
「ほざけ。
誰もいなかった花畑に、一人の修道女姿の少女が立っていた。燃え盛る槍を携え、憤怒の激情をもってくすんだ赤髪の合間から外敵を見据える。
『頼んだよ、デッドロック。彼は僕ら総員の敵だ』
「りょーかい。とりま焼き殺せばいいんだろ」
少女の意志に呼応してか、槍は寸借と焔を次第に大きくさせていく。
「一番槍の手駒がガキかよ、舐めてんな」
「舐めんな。焼くぞ?」
共に冷徹な笑みと怒りを同時に浮かべ、花畑は瞬きの内に焦土へ変わる。
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