11月27日 セロシア

苑田愛結

第1話

『なあ、新菜(にいな)。今日、俺んちこない?』


彼氏の蒼太(そうた)がそう言ってきたのは、毎日恒例の電話でのことだった。

蒼太から電話が入るのは、決まって0時過ぎ。

営業をやっている蒼太は、毎日が忙しい。


「でも蒼太。今日、平日でしょ? 行ってもいいけど、何時に行けばいいの? 夜の、何時ごろ?」

『ああ、今日は休み』

「え?」

『有給、取ったから』

「は?」


いきなりの蒼太の発言に、わたしは驚いた。

大学時代の二十歳のときからつきあって、6年間。

蒼太がこんなことを言い出したのは、初めてのことだった。

蒼太はいつだって、バイトや仕事を優先してきたのに。


「なんで、急に有給?」

『だってさ。今日、おまえの誕生日だろ?』


そんなこと、すっかり忘れていた。

家事手伝いをしているだけの身としては、この年になってくると、誕生日のありがたみも薄れてくる。

むしろ、歳を取るのが微妙に嬉しくないというか……。


だけど

この、蒼太のしてくれた「バカ」は……嬉しいんだな、これが。



「蒼太って、バカだね」


だからわたしはその日、朝になってから蒼太の安アパートを訪れた際、そう言ったのだ。


「わたしの誕生日なんかのために、有給取るなんて……バカだね」


もちろん、口は悪くても愛情はたっぷりつまっている。

その証拠に、得意の手料理を持参してきた。

ケーキは持ってこなくていい、と蒼太が言っていたから、ケーキは作っても買ってもこなかったけれど。


「だいたい、どうして今年急に? いままで誕生日のお祝いなんて、メールか電話ですませてたじゃない」

「んー、だってさあ」


蒼太は畳の上に、来客用の座布団を敷きながら

さらりと、言った。


「今年はおまえに、プロポーズしようと思ってたから」


……え……?


今度こそ、わたしの思考は停止した。


え……なに……?

蒼太が、わたしに……プロポーズ……?


固まるわたしを見下ろして、バカみたいに背の高い蒼太は

ぽりぽりと、首の後ろを掻いた。


「あ、やべ。これじゃ全然おしゃれじゃねぇや」

「なに……? その、おしゃれっていうの」

「んー。だって、セロシアの花言葉が『おしゃれ』なんだよ」

「へ?」


ますますもって、意味がわからない。

蒼太は元から変わったところがある男だけれど、ここまでとは思っていなかった。

唖然とするわたしの手から、料理の入ったタッパーを入れた紙袋を取り上げる、蒼太。


「いつ見ても、うまそうだなあ。新菜の手作り料理」

「あの……なにがなんだか、意味がわからないんだけど」

「ん?」


だからさ、と蒼太は困ったような、照れたような笑みを浮かべながら

ようやっと、説明してくれた。


「そろそろ子供も作りたいし、だとしたらその前に結婚だろ? 俺は新菜とあたたかな家庭が作りたいし。それは譲れねぇんだ」


だから今年の誕生日には、しっかり有給を取って

わたしの誕生日をお祝いしつつ、プロポーズをするつもりだったらしい。


ちなみにセロシアというのが、今日のわたしの誕生花であり

その花言葉が、「おしゃれ」というらしく

蒼太は、お祝いもプロポーズも、それにちなんで「おしゃれ」に決めようと思っていたらしい。


「もちろん、プレゼントもおしゃれなのを選んだんだぜ」

「プレゼント、あるの?」

「当然」


いままで蒼太は変わり者だからというか、誕生日プレゼントも用意してきてくれたことがなかったから、よけいにびっくりしてしまう。

しかも、蒼太が棚の中から出したのは……本当に、おしゃれなものだった。


「わあ……セロシアのキャンドルケーキだね!」

「そう。さすが、新菜はこういうおしゃれなの、よく知ってんだな」


だから蒼太、ケーキは用意しなくていいって言ってたんだ……!

それは、セロシアという花がキャンドルのように植えられたケーキ。

約15センチほどで、ケーキサイズの5号くらい。

ケーキとはいえ、もちろん花だから食べられない。


けれど……すごくすごく、おしゃれで

もろに、わたしのツボにハマる誕生日プレゼントだった。


普段こういうことに疎い蒼太が、これを考えてくれたのだと思うと……心がふくふくと、あたたかくなってくる。


「“賞味期限”は、育てる新菜次第で、けっこう長いみたいだよ」

「うん。蒼太、……ありがとう」


わたしは感極まってしまって、蒼太の身体に抱き着いた。

蒼太は、ふふっと笑ってわたしを抱きしめ返してくれる。


「ハッピーバースデイ、新菜」


そして蒼太は、改めてこう言った。


「俺と結婚してくれ」


わたしの返事も、もちろん決まっていた。


「喜んで……!」


抱きしめあいながら、わたしと蒼太は

触れるだけの、けれど熱いキスを交わす。


いっぱいいっぱい、幸せにするから

いっぱいいっぱい、幸せにしてね。


大好きだよ、蒼太。


《11月27日 セロシア:完》

※セロシアの花言葉:おしゃれ

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11月27日 セロシア 苑田愛結 @ousaka38

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