親殺しのアル

Ryula

第1話

 その言葉は、死刑宣告と同じだった。

「…大変申し上げにくいのですが、この子は魔法を一切持っておりません。」

 神聖な教会の真っ白な台座の上で横たわっている俺に手をかざした神父は、眉を下げて傍らに立っている俺の両親を見て告げた。

 その時の両親の何もかも失ったような、絶望と悲しみの混じったような顔を、一生忘れることはできない。そして俺を見るあの歪んだ顔は、小さな子供心を簡単に恐怖に陥れた。

 その日から俺は、村一番の出来損ないとして意味のない暴力や、暴言を浴びせられる日々になった。あれだけ優しかったはずの両親も、俺に冷たくなった。子供が俺しかいなかった両親は村での地位が落ちるのを恐れて、優秀な子供を作ろうと急いで子作りを始めたことで、見事魔力がたっぷりある村一番優秀な弟を生んだ。まるで俺が得るはずだった魔力まで身に着けたかのように…

 弟が優秀だとわかって以降、俺の存在は消された。まるでこの村にはいないかのような扱い、空気のような扱いを受けた。家に帰って優秀な弟と比較され、もちろん家族の輪から外れた。俺は何も話すことは出来ず、ただ隅っこで座って家族の団欒を眺めるだけ。次第に、家に帰らなくなった。こんな俺を親は当然探すはずも、心配するはずもなく俺は学校にも行かずただ小川のそばでただゆっくりと過ごしていた。寝て起きて川を見て、また眠るそんな暮らしをしていた。


「おい!アル!俺だ!ガビンだ!」

 小川で暮らすようになってからもう三か月くらいだろうか。突然、声がかけられた。自分でも忘れかけていたその名前を呼んだのは、俺をいじめたガキ大将の一人、ガビンらしい。ガビンはぽっちゃりとした体形で、頭を丸刈りにしていた。当時の子供と比べても背は高くて、力も強かった。魔力は少なかったらしいが、持ち前の力で子供たちを従えていた。

 俺は振り向いてその姿を見た。瞬間、唖然とした。俺と同い年で、まだ8才ぐらいの子供のはずのガビンが、髭を生やし、地毛なのか長い茶色い髪を後ろで縛って、服の上からでもわかるくらい溢れそうなほどの筋肉をつけていたのだ。その容貌はすでに30を超えているだろう。一体何が起こったのか、俺は思考を巡らせていた。

 慌てて自分の姿を確認するために、小川を覗いた。そこには普段と変わらない、8才のままの俺の姿が映し出されていた。ホッとすると同時に、ガビンに対する疑惑が生まれてくる。ガビンがおかしいのか、俺がおかしいのか…いや、もしかしたらどちらもおかしく無いのかもしれない。もしかしたら、これが魔法というものなのかもしれない。魔法について何も知らない俺は、どんな魔法があるのかわからないし、魔法を使えない俺は魔法というものにかかわったことがない。そもそも、魔法とはいったい何なのだろうか。それすらもわからない自分に気付いた。俺は、自分を苦しめた『魔法』のことを何も知らない。魔力はわかる、魔法を使うためのエネルギー源だ。それが多いと優秀とみなされる。

 今起こっているこの現象も魔法なのだろうか。だとしたらガゼルの魔法だろう。もしかしたら魔法というのは自分の老化のスピードを速めるものなのかもしれない。でも…いったい何のために?ま、いいか。魔法なんて俺には関係のない話だ。魔法が使える人は今のガゼルのように何の疑問も持っていないんだろう。それが当たり前だから。


「何?」

 思ったよりもすんなりと声が出た。けれども、自分が思ったよりも冷たく、低い声だった。少し前の俺なら恐怖に顔を引き攣らせて、上ずった声を上げていただろう。でも、まるで別人のように変化したガゼルに恐怖心は一切起こらない。それよりも、今起こっていることのほうが怖い。


「お前の、お前の親が、血だらけで倒れているんだ!」

だから何だというのか。ふっと沸き上がった感情が言葉に出てしまう。それを聞いたガゼルは目を見開いた。あれほど両親から愛情を受けようと必死に縋ってきた俺はもういない。三か月間ずっと待った。こんな、村から少し出たら見つかる場所で過ごしていたのは、ずっと迎えに来てくれることを信じていたからだ。魔法がなくても、俺に対する愛情が少しでもあれば、いなくなった俺を心配して、それがわかるまで過ごしてきた優しい両親に戻ってくれると信じていた。だが、このざまだ。

今ガゼルが立っている道、小川が見下ろせる砂利道には何度も人が通った。でも、俺に目を向ける人はいても、鼻で嗤うだけだった。そして、その道にある日、両親が通った。俺と目も合った。だが、まるで何にもいなかったのようにすぐに視線を外され、それからこの道を通ったところは見たことがない。

そんな両親に、いったい誰が愛情を向けてくれると信じられるだろうか。

俺はもう、いらない存在だったんだ。


だいたい、ガゼルは何故俺のところへやって来たんだ。俺とあの家族はもう別物だ。もう何の関係もない。そう、何の関係もないただの他人なのだ。

そうガゼルに問えば、自分の親が大変なことになっているんだぞ、心配じゃないのか?と呆れた事を言ってきた。心配…?心配なんかするけないだろ。居なくなった俺を少しも心配しなかったくせに。


「…お前の両親はもう死にかけだ、死に目にぐらい会ってやってくれよ…」

死にかけ…?あの人達が?それは少し見てみたい。俺の事をいないフリしたあの人達が、死に様を晒してくれるのか。


「…そう、なら…会ってあげる」

俺は立ち上がって、ガゼルの方へ歩いていった。










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