竜装騎士、破壊不能を打ち砕く

「お兄さん、遅かったのは転移陣が故障でもしてたからですか?」


「いや、まず地上に戻ってきた冒険者を回復していた。そのあとに転移陣で第一層まで下りてきたから時間がかかった」


「えぇ~、もっと急いで来てくれても――」


「お前たちなら大丈夫だと思ってな」


 ちょっとだけ苦言をていしようとしていたブレイスも、そう言われてはどうしようもなかった。

 逆に信頼を言葉に出されて、嬉しくなって口元をにやけさせてしまいそうになる。


「ま、まぁ修業にもなったので別にいいですが~!」


「どうしたブレイス? 表情が変だぞ?」


「何でもありませんよ! あ、そういえばまだ“灰”モードのまま……もしかして、またからかって……いえ、今だけは気にしないでおきましょう」


「変な奴だな。――さてと、ここからは俺がやる。みんなは下がっていてくれ」


 エルムがダンジョンイーターの方に振り向いた瞬間、すでにそれは迫ってきていた。


「――あ、危ないッ!!」


 ダンジョンイーターが巨大な身体に超スピードを乗せて、ただ全力でぶつかるだけの――最強の攻撃。

 ダンジョンすべてを揺らす轟音。

 巻き込まれたエルムは、壁との間に押し潰された。

 ダンジョンイーターは続けて攻撃。

 長い身体をしならせて、バネのように反動を付けて、激しく打ち付ける。

 そのスケールの大きさから、まるで神の鉄槌のようだ。

 それを何度も何度も繰り返す。

 他の追随を許さない異常なまでの暴力は、まさに異界からやってきた災害と呼べるだろう。


「お、お兄さん……」


 過去のエルムの強さを知っているブレイスですら、悲痛な声をあげてしまう。

 ただひたすらに強打する大音量が響いたが――


「これはなかなか痛いな?」


 涼しげなエルムの声と共に、攻撃していたはずのダンジョンイーターが吹き飛ばされていた。


『なにッ!?』


 辛うじて体勢を立て直したダンジョンイーターの視線の先には、信じられないことにエルムが立っていた。

 タキシードの乱れを直しながら、平然な顔をしている。


「小さなすり傷ができてしまったじゃないか」


 オールバックで露わになった額の傷を指で触れ、ヌルッと付着した血をそのまま舐めた。

 浮かべたのは微笑。

 普段のエルムとは違う、“灰”モード独特のつかみ所の無い性格だ。


「そうか……お兄さんは昔と比べて、さらに強くなっているんだった……」


『このニンゲン……何という力だ……!!』


 ダンジョンイーターは上位竜種になったがゆえに、エルムの強さを測ることができた。

 現状の全力を打ち込んだのに、平然と立っている相手に勝てるはずがない。

 まぐれでも偶然でもトリックでもない。

 明らかな力の差だ。


『ひ、ヒィィイイ……』


 突然、情けない声を出して、ダンジョンの地面を掘って逃げだそうとしたのだが――


「そんな隙は与えない」


 エルムは小脇を締めて、両拳を握り、軽快なステップを踏んだ。

 拳闘士のスタイルだ。

 一瞬にしてダンジョンイーターとの距離を詰め、ジャブを放つ。


『ぐおァッ!?』


 見た目的には軽い一発なのだが、ダンジョンイーターの巨躯がオモチャのように吹き飛ばされた。

 平衡感覚を失うほどにグルグルと回転。

 同時に追いつめられた思考もグルグルと回っていた。

 明らかに勝てないエルムという相手。

 壁を食い破って二十層の異界の門から逃げる時間も与えてくれない。

 このままでは明らかな敗北。

 数多の他者に与えてきた死が、ダンジョンイーター自らにも訪れる。

 そう自覚したら、もはや“どうやって生き延びるか”という思考しか働かない。

 しかし、必死ともいえるそれは知恵を何倍も促進させた。


『エドワードぉ……そこで見ているだけでいいのかぁ……?』


「なに……?」


 ダンジョンイーターから向けられた弱々しい声に、エドワードは静かな怒りと共に反応した。


『見ての通り、こちらはもう死に体……。知恵を付けて初めて気が付いた。できることなら、今までの詫びとしてお前に殺されたい……』


「法国が崩れる原因を作ったお前――化け物であるダンジョンイーターが後悔しているとでもいうのか!? ……ふざけるな!」


『しかし、我が命は単一。この機を逃せば後悔するのはお前だ、エドワード。法国の無念を載せて、一太刀浴びせたいと思わないのか? それとも、お前にとって法国とはその程度の軽さであったか?』


「だ、黙れ……黙れ黙れ黙れ!!」


 エドワードは普段の丁寧な言葉遣いも消え失せ、目を血走らせていた。

 脳裏に浮かぶのは処刑された父、国外に逃げてから苦労の絶えなかった母、それに残してきた国民たちが占領下の不当な扱いを受けて死んでいく様。

 しかし何より許せなかったのが、自分一人が元王子として、のうのうと生きている罪の意識だ。

 冒険者になって力を付けても、これまで何にもならなかった。

 この場所で作った親しい人物――シャルマさえ目の前で死なせてしまったのだ。

 それらの抑えてきた思考が一気に弾けた。


「うあぁぁぁああああッ!!」


 先の戦闘で冒険者が落としていた剣を拾い、エドワードは怨敵に向かって走り出した。

 同時にダンジョンイーターの眼が、可能性をまだ捨てていない眼だと気が付いた。


『これが希望か。素晴らしいな、知恵というやつは』


「あっ――」


 ダンジョンイーターは、不用意に前に出てきたエドワードに向かって、弾丸のように牙を射出した。

 その威力はもはや対人ではなく、対物用の兵器。

 当たれば身体がバラバラに弾け飛ぶだろう。

 エドワードは自らが挑発に乗せられてしまったと思うも、すでに立っている場所が孤立していた。

 どうすることもできない。

 数瞬先の死が見える。

 しかし――


「エドワード。今は俺がお前の盾となり、そして矛となろう」


「村長……さん……」


 拳で弾かれる牙。

 エドワードの眼前には、いつの間にかエルムが立っていて、身を挺して守ってくれていた。


「……はい、お願いします」


「民のために怒れるエドワードは、いつか良い王になれるな。――シャルマのように」


「……シャルマさんを知っている?」


 すでにエドワードの目に怒りはなく、エルムへの敬意と、この人は何者なのだという疑問だけがあった。


『今まで得た情報から、そう動くと思っていたぞ。ニンゲン』


 ダンジョンイーターは知恵を働かせて、ここまで聞こえてきた会話などからエルムの人柄を理解していたのだ。

 弱き者に攻撃をすれば、それをかばって隙が出来ると。

 そして、もう一つの重要な情報を得ていた。


 今、この状況では多少の隙を作っても壁を壊して逃げることはできない。

 そこで、エルムとブレイスが話していた転移陣を使う事を思いついたのだ。

 それが巨大なダンジョンイーターの身体で使えるかは賭けだが、確率は0ではない。

 得た知恵で希望を掴み取ることを考えるだけだ。

 一瞬の隙を最大限に利用して、ダンジョン入り口に設置された転移陣まで辿り着いた。


『さぁ! 転移陣よ、外へ導くのだ――!』


 通常、転移陣はモンスターには使えない。

 それは使用できる知恵がなかったり、ダンジョンに作られた存在は知恵があっても使用が制限されていたりするためだ。

 しかし、ダンジョンイーターは異界の存在であり、知恵もある。

 転移陣は光り輝いて、その発動成功を知らせた。




 ダンジョンイーターは約二十年ぶりに陽の光を浴びた。


『おぉ……光あれ……。地上とはこんなにも美しかったのか』


 知性を得たダンジョンイーターの眼には、それまで無意味だった人類の営みである存在が、とても素晴らしいものに映っていた。


『人々が住む家はなんと穏やかさ感じさせることか。広がる畑は継続的な食糧の確保のためか、理にかなっている。そして――この周りにいるニンゲンたちは、彼らが守ろうとしている大切な存在か』


「なんで……こんなところに……」


 その大きすぎる身体でダンジョン入り口を破壊しながら出てきたダンジョンイーターを、心配で見に来ていたウリコと村人たちが呆然と眺めていた。

 ダンジョンイーターは感謝の微笑みを見せた。


『家と田畑と――このニンゲンたちを壊せば、逃げるまでの時間稼ぎにはなるだろう』


 その鋭い牙がウリコに向けられた。




 ***




 エルムは非常に落ちついていた。

 ダンジョン内部から転移陣に乗って地上に出る間も、タキシードを整えながら歩いていたくらいだ。

 そして余裕を持って、ダンジョンイーターと対峙しているその男・・・に対して声をかける。


「やぁ、シャルマ」


「ふっ、こんなところで余と出会うとは偶然だな。タキシード姿も似合っているではないか。退屈で仕方のない社交界に招待してやっても構わぬぞ?」


「遠慮しておく」


 少し前、ダンジョンイーターが地上に出て、ウリコに牙を向けて危機一髪の状況だった。

 しかし、喰われていたはずのシャルマが、ダンジョンイーターの中から脱出。

 そのまま交戦し始めたところに、エルムがやってきたのだ。


『なぜだ……お前は腹の中で消化されたはず……』


「余の身体は特別製でな。多少のことでは何ともない」


『そうか……世の中にはまだまだ見知らぬことが多いのだな……』


「ククク……。そうだ、余も冒険者など戯れでやってみたが、世界はまだまだ面白いことに満ち溢れているぞ」


 シャルマは構えていた斬鉄剣を下ろし、エルムの方に向き直った。


「余は身体がベトベトで気持ちが悪いので、こいつの処罰は我が友――エルムに任せるとしよう。目の届かぬ所なら、帝国の法も気にせずともよい」


「ありがとう、シャルマ」


「ふんっ、借りばかり作りたくないからな」


 険しい表情を崩さないシャルマだったが、その声はどこか嬉しそうだった。

 そして、そのまま去って行く。

 残されたのはエルムとダンジョンイーター。


『ニンゲン……お前の名前はエルムというのか……』


「自己紹介がまだだったな。俺は竜装騎士エルム。成り行きで村長になったり、辺境伯になったりしたが、ただの普通に暮らしたい人間だ」


『普通……か。今ならわかるが、どうやらこちらの行動がすべて裏目に出ている気がする。教えてくれないか、もしかして――』


 エルムは、敵が教えを請うという状況でも嘲りはせずに、誠意を持って答えた。


「そうだ。お前の情報を集め、行動を読み、そして誘導した」


 ダンジョンイーターが出現したあと、エルムは“灰”モードの力を借りて、冷静に作戦を練った。

 冒険者を餌にして時間を稼ぎ、エルムが突入可能になったら、ブレイスたちで確実に食い止める。

 そしてブレイスが密かに会話による“転移陣”の情報を与えることによって、地上に誘導しようとしていることに気づき、それに乗ったのだ。

 地上に逃した後も余裕があったのは、未だに行方不明だったシャルマを信じていたためだ。


『やはりか……。得たばかりの知恵でいい気になっていたが、手のひらで踊らされていたのはこちらか』


「ダンジョン内部でお前の装甲を貫く攻撃をしようとすると、内部を崩壊させてしまう危険があったからな。“灰”の能力も絡めて、外まで誘導させてもらった」


『……異界の門を通ってしまった最初の時点から、負けが決まっていたのかもしれぬ。……もういい』


 ダンジョンイーターは今度は演技ではなく、本当に諦めた口調で喋っていた。


「なにがだ?」


『もういい。敵対者であるこちらを殺せ。エルム、お前ならできるのだろう?』


 それを聞いたエルムは、なぜか敵に対して心底落胆した。


「……情けない。お前はそれでも竜か? なぜ諦める。この戦いが終わったら、したいこととかないのか?」


『したいこと……? それはつまり未来……か。知恵のある今なら……考えられる』


 ダンジョンイーターは最後の景色と思って、広々とした金色の麦畑を眺めた。


『小さなミミズにでもなって、このような畑で普通に暮らしたいものだ』


「そうか。それなら――」


 エルムはカッと目を見開き、眉間にシワを寄せた真剣な表情を露わにした。

 そして、ダンジョンイーターの懐まで瞬時に近付き、全身をバネのように使って屈み込み――


「俺と戦って生き延びてみろ、気高いドラゴンならな!!」


『……ッ!?』


 強烈なアッパーを解き放った。

 ダンジョンイーターは凄まじい速さで空中に打ち上げられる。


『こちらをまだ気高いと呼ぶのか、エルム――』


「最後まで全力で戦い、お前自身が“ドラゴン”を証明してみせろ。ダンジョンイーター!」


『足掻いてから死ぬか――それもまた一興!!』


 ダンジョンイーターは、まだ自分と向き合ってくれているエルムを好敵手として認めた。

 一寸先に散る命だとわかっていても、決闘の礼節として全力を出さなければならない。

 その生まれて初めての強い意志は、さらなる進化を遂げさせた。

 空中に打ち上げられた体勢を立て直すための大きな翼と、ドラゴンと呼ぶに相応しい両手と両脚が生えてくる。

 そして全身全霊のエーテルを攻撃に変換するための臓器が身体の中に作られた。

 発射可能になったのはドラゴンの主砲――ブレス。


『我が生涯最後にして、最高の相手に放つ、最強の一撃を喰らわせてやろう! 地に還れ――“動地咆哮ガイア・ブレス”!!』


 上位地竜ダンジョンイーターの口から巨大なエネルギーの奔流が迸った。

 エルムがいる真下に向かって放たれたそれは、極大魔法よりさらに強力な上位竜種特有である、必殺の一撃だ。

 このままではエルムはおろか、ボリス村も吹き飛んでしまうだろう。


「え、エルムさん!? なんか上が大変なことになっていますよ!?」


 その光景を見てうろたえるウリコだったが、エルムはただ楽しそうに笑い返した。


「村を守る村長の仕事くらいはやってやるさ! ――来てくれ! バハさん!」


「このくらいのタイミングだと思って待ってたよ、エルム」


 子竜形態ではなく、エルムが騎乗できる邪竜のサイズとなっているバハムート十三世が颯爽と飛んできた。

 エルムはその背に飛び乗り、ブレスが迫っている天空へ飛翔した。


「行くぞ――!」


 エルムが手の中に出現させたのは、使い慣れた相棒。

 神話に名高い神槍と別のルーツを持つ、ゼロの神器。

 神々から付けられた名前は――零式神槍グングニル。


「異界の主神オーディンよ、俺に力を寄越せ。――絶対勝利、ただれだけの為、神穿うがち殺すくさびと成れ。最強の邪竜と竜装騎士の名において――我放つ――」


 空から落ちてくる巨大な動地咆哮ガイア・ブレスに向かって、エルムは神槍を突き出しながら真の力を発動させた。


「――“必中せし魂壊の神槍ゼロ・グングニル”!!」


 天空へ眩しくも優しい光が迸った。

 途中で動地咆哮ガイア・ブレスと衝突したが、一瞬でそれをかき消し、上位地竜ダンジョンイーターを包み込む。


『……これが全力で戦っての敗北か。悪くない……な……』


 満足げな言葉を残して、異界の災害級――上位地竜ダンジョンイーターは消滅した。




 光が収まり、エルムを乗せたバハムート十三世は着地した。

 駆け寄ってくるウリコや村人。それにダンジョンから出てきたブレイスたちもいた。


「やりましたね、お兄さん!」


「まったく、年寄りをヒヤヒヤさせるな。小僧」


「悪い悪い。なんかこの“灰”モードにチェンジすると、思考が変化してな……」


 事態が収拾して、エルムは少しだけ普段の表情を取り戻していた。

 それを見て、ウリコもいつもの調子で話しかける。


「お疲れ様でした、エルムさん! しかし、この私の功績も忘れてもらっては困りますよ!」


「……ん?」


 自分の胸をペシーンと叩いて、自信満々でアピールしてきた。


「私が提案した弁当勝負ですよ! アレがなかったら、冒険者さんとの結束もなかったはずです!」


「ああ、確かに……」


 今回の件は、冒険者との信頼関係がなければ成立しなかっただろう。

 いくらエルムの“灰”とて、了承のない相手にむやみに使うことはできない。


「さて、エルムさん! 結果発表です!」


「結果発表……?」


「弁当七番勝負! 売り上げ、評価点、すべてにおいてダントツで――“エルムのダンジョン弁当”の勝利です! おめでとうございます!」


「おめでとう!」


「おめでとうございます!」


「おめでとうなのである!」


 ダンジョンイーターでそれどころではなくて忘れていたのだが、全員から祝われてしまった。

 笑顔と拍手でいっぱいだ。


「こ、こんなときに……お前ら……」


「もう、エルムさん! どんなときでも、嬉しいことは素直に口にするものですよ!」


 最強の竜装騎士でも、ウリコの押しには勝てない。

 エルムは仕方なく、少し恥ずかしがりながら『ありがとう』と受け入れることにした。

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