竜装騎士、何かに乗っ取られたように喋る

 冒険者が出払い、がらんとした酒場。

 そこにいるのはエルム、ウリコ、ブレイス、バハムート十三世だけだった。


「エルムが普段と違うって?」


 子竜はテーブルにちょこんと座りながら聞き返すが、どこかわざとらしい喋りだった。


「はい。外見的にはタキシードを着てオールバックにしたエルムさんなのですが、中身が明らかに違う・・・・・・・・・というか……」


「まぁ、当たりかな? まさかね~、ウリコがそんなに鋭いとは思わなかったよ。いや、普段何も考えてないからこそ、外見以外の本質を突くことができるのかもしれないね」


「バハちゃんは相変わらず、中身が変わらず手厳しい~!」


 ウリコと子竜は一緒に笑った。

 意外とこのコンビは相性が良いのかもしれない。


「先に言っておかないと、ウリコが殴って目を覚まさせようとするかもしれないから、細かいことは省きつつ“灰の心士衣服タキシードモード”のことを説明しておくよ」


「たま~に使ってましたよね、“灰”モードってやつ。命令したら相手が強制的に言うことを聞いちゃう感じでしたっけ?」


「それもあるけど、本質的なことは精神面の強化。これはエルムの唯一の弱点でもあるからね。けど、精神を強くするっていうのは、同時に元の人間性を失っていくことになるんだよ」


 本質が穏やかで優しいエルムは、基本的に非情な行動が取れない。

 そのため、必要であれば“灰”モードで精神を強化するのだが、それは力を強くするなどの単純な強化と違って、マイナスの面も秘めている。

 精神が強くなれば、目的のためにすべてを切り捨てる事もできるし、事情を知らない他人から見れば冷酷無比に映るだろう。

 エルムも“灰”モードが終われば、そのときの自分を客観視して嫌悪感を抱いてしまう。

 なので、普段は使いたがらないのだ。


「でも、今回は非情にならないとすべてを守ることができないと判断したんだろうね。ボクとしては、他人を大事にしすぎるのは理解できないけど、エルムの気持ちは尊重はするよ」


 その子竜の説明を聞いて、ウリコはシュンとしながら自分の言動を反省した。


「そうだったんですね……。辛い決断をしたエルムさんの気持ちを知らず、ひどいことを言ってすみませんでした……」


 それに対して、エルムはピンとした姿勢で軽やかに笑った。

 きちんとしたタキシードに加え、顔立ちの整った長身なのでとても見栄えが良い。


「ありがとう、ウリコ。しかし、謝る必要はない。俺の崇高なる思考を理解できるのは、世界に数人いるかどうかじゃないか? ウリコが理解できなくて当然だ」


「うわ~。なんかこのエルムさん、少しムカつきますね~……!?」


 思わずジト目で拳を握るウリコを、子竜が面倒そうになだめる。


「まぁまぁ、落ちつくんだ。色々な意味で、この“灰”モードは“エルム”じゃないんだから」


「むぅ~、そう思っておきます。元に戻ったらあとでいじり倒します」


 それまで普段とは違う不機嫌そうに黙っていたブレイスも、首肯して同意した。


ぼくもお兄さんの“その姿”は苦手です。嫌なやつを思い出しますからね~……」


「ああ、そういえば“灰の紳士ラット”と同じ格好だね。懐かしい旅仲間。キミたち二人は仲が良くなかったね」


「はい、あの灰の詐欺師。ネズミ野郎のことを思い出すとムカムカします。いっつも、おちょくってきて……」


 ブレイスは外見年齢とし相応に口をへの字に曲げて、ブツブツと呟く。

 それを見たエルムはニヤリと面白そうに、ブレイスに近付いて耳元で囁いた。


「どうしたのかな、紫のお子様? もしかして、ラットに大好きなお兄さんが取られそうと思って焦っているのかな?」


「う……ぐぐ……。すごい迫真の演技です。本物と寸分違わない嫌な精神攻撃。こうやって魔法を乱して、そこから崩していくのがネズミ野郎のやり方なんです。お兄さんがここまでトレースするのはさすがなのですが、複雑な心境です……」


 一触即発――相性の悪い“灰”と“紫”が空気をよどませたところで、エルムは一歩引いて話を戻す。


「とりあえず、門が壊れた今、ダンジョンに餌をバラ撒けば時間を稼げる。たとえ空間的な座標が繋がっていなくても、エドワードから得た情報が正しければ何とかなりそうだ。ダンジョンイーターは、どうやら人が大好物らしいからな。喰い尽くすまではダンジョンから出てこないだろう」


「餌……」


 過去、法国で発生したときは綺麗にダンジョン内の冒険者を平らげてから、外の街の方に出現している。

 それによって、ダンジョンイーターの目的は人の捕食の優先度が高いとわかった。

 そのためにダンジョンの壁を破るとしても、まずはダンジョン内の餌を食べてからという可能性が高い。

 今回はそれに基づいた作戦なのだ。


「なぁに、さっきも言ったが冒険者は村を守ることに了承したし、報酬も与える。しかも、一時的な精神操作をしてトラウマも発生させないという合理的な作戦だ」


「えーっと、それって精神操作して記憶を書き換えて、何もわからないまま強制的に待たせて、サンドワームから逃げない餌にしているんですよね……。いくらあとで蘇生させるからって……」


「物は言いようだな?」


「いや~、私が言うのもなんですが、こっちの方が一般的だと思いますよ~……」


「これは手厳しい、価値観の相違というやつだな。話を戻そう」


「すごい。確かに今のエルムさん、メンタル強い」


 遠くを見るような虚ろな眼をしているウリコ。

 苦虫を噛み潰したかのように不機嫌そうな表情のブレイス。

 いつもと変わらない子竜。

 そして――


「名付けてダンジョン弁当作戦。俺たちが突入できる時間になるまで、餌には頑張ってもらおう。タイミングが来たら先行部隊のブレイスたちが確実に足止めをして、最後に俺がたおす」


 人を人とも思わない悪魔のように嘲笑うエルムだった。

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