弁当七番勝負! 魔法猫組の魔剤弁当!①

 五組目となるのは魔法使いブレイスと、その弟子になったレンの猫獣人コンビ。

 この二人に呼び出されたエルムは、なぜか村の広場にいた。

 いつもなら酒場で会話のパターンなのだが、今回は狭いといけないらしい。


「それでブレイス、俺に頼みって何なんだ? お前のことだから無茶は言わないとは思うけど……」


「今のお兄さんは、五千匹の竜を召喚できるんですよね?」


「え、エルムって、そんなことまでできるの!? やっぱり特別な存在! すごいわ!」


 どこで知ったのか当然のように聞いてくるブレイスと、召喚と知って興奮気味で巫女服の大きな袖をバサバサと振るレン。

 エルムは少しだけ嫌な予感をさせながらも答えた。


「ああ、神槍の力で呼び出せるが……まさか、喚べと? 数的に目立つし、かなり危険だぞ。中にはとても気性の荒いドラゴンもいて……」


 エルムが従える竜軍団は、様々な理を超えて召喚可能なのだが、その分強力すぎて呼び出すと手の付けられないモノも多い。

 召喚者が力で支配すれば問題ないのだが、エルムは優しい故にそれはしたくないのだ。

 ちなみに前回、魔王軍に対してバハさんがお遊びで代理召喚したときは力で支配したのだが、エルムはバハさんが代理召喚したこと自体知らない。


「んーと、全部じゃなくて一匹で大丈夫です。そこまで力がなくて、気性が荒くなくて、魔力の籠もった角があれば問題ないですよ」


「その条件だと――炎竜アプフェルバウムがよさそうだな。とても理性的で、子ども好きの上位竜だ。喚びだしてみる」


 エルムは神槍の石突きでコンッと地面を叩くと、背後に巨大な黒い穴――空間が開いた。

 エーテルを使い、契約している炎竜アプフェルバウムを喚びだす。

 その巨体がゆっくりと境界を越えて這い出てくる。


「すごい、すごいわ! これが炎竜!」


「あわ、あわわわわわ……」


「あれ……? なんか出てきてすぐに震えてるわ……?」


 立派な角を生やし、赤く巨大な炎竜なのだが、ボリス村を見た途端に頭を抱えながら縮こまってブルブル震えていた。

 実はこの炎竜、一度ボリス村に来たことがあったのだ。

 何を隠そう、元竜魔将軍の炎竜である。

 魔王軍の一員としてボリス村に進行しようとするも、絶対に逆らってはいけないバハムート十三世がいると察してトンズラ。

 面白がったバハムート十三世に代理召喚されて、魔王軍と同士討ちをさせられるという最悪のトラウマがあったのだ。


「よく来てくれた炎竜アプフェルバウム……って、どうしたんだ?」


 もちろんエルムはそれを知らない。

 炎竜としては、優しいエルムに吐露したい気持ちもあるのだが――


「じー……」


「ひっ」


 隠れて遠くから監視しているバハムート十三世に口止めされているため、炎竜は自分が元魔将軍だとか、ボリス村に来たことがあるとかは言えない。

 炎竜は焼死吐息ファイアブレスと逆の要領で大きく深呼吸をして、必死に息を落ちつかせた。

 何も知らないフリでエルムと話さなければならない。


「え、エルム様。本日はワタシなんかに、その……どのようなご用件でしょうか……? い、痛いこととかしませんよね?」


「痛いこと? たぶん平気じゃないかな」


「ほっ」


「俺の古い仲間のブレイスが、竜を喚びだしてほしいと言ってきたんだ」


 炎竜はやっと気が付いた。

 エルムの他に、小さな猫獣人が二人いることに。

 巨大なドラゴンとしての威厳を思い出し、ふんぞり返りながら見下した。


「ほう……? エルム様の古い仲間――ブレイスとかいう小さき存在よ。吐息に触れただけで命ある者を焼死させてしまう、この炎竜アプフェルバウムに何用だ? つまらぬ用件だった場合は、ただでは済まさぬぞ?」


 ふふんっ、と炎竜は火が漏れ出しそうな鼻息で笑った。

 今まで散々だったが、上級竜と普通の人間では格が違うというのを思い知らせてやるのだ――と考えていた。

 それと契約者のエルムにいいところを見せられるというのも大きい。


「えっとですね、ぼくたちは今、お弁当の勝負をしてるんですよ」


「お弁……当……?」


 炎竜の表情が固まった。

 巨大な竜を見ても落ち着き払っているブレイスに異常さを感じるのと同時に、喚びだした理由がお弁当というのに嫌すぎる予感がしていた。

 そんな気も知らず、ブレイスは和やかに話を進める。


「冒険者がダンジョンに持ち込むお弁当なのですが、それなら何が求められているのかな~って考えていたのですよ」


「ほ、ほう……?」


「冒険者なら強さを求めるじゃないですか。そこでぼくは思いつきました。食べれば強くなる食材を使えばいいのだと」


 食材というキーワード。

 サッと血の気が引く炎竜。


「あわ、あわわわわわわわわ……。わ、ワタシの肉を食べても美味しくないですよ……」


「肉? アハハ。いくら何でもそんなことするはずないじゃないですかー」


「そ、そうか! そうだな! そーですよねぇー! いくら何でも炎竜を食べようだなんて人間がいるはず――」


 ブレイスは、炎竜の角を指差した。


「削らせてください」


「……は?」


「竜の角、削らせてください」


「あの、ちょっと待ってください……。何ですかその手に持ったヤスリ……冗談ですよね……。ワタシ、これでも一応は上位竜なんですが――止めて近付かないでぇーッ!?」


 いぃぃやぁぁぁあああああ!! という炎竜アプフェルバウムの絶叫が木霊した。




* * * * * * * *




 その後、一行は熱帯雨林にやってきていた。


「うぅ、自慢の角を削られてしまいました。……ちょっぴりだけど」


 背中に三人を乗せて地面に降り立った炎竜は、シクシクと泣いていた。

 あの時、村でブレイスが角を削ろうとしたのだが、エルムが止めに入って一旦中断。

 子どもであるレンが頼んだところ、炎竜は渋々角を削られることを了承したのだ。

 そのままタクシー代わりに、次の食材調達の場所――熱帯雨林まで移動に使われて今に至る。


「ほらほら、もう泣かないでよ~」


「そ、そうですね。子どもであるレンの前で泣くなんて、恥ずかしいことでした。苦難に耐えて強く生きるという、お姉さんの手本を見せなければ……!」


 炎竜は子どもでも降りやすいようにと配慮して、身体全体を地面に押しつけるような体勢をしていた。

 本当は綺麗好きなので土が付くのは嫌だが、レンが高いところから着地して足をくじいたら大変というのが優先された。


「あれ? 炎竜ってお姉ちゃんなの?」


 無事、熱帯雨林の地に足を付けたレンが聞いてきていた。

 炎竜は照れながらも答える。


「ま、まぁ性別的にそういう感じなだけですよ。決して、他意はありません。実の妹とかいませんし」


「そっかー、女の子だったんだー。それじゃあ、林檎の木アプフェルバウムっていう名前だし、リンゴお姉ちゃんって呼ぶわね!」


「り、リンゴお姉ちゃん……!?」


「ここまで乗せてきてくれてありがとう、リンゴお姉ちゃんっ」


 炎竜は赤い身体をさらに赤く染めながら、長い首を明後日の方向に向けて視線を逸らした。


「ふ、不敬ですよ人間! この上位の存在に対して、その、リンゴお姉ちゃんとか……! しかし、エルム様の知り合いとなれば仕方がない!」


「え? いや、別に俺を気にしなくても……」


 突然、名前を出されて困惑気味のエルムを遮るように、語気を荒げながら興奮する炎竜。


「ええ、仕方がありません! リンゴお姉ちゃんと呼ぶことを許します!」


「わーい、レンにお姉ちゃんができた~!」


「じゃあ、ぼくもそう呼ぼうかな。リンゴお姉ちゃん・・・・・・・・


 なぜか話題に乗ってきた軽い口調のブレイスに対して、炎竜は氷よりも冷めた眼を向けた。


「あなたは許可しません」


「え~? 外見は純真無垢な子どもなのに~?」


「中身は大人だと一瞬でわかります。それに貴方はもう……いえ、なんでもありません」


 炎竜は、火がチロチロと見える溜め息を吐いたあとに、『さらばです』と飛び去って行った。


「またねー! リンゴお姉ちゃ~ん」


 そのレンの声が届いたか届いてないかはわからないが、炎竜の尻尾が嬉しそうに揺れていた。

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