弁当七番勝負! 爺孫組の東の国弁当!③

 僧侶エドワードは、今日も酒場の扉を開く。

 村にきた当初は不安と後悔でいっぱいだったが、最近はそうでもなくなってきた。

 連日行われる弁当勝負をキッカケに、他の冒険者とも話すようになってきたし、村の子ども――コンとも仲良くなった。


 ダンジョン探索は本来危険にも関わらず、今では毎日が充実して楽しいと思ってしまうほどだ。

 そんな笑顔でエドワードは、酒場の中へと足を踏み入れたのだが――


「よくぞ参った……ッ!!」


「ヒィッ!?」


 今日は弁当売りのカウンターに、物凄い目付きの老人が立っていた。

 その身体からは、戦場の最前線でしか見ない濃密な殺気のようなモノが漂っている。

 エドワードの冒険者としての勘が、この老人は凄まじく危険な戦闘力を秘めていると最大級の警戒を促した。

 老人の気に入らない行動をしたら、腰に帯びている刀で、瞬きの瞬間にでも首が飛んでいるのは想像に容易い。


「ど、どうも……こんにちは~……」


 エドワードは震えながらの会釈をしながら、ゆっくりと警戒しつつ空いている席に座った。

 すると、冒険者のヴィルとオットーが話しかけてきた。


「お、おい。エドワードもアレを見て、やっぱりビビっちまったか……」


「はは、あんまりエドワードをからかうなよ。アレは下手なSSS級モンスターより強そうだ。誰でも身がすくむさ」


「ヴィル、オットー。いったいあの老人は何者なんですか……?」


 エドワードはカウンターの方をチラリと見るが、それだけでも恐ろしい気分になった。


「アイツはなぁ、村の守人とか呼ばれているショーグンって奴だ。なんでも噂では、付近の森にやってきた密猟者十数人を相手にやりあって無傷だったらしい」


「十数人を相手に……。ショーグンが逃げたとかじゃないですよね?」


「逃げたのは相手だ。峰打ちだけで追い返したらしい」


「なんだ、峰打ちなら誰も殺してないわけですね? 優しい人じゃないですか~」


 ヴィルとオットーは、顔を見合わせた後にゲンナリとした。


「お前、密猟者たちは峰打ち一発で肋骨片方を全部持って行かれて、生き地獄を味わわされたって話だぞ……」


「……目を合わせないようにします」


 こんな具合に冒険者全員が、今日の弁当を購入には踏み切れなかった。

 楽しみにしている者は多かったのだが、さすがに命が惜しい。

 それほどまでにショーグンが恐ろしかったのだ。

 そこに空気を読まずにトテトテとやってきたコン。

 笑顔でショーグンに一言。


「おじいちゃん、変な顔してるな!」


 その場にいた者全員が、ビクッと心臓が飛び出そうになった。

 ショーグンがどう動くのか、一斉に視線が集まる。


「……す、すまぬ。どうやら拙者は慣れぬ“営業すまいる”とやらで緊張しすぎていたようだ」


「あはは、顔こわーい」


 冒険者たちは“緊張で殺気を漲らせるなよ……”と内心ツッコミつつも、ホッと一安心した。


「ねーねー冒険者のみんな、おじいちゃんとコンで作ったお弁当買っていってよ~!」


「おぉ、コンが作ったのか」


「へぇ~、値段も手頃だしダンジョンに持ち込もうかな」


 ショーグンの時と違って、コンが一声かけるだけで冒険者のほとんどが販売カウンターへとやってきた。

 ここ数日、コンが作り上げた冒険者との信頼関係のおかげだ。

 ショーグンが代金を受け取り、コンが弁当を一人一人に手渡していく。


「はい、ヴィル。好物の肉とジャガイモの料理入れておいたよ」


「コン、お前覚えてくれていたのか」


「はい、オットー。おにぎりが入ってるから楽しみにしてね。具は色々入れてある!」


「ありがとう、楽しみだ」


「はい、エドワード。根菜の煮物……じゃなくて、炒め物だけど美味しいよ!」


「いやぁ、嬉しいです」


「それからロミオに、マリン、アウギィ――」


 コンは弁当を手渡す度に、冒険者の名前を呼んでいく。


「おいおい、もしかして冒険者全員の名前を覚えてるっていうのか。すげぇなコンは」


「えへへ、話してたら自然と覚えちゃっただけだよ。はい、ネネコ、セロリー、エムに――」




* * * * * * * *




「……ということがあったんですよ、シャルマさん」


「面白そうだなエドワード、羨ましいぞ」


「それならもっと普段から酒場に顔を見せればいいのに。お弁当もコッソリ買うことが多いですし」


「……余は事情があって目立ちたくない」


 今日もダンジョンに潜っている、エドワードとシャルマが属するパーティー。

 シャルマが後ろをチラチラと見ながら四層の中盤まで達したので、今は岩に腰掛けて食事休憩中だ。


「シャルマさん、後衛を気にかけてくれてありがとうございます」


「……ふん、また途中で死なれても迷惑だからな」


 そんなわかりやすいツンデレっぷりを発揮しながらも、今日のお弁当を取りだした。

 ドライアド素材を使った長方形になっている。


「何か神聖な雰囲気の木箱ですね……。邪気を弾いて、腐敗を防いでいるんですかね?」


「余が見たところ、SSSランク以上のモンスター素材だな」


「あはは、ただの食事を入れる箱にそんなもの使うはずないじゃないですか~。シャルマさんも冗談がうまくなりましたね」


「フッ。この弁当箱を作ったのは、たぶんそういう面白い奴だ」


 シャルマは微かに口角を上げた。

 エドワードも釣られて笑みを見せ、自分の弁当を取りだした。

 二人は示し合わせたかのように、同時にフタをカパッと開け放った。


「ほう……これは……。何というか、色合いが地味だな」


 入っていたのはおにぎり、肉じゃが、きんぴらゴボウだった。

 シャルマが呟いたとおり茶色が多くて、今までの弁当と比べると華やかさに欠けるともいえる。


「でも、美味しそうですよ」


「……そうだな。食す前に評価を下してしまっては、この弁当に失礼というものだ」


 エドワードが手を合わせて頂きますと言って、シャルマもそれを真似てから弁当を食べ始めた。

 最初はメインらしい肉じゃがに手を付けた。


「む、このジャガイモと肉を煮た物――甘辛い味と肉の旨味がジャガイモに染み渡っているな。あとは何とも言えない別の旨味があるが、これはいったい……」


「これは……東の国で作られたという、魚介出汁かもしれませんね。ほら、ジャガイモの下に何か敷いてあります。これは余分な煮汁を吸い取る効果もありそうですね」


 肉じゃがの下には、他の弁当の欠点から考え出された、煮汁が広がるのを防ぐためのカツオ節が敷かれていた。

 それが肉じゃがの旨味にも貢献していたのだ。


「ふむ、面白い。この煮汁を吸い取った魚介の何か。これも一緒に食べるとまた違う楽しみになる」


「程よい甘辛さで、おにぎりも進みますね。あ、こちらは中に塩鮭が入っていました」


「おにぎりか、どれ。……うぐォッ、何だこの赤くて酸っぱいものはァ!?」


 未体験の酸味――梅干しで驚愕に目を見開くシャルマ。

 しかし、そこは皇帝の意地で耐えた。

 しばらくすると口の中のきつい酸味が過ぎ去り、米の甘みを引き出すかのようなハーモニーを奏でる。


「……この赤いの、慣れるといけるな」


「あ、そっちのも美味しそうですね。交換しませんか?」


「ふん、これは余の物だ。誰にもやらん」


「……シャルマさんって、意外と心が狭いですよね」


「ほう、どうやら今度は本当に蘇生をされたいらしいな」


「じょ、冗談ですよ。冗談……」


 それからも二人は弁当を楽しんだ。

 味が移らないように仕切りとして入っている植物の葉蘭ハランに感心したり、きんぴらゴボウの独特な歯ごたえに舌鼓を打ったり――

 今までに無い満足感を得て、ダンジョンでの食事を終えた。


「ご馳走様でした」


「ご馳走様だ」


 東の国の作法を真似て手を合わせた後、空になった弁当箱の蓋を閉めた。

 エドワードは幸せそうな表情で目をつぶり、嬉しそうに語り出す。


「何か、とても懐かしい気持ちになるお弁当でした」


「そうだな。たしか、コンという少年が冒険者のために作ったのだったな」


「はい。彼の真心が籠もっているかのような、暖かくて優しい味です。本当は故郷の料理とは違うのですが、なぜか母の味だと思ってしまいました」


「フッ、まだ母が恋しい頃か? まったく、甘く軟弱な冒険者だ。……いやしかし、家族を大事にせぬ者よりは百倍マシだとも言えよう。余もそういう奴を好む」


 二人してどこか懐かしい気持ちになっていた。

 まるで家族と一緒に食べた、幸せな味がする食卓の後のように。

 心が活力を得て、ダンジョンという困難に立ち向かう勇気を与えてくれる。

 真心の込められた料理というのは、そういう力があるのかもしれない。




 爺孫組。

 東の国弁当。

 販売220BP。

 評価901BP。

 ――合計1121BP。


 やっと冒険者第一で作られた弁当。

 値段も手頃で、揺れや汁などの対策もしてあり、過去最多の購入者と評価ポイントになった。

 唯一の弱点として、作り慣れていないために味のバラツキや、色味が地味すぎるという部分もあったが、それでも込められた真心がすべてをカバーしていた。


* * * * * * * *


 現在の順位。

 一位――爺孫組、東の国弁当。1121BP。

 二位――魔王軍組、魔王の弁当。551BP。

 三位――元冒険者組、三位一体弁当。163BP。

 四位――強制カップル組、最高級バハムート十三世弁当。149BP。


「そんなまさか、このエルムの相棒であるボクが最下位で終わるとかは……ないよね……」


 震えるバハさん。


「うむ、二位なら我も落としどころとしては納得なのである」


 なかなかに満足げなジ・オーバー。


「さ、最下位を免れたなら問題ねぇだろ。……オレのせいじゃないからな!?」


 マシューとオルガからの冷たい視線に耐えきれないガイ。


「今のところ一位で嬉しいけど、冒険者みんなのおかげだよ!」


 成長して謙虚なことも言えるようになったコン。


 そして――それらを勝ち誇った眼で眺める三角巾の少女がいた。


「ふふふ……次はブレイスさんとレンちゃんのコンビですね。そして、締めは私――ウリコです! 店を制する者は弁当勝負も制すと、圧倒的な戦力差を見せてあげましょう! ハーッハッハッハ!」


 勝利を確信しているらしいウリコは高笑いをあげていた。

 エルムはそれを見て、一つ大きな勘違い・・・があると突っ込みたかったが、何となく止めておいた。

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