魔法学校首席、過去を思い出す6
「クソッ、捕らえていた魔法使いの猫獣人がいなくなってやがる。探せ! アンデッド共!」
ブレイスが収容されていた建物から脱出したエルム達。
木箱の裏に隠れて様子をうかがっていた。
周囲は大量のアンデッドと、それを指揮する数人の魔族。
「アンデッドか……数が多いと厄介だな」
アンデッドとは、ある程度の死を克服した存在である。
それは人だったり、魔族だったり。
彼らにはいくつかの種類がある。
一つは上位の魔族が戦力増強のために行う、身体強化のためのアンデッド化。
これは知性をそのままに、死への耐性を強めた純粋な強化に近い。
ほとんど外見の変化もない。
もう一つが、眼前の元人間たちのような低級アンデッド。
ぼろ切れを纏い、知性なき虚ろな視線、身体も欠損したままの状態の個体が多い。
状態から見て、墓から掘り起こしたか、敵対勢力を無理やりアンデッド化したのだろう。
「もしかして、あの中にぼくの両親も……」
「ないない。どれもこれもアンデッドになってから時間が経ってるし、それで肉体を置いて魂が離れちゃって消滅してる状態だね。新鮮な村人とは違う。ボクの竜の眼で見たから間違いないよ」
「そうですか……よかった」
「ブレイス、意外と両親想いで優しいところがあるんだな?」
「う、うるさいですよ! お兄さん!」
思わず声を荒げてしまったブレイス。
それを聞いたのか、指揮していた魔族の一人が近づいてきた。
「おい、誰かいるのか……?」
しまったと思うも、物陰から動けない二人と一匹。
村人が収容されているらしき建物が遠目に見えるが、途中に大量のアンデッドがいて突破に時間がかかりそうだ。
強引にいこうにも、その間にまた人質として使われてしまう可能性が高い。
ブレイスは小声でエルムに話しかけた。
「お兄さん、無駄に強いんだから何とかならないんですか……?」
「素手だし、相手はアンデッドだ。時間がかかりすぎる。ブレイスの方こそ、魔法で何とかできないのか?」
「誰かさんに放ったので魔力が空っぽですよ。……そういえば、どうしてお兄さんは魔法を使わないんですか? 膨大な魔力があるのなら、使えるでしょう?」
「……試した事がない」
「宝の持ち腐れ……か。いいでしょう。特別に首席魔法使いの、このボクが教えましょう」
魔法学校最強の天才が秘中の秘を惜しげもなくエルムに教えていく。
最短で魔法を放てるようになるコース。
時間が無いのでセーフティーなどは省く。
どうせ失敗してもエルム本人は無事だろうという考えだ。
「何をコソコソと喋ってるんだ……。で、出てこい! 俺は怖くないぞ! なんたって、こっちには味方のアンデッドがワラワラいるんだ……! おれに何かしようとかするなよ! 絶対だぞ!」
魔族は極大魔法を使えるブレイスにビビって、なかなか物陰を確認できない。
それを放置して、ブレイスは教えの最後として詠唱を伝えた。
「――というわけで、それを唱えながら、外なる存在に助力して欲しいと念じてください。本当はその相手のイメージが必要なのですが、今は魔導書が手元になくて……」
「その知識なら大丈夫だ。実際に見てきたバハさんから、ダンテという男の話は聞いている」
「……は?」
呆気にとられるブレイスに、子竜が何でも無いという風に告げる。
「至高天まで辿り着いてしまった人間風情。ただ一人の恋人ですらない女への執着が滑稽で愛おしくてね。珍しくボクの記憶に留めていたんだよ」
「バハムート十三世、もしかしてアナタは――」
「そのダンテという人間が持ち帰った概念を元に編纂されたのが――神曲“煉獄”……。とても憎たらしい名前だよね。さぁ、エルム。折角だから極大魔法を撃ち放ってごらんよ。その燃やし尽くす快感は、とても甘美なモノとなるかもしれないよ」
恐ろしげにケタケタと笑うような子竜の言葉に、エルムはコクリと頷いて物陰から飛びだした。
アンデッドの集団に向かって手を突き出し、呪文を唱え始める。
「
至るべきは天動宇宙、白神
七つの刻印刻み、金と銀の鍵を以て、大罪清めんペテロ門へと突き進め――」
「ヒィッ!? 何か出てきた!? どうしておれが見張り当番の時に、こんなヤバそうな侵入者が来るんだ!?」
明らかに危険度の高い呪文を唱えるエルムを前に、魔物は頭を抱え込んで現実逃避してしまう。
「
今ここに極大の魔法紡ぎ織りなす――“
エルムの手のひらから極大魔法が――……出なかった。
敵味方、全員の視線がキリッとした表情のままのエルムに集まる。
無駄に長い詠唱の後の静寂が痛い。
エルムはそのまま無言で、そっと物陰に戻っていく。
「この詠唱、もしかして結構恥ずかしいのでは?」
「……それはお兄さんが失敗したからでしょう」
魔物ですら困惑してフリーズしていた。
もしかして罠かもしれない、そう考えると動けないのだ。
その間に、再びブレイスとエルムの作戦会議が始まった。
「ぼくが見たところ、発動するはずだった極大魔法が、最後の段階で強制的にストップした感じでした。何か……外なる存在に嫌われている、そんな感じの……」
「う~ん、おっかしいな~。最高に可愛い子竜であるボクの加護だから、大抵の存在、概念は喜んで協力してくれるんだけどな~」
おくびにも出さずそんなことを言うバハムート十三世に、二人の胡散臭そうな視線が突き刺さる。
「そうだ、もしかしたら……あの新しい詠唱方法が……」
「新しい詠唱方法?」
「普通の魔力の持ち主では難しい、強引に従わせる詠唱方法です」
ブレイスが魔法学校の賢人会で発表しようとしていた詠唱方法である。
普通は人間というちっぽけな存在が、偉大な概念などにアクセスして、協力してもらうのが極大魔法の撃ち方だ。
今回は、その協力が阻まれた。
それなら、この横暴で強大らしいバハムート十三世の加護を使って、無理やり外の存在を従わせて、極大魔法を放てば良い。
ダメ元でもやってみる価値はある。
そして何より――。
「ぼくは……お兄さんがどんな可能性を秘めているか興味があります。いつか魔王を倒せる可能性があるのなら、それを見てみたい」
「わかった。そんな強い眼差しで見られたら、こちらとしても悪い気はしない」
ブレイスは直感だが、もしかしたら――この瞬間のために自分は存在していたのかもしれないと思った。
この奇妙な一人と一匹に出会い、魔法を教える運命。
「――この詠唱で本当にいいのか?」
伝えられた詠唱はとてもシンプルなモノだった。
「まぁ、魔法とは結局のところフィーリングです。一度、エーテルの歯車が噛み合えば、後はテキトーでも何とかなります」
「ほんと、頼りになる首席魔法使い様だな」
エルムは口角を吊り上げながら、木箱の裏からゆっくり出て行く。
そこで百体近いアンデッドを集結させている途中だった魔物と目が合う。
「やっぱり弱ってるんじゃ……と思ったら出てきたな侵入者!? こ、今度はもう、こけおどしは通じないぞ! おれは魔族の中でも、かなり名の知れた――」
「浄化の炎よ、俺に力を寄越せ――“煉獄”!!」
その瞬間、景色を一変させる超広範囲の炎がほとばしった。
百体近いアンデッドと、ドヤ顔で名乗りを上げようとしていた魔物を一気に飲み込む。
「すごい……まさか本当に……。世界を救える存在――救世主……」
ブレイスは、これが運命の人だと確信したのであった。
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