魔法学校首席、過去を思い出す7

 未だ燃えさかる炎の絨毯を背に、二人と一匹は村人がいる収容所へと向かった。


「そういえば、ブレイス。アンデッドを人間に治療する魔法はないのか?」


「無理ですね。魂の変質が起きる前なら治療の可能性はありますが、あそこまで不死化が進んでは難しいです。まぁ、出来たとしても伝説の蘇生魔法に近いものなので、ぼくにはできないですね」


「蘇生……魔術なら、ダンジョンで使ってる奴を見たことがあるぞ」


「アレはダンジョンという特殊条件下で行われるものです。それ以外の場所ではグンと難易度が上がって、魔力万全のぼくでも蘇生は不可能です」


「そういうものか」


 話している内に収容所へと辿り着いた。

 元は戦争で捕虜を捕らえるための施設だったのか、石造りで頑丈そうに見える。

 高い場所にある窓は鉄格子がはめられていた。


「ここに村人のみんなが、父さんと母さんが……!」


「まだ中に敵がいるかも知れない。俺が先に行く」


「た、頼みます」


 気を逸らせて走り出しそうになるブレイスを、エルムが腕で制止した。

 いくら魔法使いでも、意表を突かれればただの子供だ。

 今は魔力すら尽きかけているというのもある。

 エルムは自らの身体を盾にするかのように、室内へと入っていく。


「暗いな……」


 ランプやロウソクなどはなく、入り口から差し込む炎の輝きが不気味に通路を照らす。


「俺は暗闇でも目が利く。ブレイス、俺の手を離すな」


「わ、わかりました。お兄さん」


 片手を繋ぐ格好で、苔むす室内をクリアリングしながら奥へ奥へと進んでいく。

 見張りや看守などがいそうな部屋には、誰もいない。


「……静かすぎませんか?」


「ああ、魔王信奉者たちは撤退したのかもしれない」


「そう……ですね……」


 ブレイスはずっと最悪の事態を思い浮かべていた。

 既に村人は全員殺されている――。

 エルムはそれを察して、精神を不安定にさせるような事は言わないようにしている。

 手を握っているのも安心させるためだ。


「おぉ、バートのところの息子、ブレイスではないか!」


「助けにきてくれたのか!」


 どうやら、それは杞憂らしいとわかった。

 しばらく歩いた先、鉄格子がはめられた部屋の中から声が聞こえてきたのだ。


「い、生きてた! 生きてましたよ、村人みんなが!」


 安堵して、鉄格子の前まで走って行くブレイス。

 しかし、なぜか村人たちの顔は暗かった。


「ど、どうしたんですか? みんな……?」


「それは……すまん……」


「ごめんなさい……」


「う、うぅ……」


 村人たちは謝ってばかりだった。

 ブレイスはそこで気が付いた。


「何を謝っているんですか……? あの、それでぼくの両親はどこに……?」


 鼓動が徐々に早まっていく。

 鉄格子の向こう側に行こうとしても、今のブレイスは魔法が使えない。

 息が荒く、鉄格子を握る手が強まって、汗ばみ、震える。


「少し下がってくれ、今開ける」


 エルムは鍵の掛かった扉を蹴り飛ばした。

 ブレイスは何も言わず、中に入っていく。

 村人たちが、ブレイスのために脇によって一本の道を作る。

 その先には――。


「あ、あぁ……そんな……ぼくは今までなんのために……」


 男女の死体があった。

 赤毛の猫獣人――ブレイスの両親だった。


「どうして……こんな事に……」


 膝から崩れ落ちるブレイス。

 事情を知っている村人が悲しそうに話しかける。


「もう子供の足手まといにはなりたくないと、バート夫妻は自らの命を絶って……」


 ブレイスの眼からは希望の光が消え、真っ青な顔を曇らせていた。

 もはや首席魔法使いという肩書き相応ではない、ただの嗚咽を漏らして涙を流す猫獣人の少年だ。


「父さん、母さん……まだ親孝行もしていなかったのに……。卒業したら、立派だねって言って欲しかった……。それなのにぼくは、ぼくは……」


 ブレイスはただ弱々しく後悔の念を吐き出し、エルムはそれを静かに見つめていた。


「……バハさん」


「わかってる。エルムの考えなら付き合うよ」


 一人と一匹が頷いたあと、ブレイスに声をかけた。


「首席魔法使い、その力を貸して欲しい」


「……え?」


「お前が魔法学校で学んだ事を、その中でも難易度の高い蘇生魔法を――俺に教えろ」


「で、でも……それは危険です……。いくらお兄さんが頑丈でも、攻撃魔法の“煉獄”とはワケが違う……。魂を操作する蘇生魔法は、失敗したら精神面に大きな負担がかかって廃人になるかもしれない……」


「俺とバハさん、二人の命を賭ける準備はある」


「……なぜ、そこまで……ぼくのために?」


「惚れたからだ、お前の魔法に」


 エルムの真っ直ぐな瞳。

 ブレイスは、そこに世界を救うことの出来る英雄の素質を見た。

 両親を失ったばかりで心が壊れそうになっていたが、それに射貫かれてしまっては、試練に立ち向かう意思の灯火を宿すしかなかった。

 人はその気持ちをこう呼ぶ。

 七つの大罪である怠惰を反転させたモノ。

 ――希望と勇気。


「わかりました、お兄さん。両親の身体から魂が完全に乖離してしまう前に、蘇生魔法を授けます」


 出来るかどうかはわからない。

 魂に干渉する魔法は、膨大な魔力と意志の強さが必要である。

 自らの魂でエーテルの手を作り出し、相手の魂を直接掴むようなモノだ。

 引っ張られた場合、向こう側に片足を突っ込む事になる。

 まだ初詠唱すらおこなっていない状況では、リスクを承知で実行しても成功率は数パーセントと言ったところだろう。

 精神崩壊の危険性があるのに、正気の沙汰ではない。


「お兄さん、本当にいいんですね……?」


「ああ、数パーセントの可能性があるんだろう。ブレイスが最高の場を用意してくれて、後は俺がジョーカーを引き当てるだけだ」


「……ギャンブルに強いんですか?」


「いいや、いつもバハさんとハンスにボロ負けだ」


 エルムは緊張を解きほぐそうとしたのか、柔和な笑みを浮かべた。

 ブレイスもそれに釣られて、眼を細める。


「だけど、負け続けてるって事は、いつか勝ちもくるって事だ。それを今だと言えるくらい、俺も人並に自惚うぬぼれられる」


「そんな冗談でも、お兄さんが言うと本当にそうなりそうだと思えます」


「希望を持って最善の準備をしたら、あとは勇気を振り絞って実行する。それだけだ」


「あ、そうだ。最後にもう一つだけ、準備をするモノがありました。蘇生用の触媒です」


 自然再生を加速させる回復魔法と違って、死んでいる身体を復元するのには触媒が必要となる。


「触媒か……。ハンスなら何か持ってそうだが、ここにはいないか……」


「ぼくの両親の蘇生に使うんです。ぼくの身体を使ってください。腕でも、脚でも、心臓でも」


 その達観するようなブレイスの言葉に、緊張した面持ちで見守っていた村人達も名乗りをあげた。


「こ、子供にそんな事をさせるわけにはいかねぇ! 代わりにおれの身体を使ってくれ!」


「いいや、男共にばかり良いかっこはさせないよ。あたしの身体を使いなよ」


「そ、それだったら老い先短いワシの身体を……」


 老若男女、それぞれから犠牲の申し出。

 エルムはそれを見て、ブレイスは村の人々から愛されているんだなと感じた。


「残念だが、成功率が一番上がるのは俺の身体だ」


「お兄さんにそこまでの負担をかけられません……!」


「大丈夫だ。なんたって、俺とバハさんで二人分だからな。多少、身体を失っても何とかなるだろう」


「え~、なんかボクも巻き込まれてるしぃ~。まぁ、エルムがそうするっていうのなら、別にいいけどさぁ」


 既にエルムと子竜は決断していたのだ。

 どんなリスクでも受け入れると、馬鹿みたいに真っ直ぐに。


「お兄さん、待っ――」


「それじゃあ、始めるぞ……!」




* * * * * * * *




「――そして、無事にぼくの両親の蘇生は成功。……いえ、無事ではなかったですね。エルムさんは身体の中をかなり失って、血を吐いて、しばらく倒れていましたから……」


「……」


 ボリス村付近の修練所で、昔話を続けるブレイスと、無言で指から小さな火を出し続けているエルム。


「その後、魔法学校から包みが届きました。首席で卒業したという胡散臭い証書と、記念品である“紫”の装備。そして、厚かましくも戻って賢人会に入れという命令」


「……」


「勝手ですよね。ぼくが一番助けて欲しい時に見限って、都合良く仲間になれ……ですよ? その時、もうお兄さんに付いて行くと決心していたので、証書は破り捨てました。装備は優秀なので今も使っていますけどね」


 ブレイスは耳をピコピコさせて、嬉しそうに告げる。


「このブレイス・バートの忠義は、お兄さんだけのものです。ぼくの希望であり、勇気であり、六百年経ってもなお色あせない。好意という言葉程度では言い表すことの出来ない、魂に刻みつけられた――存在意義なんです」


「……」


「な、なんか改めていうと恥ずかしくもありますね……。えへへ。――って、あれ? お兄さん、聞いてます?」


 修行開始から“七十二時間”経過――エルムは白目をむいて気絶していた。


「お、お兄さ~んっ!?」

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