古き災害級モンスター、封印を解かれる

 しんと静まりかえった美術館。

 数人だけが我が物顔で歩き回っていた。


「例の壺はこっちか?」


「はい、宰相閣下。後日展示予定だったようです」


 通路を封鎖していたチェーンを取り去り、その奥へと進んでいく。

 歩いている男達は帝国の軍服を着ている。

 その一番前を堂々と歩くのは、白ヒゲを蓄えた初老の男。

 帝国ナンバーツーの宰相であった。


 彼は何度も皇帝を玉座から引きずり下ろそうとしたのだが、正当な手段ではどうすることもできなかったのだ。


「前皇帝の時もそうだったが、シャルマの小僧にすら統治が下手だと言われる始末……。クソッ!」


 宰相は大貴族の生まれで、最初から持っていた金やコネでこの立場を手に入れた。

 しかしそのためか、明らかに能力不足なのである。

 皇帝が実力主義のシャルマになってからは更に冷遇されて、国民からも評判が良くない。


「シャルマの小僧を何としてでも失墜させてくれるわ!」


「あ、あの~……。そのためにこんな大がかりなことをしたんですか……?」


 そう宰相にオドオドしつつ質問をした異形の存在がいた。


「ん? コイツは?」


 宰相は帝国の軍人に尋ねた。


「ああ、コレは用心棒として雇ったグレーターデーモンですよ、宰相。

 SSSランクモンスターですが、知能が高いので平気です」


「あ、ども。挨拶がまだでした。グレーターデーモンです」


 それは魔王軍の“副官”であったグレーターデーモン。

 魔王軍が解体されたあと、まともな職に就こうとしたのだが、以前よりさらにブラックな組織に入ったりして退職。

 紆余曲折を経て、今は裏世界でフリーの傭兵をしているのだ。


「そうか、コイツが……。

 館内に残っていた人間を皆殺しにしてくる仕事は終わったのか?」


「い、いや……。

 オレ、グレーターデーモンで見た目が怖いんで、みんな自然と逃げて行っちゃいましたよ」


「チッ、悪魔の眷属が虫けらを潰すことすらできぬのか」


「は、はは……すみません」


 グレーターデーモンはどん引きしていた。

 元から魔王軍では人間を殺す習慣がなかったのもあるが、一国の宰相が自国民を無差別に殺せと言ってきたのだ。どん引きするしかない。

 グレーターデーモンとしては、指示通り殺す事もできた。

 だが、懐かしき魔王ジ・オーバーくらいの小さな外見の子もいたので、どうしてもできなかった。

 凶悪な顔で怖がらせて、オバケ屋敷の要領で美術館の人間を避難させたのだ。


「まぁいい。どうせ愚かな国民は全員殺すのだ」


「え? 皇帝を暗殺するためじゃなかったんですか?」


「なにを言ってるのだ。

 皇帝ではない、帝都全体・・・・を暗殺するのだ。

 皆殺しだ、虐殺だ、厩舎屠殺だ。ワシを支持しない国など一回更地にしてくれようぞ」


 今回の宰相の計画はこうだ。

 とあるスジから“ハンスの日記”の情報を聞きつけた。

 名匠ハンスの生家に手の者をやり、一家の殺害命令。夫婦は処理したが、兄妹は逃がしてしまう。

 日記の情報から名匠ハンスの墓を暴き、封印された“古き災害級モンスター”を解放できる魔道具を入手。


 ガーゴイルを帝都まで誘導。

 誘導方法はガーゴイルのヒナを殺して、腐敗し始めた死骸を帝都まで運搬することによって成功。

 皇帝の生誕パレードとぶつける。

 ここで皇帝が暗殺されれば良し。親衛隊に潜ませた者にも暗殺指示をしてある。


 最終段階。

 美術館に保管されている“古き災害級モンスター”が封印されている壺。

 生誕パレードで騒ぎを起こして、美術館の警備をしていた兵士がいなくなった隙に、壺の元へ向かう。

 そして──。


「さぁ、この名匠ハンスの最高傑作──封印解除の魔道具を使わせてもらおうではないか!!」


 封印の壺の前に辿り着いた宰相は、懐から黄金の鍵を取りだした。


「あの、宰相……。

 災害級モンスターは、SSSランクのオレでも守り切れるかどうか……」


「ふん。お前のような役立たずなグレーターデーモン程度には頼らぬわ。

 ワシの家宝であるSSSランクの護符があれば安心なのだ」


 壺の前の何もない空間に鍵穴が出現し、そこに黄金の鍵を差し込んだ。

 黄金の鍵に幾何学模様が浮かび上がり、壺はパリンと粉々に割れてしまった。


「おぉ、ついに災害級モンスターが!

 あのシャルマの小僧でも、二連戦ならば対処しきれまい!」


 壺の中の空間が裂けて何かが出てきた。

 見えてきたのはしなやかな指先、次いで、ほっそりとした白くなめらかな腕。


「……これは……いや、本当に災害級モンスターなのか?」


 腕の先にあったのは、期待していたモンスターと違う普通の体躯。

 ありていに言えば人間だ。

 ふくよかな胸、アルカイックスマイルを浮かべた女性。

 年齢は30歳くらいだろうか。

 光り輝く衣を身に纏っている。


「それにしても美しい……この世のモノとは思えない……」


 宰相は魅了状態にされていた。

 一瞬にして、それを無条件で愛してしまっていた。

 皇帝への“嫉妬”など忘れて、身も心もすべて差し出してもいいと思うくらいに。


 だが、モンスターであるグレーターデーモンだけは違ったことを考えていた。

 ──やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい……。

 アレは何だ?

 オレにはわかる、モンスター──魔族なんて生やさしいもんじゃない。

 何が“災害級モンスター”だ。

 アレはまるで──。


「ああ、女神……ワシの女神様……」


 女性が宰相を抱擁した瞬間、グレーターデーモンは本能に従って逃げ出していた。

 一瞬にして部屋の外へ。

 残された宰相の付き人たちはどうしていいか迷っていた。

 ──それが死のターニングポイントとも知らずに。


「女神様……女神様の身体の中……気持ち良い……」


 宰相はめり込んでいた。

 女性はグニャグニャと形を失いながら、宰相と同化していく。

 肌の色は黒ずみ、服は破け、肉が増殖して飛びだしてくる。

 頭部は腹の位置までずり落ちて、口とヘソが一体化。

 脚は三十本ほどの虫のようなモノに変化して、手の指は頭足類の触手に成り代わった。


「さ、宰相閣下!?」


 付き人たちは軍刀を抜いたのだが、それが逆にアダとなった。

 グジュグジュと増殖し始めた宰相だったモノの身体から、腐敗ガスのようなものが漏れ出していた。

 それを吸った人間は“嫉妬”に支配されてしまう。


「おい、お前の方が待遇が良いのが気に入らなかったんだ!」


「そっちこそ、俺が狙ってた子を寝取りやがって!」


 付き人たちは正気を失って殺し合い始めた。

 肉塊と化した宰相はさらに増殖、ガスも止まらなかった。

 やがて、それは美術館の天井を突き破るほどに大きくなり──。




* * * * * * * *




「……何だアレは」


 皇帝は腹からナイフを抜き取りながら、崩壊する美術館から現れた巨大なモノを見上げていた。


 少し前に皇帝は裏切りの親衛隊騎士デイムに腹を刺されたのだが、その頑丈な腹筋で刃を臓器まで届かせなかったのだ。

 犯人のデイムはすぐに蹴り倒され、周りの者に取り押さえられていた。


「グハハ! アレは皇帝シャルマ──お前を殺すための災害級モンスターだ!

 どうだ、いくら強くても連戦はきつかろう!

 それにナイフには毒を塗っておいた! もう、お前の負けだ!」


「……問おうデイム。

 確かに余の弱点は毒だ。

 耐性があるので死にはしないが、戦いには支障が出るであろう。

 ──だが、災害級モンスターが余を殺したあとはどうなるのだ?」


 そこでデイムは気が付いた。

 皇帝を打ち倒したあと、どう行動するかの指示をされていなかったことを。

 なにか災害級モンスターを処理できる宰相の秘密部隊でも用意されていて、そこで無事終わりになると思っていたのだが、どうやらそうでもないらしい。

 今のところ、宰相側からの動きはまったくない。


 そもそも──災害級モンスターが大きすぎる。

 入念に準備を重ねた軍隊や、全力の皇帝でも相手をできるかわからないものなのに、今は手負いの皇帝と少数の親衛隊のみなのだ。


「あ、ああぁ……。まさかあの方は最初から帝都ごと……」


「あの方? なるほど、だから災害級モンスターの顔が宰相そっくりなのだな」


 未だ増殖を続ける肉の中に、取り込まれて巨大になった宰相の顔が見えていた。

 眼球が増殖して、顔中に散らばってモザイクアートのようになっているが、それでも残っていた白ヒゲで見分けが付いた。


「なんてことを……なんてことをしちまったんだ……。

 オレはただ、皇帝さえ倒せば世界は良くなると思って……」


「ふん、強くて有能な者にならいくらでも余の命と帝位を譲ってやろう。

 だから今はまだ死ねぬ。

 それにデイム、貴様の年老いた母も帝都にいるのだろう。

 本当にお前が帝都まで破壊する気が無かったことくらい、わからぬ余ではない」


「な、なんでオレの家族のことを!?」


「親衛隊一人一人のプロフィールくらい把握している。

 裏切りの予兆は見抜けなかったがな」


 皇帝は刺されて血が流れ出ているわき腹を押さえながら、災害級モンスターへと向き直った。


「余力ある魔術師は余についてこい!

 他は国民の安全を最優先とし、臨機応変に動け!

 これは余の勅命である!!」


「ハッ!!」


 威風堂々と歩き始める皇帝と、脇を固める魔術師たち。

 それを見送るだけしかできないデイム。


「しゃ、シャルマ……皇帝陛下!

 今さらオレがいえたもんじゃないが、帝都をどうか守ってください……!!

 オレはどう処罰されてもいい、だけど母は身体が弱って逃げられないんだ!!」


「ふん、言われなくても民草を守るのは、余の当然の務め。

 それにお前の母だけでなく、デイム、お前自身も親衛隊であり民草である。

 余のモノだ。勝手に死ぬなど許さん。

 だが、まだ気力が萎えていないのなら、余の誇り高き親衛隊騎士として民草を守ることに協力しろ」


 皇帝は一度の過ちなら大抵は赦す。

 デイムは拘束を解かれ、深く深く頭を下げた。

 目には流れ出る涙。

 グイッとそれを拭いながら、民衆の避難誘導へと参加していったのだ。


「さてと──まだ崩れ落ちるのではないぞ、余の身体」


 既にシャルマの全身には毒が回っていた。

 常人なら致死量なのだが、その身体の中にある極小の魔道具によって、毒への対処をし続けている。

 そのおかげで死にはしないのだが、かなりのリソースを奪い取られていて、本来の力を発揮できずにいるのだ。


「親衛隊魔術師、先ほどのガーゴイルと同じようにいったん魔術で拘束しろ!」


「ハッ!!」


 魔術師たちは杖を災害級モンスターに向けて、魔力で編んだロープを発射する。

 しかし相手が巨大すぎて、対比としては巨人ガリバーと小人のようだ。

 それどころか、魔術が触れた瞬間に霧散してしまう。


「な、なんだアレは……? 魔術が効かない……!?」


 災害級モンスターは皇帝に気が付いたのか、指先を向けてきた。

 シュッと伸びてくる大木サイズの触手。


「チッ」


 皇帝は舌打ち。

 斬鉄剣で切り払おうとするのだが、弾力のある肉を切断することができない。

 逆にムチのようなしなやかさで打ち付けるパワーを、剣でいなせずに吹き飛ばされてしまう。


「ぐぅッ!?」


 石畳を転がされながら、やっと止まることが出来たシャルマ。

 キッと災害級モンスターを睨み付ける。


「なんだ、アイツは……。

 災害級モンスターと呼ばれているモノとは……別の次元の強さだ」


 いくら災害級モンスターとはいえ普段、観測されているものは軍隊で対処できるクラスなのだ。

 人間の攻撃で多少なりともダメージを与えられる。

 そのはずなのだが、目の前のコレは違った。

 魔術を弾き、物理的な攻撃も効かない。

 どうやって倒すのか皆目見当が付かない。


「……いや、そうか。

 600年前に倒せなかったから、封印したというのか。

 名も無き救世主が倒せなかったものを、どうやって倒せというのだ……」


 更に増殖して巨大になっていく災害級モンスター。

 それはまるで天を突く肉塊の塔。

 奇妙に動く昆虫の脚で民家を踏み潰し、指の触手で騎士たちをなぎ払い、腹にある不気味な顔の複眼でアルカイックスマイルを浮かべる。

 そして──足元からガスを噴出して、それを浴びた人間たちが正気を失ってきている。阿鼻叫喚の地獄絵図が帝都中に拡がっていく。


「帝都の……いや、この世の終わりか。

 たかが災害級モンスター一匹に滅ぼされる、こんなにも硝子細工のように脆い世界だったとはな……」


 皇帝はどう足掻いても勝てないと察して、目をつぶった。

 初めての友と一緒にすごした楽しい風景、それが壊れるところを直視できない。

 かけがえのないものを手に入れたからこそ、絶望も深いものになるのだ。

 そのまま人類絶滅の幕引きを待つだけかと思ったが──そうではなかった。


「シャルマ、アレはただの災害級モンスターじゃない。

 アレはエルムとボクの本来の敵──人が神々って呼ぶクソ野郎のなれの果てさ」


 背後から声が聞こえてきていた。

 目を開けて振り返ると、そこには見知った人物が一人。


「ボクはキミと近しい存在になってしまったからね、助けてあげようじゃないか。

 ま、エルムなら無条件で関係なく助けちゃいそうだけどね~」


 人は竜へと姿を変えた。

 バハムート十三世。

 数百年前に真の災害級モンスターや魔王と戦ってきた、最強の邪竜。


「……竜……だと!? お前は、エルムはいったい何者なのだ!?

 まさか、名も無き救世主とは──」


「ただのキミの友達さ、シャルマ」


 可愛くウィンクをして、バハムート十三世は主の元へ飛び立っていった。

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