竜装騎士、六百年前の友人の想いを知る

 路地裏で真剣な顔をしているエルム、バハムート十三世、勇者、ハンスの子孫である兄妹。

 何やら遠くで騒ぎになっているらしく、民衆の声が聞こえてきていた。

 勇者は皇帝シャルマが心配なのか、気が気では無い様子だった。


「え、エルム殿……皇帝シャルマのところに行った方がいいのでは……」


「いや、今は奪われた“ハンスの日記”の方が重要だ」


「ですが!?」


「俺はアイツを──シャルマを信頼してるからな。

 アレは簡単に死ねるような身体たまじゃない。

 だから、もっと大ごとになりそうな“ハンスの日記”について調べたい」


 勇者はそのエルムの言葉に、自らよりも皇帝を知っているかのような絆を感じた。

 それは悔しくもあり、嬉しくもあり、それ以上は口を出せなくなった。


「さて、どうやって“ハンスの日記”の中身を知るかだな」


 エルムは思案した。

 既に日記という現物は持ち去られている。

 隠されていたのだから写本などはないだろうし、取り戻すのが確実なのだが、生誕パレードの騒ぎと同時のタイミングというのもあって急いだ方がいいという直感が働く。

 どうしたものかと考えていたら、ハンスの子孫の兄の方が話しかけてきた。


「あの……僕、その日記なら暗記しています。たぶん……」


「それは本当か!?」


「はい。屋根裏部屋に忍び込んで、よく読んでいましたから。

 600年前の出来事なのに、ご先祖様の話だと思うと自分の事のように思ってしまって……」


「内容を聞かせて欲しい」


「わかりました、では──」


 ハンスの子孫により、600年にも渡る竜装騎士への想いが伝わる事となる。




* * * * * * * *




 ※※年※※月※※日。

 神は死んだ。

 そう大人達は言っていた。

 本来あった神の加護というものが消え去って、人間の生活は不便になったそうだ。


 だから僕は魔道具を作る。

 神の加護に頼らなくても、人類の知恵で何かを成し遂げることのできる希望を!

 この十歳になった僕、未来の大天才ハンスが今日から付ける日記。

 少し恥ずかしいけど、僕の進歩を客観的に観察するためだ。

 他人は読んだら許さないからな! 絶対に読むなよ!




 ※※年※※月※※日。

 集落にエルムという奴がやってきた。

 20歳かそこらに見えるから、僕より結構年上だ。

 何でも一人でモンスターを倒して回っているらしい。

 僕のことを子供扱いするのでウザい。




 ※※年※※月※※日。

 エルムに助けられた。

 僕が身をすくませて動けないでいるところを、モンスターからかばってくれた。

 彼は血まみれになっていた。

 そのまま、武具も何も持たずにモンスターを殴って殴って殴り殺していた。

 まるで獣のような戦い方だ。

 僕は……こういう人のために魔道具を作らなければいけないと思った。




 ※※年※※月※※日。

 今日はエルムを家に招待した。

 相棒の子竜と一緒だったけど、家の中でドタバタしてうるさかった。

 一夜明けた次の日、僕の皿が割られていた。

 寝ぼけて割っちゃってゴメンとか書いてあって、接着剤で復元しようとした跡もあったり、×マークまで付けられていた。

 モンスターから助けてくれたから良い奴だと思ってたけど、とんでもない奴だ、まったく!!




 ※※年※※月※※日。

 エルムが集落を離れるというので、僕はついていくことにした。

 このとんでもない奴一人だと大変そうだし、割られた皿の弁償もまだだ。

 武具のないバカにいくつか魔道具を作ってやることにしよう。




 ※※年※※月※※日。

 エルムと行動を共にして十数年が経った。

 彼は歳を取らない不老不死。

 いつの間にか、僕の方が年上になってしまった。


 世界を見て回ったが、人類の街の七割以上は壊滅していた。

 魔王たちと、それらによって戯れに放たれる、見た事も無い災害級モンスター。

 エルムがいくら強くても、とどめを刺せない。

 殺すための何かが足りなかった。

 僕が遺跡から見つけた理論によって、瞬時に対応した魔道具を作り出しても、後手後手に回るだけだ。

 おかしい。歴史的観点から見ても、モンスターと呼ぶには度が過ぎる異常さだろう。

 異界に通じる壺に封印するのがやっとだった。




 ※※年※※月※※日。

 僕は戦うにはもう歳を取りすぎた。

 技術の全てをエルムに教えて隠居することにした。

 懐かしい集落、そこで僕は幼なじみと結婚した。

 こんな年齢だが、子供も生まれるらしい。

 我が生涯の友エルム、お前を信じて、平和な未来がくるのを願うよ。

 きっとこの集落も発展して、街になるだろう。

 そのときに必要なのは戦うための魔道具だけじゃない。

 余生は、平和になったときのための芸術品ってやつでも作って過ごそうと思う。

 ああ、年甲斐もなく恥ずかしい。エルムは読むなよ、この日記。




 ※※年※※月※※日。

 魔王が目の前に現れた。

 認識阻害か、空間を歪めているのかシルエットしかわからない。

 黒い、ぼんやりとしたモノだ。

 手を頭に乗せてきた、殺されると思った。

 だけど、殺されなかった。

 それは洗礼のように、優しく、天国が見えた。

 このとき、僕は理解した。

 魔王と災害級モンスターというのは堕ちた※※の姿だと……。

 それなら全ての辻褄が合う。

 だが、人類にとって残酷すぎる。消しておくことにする。


 そうそう、僕の頭の中に何か埋め込まれた。

 取り出すことはできないだろう。

 頭の中から直接囁かれる。

 エルムへの友情の裏返しの言葉を。

 そこで悟った。

 この魔王は六体の内の『嫉妬の魔王』だと。


 抗えなかった。

 すまない、エルム。

 これを書いているのも、既に作ってしまった後だ。

 封印の壺を解除する魔道具を……。

 なぜこんなものを作ってしまったのか。


 エルムが羨ましかった。

 不老不死で、唯一無二の救世主。

 優しすぎるバカなやつ。

 僕もそうなりたかった。

 でも、エルムは特別だったんだ。

 普通の人間ではどうやっても、その孤高に近づけない。


 だからその感情が反転させられた。

 嫉妬だ。

 エルムへの友情がすべて醜い嫉妬に変化させられた。

 実は今でも脳の中で囁かれ続けている。

 また波が来たら正気が失われるのだろう。

 だからその前に、エルムと世界への最後の贈り物だ。


 エルムが一人で頑張らなくてもいいように、極小の魔道具を胎児に注入して、人間兵器を作る。

 隔離遺伝によって忘れられた頃に羽化するだろう。

 僕じゃ釣り合わなかった、エルム……キミの友になってくれることを祈ろう。


 それじゃあ、さよならだ。

 もう足先が壊死してきている。

 嬉しい事に、僕の毒薬は人間にはすごくよく効くようだ。


 封印解除のキーは、墓に埋められることになっている。

 いつか、これを読んでいるキミが、真の使い方をしてくれると信じて。


 ──救世主の友、ハンス・メムメム。




* * * * * * * *




 聞き終わったエルムは、ただ静かに空を見上げ、古き友の名を呼んだ。


「ハンス……」


 バハムート十三世だけが、その呟きの意味を理解していた。

 理解していたが故に、今は何も話しかけられない。

 エルムは大きく深呼吸をした。

 そして“灰の心士衣服タキシード”から、“緑の創作業着クラフトモード”へとチェンジした。


 神凱七変化の一つで、戦闘には不向きなモード。

 だが、物作りに関することなら大体を神の領域でこなせるようになる。

 料理から、建築、薬品調合まで幅広く。


 この緑色のエプロンは、ハンスが着けていたものに似せてある。

 その戦闘に不向きというのも、様々なものを作れるようになるというのもハンスのようだ。


「俺は今でもお前が羨ましいよ。

 あんな器用に魔道具を作れるのはお前くらいだ、ハンス」


「あ……日記の中に出てきた“エルム”って人は、もしかして──」


 ハンスの子孫は何かを言おうとしたが、エルムの言葉によって遮られた。


「俺は、ただの名も無き竜装騎士さ」


 エルムは六百年前の決着を付けるために歩き出した。

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