竜装騎士、救った子供に恩返しをされる

 朝日が差し込むスィートルーム。

 鳥のさえずりが聞こえてきていた。


 皇帝シャルマは、迎えに来た親衛隊の騎士たちによって、エルムの前から姿を消した。

 別れの挨拶はしない。

 皇帝としての地位ある存在が、他人と馴れ馴れしく言葉を交わすなどもっての外だ。


 エルムもそれをわかっていた。

 だから寝たふりをして何も言わない。

 友となった二人には、既に言葉はいらないのかもしれなかった。


 エルムとバハムート十三世だけになった部屋は、少し広く感じられた。


「エルム~、シャルマのやつ行っちゃったね~」


「ああ」


「寂しい? 寂しいならボクがハグしてあげよっか~?」


「バカを言うな、遠慮しておく」


 しかし褐色の少女は、普段は誰にも見せない優しい表情でエルムの後ろから抱きついた。

 フワリと緩やかに、母性溢れる微笑みで。

 その細い両腕で包み込むように。


「人間って嘘つきだよね。そして今のエルムは飛びっ切り嘘つきだ。

 ボクだけが知っているエルムの弱い精神ところ、最高のご馳走さ」


「ふと、ハンスとシャルマを重ねてしまっていたのかもしれない……」


「ハンスか~。エルムの古い友達だね」


 ハンス・メムメム。

 美術館にあった皿を作った男。

 数百年前の人物で、まだ神鎧も神槍も持っていなかった頃のエルムの友人。


「奴を思い出して、楽しくなって、それでまた別れて……」


「ああ、そういうことか。エルムは不老不死だもんね。

 人と違う時の流れに生きて、見送るばかりの永遠の存在」


「俺は災害級モンスターに苦戦して、ハンスの死に際にすら立ち会ってやれなかった。

 アイツ、子供が出来たって喜んでたのにな」


「そっか、エルムはまた友達を見送る側になるのが怖いんだね」


「どうだろうな……」


 褐色の少女は身体を愛おしそうに密着させて、エルムの肩に頬ずりするように頭を乗せた。


「ボクだけはずっと一緒にいてあげるよ。

 ボクの、ボクだけのエルム。

 ボクはエルムのモノだからね……」


 少女の甘い吐息が、エルムの耳元にかかる。

 誰も間に入れないような密な雰囲気。

 そのまま悪戯っぽく体重をかけようとした──そのとき。


「──エルム殿ォォォォオオオオ!!!!」


 スィートルームの扉から剣先がニョキッと生えていた。

 聞こえてきた声は勇者のものだ。

 随分と恐ろしい感じの……。


「な、なんだ……!?」


 うろたえるエルム。

 剣先をジッと見ていると、ズボッと引き抜かれた。

 そして切り裂かれた隙間から、ジッと見詰める眼球。

 丸いそれだけがギラギラと輝いて、エルムを凝視していた。


「エェェェルゥゥゥゥムゥゥゥドォォォノォォォオオ……」


 洞窟深くから聞こえる風の音のように禍々しい声。

 エルムは思わず身震いした。


「ゆ、勇者……だよな?」


 返事代わりにスィートルームの扉が蹴破られた。

 ホラーも真っ青の展開である。


「ええい、何度もノックして心配していたら、不純異性交遊の最中とは何事だ!!

 バハ殿は外見年齢的にアウトだろう!?」


「え……? ノックしてたの……?」


「してたぞ!」


「うん、してたね~。ボクも聞こえてた~」


 エルムだけは話に集中して聞こえていなかった。

 バハムート十三世としては、何となく面白そうだったから放置して、勇者にイチャイチャっぷりを見せつけたのであった。


「エルム殿にそのような不潔な趣味があったとは! 天誅、天誅だーッ!」


「ちょっと待て!? どこが不潔なんだ!?

 子竜のバハさんとは普段からこんな感じだぞ!?」


「……ふむ、言われてみれば」


 勇者の思考が切り替わった。

 たしかに子竜として考えればスキンシップは当然だし、普段は全裸なのだ。

 まだ学生服を着ている少女と密着している方がマシと言えるかも知れない。


「そうだな……エルム殿。すまなかった。

 バハ殿は子竜で、そう考えれば健全だった」


「そ、そう。なにもやましいことはないぞ……」


「ボクとしては女の姿でも、男の姿でも、子竜の姿でもやましいことをされちゃっても構わないんだけどねー。まぁ、エルムは興味なさそう」


 バハムート十三世はケタケタと笑った。


「バハさん、ややこしくなるから静かに……」


「は~い」


「それで勇者は、どうしてここに? 何か用があったんじゃないのか?」


 エルムに言われて、勇者はハッと思い出した。

 決して、ただ覗きに来たのではないのだ。


「このことは内密に頼みたいのだが……。

 皇帝シャルマの暗殺計画が進んでいるという噂を聞いた事は無いか?」


「ああ、たしか酒場で……」


 エルムは思い出していた。

 酒場のウェイトレスが、皇帝を狙う物騒な輩がいると噂をしていたのだ。


「その噂は本当だ。わたしもとあるスジから頼まれていてな……」


「シャルマが狙われているというのか」


「エルム殿、その通りだ。暗殺阻止するために協力して欲しい」


 エルムは少しだけ躊躇ちゅうちょした。

 普通の人助けなら問題はないのだが、皇帝暗殺となれば政治的な理由だろう。

 その場合は非常にややこしくなる。

 王国で何度も政治に巻き込まれて厄介な目にあってきた経験もある。

 どちらを取っても心がボロボロになるくらい責められ、力があるのにどうして! と問い詰められ、何をしても正解がない世界。身体ではなく心が病む。

 だが──。


「わかった」


 エルムは皇帝としてではなく、友として個人を守ると決めた。

 そこに王国のときのような迷いはない。


「防衛に関してだけ協力しよう。

 ただし、相手の抹殺とかは性に合わないからパスだ」


「ありがとう、エルム殿。恩に着る」


「それで勇者、何か情報はないのか?」


「たぶん察しているだろうが、相手は皇帝打倒を掲げている組織だ。

 自らが皇帝の地位に成り代わりたいという類のな。

 どうやら災害級モンスターを用意しているという話もある……」


 災害級モンスター。

 それは一匹で軍隊の出動を余儀なくされるような強大なモンスターである。

 大抵の場合はSSSランク以上とされており、人里から大きく離れた場所に生息している。

 現状ではよっぽどの異常が起きなければ、人間と交わることはない。


「災害級モンスター? それならシャルマ一人で倒せると思うぞ?」


「……え? エルム殿、今なんと……?

 いくらなんでも個人で倒せるはずが……」


「いや、シャルマと最初に戦ってわかった。アイツは凄まじく強い」


「だ、だが、エルム殿が圧勝していたように見えたが……?」


 エルムは答えに困って、頭をポリポリかいていた。

 それを見てバハムート十三世が話に割り込んでくる。


「エルムは強すぎて、比較対象としてわかりにくいだけだよ。

 シャルマはエルム以外なら、人間として五本の指に入るくらいの戦闘センスじゃないかな~?」


「……なるほど、バハ殿までいうのなら、災害級モンスターに関しては心配いらないのだろう」


「うんうん。この時代・・・・の災害級モンスターはシャルマでも平気だよ~」


「それともう一つ気になる事があって……」


 勇者は真剣な表情で言葉を続ける。


「その組織によって、名匠ハンス・メムメムの家が荒らされていたのだ」


「ハンスの……」


「約600年前に建てられた家らしいですが、石造りで頑丈だったため、未だに子孫が住んでいたらしい」


「ハンスの子孫……無事なのか?」


「行方不明だ……」


 ハンスの血筋が現在まで続いていると知ったのもつかの間、エルムの表情は暗くなった。

 ハンスの死に際に会えなかった。今度はその子孫すら──。


「エルム殿は、名匠ハンスに詳しいのか?」


「ああ、古い友人だった」


「では、芸術家としての側面とは別に、魔道具の先駆者でもあったというのは知っているか……?」


「もちろんだ、奴は物作りに関しちゃ天才だった。

 俺の“緑の創作業着クラフトモード”も、その影響を強く受けている」


 ハンスは六体の魔王が存在していた時代に、魔道具を作ってエルムをサポートしていたのだ。

 エルムにとってハンスは欠かせない存在だった。


「だが、ハンスの家を荒らすなんて……今更どうしてだ……?

 子孫が優れた魔道具製作者だったのか?」


「いや、エルム殿。

 そのような人材だったのなら、帝国としては把握しているはず。

 付近の住人の話でも、平凡な両親と、まだ小さな兄妹の四人家族だったとか……」


「そうか……。

 しかし、取るに足らない災害級モンスターより、ハンスの家を荒らしていた存在の方が気になる。

 もしかして、何かハンスの遺産でもあったら……大変なことになるぞ」


 エルムとしては、どうしてもぬぐい去れない胸騒ぎのようなものを感じていたのだ。

 亡くなった友からの思い、それを託された気がして。


「エルム殿、皇帝シャルマの生誕パレードは数時間後だ。

 もうあまり猶予はないが、任せるぞ……。

 まずは名匠ハンスの件で調べるんだな?」


「そう、なんだが……なにか引っかかる。思い出せそうな……」


 ボンヤリと浮かんでくる、懐かしいハンスの顔。

 少年の頃のハンスの顔も知っている。

 その顔を最近、どこかで見たような気もするのだ。


「ああ、もしかして──」


 エルムは思い出した。

 そして窓を開けて──。


「エルム殿!? 急になにを!?」


 勇者とバハムート十三世を小脇に抱えて、外へ大きくジャンプした。




* * * * * * * *




 薄暗い路地裏。

 壁際に追いつめられる少年と、下卑た笑いを浮かべる大男二人組。


「おいおい、そう怯えるなよ。オレたちは優しいんだぜ?

 だから、楽に殺してやるからよぉ……」


「ヘッヘッヘ……。

 パパとママ──それと今頃やられてるだろう妹のところに送ってやるよ!」


 大男の一人が、少年の首に手をかけた。

 細い少年の首が歪み、徐々に潰れていく。

 その、か細いうめき声が断末魔になるのだろう。

 ──しかし、背後から現れた男の一声によって、それは防がれた。


「たしかにお前たちは優しいな。

 殺しが趣味のイカレた奴なら、もっと苦痛を与えて楽しんでからでもいいはずだ」


 背後からの声に驚いて、大男二人は振り返った。


「な、なんだテメェは!?」


「優しい相手には、俺も優しく相手をしてやろう」


 声の主は灰色のタキシードを着た、オールバックの男。

 それは──。


「今からお前たちは、俺の命令に絶対服従だ」


 ──エルムだった。

 既に“灰の心士衣服タキシードモード”にチェンジしていた。

 強制する支配者の能力で、大男二人は術中にハマっている。


「な、なにが命令だ……そんなもん──」


「その少年から手を離せ」


「……はい」


 大男の一人は、虚ろな目をして少年をゆっくり解放した。

 少年は咳き込んでいるが、どうやら無事なようだ。


「ひぃっ、なんだこれは!?」


 もう一人の大男が異常事態に気付いたのか脱兎の如く逃げ去ろうとした。

 エルムは薄い笑みを浮かべながら、それを見逃す。

 背後で怒りを露わにしている勇者にストレス解消させるためである。


「や、やった逃げ切れ──」


「幼き兄妹を手にかけようとした時点で、万死に値する……!!」


 勇者の拳が勢いよく、大男の顔面にめり込んだ。

 金属製の手甲によって、鼻もろとも周辺の骨をメギメギと粉砕。

 大男は血を噴き出しながらピクピクと倒れてしまった。


「お、おい……勇者。まだ殺すなよ?」


「たぶんギリギリセーフだ」


 鉄板入りのブーツで大男の顔面を踏み付けながら、勇者は答えていた。

 勇者にも兄妹がいるためか、その仲を引き裂こうとした者への怒りは大きいらしい。

 エルムはやれやれと思いながら、まだ無事な方の大男に命令をする。


「どうして、この子を襲おうとした?」


「……闇ギルド経由の依頼だ」


「依頼相手は?」


「身分を隠していてわからねぇ……ただし報酬はすこぶるいいから受けた」


「正体は不明か。他に何か依頼であったか?」


「妹も殺せと言われた……そっちは既に別の奴が向かったから、達成済みだろう」


「そうか。ご苦労。あとは眠っていてく──」


 質問を終えたエルムが、用済みになった大男に睡眠の指示を出そうとした瞬間。

 勇者が走ってきた。

 猛然と拳を振り上げて。


「天誅だーッ!!」


 最初の大男と同じ運命を辿った、大男その2。

 周囲には血と歯が鼻水と涙が飛び散っていた。

 ちょっとやばい奴だなー……とエルムは思ったのであった。


「もう大丈夫だぞ、少年。

 うん、前に見たときは気が付かなかったけど、ハンスの面影がある」


「あ!? あのときに金貨をくれた人だ!」


 エルムと──ハンスの子孫である少年は既に出会っていたのだ。

 帝都に来たとき、スリをしていた少年である。


「なるほど、その少年が名匠ハンスの子孫の……。

 エルム殿、さすがだ」


 エルムの記憶力に感心する勇者。

 それを押しのけるように、少年は必死に懇願してきた。


「あ、あの! 妹を! 妹を助けてください!

 まだ隠れ家に一人でいて、さっきの奴らも向かってるって!!」


「ああ、それなら大丈夫」


「え?」


 エルムは口角を吊り上げて、既に策を成功させた満足げな表情。

 背後から、青年に化けているバハムート十三世と、それに連れられている幼い少女がやってきた。


「お兄ちゃん、私この人たちに助けてもらったんだ!」


「ば、バカヤロウ……心配させやがって……」


 トテトテと走って行く妹と、それを受け止めて抱き締める兄。

 勇者は感動で涙しているのか、フルフェイスの上から目の部分をこすろうとしていた。


「勇者、それ取れば?」


「できん! わたしはただの名も無き勇者!

 それもこの帝都では特に顔を見せられない!」


 エルムは何となく勇者の本名と正体がわかっていたので、苦笑いするしかなかった。


「さて、なんで命を狙われていたのか、俺たちに話してほしい」


「わかりました。二度も助けてくれたあなた達になら、安心して話せます……」


 本来なら少年は、誰にも心を開かなかっただろう。

 だが、スリをしたにも関わらず赦してくれて、妹のためと話したら信用して金貨までくれたエルム。

 今回も死ぬ直前を妹と共に助けてくれた。

 その途方もないエルムの善行を信じて、少年は勇気を振り絞った。


「家を……荒らしていったのは……」


「ゆっくりでいい、ゆっくりでいいからな」


 少年の緊張した声。

 何かかなりの事情があるとエルムは察した。

 そもそも、最初から大人に助けを求めなかったのは、それができなかったためである。

 信頼できる相手が一人もいなくなる状況というのは、だいぶ限られている。


「──皇帝親衛隊の騎士です……」


「……親衛隊か。

 たしかにそんなに地位の高い相手が犯人なら、誰も信用できなくなるか」


「偶然にも一人の覆面が取れて、生誕パレードで見覚えのある顔でしたから……。

 その人たちがご先祖様の日記を奪っていきました」


「なに!? ハンスの日記だと!?」


 時間軸的には、エルムが帝都にくる以前の話である。

 その組織がすでにハンスの日記を手に入れていたということは、何か明確な目的があってのことだろう。

 そして、それはたぶん600年前の魔道具のことだ。

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