幕間4 王国の熱湯風呂

 ナムゥ大陸。

 異種族と呼ばれ、蔑まれている獣人の集落があった。

 そこに何かが降臨した。

 それは集落の全員の夢で語った。


『やぁやぁ、夜分遅くにコンバンハ。

 ボクは神。

 キミ達に復讐の機会を与えようじゃないか』


 その神は美しい黒髪の青年の姿をしていて、飄々ひょうひょうとした口調で言葉を続けた。


『これから日時と場所を教えよう。

 そこにキミ達と、キミ達を助けてくれていた英雄を迫害した、憎き“子爵”がいるはずさ。

 でも、ボクは無駄に正義感溢れるお堅い神とは違ってね、とても優しいんだ。

 どうだろう、子爵にもチャンスを与えてあげては?』


 楽しげに計画の内容を話していく自称“神”。

 それはボーパルバニーを誘導して、男爵を殺害したときと同じようなものだった。


『──ああ、そうそう。

 最後にオススメの方法を教えてあげるよ。

 そこの倉庫に入っている液体で“お風呂”なんていいんじゃないかな?

 ボクがこの世界で気に入った、数少ないものさ』


 ケタケタとした笑い声と共に、自称“神”は消えていった。

 灰色の精神操作でそれを神と信じた獣人たちは、計画を実行に移すこととなる。




* * * * * * * *




「クソッ! なぜ私が殿しんがりなのですか!」


 王国は遷都せんとという名の逃走を終えようとしていた。

 兵士や国民を連れて、巨大な港町へもうすぐというところ。

 そんな中、エルムを迫害したということで罪人となった子爵がいた。

 場所は移動中の一団の最後尾──殿である。


「い、一番危険なところじゃないですか。

 いや、それでも連絡がつかなくなった男爵よりはマシかもですね……」


 たしかにいつでも生贄に捧げられてしまう位置なのだが、まだ集団の最後尾というだけで、完全な孤立とは違う。

 生き残るチャンスはある。

 罪人とされても、これからいくらでもコネやツテで挽回できるだろう。


「私が罪人ではなくなったら、こんな原因となったエルムをどんな目に遭わせてやるか……。

 そうだ、エルムのオンナでも探し出して目の前で犯してやろう、ひひひ。

 良い考えだ、うん、うん」


 この子爵がエルムに依頼していたことは、異種族の浄化である。


 子爵は趣味と実益を兼ねて元々、異種族狩りをよくしていたのだ。

 異種族の男は殺し、女は犯して妊娠しなかったら殺し、妊娠したら送り返す。

 色を好む腐れ外道だった。


 そのために異種族から領地を攻められたのだが、それを自分勝手にエルムのSSSクエスト経由でどうにかしていたのだ。

 子爵は知らないが、そのSSSクエストの裏でエルムは異種族を助け始めた。

 それからは異種族側の被害は0になった。


 王国側でありながら助けてくれたエルムに免じて、異種族は怒りを抑えていたのだ。

 エルムは精神をすり減らしながらも様々な援助を続け、平和に生活できる遠くの土地まで女子供を送り届けたりとひたすら働いた。

 異種族もその実直さに心を打たれて、彼の事を英雄と呼んだ。


 だが……エルムがいなくなったために、異種族の怒りを抑えるモノは何もなくなった。

 エルムが英雄と呼ばれる以前、目の前で恋人を奪われた者、助かったもののショックで言葉が聞けなくなった娘の親、妻の汚された死体を送られた夫。

 怒り、怒りが彼らを突き動かした。

 異種族という蔑称で呼ばれてきた──猫獣人たちは子爵の領土を滅ぼしたあと、そのまま他の存在と一緒になだれ込むように王都を破壊して、逃げている王侯貴族を探していたのだ。


 そして──。


「はぁ……、昔は異種族の女で楽しめたんですけどねぇ

 ん? あれは……?」


 子爵は見つけた。

 猫獣人の少女が、草むらから出てきたところを。

 周囲には誰もいない。

 子爵は考えた。

 もしここでアレを襲っても、目的地の港町はすぐそこ。

 少し遅れても合流は楽勝だ──と。


「ひひひ……私は幸運ですね……」


 子爵は猫獣人の少女を襲うことを選んでしまった。

 それが地獄への第一歩だとも知らずに。


「久しぶりに楽しめそうですよ」


 子爵は剣を手に一人、猫獣人の少女の元へと走って行った。

 その少女は美しかった。

 猫の耳、白いツインテールに、褐色の肌。

 人間離れした見目麗しさに加え、幼いはずなのに胸が大きい。

 子爵はジュルリと舌なめずりをしてから襲いかかった。


 不思議なことに少女は抵抗せずに、ただ達観した顔でニィッと微笑んでいた。

 この世界はすべて無意味、だから楽しい──といったような表情で。

 子爵は、少女の首を力一杯絞めて息の根を止めた。

 少女は最後まで悲鳴すら上げずに、楽しそうに微笑んでいただけだった。

 満足した男爵は着衣の乱れを直しながら、元の場所に戻ろうとしたのだが──。


 隠れていた猫獣人の屈強な男たちに取り押さえられた。

 そのまま猿ぐつわを噛まされ、両手両脚を縛られて集落へと運ばれていった。


 少女の死体はいつのまにか霞となって消えていた。




 ──猫獣人たちの集落。

 藁束わらたばとなめし革で作られた質素なテントが並んでいた。

 その中央広場には一つの大鍋。

 サイズは豚一頭が入るくらいで、素材は金属。


「我ら部族は誠実さをおもんばかる」


「ひ、ひぃーッ! 助けてくれ、死にたくないんですーッ!!」


 大鍋の横で子爵が泣き叫ぶ。

 猫獣人の男達はそれを気にせず話し続けた。


「質問だ。お前は子爵で間違いないな?」


「わ、私は……」


 子爵は考えた。

 今は幸運なことに、子爵の身分を証明するものを持っていない。

 遊びでオンナを相手にするときも暗殺を警戒して仮面をつけていたし、異種族程度にはわかるはずがないと。


「し、知りません! 私は子爵ではないんです!」


 子爵は嘘を吐いた。

 すると、猫獣人たちは謎の言葉を発した。


『ワース! ワース! ワース!』


 大きな声で、子爵の身体をビリビリと震わせる。

 子爵はビクリとするが、猫獣人たちはそれ以外はなにもしてこない。

 どうやらバカは騙せたようだとホッとした。


「次の質問だ。なぜ少女を殺した?」


「そ、それは謝ります! 生きるために仕方なく、金目の物を奪うついでに……。

 でも、抵抗されたから仕方なくなんですよ!」


『ツース! ツース! ツース!』


 また獣人たちが叫びをあげる。

 今度は別の言葉。

 だが、まだ子爵は何も危害を加えられていない。

 しめしめと思っていた。


「最後の質問だ。これが終わったら風呂に入れてやろう」


「ほ、ほう。歓迎ということですね。さすが猫獣人、懐が深いですな!」


「──エルムという男を知っているか?」


 その質問に子爵はビクリと身を怯えさせた。

 なぜ、あの忌々しきエルムの名前が出てくるのかと。

 元はと言えばすべてアイツのせい。

 こんな落ちぶれて今も、たかが一匹の獣人オンナを犯して殺しただけなのに──と。

 それを表情の裏側に隠しながら、無理やり笑顔を作って答えた。


「いいえ。誰ですか、エルムとは?」


『スース! スース! スース!』


 またあの意味不明な叫びだ。

 子爵はやれやれうるさい奴らだと考えながらも、同時に扱いやすいバカは楽でいいと内心ニヤニヤして思い返していた。


 エルムのときもそうだった。

 王国のためとかいえば、どんなSSSクエストでも引き受けてくれる。

 それが誰の出したSSSクエストかも知らずに。

 そんなものを出すのは異種族が排除されて利益を得る存在──子爵、つまり自分なのだと馬鹿笑いしていた。


 ──という想像をしていた子爵。もちろん、エルムのことは明後日の方向に見当違いなのだが。


「ひひひ……。さ、さぁ、私への質問が終わったのなら、解放してくれませんか?

 すべて誠実に答えたでしょう」


「まぁ、まて子爵・・。風呂に入ってもらおう」


「風呂ですか……。はぁ、歓迎というのなら仕方がない……」


 子爵はホッとしすぎて気が付いていなかった。

 ──子爵と呼ばれたことに。


「あれ……? どうして私を大鍋の中に……?

 ああ、これがあなた方の文明レベルでは風呂なのですか」


 大鍋の中に入れられた子爵はまだ気付いていなかった。

 すでに死刑執行中だと。


「子爵、我ら部族は誠実さをおもんばかる。

 だが、人は間違えるときもある、反省して成長するときもある。

 そのために三回の過ちまでは神との約束で許すのだ」


「へ~、そうなんですか……。

 んん? この水は妙に粘りがありますね。

 入浴剤ですか?」


 大鍋の中にタップリの油が注がれた。

 そして下の薪に火が付けられる。


「子爵よ、ワースは1の意味だ」


「あ、あれ……、急に熱く……火加減がおかしく、いや、今、子爵って!?」


「一つ目のウソは名を偽ったこと」


 子爵は身体中から汗が噴き出してきた。

 それは熱いのと、自分が何かやばいことを……すでにしてしまったということからだ。


「ツースは2の意味だ。お前は自らの欲のために少女を殺していた」


「そ、そんなもの!? 誰が判断するというのですか!?」


「神が最初から見ておられたのだ。あの少女は神の御使い」


 油が煮立ってきて、子爵の身体を徐々に焼いていく。

 全身にヤケドが拡がる。


「熱い、熱いいぃぃぃいいいい!」


「スースは3の意味。死を司る数字。

 我らが英雄、エルムに関するウソは許せない。

 エルムをも迫害したお前、許せない」


「エルムゥゥゥウウ!! 結局はアイツかぁぁぁあああ!!」


 子爵は全身大火傷の状態から、さらに内臓も煮え始めて、血管が破裂し、鼻血を大量に噴き出していた。


「……まだお前は気が付いていないのか?

 お前がバカにしている英雄エルムが仲介に入らなければ、我ら部族は差し違える覚悟で、お前の領地をとうの昔に攻め滅ぼしていた。

 たとえ最後の一人となっても、首だけになっても、お前の命を奪うために死ぬ覚悟でな」


「エェェェェェルゥゥゥムゥゥゥッッ!!」


「……外道は死んでも治らないか」


「ウグギャァァァアアアア──……」


 猫獣人は大鍋にフタをした。

 しばらくは暴れる音が聞こえてきていたのだが、やがてグツグツという煮える油以外は静かになった。




 それを遠くから、死んだはずの褐色少女が眺めていた。


「人間も割といいものを作る、うん、ボク珍しく褒めちゃう」


 恐ろしげに、可愛く、ケタケタ笑う。

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