竜装騎士、青の伝説装備で大浴場に入って女性陣に覗かれる
魔王ジ・オーバーがメイドとして働き始めてから、しばらくが経った。
防具屋と宿屋の手伝いも、本来の働き者の性格が功を成して、これから冒険者を受け入れてもある程度は営業できそうだ。
だが、一つ問題があった。
勇者である。
本来、魔王と勇者は殺し合うべき宿敵。
それが従業員とお客様という立場で接しているのだ。
非常にギスギスしている。
「のう、ウリコよ……。
我と勇者の奴とのことであるが……」
「ロリオバちゃん!
そのことなら仲直りSランクのウリコちゃんに任せてください!」
「おぉ、いつもながら訳がわからぬが、それゆえに頼りになるやつよ」
「一緒にお風呂に入りましょう!
裸の付き合いをすれば仲良くなれます、あと私が眼福!」
「……であるか?」
というわけで、本格的に冒険者が来る前の大浴場のテストとして、エルムも呼んで裸の付き合いをすることとなった。
ちなみに残念ながら混浴ではない。
* * * * * * * *
宿屋に増設された大浴場。
室内はなめらかに加工された大理石で出来ており、数十人が同時に入れるほど広く、快適である。
その湯気を
「いや~、極楽極楽~♪ 『カーッ、昼間っからやる酒と風呂は最高だぜ!』 って、よく父も言ってましたよ、ええ!」
一人目はウリコ。
普段は店員用の革ドレスに隠れているのだが、今は村育ち特有の健康的な肌の色で、標準的な体型をしている。
喋らなければ茶髪の美少女といえる部類の15歳だ。
「う、うわあああぁ!! お風呂ぉ!?
ウリコ、ウリコおおぉぉ!?
水、こんなに大量の水を贅沢に使って平気なのであるか!?」
二人目は魔王ジ・オーバー。
湯の中に肩まで浸かりながら、驚愕といった表情をしている。
その白く透き通るような幼い肌は、天女が織った羽衣ですら負けてしまう。
頭に角があり、人間離れした美しさ以外は、お風呂に驚くただの挙動不審な銀髪幼女である。
「大きな湯殿だな……。とても懐かしい、落ちつく」
最後は勇者である。
重厚な鎧を脱いだその下は、筋肉質だが、鍛え上げたゆえの肉体美が隠されていた。
引き締まった身体、微かに割れた腹筋、同時に豹のようなしなやかさを維持している。
女性にしては背も高く、一流のモデルのようなスタイルだ。
身体に細かい傷跡はあるものの、傷すら戦女神のそれと思わせるような生命の力強さがある。
ブロンドの髪もまばゆく、素肌を晒している状態ですら気品を身に纏っている。
「……ところでウリコ、勇者の奴はこないのであるか?」
「え? ロリオバちゃん、この横にいる綺麗系で金髪巨乳の人が勇者さんですよ?」
「なん……じゃと……!?」
ジ・オーバーは、勇者が女性だとは知らなかった。
いつも分厚い鎧と、顔をフルフェイスのヘルメットで隠しているためである。
ウリコだけは勝手に勇者の部屋に入って気が付いたのだ。
そろそろ誰かウリコの不法侵入を農具で殴って止めろ、と村人たちも思っていた。
「そうか、素顔で話すのは初めてか、魔王」
「そうじゃな……。
互いに装備も身につけず、一糸まとわぬ姿で相対することになるとはのう……!」
「語気が荒いぞ、よもや、戦う気か……!?」
魔王と勇者は、話していく内に自然とヒートアップしようとしていた。
そして、それをいつものように止める役割の者が居た。
「はい、ストーップ! ウォー、ウォー、争いはストッピング!」
二人の間に割って入ったのはウリコであった。
左右からの視線が集まる。
「むぅ……、別に我は争おうなどとは思っておらぬぞ!
ただ、こやつが挑発してくるから……」
「わたしも気にしていない。
すでに魔王軍は解散して、もうコレは魔王と呼ぶかも怪しいのだからな」
再び火花がバチバチ。
ウリコは溜め息を吐いて突然、両手で二人を抱き締めた。
「ひゃあっ!?」
「なんであるかーっ!?」
ウリコは満足げな表情をしたあと、真剣に言葉を発した。
「いいですか──二人とも、こんなに綺麗で可愛いのに、なぜ争うのですか?」
「き、綺麗……?」
「可愛い、であるか……?」
勇者と魔王は顔を真っ赤にしていた。
「私なんて特別に綺麗でもないし、色々と中途半端。おまけに家のエンゲル係数が上がってきたためにお腹がプヨプヨしてきましたよ!
それに比べたらなんですか、くだらない! 魔王とか、勇者とか!」
『ウリコ……』
勇者と魔王は同じ名を呟き、反省した。
たしかに立場の違いだけで、なんてちっちゃいことを気にしていたのだろうと。
もう戦うべき理由すらないはずなのに。
「これからは! 心を一つにして、協力し合うべきなんです!」
ウリコは熱く語った。
それは聞く者の胸を打つ情熱。
「──だから、一蓮托生で男湯を覗きに行きましょう!」
『は?』
「今、エルムさんとバハちゃんが男湯にいます。
そこに私たちは突撃します」
「な、なぜなのであるか?」
「そこにエルムさんがいるからです!
気になりませんか!?
あの脱げない脱げない言っている鎧でどうやってお風呂に入っているか!!」
ウリコの力説に、二人は『たしかに……』とうなずいた。
エルムの鎧は呪いで脱げない。
そのために三人の想像の中では、鎧のままザブッと入っているか、タキシードで半裸になりながらベチャーッと濡れ鼠で入っているかである。
あのエルムがそんな格好になっているところを──。
「……見たいのであるな」
「わたしも気になってきた」
「勇者と魔王、清く手と手を取り合って、不法侵入でゴーですよ!」
世界規模の戦力を得て、もう誰もウリコの不法侵入を止めることができなかった。
* * * * * * * *
一方、男湯は静かなときが流れていた。
湯船の外で身体を洗ってもらっているエルムに、その背中をゴシゴシとしている背の高い黒髪の美青年。
「エルム、エルムぅ~。お背中かゆいところはございませんか~?」
「いや、対不浄の効果で身体は汚れないし……。
というか知っているのにどうして聞く?」
「お約束ってやつだからだよ。
それにボク、楽しいんだ。
大きなお風呂っていいねー、気に入っちゃったよ
人間も割といいものを作る、うん、珍しく褒めちゃう」
ちなみにエルムの姿は海パン一丁である。
これは神凱七変化の一つで“青の砂浜水着スイムモード”である。
特徴としてはそのまま。
海で素早く泳いだりと、水の中に有利になる性能。
あまり使う機会がなさそうだが、海パン一丁なので普段使いには重宝するのだ。
「エルム、身体で身体を洗ってあげようか~?」
「……いや、子竜の姿ならまだしも、人間の姿だと色々当たるからな」
「え~?」
そういいつつも全裸の美青年は、エルムを背中から抱き締めようとしていた。
「エルムの鍛えられて、引き締まった身体。
ボクと違ってゴツゴツしていて、好きだな~、触りたくなるな~」
謎の美青年はエルムと対照的で、スラリとした手脚に、2メートル程の長身。
筋肉はあまりついてなく、詩人か魔術師の体付きだ。
顔は整いすぎていて人外ともいえる神々しさで、触れると消えてしまいそうな儚げな表情と、どこか世界が滅びても関係ないという達観した笑みを浮かべている。
──と、そこへドタドタと三人娘が不法侵入してきた。
無情にもガラッと開けられる浴場の引き戸。
「エルムさん、気になったのでお風呂を覗きに来ま……って、うわぁぁぁぁあ!?
エルムさんと知らない美青年が抱き合おうとしてるううう!?」
最初に入ってきたウリコは目撃してしまった。
浴場の扉だけでなく、新しい扉も開けてしまう可能性が高い。
「あ、エルムがおった!
……なんじゃ、鎧でもタキシードでもなく、海パン装備なのであるか~」
次に純粋なジ・オーバー。
特に変なフィルターもかけていないので、エルムの面白い入浴が見られなくて残念がっていた。
「……え、誰だ? エルムの背後にいる……その青年は?」
最後に割と常識人の勇者である。
やっと普通のツッコミが入った。
その問い掛けに、謎の美青年はスッと立ち上がり、両手を腰に当てながらふんぞり返って自己紹介をした。
「誰って? ボクはボクだよ」
「ま、まさか……バハちゃん……いえ、バハ……さんですか。
何か色々と大きい……」
謎の美青年──バハムート十三世は全裸だった。
ウリコは手桶を、ジ・オーバーの頭からかぶせる。
「……まさにドラゴンサイズだな」
「いや、勇者さん。なにが『まさにドラゴンサイズだな』ですか……」
女性二人の視線は釘付けであった。
目の前が手桶で見えないジ・オーバーだけが不満げに呟く。
「うー、我も見てみたい!
なにがおっきくて、ドラゴンサイズなのであるか!?」
「い、いや……ちょっとロリオバちゃんには早いかな~……?」
その様子を見てバハムート十三世はケラケラと笑った。
「アハハ、ボクの男性体の全裸は刺激が強すぎたかな?
もう片方の方がいっか!」
「も、もう片方……?」
バハムート十三世はくるりと一回り。
すると、その姿は少女のものへと変化していた。
「うおぉ!? び、美少女に!? バハさんがバハちゃんに!?」
ウリコが驚くのも無理はない。
変化したバハムート十三世の少女姿は、これもまた人間離れした美しさだったからだ。
髪は白くツインテール、肌は程よく焼けた褐色。
背は小さいのだが、スタイルの良さは勇者以上。
顔はどこかイタズラっぽくも、世を支配するような王のような威厳を兼ね備えていた。
「ほら、ボクって普段は子竜じゃない?
エルムの背中を流せないからさ、不便な人間の格好になってみたんだよ」
「な、なるほど……」
納得したウリコは、ジ・オーバーの手桶の封印を解除する。
目の前が見えるようになったジ・オーバー。
ようやくバハムート十三世の人間体をまともに認識することができた。
「おぉ、我が知っている女神かそれ以上の容姿であるな」
「ハハハ、それ以上に決まってるじゃないか~。だって、ボクだもの」
当然、というようにニコニコと笑う褐色の少女。
力ある存在としては、姿形など自由になるものなのだ。
普段の姿というのは、内から出てくる自然体というだけだ。
変化させようと思えばいくらでも変化させられる。
「そういえば、魔王は男性体になれないのかい?
ボクの見立てでは可能だと思うけど──」
「うーん、我は試した事もないし、それに男の人の構造がよくわからないのである……」
「アハハ、ボクが教えてあげよっか? それともエルムに直接見せてもらう?」
「な、ななななな!?」
カーッと表情を赤らめるジ・オーバー。
なぜかジーッとエルムの方を見つめている。
それに釣られて、全員の視線がエルムへと向かった。
「エルムさん、ま、まさか……ジ・オーバーちゃんくらいの年頃の幼女にも……」
「エルム、そうだったのか……」
「エルム、ボクもそのくらいの年齢になった方がいいかい?」
──そして、当の本人であるエルムがやっと口を開いた。
「男湯だから出ていって……」
正論すぎたので女性陣は退散して、エルムはゆっくりと湯船に浸かって幸せな一時を過ごしたのであった。
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