こっくりの祠

オイスター

こっくりの祠


「こっくりさん、こっくりさん……どうぞ降りてきてください……」

テスト前の放課後の教室には、不穏な空気が流れていた。

「こっくりさん、こっくりさん……」

「あんた、さっきから、一人で何やってるの?」

サバサバとした感じの、僕の苦手な女子に話しかけられた。

「びっくりした!高野か。驚かすなよ。儀式の途中に……危ないだろうが」

「あんたが、いくら陰キャで、オカルト好きだからって、痛いことして、みんなから無視されるのは可哀想だと思ったのよ」

余計なお世話だ。そう思いながら、僕は、儀式用の紙と10円玉をしまった。僕が、帰り支度をしていると

「大体、こっくりさん禁止って知らないの?あんたは。昔、なんか問題あったんでしょう?」

「え?知らない」

「あんたは情弱だから知らないのか。なんか先輩がおかしくなっちゃったらしいよ……精神的に」

「へー」

僕は、そんなことどうでもよかった。とにかく不思議な力が欲しかったからだ。なんの取り柄もない僕には、それしか希望がなかった。黒魔術、おまじない、チャネリング……いろいろ試したが、どれもピンとこない。結局、こっくりさんが一番成功しやすいと分かった。振り出しに戻ったような、原点に帰ったような感じだ。

「まあ、あんたは元々、精神的におかしいか」

「さっきから余計なお世話だ」

「そういえば、こっくりさんは、あの狐の祠から……」

高野が何か言っているが、もう聞く必要はないと思い、僕はさっさと帰ることにした。


テスト前だからといっても、帰宅部の僕には、いつもと変わらない1日だ。神社やら、寺やらのパワースポットに回り、ご利益を求める。自分勝手なお願い事をしては、10円玉を入れて回った。不思議な力でも手に入らないかな?人をあっと言わせるような、見返せるような特殊な能力が欲しい。そんなことをお願いしたりもした。

いつものように森の中にある神社を参拝した後に、土を踏みしめ、森の出口を目指した。

――ん……?こんなところに、祠があったっけ……?

木漏れ日の中に、見慣れない古びた祠を見つけた。石でできた祠には小さな狐が描かれていた。僕は、誰かに呼ばれたように祠へと近づいた。

「お兄さん。見いつけた」

祠の前に立ち、気がつけば、後ろに茶色がかった金髪の少女が立っていた。木漏れ日が妖しく少女を照らす。影になった白い顔には、細く切れ長の目が物憂げに瞬きをしていた。

「だ、だ、誰かな?君は?」

僕は動揺して、取り乱した。

「通りすがりの美少女よ」

そう言い、微笑する少女は、確かに美少女だった。僕と同じくらいの年齢か、少し下くらいか。細い体にセーラー服を纏っている。少女は、手を口に当て、目を細め、微笑みながら

「あなた、学校では、友達がほとんどいないでしょ?」

「酷い物言いだな。決めつけが酷いぞ。君は」

「昨日の体育のサッカーで、下手だからとキーパーをやらされたけど、全く、そのポジションとして機能せず、シュートされれば入りまくりで負けまくって、責められたでしょ?」

「それは……」

「あなた、この前、弁当を電車に忘れて、衛生上の観点から弁当の中身を処分されたでしょ?」

「うぅ……なんでそんなことまで……」

少女は、こんな風になぜか、僕に関する様々なことを見抜いてきた。そして、最後に

「あなた、学校でこっくりさんを呼ぼうとしたでしょ?」

今日のことまで言い当てられた。

「君は、僕の学校の生徒と繋がりでもあるのかい?制服は違うみたいだけど」

「そんなの関係ないよ?私には、お見通しなのさ。一人で寂しくやってたんだね?かまってちゃんかな?」

「いい加減にしろ!」

「みんなでやった方が楽しいし、こっくりさんも来やすいかもしれないのに……」

少女はどこか同情するように言った。

「で、何を知りたかったの?意外と乙女ちっくなことだったりするわけ?」

「余計なお世話だ!」

「ほら、そうやって人の厚意を無下にする。今日の放課後だって女子に……」

ここまで言い当てられると僕は怖くなってしまった。思えばこの少女は不気味だ……どこか妖しさの際立った妖艶な面持ちをしている…

「もうやめてくれ……」

「そっかぁ。怖いのかぁ」

少女は、そう言うとカバンの中をゴソゴソと漁り始めた。


「まあ、なんか食べましょうよ」

そういえば腹が減ったな。こんな可愛らしい少女と何かを食べられるなんて幸せかもしれない。少女はカバンからご馳走を取り出した。大きなエビフライ、若鶏の唐揚げ、ビーフステーキ……次々と出てくるご馳走はスーパーなどで買った時のように、プラスチックのパックに入っていた。どれも食べごろで、とても美味しかった。少女は小動物のように、首を傾げ、微笑みながら、ご馳走を平らげていく。確かにホッと微笑むくらいの美味だった。

少女はおもむろに僕に尋ねた。

「何か知りたかったんでしょう?」

僕がなんのことか分かりかねていると

「こっくりさんをやるってことは何か知りたかったんでしょう?」

「ああ……実は、僕、全然モテなくて……いつか誰かが僕を好きになってくれるかな?と思ってね」

少女は、こんこんと笑い始めた。

「なんだ。そんなことなのね。それなら心配いらないわ。最近のガキンチョはお高く止まっているからねぇ。無駄にプライドは高いけど肝心なことがわかっちゃいない」

「と言うと?」

「近頃じゃ、どこも都市開発が進んで、昔みたいな田舎は減った。君の学校の近くも中途半端に都会なのがいけないの。中途半端に習い事を始めて、人よりちょっと、何かを先取りして優位に立とうとする姑息な連中が多い。英才教育だとか言い出してね。でも、人より少し優位に立てることが重要なことではないの。

そういうところの子供達は、純粋な心がなくて、生意気だったりするの。もっと田舎なところは、子供も純粋だったわ」

「確かに、僕は、気づけば人より何もできなかった」

「でも、そんなあなたにもいいところがあるわ。それは、見えないものを信じる純粋さよ。信仰心からお参りに行くような子供も減った。今の子供は、どこでもSNS映えのために行く人が多いわね。私利私欲のために行くのもよくないけど……

でも、あなたは本当に見えないものを信じている。具体的になんの神とは言わないけれど、神を信じている。そのことが、あなたの善悪の基準になっているの」

「確かに、今まで、神様が見てると教わってきたから、人を傷つけるようなことはしてこなかった」

「そうなの。それが大事なの。今時の子供たちは自分の都合のいいことしか信じていない。だから、自分のためなら平気で人を傷つける。でも、あなたは違う。人々の心にそれぞれの神が、精神が宿っているのを尊重している。人の心を信じて、敬っている。だから、あなたは人に優しくできるの。

そんなあなたなら、見守ってくれるような人もいるはずよ」

そう少女が優しく笑うと、僕の視界は暗転した。目眩がする……!気がつけば、僕は意識を失っていた。


「井上!井上!」

僕の名前が呼ばれ、体を揺り動かされる。気づけば、見慣れた少女が心配そうな顔で、僕を上から見つめていた。

――放課後に絡んできた高野だ。

「目を覚ました?あなた本当におかしくなっちゃったの?」

すごく悲しそうな顔で、僕を見つめる。

「いや、大丈夫だ。少なくとも意識はしっかりしている」

「大丈夫じゃないわよ。あんた、芋虫や、カエルやら、ネズミを生で食べていたのよ?病院に行ったほうがいいわ……」

「――え……?」

僕はゾッとし、吐き気がした。あの狐顔の少女と過ごした時間は、幻だったのだろうか……?

「この祠、なんて言われてるか知ってる?」

僕がキョトンした顔をすると高野は続ける。

「こっくりの祠。こっくりさんはここから呼ばれてくるらしいの。

あんたが、こっくりさんを中途半端にやめてから、なぜか、ここのことを思い出したの。それで、ここまできたんだけど。まさか、あんたの方から、こっくりさんの方に出向くとは……」

僕は妙に納得してしまった。だから、それであの少女はなんでもお見通しだったのか。というか、こっくりさんを人間が呼ぶのはわかるが、人間側が呼ばれることもあるのか。僕は、呼ばれたように、あの祠を見つけた……あの少女も、本当は寂しがり屋だったのかな?

「とりあえず、心配だから、内科に行こうね」

高野は珍しく、優しく接してくれた。いつも、意地悪な絡みをしてくるのも、本当は心配だからなのかな?僕はそう思うと、特別になんてならなくていいと、心から思えた。もう、怪しいオカルトに手を出すこともないだろう。

二人は暗い森を歩いていく。誰もいない森では、今時は珍しい、人の温かみが満ちていた。木漏れ日は、殻を破った少年を祝福するように、優しく包み込んでくれる。森の茂みでは、狐が一匹、微笑んでいた。

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