広告カノジョ

水瀬 綾人

第1話 画面の向こうの君

 僕・・・・・・真田俊樹は引きこもりだ。

 基本はベッドの上で寝っ転がり、スマホを使って動画を観る日々を繰り返している。

 けれど、最初から引きこもっていた訳ではない。

 前にはちゃんと学校に通っていたのだ。

 学校に行かなくなったのは今から一ヶ月前の十月の頃。


 福岡の公立高校に通う僕は、優柔不断で、パッとしない性格だったため、クラスでは自然といじられキャラに定着し、よく笑いものにされたものだ。学校だって何度サボろうと思ったことか。

 だが、そんな僕には学校に通う意義があった。

 それは同じクラスメイトであり、初めてできた好きな人である高梨咲愛がいるからだ。

 決して僕に向けられたものではなかったが、彼女のみせる眩しいくらいの笑顔が僕の心臓を光の速さで撃ち抜いた。

 自分の座席から高梨さんの姿を拝むことだけが、高校生活唯一の楽しみだった。


 そして、高校に通い、はじめて迎える体育祭で僕に転機が訪れる。

 うちの高校では毎年10月に体育祭が行われる。その体育祭のプログラムの一つにクラス別でダンスを踊りチームを盛り上げる通称『クラダン』というものがあった。

 クラダンはどのクラスも欠かさず、男女がペアになって踊る場面があり、それが体育祭の目玉の一つとなっていた。


 ダンスのペア決めは公平にクジ引きで行い、クラスの連中は意中の相手とペアになったりならなかったりと一喜一憂するわけなのだが、僕も例に漏れなかった。

 そして、全員がクジを引き終え、ペアが次々と黒板に書き出される。

 僕は自分の名前の隣に書かれた文字を見て愕然とした。

「・・・・・・嘘だろ」

 そこには高梨の二文字が書かれていた。

 このクラスに高梨という苗字の女生徒は一人だけ。つまり、僕のペアは片想いの相手である高梨咲愛だった。

 恐る恐る彼女に方に目を遣ると、僕の視線に気がついたのか高梨さんがこっちを向いた。

 高梨さんはゆっくりとこちらに歩み寄ると、にこっと微笑みかけてくれた。

「一緒に頑張ろうね、俊樹くん」

 初めて僕に向けてくれた彼女の笑みに、心の底から神に感謝した。


 そして、今週からダンスの練習がスタートした。

 最初は彼女の手を握る度に、顔が熱くなって踊るどころじゃなかったし、緊張から手汗をかいて嫌がられていたらどうしようとネガティブな思考に陥り、余計に緊張してしまう負のスパイラル等が発生して生きた心地がしなかった。

 練習が始まってから一週間程経つと、ペアダンスにも慣れ、高梨さんと少しづつ話ができるようになった。

「え、俊樹くん妹いるの!?いいなー!」

「妹なんてあんまりいいものじゃないぞ、生意気だし、僕の部屋にあるもの勝手に売ってお小遣い稼ぎするんだ」

 それを聞いた高梨さんは小さく笑った。

「ふふっ!妹ちゃんやるね!なんか楽しそうで羨ましいな・・・・・・私はずっと会ってないから」

 高梨さんはどこか遠くを見るようにそう言い残す。

「――え?」

 会ってないとはどういう意味だろうか。

 僕が聞き返すと、高梨さんは小さく首を振った。

「ごめんなさい、今のは聞かなかったことにして」

 個人的としてはとても気になるが、本人が話そうとしないことを無理に聞き出すのは野暮だと思い、それ以上の詮索はしなかった。

 それからも僕は今まで話せなかった分を取り返すように、多くのことを高梨さんと話した。

 話したことはどれも他愛ないの内容だったけど、体育祭当日までの二週間はとても幸せな日々を過ごせた。

 しかし、幸せというのは濃ければ濃いほど終わりはすぐにやってくる。


 迎えた体育祭当日、クラダン本番。

 緊張からかバクバクとうるさいくらいに心臓の鼓動が高鳴り、踊る前から額に汗が滲む。

 上手く踊れるか不安でいっぱいの中、とうとう自分達の番がやってきた。

 クラスメイト達は各々所定の場所で、はじまりの合図であるアップテンポな曲が流れるのを待っている。

「・・・・・・俊樹くん」

 そんな時、不意に左隣から声が掛けられた。

 声の方に見やるとそこには高梨さんの姿があった。

「ダンス、成功させようね」




 クラダンは練習以上のパフォーマンスを発揮することができ、ノーミスで見事、大成功を収めた。

 それ以降も順調にプログラムを消化し、体育祭は良いムードのまま幕を下ろした。




 そして、僕史上初となる決戦の時が訪れた。


「話ってなにかな?」

 教室の入口に高梨さんが姿を現す。

 僕はクラダンが終わった直後、高梨さんに「話がある」と言って、放課後の教室に呼び出していたのだ。

 高梨さんはかつかつとローファーを鳴らし、こちらに近づいてきた。

 ――やば、ほんとに来た!?

 自分から呼び出しておきながら、いざ本人の姿を瞳に映すと、緊張と焦りから 動悸が激しくなる。

 いつの間にか落ちていた視線を前に戻すと、すぐに目の前に高梨さんの顔があった。

「うわぁっ!?」

 奇声を発し、後ろへ飛び退く。

「女の子に対してその反応はちょっと酷いんじゃないかな」

 高梨さんは困ったような笑みを浮かべ、文句をオブラートに包んだ。

「それで話って?」

 後ろで手を組み、高梨さんは首を傾げる。

 ここまで来れば僕が伝えたいことなんて察しがつきそうなものであるが、彼女はシラをきるつもりらしい。

 それはちゃんと自分の口で言えという彼女なりのエールなのだろう。いや、そこまでは考え過ぎか。

「えっ、えと・・・・・・話ってのは、そのアレで・・・・・・」

 くそ、頭は回るし、落ち着いてる筈なのに言葉がするっと出てこない。

 脇から大量の汗が噴き出し、脇腹を伝っていく感覚がなんとも居心地悪い。

 言わなきゃ「好き」だって、「付き合ってくれ」って。

 僕は一度、深呼吸をしてから大きく頭を下げた。

「あなたのことが大好きです、僕と付き合ってください!」

 言い終えるのと同時に、握手を求めるように右手を差し伸べる。

 握ってくれ握ってくれ握ってくれ握ってくれ握ってくれ握ってくれ。

 呪文を唱えるように、頭の中で「握ってくれ」とただひたすらに連呼する。

 不意に、ぴたりと冷たい何かが右手に触れた。

 顔を上げると、彼女の手が僕の右手に触れている。

 もしやこれは成功かと、期待が膨らむが、何かがおかしい。いっこうに手を握り返そうとしてこない。

 それどころか彼女は僕の右手をゆっくりと下ろさせた。

「ごめんなさい、私、あなたとは付き合えない」

 高梨さんは僕から目を逸らすどころか、真っ直ぐに見つめてそう言った。

 そんな彼女に対し、僕は自嘲気味に笑うと、机の上に置いてあった鞄を肩にかける。

「ごめん、余計な時間取らせて。・・・・・・それじゃあ」

 僕は逃げるような足取りで教室から出ようとすると。

「ちゃんと好きって言ってくれて嬉しかった」

 高梨さんの呼び掛けに、一度は足を止める。

「そんなの信じられるかよ」

 不意にそんな言葉が口から漏れた。

 声自体はそこまで大きくはなかった為、高梨さんに聞かれたかどうかは分からない。

 しかし、確認するのがこわかったので、振り返ることなく、そのまま教室から出て行った。

 一人になった廊下でぽつりと呟く。

「学校行く意味・・・・・・なくなっちゃったな」




 そして、現在に至る。

 ベッドの上で寝そべって、食い入るように動画ばかりを眺めている。そろそろブルーライトカットの眼鏡を買った方がいいんじゃないだろうか。

 最近、ハマっているのは車の交通事故まとめ動画だ。

 とりわけ車が好きという訳ではないが、煽り運転を仕掛けた車がよそ見をして壁に突っ込むシーンなどは、存外ツボにハマる。

 気づけば視界が暗くなり、スマホの画面が眩しくなってきた。

 ふと、窓の外を観ると良い感じに暗くなっていた。ちょうど日が沈んだ頃ではないだろうか。

 時計は五時を指していた。

 いつも昼間は省エネに気遣い、照明をつけずにスマホを操作しているのだが、日が沈むことにより、部屋が一段暗くなる。

 億劫ではあるが、照明をつけようと、席を立ち上がったその時だった。

 スマホに次の動画が自動再生される。

 いや、正確には動画始まる前に流れる広告だ。

 一ヶ月もの間、スマホに対峙して多くの動画を観てきた僕は、ほぼ全ての広告を見てきたといっても過言ではないだろう。

 しかし、今回の広告は今までに見たことがないものだ。

 画面には一人のとても綺麗な女の子が映っている。化粧品か何かの広告かな。

 少し気になった僕は立ったまま、その広告を眺め続けていると、広告の中の女の子を「よっ!」と言わんばかりにプチョヘンザ。

『画面の向こうの君、見てる〜?』

 広告の中にいる女の子は両手をぶんぶんと振り、こちらに呼び掛けているようだ。

 ――なんだコレ、本当に広告か?

 そろそろ15秒経過する。いつもなら、ここでスキップボタンをタップするところだが、今回はもう少し様子を見ることにした。

 広告に映る女の子はこちらに耳を傾け、返事を待っているようだ。アイドルがライブでよくやるやつだ。

 しかし、広告というのは一方的に情報送りつけるものであって、例えこちらから返事をしたところで意味がない。それに、もし広告なんかに返事をしている様な奴がいれば、ソイツはだいぶ頭が狂っているといえるだろう。

「見てるよー!」

 そう、僕のように。

 すると、女の子は「へっ」と嘲笑うかのように口角を上げた。

『端末に話しかけるとかバッカじゃないの。もしかして友達いないんじゃ・・・・・・や、やめて!スキップだけは押さないで!』

 なんなんだコイツは?人を見下す様な態度をとったかと思えば、急に下手にでてくるな。

 だが、それ以上に驚いたのは僕がスキップを押すタイミングとほぼ同時に彼女がスキップを阻止しようとしたことだ。この動画の制作人に凄腕の心理学者でもいるのか、それとも本当にたまたまだったのか。

 それにしてもこの子、少し高梨さんに似てる気がする。名前とかあるのかな。

『そういえば自己紹介がまだだったね。私の名前は・・・・・・え、もう終わりの時間!?それじゃまたね、真田俊樹くん』

 彼女は最後にそれだけ言い残すと、広告は終わり、先程まで見ていた車の交通事故まとめ動画のがプレイリストが再生される。

「名前教えてくれないのかよ。・・・・・・・・・・・・それにしても、なんで僕の名前が」

 ベッドのヘッドボードに立て掛けられたスマホの前で、僕は立ったまま固まっていた。

 ――それにしても、今のは何の広告だったんだ。







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