花物語

シキトシオ

第1話 貴方を大切にします

「いらっしゃいませ。どの様な花をお探しですか?」

 店員は学生服を着た女性に笑顔で声をかけた。

「えっと…このお店って、お客さんに合ったお花を選んでくれるんですよね…?」

「ええ。その通りです。お客様のお話を聞いて、私が僭越ながら選ばせていただいております」

 すると、女性は店員の目をじっと見て言った。

「わ、私に合うお花を…勇気をくれるお花を選んでください…!」


 花屋の隣の部屋へ移動した2人。

 店員はハーブティを女性のテーブルの前に置く。

「…お店、閉めちゃっていいんですか?」

 チラチラとお店を見ながら女性は呟く。

「大丈夫ですよ。今はお客様のお話を聞きたいので」

 店員は笑顔で言えば、テーブルの真ん中にある花のコースターの上にティーポットを置いて席についた。

「さて、それではお話を伺ってもよろしいですか?」

 微笑み店員は女性に告げた。

 女性はスカートの裾をぎゅっと握り、覚悟を決め店員の方を向いて話し始めた。





 私には好きな人がいる。

 とても優しくて、誰とでも仲良くなれる。

 そして、隠れて努力をしている頑張り屋さん。

 それが私の好きな人。


「あ、遅いぞー」

「ごめんなさい。先生にクラスのノート渡さないといけなくて」

 初めて図書委員になった私は、彼が図書室で廊下から見えない端の机の場所で勉強をしていることを知った。

 そして、勇気を持って話しかけてから勉強を教える仲になった。

「えっと、今日は何の教科?」

「数学!ほら明日小テストなんだよー」

 数学の問題集を見てみれば真っ白。

「…教えられるか不安になってきた」

「え、何で?いつも分かり易いから大丈夫だろ」

 笑顔で言ってくる彼。好きな人に頼られるのは嬉しいものだ。頑張ろう。



 放課後の図書室は殆ど生徒は来ない。

 だからこうやって彼に勉強を教えてるけど、最初は二人きりというのに慣れなかった。

 今は平常を見せれているけど、最初は彼が近づいてきたりした時は毎回顔が熱くなった。


 今は少しは慣れてきたのか教えられるようになった。


「ねぇ、ひとつ聞いてもいい?」

「ん、何?」


 ずっと気になっていたこと。

「何で、勉強を教えてって頼んできたの?」

 彼は別に勉強が出来ない訳ではない。赤点ギリギリより少し上は取れる。

 彼の性格上それで大丈夫と思ってもおかしくない。なのに、教えてくれと頼んできたことにずっと違和感があった。

 彼はシャーペンをくるくる回しながら少し気恥しそうに言った。


「俺さ、人を助けられる仕事をしたいんだ。でもそういう仕事って頭良くないとだろ?1年の頃はまあ呑気に過ごしてたから赤点ギリギリ。流石にまずいなって気づいてよ。…だからあんたにお願いしたんだ」


 これ、他の奴らには内緒な?と苦笑いしながら言ってきた彼。


 初めて、彼の秘密を聞いた。


「そうだったんだ。…少しでも手伝えるように頑張るね」

「おう!頼りとしてるぜ!」


 彼は笑って言ってくれたけど、私は頑張って笑顔を作った。

今更気づいたんだ。この関係にも終わりがあるとを。



 勉強を教えていくうちに彼は恋愛というのに興味があまりないことを知った。

「周りの奴らはとっとと彼女作れとか言うけどよ、好きでもないやつと仕方なく付き合うのって相手にも失礼じゃね?だったら俺はずっと1人でいいわ」

「そっかぁ…」

「あんたは、恋愛に興味あるの?」


 これは、嘘をつくべきなのかな?いや、素直に言うべき…なのかな?


「んー少しはあるよ」

「まじか。じゃあさ、」


 "好きな人いるの?"


彼から聞かれたこと。

どうしよう。…答えによってはこの関係が終わってしまう。

それだけは…嫌だ…。嫌だ!

…でも、もしも彼が勉強が出来るようになったら…私を必要としなくなったらそこで終わりじゃないか?

 ずっとこの関係が続くわけじゃない。そこで私は思いついた。


「…いる、よ」

「まじで?誰?」

 やっぱり言うと思った。彼は本当に素直な人。

 そこがとても好きなんだ。

「簡単には教えない」

「えーいいじゃん」

 心臓がバクバク言っている。

 平常心を装って…。

「今度、期末テストあるよね?勝負しない?」

「勝負?」

 私は彼に提案した。

「どれかひとつの教科、私より点数を越えられたら教えるよ」

 ほら、その方がテストのやる気出るんじゃない?

 彼にそう言えば、乗った!と言われた。

「じゃああんたが勝って何も無いのはフェアじゃないから、俺も気になってる人を教える!」

「え、好きな人いないんじゃないの?」


「誰もいないとは言ってないぜ?」

 ニヤリと笑う彼。そっか…彼にも、好きな人いるのか…けど、1人でいいと言うくらいだし、その人はきっと…もう好きな人がいるのかな。


 ああ、胸が痛い。涙が出そうだ。


「じゃあ、勝負ね」

 私、用事があるから今日はおしまいね。片付けをしながら彼に言う。

「おう。今日もありがとな。負けねーぞー」

 彼は毎回勉強を教える度感謝の言葉を言ってくれる。


 彼に微笑んで私は図書室を出た。


 …ああ、なんて事をしちゃったんだろう。

 どちらにせよ、この関係に亀裂を生ませてしまった。


 嘘をついていれば、変わらないでいれたのに。


 …でも本当にそうなのかな?


 いつか、彼にも"彼女"が出来た時、その時この関係は終わらせないといけなくなる。

 ほぼないけど、私にも恋人が出来たとしても同様だ。


 必ず終わりは来る…なら、嘘をついて何になる。

 私は間違っていない。そう強く思うことにした。

 …この結果がどうなっても、想いを伝えてみよう。結果なんて知ったこっちゃない。しっかり想いを言ってスッキリしてやる。


 さ、帰ろうと歩みを進み始めた時、 "Lost flower"と書かれた花屋を見つけた。確か…友達が言ってた気がする。


『ほぼ毎日お店が開いていることが無い花屋さんて凄いよね!』

『でも、すごい好評なお店だよね』

『何でも…自分に合った花を見つけてくれるらしいよ』


 今、開いてるのかな?

 そっとドアノブを捻れば、扉は開いた。

 嘘、開いてる…!


…ここなら、もしかしたら私に勇気をくれるかもしれない。


 どうか、私に、勇気を…!!



「えっと…というわけなんです…」

 彼女は気が緩んだのかふぅ…と深呼吸する。

「成程…告白の勇気が出る花ですね」

 店員は手を口元に当てて悩む仕草をする。


「やっぱり、自分でなんとかしないとダメですよね。えへへ…」

 苦笑いをする彼女に店員は言う。

「花には色んな効果をくれるんですよ。リラックス、充実感、運気があがったりストレス解消…色々あります。何も可笑しくないですよ」

 よし、と店員は立ち上がり少々お待ち下さいと告げ入口のお店へ歩いていった。


 数分して、店員は2本の同じような花を持ってきた。

 1つは青く、もう1つは白い花。


「このお花は?」

 女性は首をかしげながら花を見つめる。

「アイリスです。色ごとに意味が変わっていまして。お客様にはこの2色が似合うと思いました」

 店員はまず青いアイリスの花を渡す。

「青いアイリスは、"信念"。今のお客様の気持ちを貫く意思に似ていますね」

 そして、次に白いアイリスを渡す。

「白いアイリスは、"思いやり"。お客様とお客様の好きな方の関係は、思いやりがないと続いてはいなかったでしょう。きっと、力になってくれます」

 女性は2つの花の匂いをそっと嗅ぐ。

「…いい匂い」

「それは良かった。そういえば、アイリス全体の花言葉もあるんですよ」

「そうなんですか?」

 気になっている女性に店員は微笑んで告げる。


「"恋のメッセージ"…お客様にとって、いい結果になることを祈っております」



 それから数日後…花屋のポストに手紙が入っていた。

 それはあの時の女性からだった。

 感謝の言葉が綴られ、写真が入っている。

 あの時の女性と隣にいる同い歳位の男性。制服姿で2人とも笑顔を見せて白と青のアイリスを持っていた。


 店員は写真を見れば微笑み手紙と共に沢山の手紙が入った箱に大切にしまった。

 この手紙の数はお客様からの感謝や結果の手紙。


「"迷子"からしっかり抜け出せたみたいですね」


 店員はそう呟いていると、お店の扉が開く音がした。どうやら今日もお客様が来店したようだ。今日の迷子さんはどんな人でしょう。


「いらっしゃいませ。Lost Flowerへようこそ」




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花物語 シキトシオ @shikitoshio

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