第12話 スリングショット





「カナタ! オーク3体よ! 」


「まかせてくれ! 」



俺は前方から棍棒を持って木々をかき分けて迫ってくるオークに対し、左手で鉄の盾を構え右手に剣を持って構えた。

そして身体強化を全力で発動した後に先頭のオークに対して盾でぶつかりに行き吹っ飛ばし、その真後ろにいたオークの腹部に剣を突き刺した。


《 フゴーー!? 》


「どけっ! こいっ! 」


俺は突き刺した剣を即座に抜いて腹から出血するオークを蹴り飛ばし、左側方から降り注ぐ棍棒を盾で受け止めそのまま棍棒を受け流し、がら空きになった懐に入りオークの喉に向かって剣を突き刺した。


《 ブフッ! 》


それから振り返り最初に吹き飛ばしたオークの元に戻り、起き上がろうとしていたオークの頭を蹴り飛ばした後に首に剣を突き刺した。

そしてその隣で腹部を押さえうずくまっているオークに向き直った。


「今トドメを刺してやる。悪いな」


俺はオークに近付き、恐怖に歪む顔のオークの目を見ながらその首へと剣を振り下ろした。


《 フギッ! 》


「ふぅ……」


「カナタお疲れ様。複数のオーク相手でもだいぶ動きが良くなってきたわ。私のいる位置も意識していたみたいだし、2週間前とは大違いだわ」


「ありがとう。なんとか複数のオークを相手にできるようになったよ」


魔法士協会での訓練を終えてから3週間、あの地下避難所で初めての人殺しを経験してから2週間ほどが経った頃。

俺はリーゼと国境近くの森で、ダークエルフが放ち繁殖したオークの間引きの依頼をこなしていた。

この2週間はダークエルフの国に面する大森林の浅いところで、エルフの国に侵入しようとする魔物を相手に戦う日々を送っていた。


マルディルたちの件だが、俺が殺したことはバレていない。奴らは行方不明ということになっている。

サリオン家の者が街で聞き込みをしていて、リーゼのところにも何か知らないか聞きに来たらしいが俺はリーゼにあの事を話していない。

リーゼはまったくわからないと答えたようだ。サリオン家の者もマルディルが付きまとっていた相手、しかも低ランクの歌魔法士ということもありそれを信じたようだ。

監視カメラとかの技術が無くて良かったよ。


傭兵たちに関してはもともとが他国の者だし、定住地を持たない流れ者だ。誰も探す者はいなかった。

エフィルの街は出る者に関してはノーチェックだしな。


マルディルたちの遺品は、オーガと出会った場所でトイレに行く時にこの森に捨てた。そのうち誰かが発見すると思う。装飾品など金目の物もあるしな。ここに完全犯罪が成立するわけだ。いや、俺は被害者なんだけどな。


そうそう、マルディルが持っていたマジックバッグにはとんでもないお宝が入っていた。

それはなんと【マジックテント(中)】だ。15帖ほどのリビングに10帖ほどの部屋。そして風呂トイレキッチンもある1LDKタイプの2000万ディア以上する超高級品だ。その他にも付属魔道具の【マジックアルソーク】という魔力探知警戒魔道具も入っていた。これは4つの箱をテントの周囲に展開して、その範囲に魔力を持つ者が侵入するとテント内に警報が鳴る仕組みの魔道具だ。


このほか傭兵のリーダーが持っていたマジックバッグにも【マジックテント(小)】が入っていた。

これは8帖ほどの部屋と、キッチンとシャワーとトイレが付いている1Kタイプの物だった。魔道具店で見たマジックテント(小)の中でも一番大きいやつだ。確か1000万近い値段だったと思う。


ほかにもマジック携帯トイレやマジック携帯シャワー、そして初級ポーションが30本と、中級ポーションが5本。初級魔力回復ポーションが10本に、中級魔力回復ポーションが2本あった。

確か魔力回復ポーションは高価で、リーゼですら初級魔力回復ポーションしか持ってなかったと思う。


今は深夜にマジックテント内のマルディルと傭兵のリーダーの私物を少しずつ処分しているところだ。家具以外は全部捨てないとまずいからな。

しかし傭兵のリーダーのテントなんだけど、あの俺を騙した女傭兵と一緒に住んでいたんだろう。高校生には無縁の大人の使う夜の道具や、刺激的な下着とかいっぱいあって処分に困ったよ。

森のどこかに穴を掘って埋めなければ……リーゼにこんな物を持っていることがバレたら軽く死ねる。


全て処分したら、リーゼに森で拾ったかのように見せかけて渡そうと思う。

そのままリーゼが使ってもいいし、売れば大金になる。俺がリーゼにかけた金銭的負担はこれで何倍にもして返せる。


リーゼには本当に俺は救われた。

何も知らないなんの力もない俺を保護してくれたし、マルディルを殺したあとの数日は片時も俺から離れず、寝る時も眠りにつくまでずっと側にいてくれた。おかげで余計なことを考える暇もなく、リーゼが側にいるだけで俺の心は平穏を保てた。


多分リーゼは色々気付いてるんだと思う。

マルディル家の人間が聞き込みに来てからは、理由もなく俺を後ろから抱きしめてくることが何度かあった。それでも俺に色々聞いてこないのは、俺のことを思ってのことなんだと思う。俺が思い出さないように。早く忘れるように。



「少し奥に来すぎたかしら? またオーガが出てくるかもしれないわね。でも、今のカナタなら安心だわ」


「オーガは小細工しないとまだ無理だけどね」


この森はかなり大きく人族の国とも接しており、たまに人族の歌魔法士パーティも見かけたりする。

ダークエルフも下級魔物は完全に制御できていないようで、人族の国にも迷惑を掛けているらしい。


「ふふふ、スリングショットだったかしら? あれで鉄の玉を飛ばすのかと思ったらまさか銅製の容器に入れたクシャの実を粉にした物や、トウガを水に溶かした物を飛ばすとは思っていなかったわ」


「俺は弱いからね。リーゼを守るためならどんな手でも使うさ」


そう、俺は敵わない相手にはクシャの実、地球でいうところの胡椒だな。それとトウガの実、これは唐辛子だ。これらを銅製の少し大きめの弾丸タイプのカプセルに入れ、魔物に向かって飛ばして動きを止めている。

このカプセルは街の装飾品を作っている職人さんと、地球のアクセサリーの話なんかをネタに仲良くなって特別に作ってもらった。持ち手以外は非常に薄い銅で、敵に当たると割れて中身が飛散する構造になっている。


この牽制道具はかなり有効で、魔物が複数で多方向から現れた時にリーゼを守るのにかなり役に立っている。今のところ顔に当たらなくても広範囲に効果がある胡椒が一番効果的だ。

射程は30mあるが、この距離でなかなか顔に当てるのは難しい。胡椒弾なら数発オーガの身体に当てれば、敵はくしゃみで走れなくなる。


でもたまたま近くで俺の戦闘を見たエルフのガーディアンに、弓も使えないのかと馬鹿にされたな。弓は鍛錬が必要だし、オークは弓くらいのダメージじゃ止まらない。目に当てれればまた違うが、そんな技術を身につけるのに何年掛かるかわかったもんじゃない。

それに比べてスリングショットは狙いやすいし速射性もある。俺の造った弾なら多少狙いが外れても効果があるし、複数のオークに効果を与えることもできる。


彼は街でも人族が奇妙な道具で姑息なことをしていると言いふらしているようだが、俺はまったく気にしない。

命が懸かってるんだ。俺だけではなく好きな子の命もだ。死なないためならなんだってやるさ。

それに歌魔法の最中に俺だけ動ける方がよほどズルいしな。


でもリーゼはその都度反応してほかのエルフに突っかかってさ、ただでさえ人族を連れた変わり者のエルフだの思われてるのに魔法士協会で浮いちゃってるんだよね。

俺のせいで申し訳ないよ。


「カナタ……カナタのことを悪く言うエルフもいるけど、私はカナタの戦い方を否定しないわ。死んでしまったら終わりだもの。カナタが死ぬくらいなら戦い方なんてなんでもいいわ。それに私を守るためにしていることだもの。私は凄く嬉しいわ」


「でも俺のせいでほかのエルフたちからリーゼが浮いてしまって申し訳ないと思ってる。ガーディアンになれない。しかも人族の俺を側に置いていれば、エルフの正式なガーディアンと今まで以上に契約できないし演奏魔法士もパーティを組んでくれないだろうし……」


「カナタが私のガーディアンになれなかったのは残念だけど、カナタを認めてくれるガーディアンが現れるまで契約はしないわ。演奏魔法士だってその時までいらない。私はカナタがいいの。カナタに守って欲しいの」


「リーゼ……必ずリーゼを守るから。正式なガーディアンよりも、俺はリーゼを守ることができるって証明してみせるから」


そう、俺はリーゼのガーディアンになれなかった。

10日前に俺がオーク3体を倒した時に、もう十分な実力を付けたとリーゼがガーディアンとして契約しましょうと言ってくれたんだ。俺は飛び上がるほどに嬉しかったよ。頑張った努力を認められたことと、もうリーゼに養ってもらわずに自分の力で稼げるようになれるって。


そうして意気揚々と2人ともニコニコしながらミローディア教会へ行き、10体の神の像の前でガーディアン契約を行おうとした時だった。

司祭から神のご許可を得られませんでしたと告げられたんだ。

契約ができない理由は分からないそうだ、歌魔法士同士ならともかくそれ以外で契約が認められなかったことは過去になかったそうだ。


ああ俺のせいだなと思ったよ。

歌魔法士がガーディアンになれないのは知らなかった。この世界じゃ常識なのかもしれないけど、俺はその常識を知らなかったからな。


隣でショックを受けるリーゼに、俺はこの世界の人間じゃないからだと思うと言って教会を出た。

ホテルに帰る途中、出た時のテンションの真逆で暗く落ち込むリーゼに、ガーディアンじゃなくてもボディガードとしてリーゼを守るからと言ってずっと慰めていた。


俺もガーディアンになれたらリーゼに告白しようとしてただけに、なかなかにショックだったよ。

まあ認めたくはないけど俺も歌魔法士だもんな。黒い紋章だけど。



ガーディアンとガーディアンでない者の決定的な違いは、歌魔法士同士の戦いの時に採点が終わり敵の魔法が発動した時に歌魔法士を守るために動けるかどうかだ。

ガーディアン以外の者は動けないまま魔法をその身に浴びることになる。


高ランク同士のリアルタイムバトルはまた違ったルールになるようだが、これはお互いが承諾しないと選択できないバトルだから今のところ俺たちには関係ない。


これがこの世界の常識だ。


常識なんだけど、俺はなぜかその常識に当てはまらない。

リーゼが歌っている間も、敵の歌魔法士が歌っている間も俺は自由に動ける。初めてリーゼと出会った時も身体が動いたし、地下室でマルディルが歌っている時に動いて攻撃ができた。


皆が動けない中俺だけ動ける。たったこれだけのことだが、この世界ではこれはチート能力だ。

歌魔法士の力は絶大だ。歌魔法士によって戦争の勝敗が決まるほどだ。

歌は最後まで歌い終わらないと魔法を発動できない。リーゼが言うには途中で歌を止めたらどんなに上手くても0点扱いらしい。

音楽の神は途中で歌うことをやめた者は評価しないようだ。


俺は皆が動けない中、敵の歌魔法士に攻撃ができる。

この能力は知られれば世界中から命を狙われかねない。

だって俺がいれば戦争に勝てる。一方的に自国の魔法を発動し放題だ。そんな人間がいれば取り込むか、取り込めないならどんな手を使ってでも抹殺するだろう。


そのうえ俺の歌魔法だ。マルディルとの一戦以来1人になることが無かったから歌っていないが、俺は歌の上手い下手に関わらず中級魔法を発動できるのはあの時に確定している。それも高威力のをだ。これも相当なチートだろう。


リーゼには俺が必ず魔法を発動できる歌魔法士であることも、歌魔法発動中に動けることも話せない。

理由はリーゼの母親に知られるのが怖い。リーゼは母親と相当仲がいいらしい。国営の魔法士協会のお偉いさんの母親がもし俺の能力を知ったら?

前に黒髪に反応したことから、何か異世界人のことで知ってる可能性もある。エルフの国が危なくなったら、戦争で俺を積極的に利用しようとするかもしれない。いや、人族である俺が人族と合流しないよう抹殺する可能性もある。


もしもそうなったら俺は全力で逃げるしかない。リーゼは付いてきてくれるだろうか? ないな。母親を捨てられるわけがない。もしも付いてきてくれたとして、エルフの裏切り者にリーゼをするわけにもいかない。


ならばこの能力は誰にも話さない。そして絶対にバレてはいけない。


最初からない物と思えばいいんだ。使わなければいいだけだ。




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