第48話

お昼ご飯の時間は終わり、アミューズメントパークの近くを歩く。ここら辺は商店街みたいになっていて、服屋やら飯屋やら色々とある。アミューズメントパークよりアミューズメントパークしてるかもしれない。

時間も時間なので、すれ違う人も多くなっていく。

朝に比べれば気温は暖かくて、けれど左腕は朝から暖かかった。

俺の腕を抱く愛菜之は、いつもと変わらない幸せそうな笑顔で俺に話しかけてくる。

「あのね、お洋服見に行きたいなって」

「ん、いいぞ」

欲しい服でもあるのだろうか。どんな服を買うんだろう。愛菜之はなんでも似合うだろうしなぁ……。

俺はといえば、オシャレなんて無頓着だしそもそも似たような服を着回せばいいと思ってるオシャレ感皆無男子だからな。まぁ自分も少し見てみるか。愛菜之の隣に立つにふさわしい服が見つかるといいけど。

そもそも素材が悪くてはダメなのでは? そこに気付いてから私は旅に出ました……綺麗な自分を探す旅に。

「なにか欲しい服でもあるのか?」

服屋に着くまでの道のりの途中、そう聞いてみるとふるふると首を振った。

欲しい服がないのに服を見に行くのか? と、不思議に思ったが、店に着いて色々と服を見てお気に入りを見つけるのも楽しみ方なのだろう。と、一人納得していたが、その納得をぶち壊す言葉を愛菜之は何気なく言いおる。

「晴我くんに似合うお洋服、見たいなって」

そうやってまた嬉しいこと言うよね。俺を殺したいの? 愛菜之になら別に殺されても良いけどさぁ……。

ていうか、俺素材が悪いから似合う服なんてないが。う〜ん悲しいね! 二回も言う必要ないと思う。傷は深まるばかり。

「晴我くんに似合う服、いっぱい買おうね」

「持ち合わせないから一着が限度だぞ」

「私が買うんだよ?」

「言うと思ったよ……」

俺なんぞに金をかけようとしなくていいから。無駄でしかないから。

でも愛菜之は聞いてくれそうにないしなぁ……決意の固い目をしてらっしゃる。どうしたもんかねぇ……。

「……あのさ。クリスマスプレゼントってことで、お互いに似合いそうな服を一着選んで買うっていうのは?」

どうよこの名案は。愛菜之なんて感心してるのかきょとんとしてるよ。ごめんってばそんな何言ってんだコイツみたいな顔しないでよ。

「……晴我くんが、選んでくれるの?」

「そうだけど」

なにかダメだっただろうか。まぁセンスのない俺が選んだところでって話だよな……。

「嬉しい」

「え?」

「嬉しいっ! すっごく嬉しい!!」

「え? なに? え?」

嫌がっているのか思っていたが、どうやら違うらしい。愛菜之は飛び跳ねる勢いで俺に抱きつき、幸せそうに俺の胸に顔を埋めた。

「好きぃ……大好きぃ……」

人前でそういうことをだな……いや別にいいけどさ。

俺だって我慢してるんだからな……まったく。

「分かったから。ほら、行くぞ」

そう言ってグイッと愛菜之を引き離す。胸が当たるわ、いい匂いするわ、撫でたくなるし抱きしめたくなるしキスしたくなるからあんまり近づかないで欲しい。

少々荒っぽかったが、このぐらいしないと離れてくれそうになかった。今日はやたら人前で引っ付こうとしてくるなぁ……。

「……え?」

引き離された愛菜之は、驚いたような、傷ついたような顔をしていた。

そこでしまった、と思ったが、人前でくっつかないという言いつけを守ってくれない以上、多少強引な行動をとるのは仕方がない。

「人前はダメって言ってるだろ? 人前じゃなければいくらでもひっついていいからさ……」

「や、やだよ……どうして、どうして? 周りなんてどうでもいいでしょ?」

ひっぺがされたことが思った以上にショックだったのだろうか、愛菜之は歪な笑顔で俺にそう聞いてくる。

愛菜之は周りなんてどうでもいいだろうけど、俺は周りを気にしちゃうんだよ……。

「周りの目が気になるっていうか、愛菜之まで変な目で見られるから嫌なんだよ。だから人前では……」

「そ、そんなこと?」

そんなことって言うけどね、結構大事なことなんだぞ。愛菜之が変な子って目で見られるのは嫌だし、愛菜之がジロジロ見られるのが嫌だ。ただでさえ人目を引く美人さんなんだから、突飛な行動は控えてもらいたい。

「周りなんてどうでもいいよ。私の世界には晴我くんと私しかいないの。ね?」

ね? って言われても……愛菜之の世界には俺と愛菜之だけねえ。嬉しいけど、現実はそうじゃないんです。

それに、あんまりベタベタされると理性が飛びかねないんだよなぁ……。さっきだって人の太もも触ってその気にさせようとしてきたし……夜にはそういうことするんだから待てないもんかね。

「俺だって我慢してるんだぞ。俺の努力を壊そうとしないで欲しいの」

「我慢する必要ないよ? 今ここで私に好きなことしていいよ?」

そういうこと言うのがダメだって言ってるのよ、愛菜之さん。あんまり煽るようなこと言わないでよ本気で襲うぞ。

「ね? ハグでもキスでもなんでもいいよ。指舐めよっか? 唾液交換する? お耳舐めるのもいいよ。好きなことしていいよ」

まるで呪文のようにまくしたて、俺の理性をガリガリ削っていく。今日の愛菜之はやけに積極的だ。嬉しいっちゃ嬉しいが体に劇薬なんだよ。

「それとも……ここで、シちゃう?」

彼女が薄く開く唇から、白い息がほわほわと出ている。そこに視線が自然と行ってしまい、ピンク色の柔らかそうな、いや柔らかな唇を意識してしまう。

俺が黙ったままでいると、愛菜之はどんどん距離を詰めてくる。もともと腕を組んでいてゼロ距離だったが、彼女は俺に正面から密着してきた。

そういうことをするのをやめてほしいのに、聞いてくれない。欲は高まるばかりで、理性は今にも途切れそうだ。こういうことをしないように、こういうことにならないように、何度も言ってきたのに。

ああ、これは。


「愛菜之」

人気のない路地裏に連れられて、抑揚のない声で名前を呼ばれる。いつもの晴我くんの声じゃない。

嫌われちゃったかな、どうしよう。嫌だ、嫌われたくない、嫌われたら死んじゃう。やだ、やだ、やだやだやだやだやだやだやだやだやだ。

今日が特別な日だから、もっと繋がりたいと思っただけなの。好きだから、愛してるから、お願い。嫌いにならないで。

不安に震える私の肩に手を置いた。おっきくて、細長くて、綺麗。私の不安も、その手で拭ってくれるよね? 私を、嫌いになんてならないよね?

「人前で、そういうことをしないって言ったよな?」

抑揚のない声は、晴我くんが怒っていることを如実に表していた。

どうして? 好きな人に触れられるのは、嬉しいでしょ? 幸せでしょ? 気持ちいいでしょ?

晴我くんは、違うのかな。いやだよ。私と同じがいい。

「本当の本当に怒った。今回ばかりは許さない」

そんなことを言わないで。晴我くんがいなきゃ、私は、私は、私は。

抑揚のない声は、私に告げる。

「立場、変わってもらうから」


……え?

立場、変わる? どういうこと?

晴我くんの言ってることの意味が、わからないよ。

「どういう、こと?」

喉を絞って声を出す。喉がひどく乾いていて、声を出すのが少し難しかった。

「いつもいつも愛菜之から迫られるこっちの身になってもらおうかなって話。俺の立場に立って少しは大変さを知ってもらおうと思ってな」

「晴我くんの、立場……?」

晴我くんの立場は、私の彼氏、恋人、夫、所有者。

やっぱりわからないよ。晴我くんのことはなんでもわかっていたいのに。自分が嫌になっちゃう。

「わか……ケホッ、わかん、ない。晴我くんの立場」

喉が少し痛む。さっきの緊張のせいかな。紅茶が飲みたいな。晴我くんの口移しで飲んだら、きっと美味しくて、幸せで温かいんだろうな。

「今からわからせ……喉の調子、悪いのか?」

私が咳をしたことを気にかけて、そう聞いてくれた。晴我くんに心配されて嬉しい反面、晴我くんに心配をかけてしまったことに胸が痛む。

「喉、乾いちゃっただけだから大丈夫だよ」

出来る限り優しく微笑んでそう言ってみたけど、晴我くんは眉を寄せて私を見つめる。

怒らせちゃったかな。ごめんなさい、ごめんなさい。

「水筒貸して」

晴我くんに言われるがまま、紅茶の入った水筒を手渡す。晴我くんはおもむろに口に含んで、私に顔を近づけた。

「え?」

口が塞がれた。晴我くん、どうして?

いつもならこんなこと、自分からなんてしないのに。これって夢なの?

ああ、でも。すごく、幸せで、温かくて。

「ぷぁ……」

口が離れた。口の端が少し濡れてたから、人差し指で拭う。

少し湿った人差し指を払って、晴我くんを見つめる。どうしてこんなことをしたの? 嬉しくて、幸せで死にそうなくらいだけど、なんでこんなことを?

「どうして?」

それだけ聞くと晴我くんは私がなにを聞きたいか理解してくれたのか、少し気まずそうに目を逸らした。

けれどなにか決意したみたいに、私を真正面から見つめて話す。

「立場、変わってもらうって言ったろ。いつもいつも俺はされる側だ。今からは俺がする側に立つ」

……いつも、私がする側。

確かに思い返してみれば、私から腕を組んで、手を繋いで、キスをして、愛の言葉を囁いていることの方が多い。

それを、変わる。晴我くんが自分から、私に触れて、キスして、愛の言葉を囁いてくれる……?

そんなの、恥ずかしくて、嬉しくて、幸せすぎるよ。

「こんなもんじゃ済まさないからな。俺の気持ち、分かってもらうぞ」

そう言って晴我くんは、私の手を取って歩き出した。


今日ずっと、こんな感じなのかな?

一日中ずっと、晴我くんに迫られる。考えただけでニヤニヤしちゃう。えへへ……どんなことしてもらえるんだろう。

「ニヤニヤしてどうした?」

「え!? ニ、ニヤニヤなんてしてないよ!?」

晴我くんの隣に立つんだから、シャンとしないと。でも、晴我くんにいろんなことをしてもらえるなんて考えるだけで興奮してきちゃう。

「そうか……。なぁ、もっと近寄ってくんないか。もっと愛菜之を近くで感じたい」

「ふぇ!?」

い、今だって手を繋いでるのに!? 腕に抱きつけばいいのかな……。

言われた通りに腕に抱きつくと、晴我くんはどこか悩ましげに顔をしかめる。

嫌だったかな……そんなことないよね? 喜んでくれてるよね?

「……足りない」

「え?」

足りない? まだ、私に近付きたいってこと?

そうなら、幸せすぎてたまらない。晴我くんが私を求めてくれるなんて嬉しすぎるよ……。

「いっそ家デートにするか……いや、ホテルにでも……」

「ホ、ホテ、うぇええっ!?」

ホ、ホテルって、まだ夜じゃないのに!? は、晴我くんに求められて、求められすぎてるぅ……!

「ままま、まだお昼だよ!? 常識的に考えてまだダメだよ! そんな、そんなのダ、ダメだけど……!」

「愛菜之に常識問われたり、まだ昼だとか言われたりするとは思わなかったな……」

意外そうな目で私を見て、また深く考え込む晴我くん。わぁ……横顔もかっこよくて困るなぁ……。

「……そういや、服見に行く途中だったな。愛菜之に触れたすぎて忘れるところだった」

「わ、私に触れたすぎて!?」

ど、どうしよう、キャパオーバーで失神しそう……! ていうよりもう失神して幸せなまま死んだ方がいいかも。でも晴我くんの隣にいたい。どうしよう、こんな幸せな板挟みがあるなんて……。

「熱、あるのか? 顔赤いけど……」

「な、なななないよ!?」

「ほんとかぁ……?」

熱はほんとにないけど、今にも倒れちゃいそうって知られたら晴我くんとの時間が終わっちゃう。

必死で否定したけど逆効果だったかな……。

「どれ……」

そう言って晴我くんは、私のおでこと自分のおでこをくっつけた。

晴我くんの体温、顔、息遣いとか、いろんなものが感じられてほんとに死んじゃう! どうしようどうしようどうしよう!

「ちょっと熱いな……どうした? 愛菜之? 愛菜之?」

「ふぁうぁ……あぅ……」

呂律が回らない……幸せすぎてダメ……死ぬぅ……。もうこれ以上晴我くん成分を摂取したら供給過多で息が止まる……。

「……具合、やっぱ悪そうだな。家帰って休もう」

「ふぇ……?」

やだ、やだよ……今日はクリスマスで、いっぱいデートして楽しもうと思ってたのに……。

「やだ、やだ……もっとデートするの……」

晴我くんといっぱいイチャイチャして、忘れられない日にしようと思ってたのに……なのに……。

「具合悪いなら休みないとダメだ。デートなんて何回でもできるだろ」

「やだ……」

「なんでそんな強情なんだよ……」

デートなんて。晴我くんはそう言うけど、私にとってデートは一回一回が大切で、大事で。

それなのに…………。

「やだ!」

「うおっ」

晴我くんにもたれかかっていたけど、ずっともたれかかっていたかったけど、今はデートをしたい。

私は飛び起きて、晴我くんに向き直る。すっごくかっこよくて、でも私の前ではすっごく可愛くて、大好きな晴我くん。

「デートする! ぜったい、する!」

大好きな晴我くんに迫られても、私はそれを受け止めて、私も愛し返す! それが愛し合ってる者同士、恋人、夫婦としての行い!

「晴我くん、お洋服見に行こ!」

「元気になったんなら、まぁ……」




「服は一着一着が高いから、全身じゃなくてちゃんと一つだけにしような」

「え……」

ど、どうしてそんなこと言うの……?

晴我くんに似合うお洋服、いっぱいプレゼントしようと思ってたのに……。

「やっぱりたくさん買おうとしてたな……」

私のそんな反応を見て、晴我くんは呆れたように、けれど嬉しそうに笑う。

晴我くんは、小さい子に言い聞かせるみたいに優しい声音で私に話す。

「プレゼントされることが嫌なわけじゃなくて、どっちかって言うと嬉しい。好きな人に服選んでもらえたらそりゃ嬉しいに決まってるだろ?」

晴我くんにそう言われて、私もうなずく。晴我くんがお洋服を選んでくれるなんて、天にも登る気持ちになると思う。

「でもさ、俺が愛菜之のために破産寸前まで金使ったらどうだ?」

「嬉しいけど、心配」

私のことを心の底から思ってくれてるのはすごく伝わるし嬉しいけど、それよりも晴我くんが私のためにお金を使ったってことが申し訳ないし、破産寸前までなんてなおさらだ。

「俺は愛菜之にお金をたくさん使われるとそう思っちゃうの」

「な、なるほど……」

で、でも私はお金いっぱい持ってるし……。それに、晴我くんのためなら別にお金なんていらないし……。

「愛菜之がどんだけお金持ってるかは知らないけどさ、やっぱり心配なんだよ。わかってくれ」

「わ、わかりました」

そう返事をすると、晴我くんはホッと息を吐いた後、おかしそうにふふっ、と笑った。

「な、なにかおかしかった?」

「いや、なんか幼稚園児に話してるみたいだなって」

「よ、幼稚園児って……」

そんな……さっきの公園でお話した子たちと同じくらいだと思われてるの?

それはダメ。私はお姉ちゃんだし、なにより女性は大人の魅力が大切だって言うもん。

「私だって魅力あるもん」

「ああ違う違う、愛菜之は魅力的だし可愛いよ。愛してる」

「あ、はぃ……」

うぅ……晴我くん、いつもならそんな、あ、愛してるなんてさらっと言わないのにぃ……。

私も晴我くんが恥ずかしがってるところみたいのに……あ、そうだ。

「ほんとに魅力、あると思ってる?」

「あるね。大アリ」

そう軽く言う晴我くんの腕を、胸に押し付ける。胸の間に埋もれるように、結構強い力を入れて。

「魅力……感じてもらえてるかな?」

囁くようにそう言う。晴我くんが私を求めてくれるように、できるだけ大人っぽく。

「そこだけが魅力だと思ってるのか?」

「え?」

晴我くんはそう言って、私の頬を優しく撫でた。

骨張った男の人らしい、けど細長い綺麗な手に撫でられる。

それだけで私の心臓は激しく脈を打って、頬は赤く染まる。胸が熱くなって、下腹部のあたりが少し疼く。

「長くて綺麗な髪、綺麗な肌、大きい胸、大きい目」

一つ一つを愛おしそうに並べていく晴我くんに、私はどんどん胸が熱くなっていく。

「声も、容姿も、どんなところも好きだ」

けど、と晴我くんは言葉を続ける。

一段と優しくなった笑顔と手つきに、私はくすぐったさを覚える。

「愛菜之の、おかしいってぐらいの愛情だったり、どこまでも俺のことが好きっていう、そんなところが一番魅力的で、好きなんだ」

胸が苦しいぐらいに熱くなってる。どうしよう、嬉しくて、幸せで。

私は今、とても大きな愛情をぶつけられてる。体の芯で愛情を感じてる。

「な? 魅力、いっぱいあるだろ?」

「う、うん……ありがとう」

思わずお礼を言っちゃう。それぐらい心が満たされてる。

「お礼言わなきゃなのはこっちだ。こんなに魅力的な女の子が彼女なんてさ」

「あ、あぅ……」

晴我くんに攻められて、どうにもならない。幸せで、幸せで……えへへ……。

私の姿も声も性格も、色んなところが晴我くんにとっては魅力的で、愛してる部分で。

いつもなら私がどんどん攻める側なのに、おかしいなぁ……。

「幼稚園児ってのは例えだよ、例え。幼稚園児ぐらい守りたくて可愛いってこと」

「か、かわ……」

ふへへぇ……蕩けちゃいそう。

立場を変わってもらうって言ってたけど、晴我くんはこんなに幸せな気持ちなのかな……。これからももっと積極的に行かなきゃ。

そういうことを伝えたかったのかな。幸せだよってことを伝えたかったのかなぁ……。

「んじゃ、服見に行こうぜ」

「あ、う、うん!」

私、幸せだよ、晴我くん。大好き。


「似合いそうなファッションアイテムを一つ選ぶってことで」

「一つだけ?」

「一つだけです」

そう結構強めの口調で言われた。そんなに言わなくてもわかってるのに……あ、あのお洋服、晴我くんに似合いそう。あ、あれも……。

「愛菜之ー? 愛菜之さーん」

「ふえ? あ、ご、ごめんね!」

「謝ることじゃないけどさ、完全に洋服大量に買おうとしてる顔してたぞ」

わ、私どんな顔してたんだろ……。で、でも晴我くんが魅力的すぎるのが悪いんだもん。色んなお洋服プレゼントして、私がプレゼントした服を着て隣を歩いて欲しいよ。

「一つだけ、な」

そう言い聞かせるように頭をポムポム優しく撫でてくれる。そんなに優しく言われたら頷いちゃうよぉ……。


最初は晴我くんから。別行動で相手のものを選ぼうって晴我くんの提案があったけど、晴我くんがお店の女性店員に話しかけられたら嫌だもん。それに、いつも二人でいたい。

「つっても俺、素が悪いし……」

「私の大好きな晴我くんを貶すのは晴我くんでも許さないよ?」

「え、すいません……」

「もう……晴我くんはカッコいいんだよ? そろそろ認めてよ」

「はぁ……」

いまいちパッとしない返事で濁してるけど、晴我くんはほんとにカッコいいんだから。

そんなカッコいい晴我くんに似合いそうなもの……一つだけだからどれを選ぼうか迷っちゃうなぁ。

そういえば、虫除けが必要だよねって話をしてたっけ。他の女が寄ってこない虫除け。

それなら、指輪とかがいいかな。えへへ……指輪かぁ。プレゼントで指輪を送るなんて、結婚の約束が確実になっていくみたいで嬉しいなぁ……。

「指輪、指輪……」

……あれ? 指輪、ない……。

「なにかお探しですか?」

店員さんが話しかけてきた。指輪を探してることを伝えると、少し困ったように笑った。

「うちでは扱ってないですねぇ……」

困ったなぁ……晴我くんに指輪をプレゼントしたかったのに……。

服はいつも着られるわけじゃない。季節とか、洗濯とか、そういうもののせいでいつも身につけてもらえない。だから、アクセサリーがいいかなって思ったんだけど……。

「なぁ、愛菜之」

「なぁに?」

晴我くんに呼ばれた。それだけで嬉しくなっちゃうなぁ。

でも、晴我くんはどこか苦しそうな、怒ったような顔をしてる。どうしてそんな顔をするの? なにか嫌なことしちゃったかな。

「さっき男の店員に話しかけられてたろ? アレがちょっと、その……」

「……嫌、だった?」

そう聞くと晴我くんはこくり、とそっぽを向きながら頷いた。……どうしよう、すごく抱きしめたい。抱きしめて、頭をなでなでしてキスをしてあげたい。

胸が痛いぐらいに締め付けられてる。どうしてそんなに可愛いことするの? わざとかな。わざとなら今ここでキスしてもいいよね?

「あんまり可愛いこと言うと襲うよ?」

「可愛くはないだろ……いつも愛菜之言ってるだろ? 他の女と喋らないでって」

「うん」

だって晴我くんには私だけ居ればいいんだから、話す必要ないでしょ? でも、なんでそのことを……。

「俺だってさ、愛菜之が他の男と話してると嫌なんだよ……」

「あっ……」

そう、なんだ。晴我くんも、嫉妬するんだ。

そうなんだ、そうなんだぁ……。

「……なんでニヤニヤしてんの」

「え? し、してなひよ!?」

急に話しかけられたからちょっと噛んじゃった。でも、嬉しすぎて少し頬が緩んでるかな……。

だらしない顔も晴我くんは好きって言ってくれる。えへへ。

「あのさぁ、嫉妬されるのってすげぇ嬉しいし、気持ちも分かるんだけどさ」

晴我くんが私の手を掴んで、今までにないくらい力いっぱい握りしめてきた。少し痛いけど、晴我くんがなんでこんなことをしてきたのか分かるよ。

「俺だけを見ててほしい」

周りの音も聞こえない。晴我くんしか見えないし聞こえない。晴我くんだけが私の世界。

今日何度目の幸せだろう。求められることの幸せが、体の隅々まで広がっていく。

まるで麻薬みたいに脳に広がっていって、染み付いていく。

「……ほら、さっさと探そうぜ」

「う、うん」

照れ隠しみたいに私の手をパッと離す晴我くん。私の手首には、手形がついていた。

それを見た晴我くんは申し訳なさそうに手形の部分を撫でた。

「ごめん」

「ううん、嬉しい」

だってそれぐらい求めてくれたってことだもんね。嫌なわけないよ。

手首を撫でる手を取って、笑顔で晴我くんの顔を見つめる。

安心したような笑顔を返してくれた晴我くんと一緒に、もう一回お店を見て回った。


「んじゃ、これ」

「うん。私からも」

お店から出て改めて買ったものを渡す。二人で見て回っていたから、中身は知っているけれど。それでももらった時は嬉しくて、胸が弾んだ。

「愛菜之からお先に」

「うん」

小さな紙袋を開けると、中に入っていたのはネックレスだった。小さな長方形のシルバープレートに紐を通した、シンプルなデザインのネックレス。

「その、文字を入れたじゃん」

「うん」

プレートに好きな文字を入れられるらしくて、晴我くんは少し考えてから私に少し離れてて欲しいって言ってきた。だから文字はまだわからない。

「あんまりロマンチックな文字じゃないけど、俺の気持ちを入れた」

「見ても、いい?」

こくり、と頷く晴我くん。ネックレスに繋がれているプレートの裏側を見てみると、英語でこう書かれていた。

「マイン……」

mine。私のもの。

このネックレスは、私は晴我くんの所有物だって印。

ドクドクと脈打つ心臓は、もっと早く脈を打っていく。

ネックレスを晴我くんに手渡して髪の毛を整える。晴我くんは私がなにも言わなくても意図を理解してくれた。

首にかけられるネックレスの邪魔にならないように髪の毛を持ち上げる。ネックレスは無事に首にかかった。

「嬉しいよ、晴我くん」

「……よかったよ」

「じゃあ、今度は私」

さっき手渡した小さな紙袋から、晴我くんがプレゼントを取り出す。

中に入っていたのは、ブレスレット。黒色で、晴我くんが好きなシンプルなデザインのものを選んだ。

「これね、チョーカーとしても使えるんだよ」

「なるほどねぇ……」

晴我くんは首にブレスレット兼チョーカーを巻きつけて、私を見つめる。

「似合ってるよ」

「愛菜之がそう言ってくれるなら、嬉しいよ」

優しく微笑む晴我くんに、私も微笑み返す。お互いが渡したアクセサリーは、お互いによく馴染んでいた。


晴我くんは気づいてくれるかな。私の思いに、私のものって証に。

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