第5話


土曜日。

待ち合わせ場所は近くにある遊園地だった。

(遊園地なんて何年ぶりだろうな……)

待ち合わせ場所に行っている間、そんなことを考えていた。

親が仕事人間なんで、ずっと小さい頃に一度連れてってもらったっきりだった。

電車から降りて待ち合わせ場所まで歩く。あやふやな記憶の中の遊園地と、今の遊園地はあまり変わっていないように思えた。


待ち合わせ場所が見えた時、そこには重士がいた。

私服姿のプリティー重士が。

白のノースリーブのシャツに、茶色のスカートを着ている。

私服姿から新鮮な雰囲気を感じた。

そして、偶然にも俺好みの服装だった。

「……あ! 宇和神くん!」

俺を見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきた。なんか尻尾と耳が生えてそうだな……。

「可愛いな」

開口一番になにを口走ってしまってるんだろうか俺は。気持ち悪がられるぞ。逆に今まで気持ち悪がられてないことが奇跡だぞ。

「そうでしょ?」

そう、嬉しそうに言う重士。まるでなにか予想が当たったような顔だった。

「宇和神くん好みの洋服だよ。こういうの、好きでしょ?」

「……なんで知ってるんだ?」

偶然じゃなかったのか、と驚いて聞く。俺が好きな女の子の格好までご存じなのは、ちょっと不安になるぞ。

「宇和神くんのことは、なんでも知ってるよ」

そう言って自分の大きな胸を突き出し、俺ににっこりと笑いかける。

「強調されてる胸元とか、少し肌が露出してるところとか、好きでしょ?」

その言葉に思わず、胸を、白い綺麗な、透き通るような肌を見てしまう。

ノースリーブのシャツのおかげで、日にしっかりと照らされている白い肩。見ていると、なんだか胸の内が熱くなってしまう。

「宇和神くんのために調べたの。いっぱい、いっーぱいね」

俺のために、俺の好みを調べて、俺の好みの服装をしてくれた、だと。

そんなの、この二文字に尽きるだろ。

「最高」

心の声が自然と漏れ出た。そう、最高、最高の二文字。

最高以外のなにものでもない。重士が今、俺の中で最も高い位置にあるのだ。

「俺好みの服装わざわざ調べてくれた上にわざわざ着てくれるなんて……最高過ぎる」

「え? さ、最高? 私が?」

「他に誰がいるんだ」

顔を少し赤くして照れている重士。指の先をもじもじと合わせているそんな姿も、最高に可愛い。

「すっげぇ似合ってるし、可愛い。ほんっとうにありがとう」

手を合わせて愛菜之を拝む。これはもう神からの賜り物だ……。ありがとうゼウス……。

「ぅ……、ぁ……はい」

顔を手で覆い隠す重士は、頭から湯気が出るんじゃないかと思うほどに耳まで真っ赤になっていた。


「んじゃ、なにする?」

落ち着いた頃を見計らって、俺がそう切り出す。まだ赤みの残る頬で俺を見て、遠慮がちに返してくれた。

「色々乗ってみたいんだけど、いい?」

そんな遠慮がちに言わなくてもいいんだがな。けど、もじもじしてる愛菜之が可愛いからオーケーです。




色々と乗った。絶叫系、絶叫系、一つ飛ばして絶叫系……今考えれば絶叫ばかりじゃないか。

すごい疲れた。そりゃそうだよね。

「少し疲れちゃったね」

重士も疲れてる……? ようなので、フードコートの飲食コーナーで休憩をとった。

「腹減ったし、なんか買ってくるよ。なんか食いたい物とかないか?」

クレープとかあったし、そういうのでいいかな。

そう思いながら返事を待っていると、重士が遠慮がちにバッグから包みを出した。

「その、お弁当作ってきたんだけど……」

さてここで問題です! じゃらん!

休みの日までお弁当作って来てくれる彼女をなんというでしょうか!?

正解は最高でした!




「はい、あーん」

例のごとく、またもあーんをしてもらっている。

というか、これはもうさせてあげているって言ったほうがいいだろ。

やっぱり少し恥ずかしいし、近くを通りがかったおばあさんが俺たちを見てあらあら、とか言いながら、微笑ましそうに通り過ぎていったりしている。

それでもやっぱり幸せそうに、俺にあーんをしている重士を見ると、恥ずかしいからやめてなんて言い出せない。

「おいしい? 宇和神くん?」

「美味しいよ」

ニコニコと笑顔で俺に食べさせ続ける重士。とても和やかで平和な雰囲気。

不穏な空気なんて全くなかった。


「あれ? 二人、私らと同じクラスの……」

突然話しかけてきたのは、クラスメイトの二人。名前までは知らないが、顔ぐらいは覚えていた。

「重士ちゃんと宇和神くんだっけ?」

「二人付き合ってんだ〜?」

ふ〜んと、ニヤつきながら、からかってくる。

「いいねぇ、ラブラブじゃん」

肘でつつかれ、茶化された。まさかこんなところで出会すとは思ってもいなかった。そもそも絡んでくるとも思っていなかった。

普通、そっとしとくもんだろ? コイツらからしちゃあ、いい話の種なんだろうけど。

「あーはいはい。茶化すのはやめてくれって」

ハイハイ、とニタニタしながら女子二人は俺たち二人を見て笑う。

「二人の時間がいいんだよねぇ〜? それじゃ、お邪魔しました〜」

顔が熱いのがいやでも分かる。なんだったんだよまったく……。

暇なのか……? 暇なんだろうな……。

重士も顔を真っ赤にして恥ずかしがってるのかねぇ、と重士の顔を見てみると、予想とは外れていた。

顔は無表情。目がどこか濁っているように見えた。

「じゅ、重士?」

名前を呼ぶが、返事が返ってこない。

さっきの女子二人組と、女子の片方が突いてきた俺の体の部位を、交互に光のない目で見ている。

「宇和神くん」

「はい! なんでしょうか!」

なんか怖い。よくわからないがなんか怖い。声から漏れ出る殺気というかなんというか、重いオーラが漂っている。

そしてそんな暗い雰囲気とは裏腹に、愛菜之は突飛なことを言った。

「観覧車、乗ろう」

「はい! ……観覧車?」




というわけで、俺に拒否権などあるわけもなく、というか拒否する理由もないので観覧車に乗った。

ここの遊園地のシンボル的なもので、一周回るのに三十分かかるほど大きいらしい。

二人で乗って五分ほど経ったのだが、さっきからずっと沈黙が流れている。

俺からなにか話そうとするも、なんとも言えない重苦しい雰囲気が、言葉を喉で支えさせてくる。

地上からだいぶ離れて遊園地を歩く人たちが米粒ほどに小さく見えてきた時だった。

「宇和神くん」

抑揚のない声で、名前を呼ばれた。

「なんだ?」

「昨日の言ってたお弁当のお礼、ここでお願いしていい?」

「あ? あ、ああ。いいけど……」

こんなところで出来ることなんて限られてくるが……。一体、重士はなにをお願いしてくるんだろう。

身構えていると、向かい合わせに座っていた重士が俺の目の前までカツカツと歩いてきた。

大した距離でもない。たった数歩だが、一歩一歩詰められるごとに心臓の動きが加速していった。

「私たち、付き合ってるよね?」

「ああ、そうだ」

付き合ってなければ二人でこんなところにこない。それに、俺から告白して、オーケーを貰ったんだ。付き合ってることを忘れたりなんてありえない。

「なら、付き合ってるって印が必要だよね」

「ああ……。あ? 印?」

俺が怪訝に思っていると、重士が俺の背中に手を回してきた。抱きしめるんじゃない。抱いて、締めている。

「っ、重士? なにをして……!?」

そして今度は、綺麗な造りの顔を近づけてきた。

それも、俺の首元に。

「宇和神くんは、私の彼氏、恋人なんだ……私のことだけが好きな男の子なの……」

「ちょ、重士!」

強く抵抗すれば離せるだろうが、強めに抵抗して傷つけたくない。ここは抵抗せずにいるべきか……?

どうすればいいか考えていると、首元に柔らかくて温かいものが押し付けられた。

この感触はよく覚えている。人の、重士の唇だ。

「ちょ、おい!?」

驚きの声を上げるが、重士はそれにさえ気づかない。

されるがままになっていると、少ししてから離れてくれた。なにかをやり遂げたように満足した顔で、ちろりと舌で唇を舐めた。

「印、つけたよ」

印……? なんのことだと少し湿った首元を手で撫でる。

そして思い当たる。唇を押し付けられている間、ほんの少しだけの痛み。

俺が考えつくと同時に、重士が答えを教えてくれた。

「キスマーク、つけたの。これでさっきみたいな女が近づいてこなくなるよ」

やっぱりか……。正直、この予想は当たって欲しくなかった。

「それでね、宇和神くん」

まだなにかあるのか!? と、焦る。これ以上になにをするっていうんだ。

「私にも印、つけて?」

そう言って服の胸元のボタンをプチプチと開けた。

これは予想外。いきなりボディブローを浴びせられた気分だ。そんな経験はないが。

ていうか次は俺がつけるのかよ! そりゃまずいって!!

バクバクとさっきからうるさかった心臓が更に騒がしくなる。

愛菜之の下着が見えそうになってる。というかもう見えている。

……………黒なんだ。

「わ、わかったからボタン閉じろって!」

「ダメ。印つけてくれるまで閉じない」

なんというか、頑固だ。断りきれる雰囲気でもないのでここは腹を括るしかない。

覚悟を決めて、首元に顔を近づける。鼻息が当たらないかめちゃくちゃ心配していると、重士はもう一つボタンを外した。

黒の下着が飾られた大きな胸が露わになる。思わずそれに目を奪われるが、重士の言葉に意識を引き戻される。

「わかってるでしょ? 私は胸につけてほしいの」

背中がじっとりと汗で濡れるのを感じる。

全てを諦めて、胸元に顔を近づけた。女の子特有の、甘い香りがする。なかなか踏ん切りがつかず、唇がつくかつかないかのあたりで足踏みしていると、ぐいっと顔を抑えつけられた。谷間に埋められ、思わず声を上げる。

「んんっ!?」

「はやくつけて」

ここまできたらもうやるっきゃないのか!? いや、もうやるしかない!

「んっ……」

俺がキスをすると、くすぐったいのだろうか、重士が声を漏らす。その声がまた、一層焦らしてくる。

このぐらいでいいだろ、というかもういいだろ限界だ俺は!

ぶはっ! と、慌てて口を離すと、重士があっ……と残念そうな声を漏らして少ししょんぼりとした。

なんでそんな可愛いことすんだよ……。罪悪感湧いちゃうだろ……。

「印、つけたぞ……」

重士の胸元にはしっかりとキスマークがついていた。改めて見てみると、俺がつけたキスマークだということを意識してしまい、思わず顔が熱くなる。

「えへへ……ありがとう、宇和神くん……」

さっきまでのような暗い雰囲気は無くなっていた。優しい声音と笑顔で、俺を包み込むように抱きしめる。

逃れたと思っていた胸に、また顔を埋めることになった。

この首のキスマーク、どうやって隠そう……。




観覧車から降りた。長い長い空の旅でした……。

機嫌が治ったらしい重士は、印をつけられた部分を、ずっと指で撫でていた。

景色も見ずに、その印のほうを大事そうに、愛おしそうに撫でていた。

「宇和神くん、大丈夫?」

重士が俺を心配しながら、俺の隣を歩く。

さっきの出来事のせいで全く大丈夫じゃあなくなっている。

「あのな、重士。俺は、他の女子に取られたりしないから安心してくれ……」

疲れ気味の声でそう言うが、重士は首を横に振る。

「そんなことないよ、宇和神くんはかっこいいんだから。ほかの女に取られちゃうかもしれないんだよ?」

そう言って腕に抱きついてきた。

俺は別にかっこよくなんてないのに、と自分の心の中で言ってて悲しくなる。

まぁ、キスマークぐらいで許してくれたってことでいいかな……。

「俺は重士しか頭にないのに……」

疲れているのでもう自分が何を口走っているかも分からなかった。

「えっ……」

重士がそれを聞いて立ち止まり、赤面している。

「……ん? どしたぁ、重士」

立ち止まった重士に声をかける。疲れのせいで、なぜ重士が赤くなっているのかもわからない。

「……ううん、なんでもない。好きだよ、宇和神くん」

そう言って幸せそうに笑っている重士がとても可愛かったので、疲れは無事成仏していった。

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