第4話
重士が帰ったあと、母さんと担任が病院へきた。
担任からは学校に来れそうかどうか、そしてプリント類を渡された。結構簡素なやりとりだったので、逆に好感が持てた。心配しているアピールは嫌いだし。
母さんからはとても心配された。ていうか母さんが来るということに俺は驚いていた。
俺の両親は仕事人間なので仕事を優先すると思っていた。ていうか俺なんかほっといて仕事してて良かったのに。
そして、案の定というか、彼女がいるということもバレた。
入学初日で付き合うって、あんたやるねぇ、と笑いながら言われ、恥ずかしさで顔が熱くなっていたことを覚えている。
やっぱ初日で付き合うってやばいよなぁ……。
しばらく母さんと話していると、看護師に呼ばれた。どうやら医師がこれからについて話してくれるらしい。
医師には不幸だか幸運だかわからない怪我の仕方をしたね、と苦笑いをされた。
……あの眼鏡が言ってたことと、まんま同じことを言われて、なんだか俺が悔しくなってしまった。
そして、驚くことに退院してもいいと言われた。それに、学校に行ってもいいと。だが運動は控えること、キツイと感じたり体に異変を感じたらすぐに先生や親に言うことなどなど、注意事項を色々と言われた。
それらの注意事項をしっかり頭に刻み込んで、俺は即、退院を選んだ。
俺を轢いたトラックの運転手とは話はついているらしい。
まぁ俺みたいな子供がどうたら話をできるわけでもないので別にいいのだが。
一日ぶりの自分の部屋でくつろいでいると、スマホが鳴った。
画面には、重士の名前が映し出されていた。
「あ、もしもし。宇和神さんのお宅でしょうか?」
電話を受けると重士が他人行儀な口調でそう言ってきた。少し緊張気味の声を和らげようと、少し笑いながら俺は応える。
「宇和神だよ。こんにちは。どした、そんなで敬語なんて」
重士からの電話に、湧きたっている心を悟られないように落ち着いて話す。
「この前、宇和神くんのスマホに電話をかけたら宇和神くんのお母さんが出たの。だから、もう一度お母さんが出てもいいようにと思って」
そういうことか、と納得がいった。その時に重士が彼女だということがバレたのだろう。
……これで俺側の親公認というわけですか。いらぬ公認だわい!
「これからは俺が出るから安心してかけてくれ。それで、なんか用でもあるのか?」
「その……明日からお弁当が必要なの」
「ん? ああ、学校か」
弁当、か。
彼女が作ってくれるお弁当とかには憧れるな……。あーんしてくれたりとか、よく漫画とか小説で見るよなぁ……憧れるよなぁ……。
「それでね、もしよかったら、私が宇和神くんの分のお弁当も作ろうかなって」
憧れは現実のものとなった。
スマホをぶん投げたいぐらい嬉しいことだが、重士に負担がかかることが心配だ。
「いいのか? 二人分作るって大変じゃないのか?」
俺も家庭の事情で多少は料理をするし、弁当も多少は作るのでそれらの大変さを知っている、つもりではある。
「ううん。宇和神くんのためにお弁当が作れるの、嬉しいから」
……可愛いなやっぱり。俺の彼女って世界で一番可愛いんじゃなかろうか。誰がなんと言おうと可愛いです。はいこれこの世の理。
重士の可愛さを噛みしめながら、俺は礼を言う。
「ありがとう。明日、楽しみにしとく」
そして少し重士と話をしてから、電話を切った。電話をするだけでとても幸せな気持ちにしてくれるとか俺の彼女どこまで最高なんだ、となんだか誇らしくなってしまった。
次の日。
重士がまたも家の前で待っていた。
「別に毎日待ってくれてなくてもいいんだぞ?」
俺と愛菜之の家は遠いわけじゃないが、近いわけでも無い。毎朝毎朝ここまで来てくれるのはありがたいが、愛菜之は辛くないのだろうか。
「宇和神くんと一緒にいたいから」
……今度は俺が重士の家の前で待っておこう。それが、俺ができそうな精一杯の感謝の表し方だと思う。
二人で並んで歩き、学校に着いて教室に入るとクラスメイトのほぼ全員が俺に駆け寄ってきた。
大丈夫? 怖くなかった? と、声をかけてくれた。
「大丈夫だったよ。身体中痣だらけになっただけだから」
そう自虐的に笑いながら言うとえー? 大丈夫なのそれー? と少し笑いがとれた。
最初から心配してたってわけではないようだ。
ただ話題として扱いやすかったから、俺に話しかけでもしたのだろう。これをきっかけに友達できないかねぇ……。
淡い期待に胸を躍らせながら、愛菜之と話でもしようと席に腰かけると、机にことりと個包装の飴が二つ置かれた。
「……?」
顔を上げて見てみれば、目の前にはスポーツ刈りの男子がいた。
「よっ」
「お、おと……」
中々、個性的な自己主張ですね……。若干困惑しながら返事をすると、飴玉を指差して、食え、とジェスチャーで言ってきた。
「あー……後で食うわ。サンキュー」
「お? そう? まだあるから欲しけりゃ言えよ」
「まだ持ってんのかよ」
そうツッコむと、ガハハとおかしそうに、豪快に笑った。良かった、友達ができそうだ。
「でさ、生徒会入らん?」
「いや急だな」
出会って二秒で勧誘とは。まぁでも、俺は部活動には入らないと決めてるんでね。
「悪いな。俺、高校ではどの部活にも入らないって決めてるんだ」
「マージかよ。青春しようや」
「いや、青春できるだろ部活以外でも」
俺がそう言うと、口を尖らせてブーブー文句を言う。
「いいよなー。彼女持ちはよぉ。青春できるんだろ?」
「いや、付き合って浅いから知らんけど……てかなんで付き合ってんの知ってるんだ?」
「カマかけただけだぞ。教えてくれてサンキュー!」
…………。
なんだコイツ。初対面のやつにカマかけるとは色物か?
「まぁ気が変わったら言ってくれよ。いつでも歓迎したるからよ」
「へいへい……」
今ので入る気がめっきり減りました。生徒会ねぇ……。興味はあるにはあるが、やっぱめんどくさいって気持ちが勝るな……。
「じゃあなー」
「……ん? ちょ、待てよ」
急にどっか行こうとするからアイドルグループの人みたいな止め方しちゃったじゃねぇかよ。
「なんじゃ」
「なんじゃ、て……。名前、教えてくれよ」
そう言うと、ボクポクチーン、と納得したように俺に名前を教えてくれた。
「いやぁ、昨日の内に全員に声かけたからよ。知らないやついないと思ってたからよ」
「そ、そうか……」
コイツ、さては一軍だな?
一軍さんはちょっと遠慮したい……。俺はせいぜい三軍だし。
こういうのは人種が違うからな。相容れないのさ。
「俺の名前は
「表、ね。おっけ。俺の名前は宇和神晴我。よろしく」
……友達、できたのか?
中々個性的な友人ができたな。けれど良い一歩だ。
憂鬱だった高校生活も、少しは色づいてきたようだ。
昼休み。
「はい、宇和神くん。あーん」
俺は例の人気のない教室で重士にあーんをされていた。
俺が人気のない教室へ行こうと言ったわけではない。重士が、人気のない教室のほうが思い切りイチャつけるからと言って、人気のない教室に行こうと言ってきたのだ。
俺が誘うと下心剥き出しになるからね。俺からは絶対に誘えそうにないな。
屋上は解放されていなかった。ので、この人気のない教室を選んだのだろう。
教室を移動する時も注目を集めないように、周りの目に配慮しながら移動していた。さすがというか、なんというか。
話は戻るが、重士は俺に、あーんをしてくれている。
だが正直、恥ずかしいので自分で食べると言いたい。だけどな。
「はい、あーん」
こんな幸せそうな表情であーんなんてされたらそんなこと言えなくなってしまう。
味は最高に美味しいし彼女に食べさせてもらえるなんて幸せなことなのだが恥ずかしさが勝ってしまう。
恥ずかしさを紛らわすためになにか喋ろうと、俺は急いで口の中のものを飲み込む。
「重士、弁当のお礼がしたいんだけどなにか欲しいものとかないのか?」
俺の言葉を訊いた途端に、重士はピタッと動きを止めた。
「そ、そんな申し訳ないよ。私が作りたくて作ってるのに」
とても慌てているようだった。別にお礼ぐらい普通のことだけどなぁ……。
「俺はお礼がしたいんだけど、ダメか?」
こう言えば重士はきいてくれるだろう。我ながら少し意地悪だな。けどお礼をしなきゃ気が済まない。ここまで良くしてくれてるわけだし。
「ダ、ダメじゃないよ。すごく嬉しい」
案の定、愛菜之はお礼を受け取ってくれるようだ。嬉しいと言ってくれるとこまでは予想していなかったが。嬉しいって言葉が嬉しい。嬉しいの連鎖だ。
「じゃ、決まりだな。そんで、なにが欲しいんだ? 俺にできることならなんでもいいけど」
俺の言葉を聞いた重士の目が、一瞬すごい色に変わったと思うが気のせいだろう。気のせいであってくれ……!
「え、えと……じゃあ明日の土曜日に、私とデート、して、してください……」
「そんなことでいいのか?」
デートなんていくらでもするし、むしろこっちがしたいぐらいだ。そんなことがお礼になるのだろうか?
「えとその、じゃあ、デートでまた色々お願いするから、いいかな……?」
「ああ。それならこの弁当に見合うぐらいのお礼はできそうだな」
そう俺が納得していると重士が恥ずかしげに、そして遠慮がちにあの、と言ってきた。
「あとその……お弁当を、私にもあーんってしてほしい、です……」
ふぅーっ……と心の中で息を吐く。
かわいいなぁほんっとに。本当に、俺の心を締め付けるのがうまい。息できないぐらい可愛いぞ。
「それぐらい、いくらでもするさ。ほら口開けて」
「あ、あーん」
重士の口に重士が作ってくれた卵焼きを運ぶ。髪をかきあげて、口で受け止めるその仕草がなんだか色っぽくて、思わず目を逸らしてしまった。
「どうだ? まぁ俺が作ったわけじゃないけど」
そう訊くと、ん〜っ、と重士は両のほっぺたを両手で覆い、幸せそうに卵焼きを咀嚼していた。
ゆっくりと咀嚼し、飲み込んだ。
そしてさっきよりも、より一層幸せそうな表情になりながら礼を言う。
「ありがとう、宇和神くん」
「どういたしまして」
このぐらいならお安い御用。いくらでもしてあげたい。
「……あとね、宇和神くん」
「? どうした?」
重士が、箸を置いて俺に向き直る。
にっこりとした表情はそのまま、声にはなにかどす黒い感情を込めていた。
「……私以外の女に、話しかけられてたね」
「え? ……あ、ああ。そういや」
朝の野次馬なことか。いや、他の女って言っても、俺はただの話題として話を聞かれただけだし……。
「私以外の女と笑い合って、楽しそうだったね」
「楽しいわけじゃなかったけど……」
アイツら、俺自身に興味あるってわけじゃなさそうだし、そんな奴と話して楽しいわけない。
「……私以外の女と、話すのはやめて」
「え? いいけど」
「……え?」
いや、え? って、え?
そっちが話すなって言ってきたんですけど。
「だって俺モテないからそもそも話す女子がいないし、そんな暇あるなら重士と話をしていたいんだけど」
「そ、そそそっか。わた、私と、話してたいんだ。……えへへ」
まぁ、業務連絡とかまで縛られると困るけど、それぐらいは許してくれるだろう。……許してくれるよね?
「業務連絡とかそういうのはいいだろ?」
「ダメ」
うぇぇ……。
即刻拒否。秒速だったな。世界記録狙えるんじゃないか?
「業務連絡とかできないと、俺、困っちゃうんですけど……」
「……宇和神くんが困るのは、やだ」
でも、と不満げな顔で続ける。
「私以外の女と話すのも、やだ」
……。
わがまま。すごいわがまま。
だけどそれが可愛いんだ。それをすごく可愛いと思ってしまったんだよ。
「……極力、話さないようにするよ」
「ほんと? 本当に?」
「ああ」
そう言い、俺はさっさと話を切り変える。
正直、極力しないとは言っても会話しないといけない時があるだろう。
これからのことを考えると、少し辛くもある。だけど。
「宇和神くん、あーん」
幸せそうな彼女の笑顔を見ていれば、どうでもよく思えた。
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