清楚系イキり聖女とか陰口を叩かれたのでSSSR勇者を召喚して周り全部沈黙させる

今川幸乃

第1話

「……という訳で魔族の最近の魔族の活動活発化は魔王復活の前兆と思われます」

 セレスティア本教会の広間では百人以上の神官が集められて会合が開かれていた。そんな大勢の神官の前に立って壇上で話しているのは若い女神官のイリス。白い絹のような長い髪、宝石のような瞳、端整な顔立ちといかにも清楚そうな神官である。やや幼く見える顔立ちから見るに年のころは十代真ん中ぐらいだろうか。


「異議あり! 我が調査では魔王復活の際に必ず感じ取られるという禍々しい気配はまだ見つかっていません。魔王復活と断定するには早計では?」

 列席している神官の一人が立ち上がって反論する。しかしイリスは無表情で即座に反論する。

「私はかすかに感じられましたが。あなたの魔力不足では?」

 神官は顔を真っ赤にしたものの反論できずに着席する。

「他に反論される方がいなければ私の意見が正しいということでいいでしょうか?」

 イリスは威圧するように場内を見渡す。が、今の魔力不足という言葉に封殺されたのか、誰も口を開くことをしない。


 この世界にはレアリティという概念が存在し、人には(魔族にも)固有のレアリティが存在する。レアリティが異なる者同士には絶対的な力の差があり、神官であれば魔力の差として現れる。イリスのレアリティはSR。その他の神官は大体R、低い者はUCに過ぎない。そのためイリスがそう言えばだれも反論することは出来ない。イリスはこうして人がレアリティに屈して沈黙する瞬間が嫌いではなかった。


「ふむ、ただいまの討議の結果から考えるに魔王復活の動きがあることは間違いないようじゃ。対策は追って沙汰する」

 イリスの後ろに控えていた大司教がその場をまとめた。イリスは勝利の快感をかすかに味わいながら一礼して壇上を去る。


「あいつこのごろ本当に調子乗ってるよな」

「初めて見たときはSRにふさわしく清楚な聖女様だと思ったのに」

「とんだ清楚系イキり聖女だぜ」

「おまけに権力の亡者だし」

「一生口を閉じていて欲しいですわ」


 イリスが歩いている脇で彼ら彼女らはこそこそと陰口をたたく。イリスの耳にまで届いてくるということはもしかしたらあえて聞こえるように言っているのかもしれない。


 一つだけ陰口をたたく者たちを擁護する要素があるとすれば、レアリティによる力の差を後天的に覆すことはかなり難しいことだ。同レアリティ内であれば努力や工夫で力関係を変えることは出来る。しかし神官の中でSRを持つ者は現在イリスしかいない。だから負けている者たちは陰口をたたくか神官をやめて別の分野でイリスに勝つしか方法はないのである。


 そんな背景もあって、イリスも自分への悪口を大して気にしていない。

(唯一のSR神官たる私だもの。孤独に耐えるのは必然的な義務)

 むしろイリスはそういう陰口を自分の力に伴う必然的な代償と捉えているふしすらあり、そういうところがまた「イキり神官」「マウンティング聖女」などという陰口の原因となっていくのである。

(とはいえ、一人ぐらいならこの私に並び立つ人物がいてもいいのに)

 そんなイリスもそう思うことはなくもない。


 翌日、イリスは大司教の呼び出しを受けた。

「何でしょう、大司教様」

 大司教も御多分に漏れずR神官に過ぎない。教会の仕事には人事や資産管理、国々との外交など様々なものがあり、魔力だけで何とかなるものでもないためレアリティが高い者が大司教になるというわけではない。とはいえ、大司教も内心イリスのことをおもしろく思っていないだろう。特にイリスはこうして部屋に入ってきて一礼してこそいるものの、大司教を尊敬しているという雰囲気を全然感じさせない。


「昨日の討議により魔王復活の動きがあることは前提に対策を進めることになった。そこでセレスティア教会最高位神官であるそなたに魔王領に調査に出向いて欲しい。そしてもし魔王復活がまだであれば復活を阻止して欲しい」

(ふーん、またR連中のやっかみか)


 イリスは即座に理解した。これは人間の努力不足かもしれないが、魔王が復活を阻止されたなどという話は聞いたことがない。あわよくば危険な魔王領でイリスが横死して欲しい。そんな願望が込められているのではないか。そしてそれをそのまま命じてくる大司教にも似た気持ちがあるのではないか。

(嫌味の一つでも言ってやろうかとも思ったけど、魔族にはSRの連中もいるらしいし、楽しいかもしれないな。それに魔王の復活を阻止したとなれば人類史に名を残せるだろうし)

 イリスはRの神官連中同様、まだ見ぬ魔族のことも舐め腐っているところがあった。そのため清楚な微笑みを浮かべて答える。


「はい、この私にふさわしい任務を与えていただきありがとうございます」

「……そこは嘘でも『身に余る大役』と言うところではないか?」

「……」

 イリスは沈黙した。自分でも正直な性格だと自負している。

「まあいい、とにかく任せたぞ」

「はい、結果をお楽しみにお待ちください」

 そう言ってイリスは部屋を出た。


 魔族領は危険。それは多くの人にとっては自明のことである。魔族の中にはR程度ならごろごろいる。しかも人間より屈強な体を持つ者が多く、一対一ですら人間が不利かもしれない。しかし当然例外もある。

「エクスキューション」

「ぐあああああああああああああああああああああああああ!」

 魔法の衝撃波を正面から受けた屈強なトロールが三体ほどまとめて断末魔の悲鳴を上げて吹き飛ばされる。

「R程度で数をそろえれば勝てると思われるのは心外ですよ」

 イリスは物言わぬトロールたちに言う。

「とはいえ、困ったな。どこで魔王復活の儀式が行われているのか全く分からない」

 魔族領は広大である。一般的に人間領との境に近づくほど弱い魔族しかいないと言われているが、じゃあ奥に行けば幹部クラスの魔族がいるかと言われるとその辺は謎である。奥の方でも誰も住んでいないところはざらにある。

「次は捕まえてみよ」


「バインド」

「ぐあああああああああああああああああああ!」

 今度は遭遇した三メートルほどの巨人を魔力の枷で拘束する。枷は巨人の腕、首、腰のあたり、足と四か所を締め上げており、拘束するだけでなく苦痛を与える効果もある。ちなみに巨人は魔族の中でも膂力や体躯で言えば最強の部類であったが、イリスの魔力の前には無力であった。

「魔王復活がどこで行われているか知りませんか?」

「知るかあああああああ」

「本当に知らないんですか? それとも知っているけど言えないということですか?」

「知らない知らない知らないぃ!」

 巨人は悲鳴を上げてのたうち回ろうとするばかりである。イリスは困惑した。何というか、理屈は分からないが本当に知らないような気がしたのである。

「無駄に苦しめるのも可哀想ですね」

 次の瞬間、光の槍が巨人の喉元を貫き巨人は絶命した。


「うーん、魔族の戦力は着実に削いでいても肝心の魔王復活については何一つ分からない」

 魔族を討伐しながら進んでいたイリスだが、さすがに一週間も経つと途方に暮れた。魔族領もかなり奥まで進んできたはずだが、どこが敵の本拠なのか一向に分からない。魔王存命時は魔王城を構えて堂々としているらしいが、魔王がいない現状魔族たちはばらばらに棲んでいるようだ。

「おいそこの神官、よくも我らの領地で好き勝手してくれたな」

 そんなことを考えているイリスの前に一体のオーガが現れた。外見は人間より一回り大きい程度だが、魔族の中でも狡猾と言われており、ずる賢い手段で人間を苦しめると言われている。

「あなたは魔王復活の儀式がどこで行われているか知っていますか?」

 イリスの問いにオーガはにやりと残忍に笑う。

「どうだろうな。どちらにしろお前はここで死ぬから関係ないが」

 イリスは直感した。このオーガは知っている、と。どうせRだし大したことない。そしてこのオーガが単独で私に勝つつもりではないということも。


「かかれ」

 オーガが指を鳴らすと突如私の周囲の土が盛り上がり、巨大な石で出来たゴーレムのようなものたちが現れた。オーガはイリスが囲まれているのを確認して距離をとる。

「さすがに四方全てを魔法で吹き飛ばすことは出来ないだろう」

「神官だから接近戦が苦手と思われたなら不本意ですね。“光剣”」

 イリスの手に光る剣が現れる。が、そんなイリスにも構わずゴーレムが殺到する。イリスはさすがに剣術の達人という訳ではない。手にした光剣も無造作に近づいてくるゴーレムに振るっただけだった。


 が。光剣がなでるように通っていただけなのに固い岩で出来たゴーレムの胴体はすっぱりと、包丁で野菜を切るように切断されていた。ゴーレムは物も言わずにその場に転がる。それを見てオーガの顔が蒼くなる。しかしSR神官に対して二の矢を用意していなかった訳ではない。四方全てを魔法で吹っ飛ばされる可能性もあった。

 突如イリスの足元の地面が盛り上がる。

「っ!」

 イリスは初めて不意を突かれて宙へ吹き飛ばされる。イリスの足元からもゴーレムが現れたのだ。ゴーレムは宙を舞うイリスに追撃の拳を突き出す。

(惜しい。地面から出るときの衝撃で吹き飛ばさずに私を拘束していれば勝てたかもしれないのに)

「セイクリッド・バリア」

 イリスの前に展開された光の防壁にゴーレムのパンチは阻まれる。この時点で勝負は決まったようなものであった。

「さよなら」

 イリスは光剣を投げつける。まるで紙飛行機でも投げつけるかのような無造作な投擲だったが、光の剣は綿でも貫くかのようにゴーレムの体を貫いた。


「さて、話を聞かせてもらいましょう」

 逃げようと思った時にはすでにオーガの体は魔力の枷で拘束されていた。そんな彼の元にイリスがゆっくりと歩いてくる。こんなに恐ろしい思いをさせられた相手は魔族でもいない。オーガは震えあがった。が、すぐに拘束がぎちぎちと締まってきて震えることすら出来なくなる。

「魔王復活の儀式はどこで?」

「言ったら助けてくれるか?」

「はい」

 イリスはためらいなく言った。オーガは直感した。こいつはこの後ためらいなく前言を翻して俺を殺す、と。

「ふざけんな、殺す気満々じゃねえか!」

「いえ、苦しみから助けるということですよ」

 観念したオーガは全てを話した。元々復活してすらいない魔王に忠誠心などない。魔王はここの南方にある森の中でバジリスクの神官がひっそりと復活の儀式をしていると。

「ありがとうございます」

 次の瞬間、オーガの喉の枷が締まり、オーガは絶命した。


 そんな訳でイリスは南方の森へと向かった。もし分からなかったらどうしようかと思ったがその心配は杞憂であった。南方へ歩いてすぐにうっそうと茂る大森林を見つけたのである。問題はそこではなかった。森の手前で奇妙な物(?)を見つけたのである。

 敢えて人間社会にあるものに例えるなら牧場だろうか。ただし牧場よりもしっかりとした鉄格子の柵で囲まれていた。格子の隙間から中を覗くと、首輪をつけられた裸の人間が何十人も何をするでもなくぼうっと過ごしていた。中には気でも狂ったのか訳の分からない言葉をまくしたてたり狂ったように柵を殴りつけている者もいる。


「何とおぞましい」

 神官として、いや、神官である前に人としてこの施設を看過することは出来ない。しかし柵を壊して彼らを解放すればいいのかと言われれば、そんなことをすればその辺の魔族の餌になるだけであろう。

 イリスが思案に暮れていると、不意に柵の中の人間と目があった。人間は最初は驚いたがすぐにすがるような目でイリスを見つめる。イリスは少しだけ悩んだ。ちゃちゃっと魔王復活を阻止してから助けに来ればいいのではないか。しかし彼らがどんな目的で生かされているのかは不明だが、魔王復活を阻止して戻ってくるまでに無事でいる保証はない。もちろん、彼らを助けている間に魔王が復活する可能性もゼロではない。


 結局、イリスは柵の方に歩いていく。

「“光剣”」

 光剣の前に鉄の柵はナイフで紙でも切るように切断されていく。

「ありがとうございます!」

「まさかこんなところまで助けに来てくださるとは!」

 中で飼われていた人間たちが歓喜の声を上げて駆け寄ってくる。イリスは駆け寄ってくる人間たちの鎖を次々と切断していく。人間たちは地獄で神を見たようにイリスにすがりついてくる。人間たちは特に屋根も壁もない原っぱで裸で生きていたため体は傷や汚れだらけ、咳をしたり鼻水を垂らしている者も多い。

「ヒール」

 イリスは癒しの奇跡でとりあえず体調だけは回復させる。


(さて一体どうしたものか。この辺に安全なところなんてある訳もないけど、連れて帰る訳にもいかないか)

「感謝はいいですよ。SR神官たる私にとって当然の仕事ですから」

「それにしても何て慈悲深い!」

「そうだ、さすが神官様だけあって高潔な人格をされている」

 普段能力を褒められても人格を褒められ慣れていないイリスはそんな言葉に赤面した。

「べ、別に慈悲深くなんてありません! 私は権力と名誉のためなら何でもする冷徹な神官ですよ」

「いえ、そんなことはありません、こんな奥地まで我々を助けに来てくださるとは」

「違います、そのために来た訳じゃありませんって!」

 これは照れ隠しではなく本当のことなのだが、その場にいた人間たちは皆照れ隠しだと解釈したという。中には自分の手柄をひけらかさない謙虚な人物だと思った者もいたとか。


「さて、私はちょっと用事を済ませて来るのでしばらくここから動かないでいてくださいね。“セイクリッド・フィールド”」

 イリスが唱えると人間たちの周囲にドーム状の光の結界が展開される。人々はその結界を見て安堵の声を漏らした。例え物理的な環境が変わらなくても、身の安全が保障されているだけで心が安らぐというものである。

「ありがとうございます!」

「この御恩、末代まで語り継がせていただきます!」

「いや、本当にそう言うんじゃないんで感謝とかしないでください」

 当然、イリスの言葉は聞き入れられなかった。


 そんな人々の声に見送られてイリスは森へ向かった。森の中には雑魚魔族が数匹いただけで、魔族領奥深くにしては気味が悪いほど普通の森であった。しかしそんな森の奥深く、広場になっているようなところに出てその疑問は氷解する。

 そこには一体の目をヴェールで覆った人間型の者と、大量の魔族の死体が並べられた祭壇、そしてその祭壇の手前には黒いじゅうたんが敷かれ、複雑な魔法陣が描かれていた。


「私の儀式を邪魔しようとあがいている人間がいると聞いていたが、本当であったか」

 人間はこちらを見た。と言ってもヴェール越しなので目を合わないが。ということはこれが魔王復活の儀式か。イリスは身構える。先ほど出した光剣も念のためそのまま持っている。ちなみにこの魔族はSR。イリスにとっても同格の相手である。

「残念ですね、私がこの場に辿り着いたからには儀式は失敗ですよ」

「どうかな。世の中には時既に遅いということもある」

 そう言って魔族は何か一言呟くと衣服がはじけ飛び、足が変質して巨大な尻尾になり、巨大な蛇のような体躯に変化した。そして目を覆っていた布がなくなる。


「“セイクリッド・バリア”」

 とっさにイリスは防御魔法を張る。蛇の目から放たれた射るような視線はバリアを抜けるとただの視線に変わっていた。

「これがバジリスクですか。初見なので勉強になります」

「冥土の土産にするが良い」

 バジリスクの目が禍々しく光る。そして邪眼から灰色の光が放射される。光はバリアに当たって遮られるが、どん、という重い衝撃がイリスの体に走る。

「この私に力比べを挑むつもりですか」

「力比べ? 単にねじ伏せるだけだ」

 バジリスクは不敵に笑うが、イリスは内心勝ったつもりでいた。バリアと邪眼で鍔ぜり合って見えるが、別にバリアを張りながら攻撃魔法が使えないという訳ではない。


「がはっ」


 突然イリスは心臓を直接錐で刺されたかのような鋭い痛みを覚えて膝をついた。目の前のバジリスクの邪眼は一応防いでいる。となると……。イリスは原因に思い至って嫌な気持ちになった。

 森の外の人間を守っていた結界を何者かが攻撃しているのだろう。

(こんなことならあの人間たちを飼っていた奴も探して倒しておくべきだったか)


「おえっ」

 そんなイリスの思考を中断させるかのように痛みが再び走り、気が付くとイリスの目の前は赤く染まっていた。

(これはまじでまずい……)

 生まれて初めてイリスは他人に力負けしたと感じた。そして同時に死の危険をも感じた。

(なるほど、慢心に気づいたときにはすでに遅しってことか。どうする? 今結界を解けばこのバジリスク程度に遅れはとらないと思うけど……)

 イリスの脳裏に人間たちのイリスへ感謝を述べたときの表情がよみがえる。

(あーあ、これじゃ権力と名声のためなら何でもする冷徹な神官なんて嘘だな)


「イグノーリング」

 イリスは右手を胸に当てて唱える。これでしばらく痛みは感じないだろう。痛みさえ感じなければ集中力は保てるはずだ。

(ぶっ殺してやる)

 生まれて初めてイリスは本当の敵意というものを抱いた。吹けば飛ぶような相手へは侮蔑や嘲笑の感情は生まれても敵意は生まれない。

「どうした? 我が力に押されているのか? それなら本気を出せばどうだろうな」

 勘違いしたバジリスクが口を開く。するとその中には第三の目があった。どうやらこれが本気ということだろう。


「エクスキューション」


 唱えた瞬間、痛くもないのに再びイリスは大量の血を吐いた。視界が赤く染まって頭がふらつく。しかしバジリスクの口の中の目から出た毒々しい光線は衝撃波に吹き飛ばされ、さらに勢い余った衝撃波はバジリスクの第三の目に直撃。苦悶するバジリスクの首は光剣であっさり落とされた。


「はあ、はあ、はあ……うっ、ヒール」

 すでに意識が朦朧としていたイリスだが、自分にヒールをかけながら来た道をとって帰す。しかし果断なくダメージを受け続けるため、いくらヒールをかけ続けても疲労がたまっていく。

「どこだ糞野郎」

 もはや清楚の皮もかなぐり捨て、イリスは体を引きずるように結界があった位置にとって返して来た。するとそこには山羊の角を生やし硬質化した骨格のようなものがむき出しになった人型の魔物が立っており、手にした鎌のような武器で結界を殴っていた。これが噂に聞くデーモンというやつだろうか、とイリスはかすむ意識の中で考える。

「おや、あなたが私の実験道具をねこばばしようとした方ですか。この私の物を横取りとは一体どんな素晴らしい魔術を使われるつもりですか?」

 デーモンが何か言っているが内容はよく分からない。

(でもあいつも一応SRだから念入りに殺っておかないと)


「エクスキューションダブル!」


 不意にデーモンの左右から衝撃波が現れ、デーモンを襲う。デーモンは慌てて防壁を展開するが、慌てた故に片方は不正確だったらしい。右からの衝撃波がデーモンを襲い、デーモンの外骨格を砕いた。

「死ね!」

 とどめにイリスが光剣を投げつけるとデーモンは一言「ぐお」とうめいて絶命した。

「はあ、はあ、はあ……」

 さしものイリスも魔力の使い過ぎで消耗していたが、とりあえず敵を全て倒して安堵した、まさにそのとき。


 不意に森の中から尋常じゃないほど禍々しい気配を感じた。振り返ってみると、森の中心部に真っ黒の瘴気のようなもので出来た柱のようなものが立っており、柱周辺の空が黒雲に覆われている。そして黒雲の中を稲光が走り、柱の中に何か強大な気配が降りてくるのを感じた。


「まさか……」

 イリスは絶句した。自分のせいで魔王が復活したというのか。あと少しここに辿り着いていれば。もしくはデーモンを倒してから向かっていれば。もしくは、この人間たちを見逃していれば。思わずくらくらして倒れそうになるイリスだったが、結界の存在だけで何とか意識をつなぐ。

(ここで私が気を失えば、この人間たちも死んでしまう。任務には失敗したけど、せめて私が助けた人たちだけでも……)


「さて、寄り道してしまいましたが帰りましょうか」

 凄惨な表情ながら無理やり微笑みを浮かべて言うイリスに、人間たちは色々と思うことがあったものの、頷くことしか出来なかった。ただ、人間たちの中に一人だけ魔族の知識がある者がいた。

「確かデーモンの遺体には……」

 彼はデーモンの遺体に駆け寄って、その後慌ててイリスたちの後を追った。


 その後も人間の一団を狙って襲い掛かってくる魔族を払いのけながらの帰り道となったため、帰って来たころにはイリスは疲労困憊していた。元々体力も魔力もからからだったのに、満足な睡眠をとることも出来ずに五日ほど歩き続けて帰って来たのである。

 神殿に帰って泥のように眠ったイリスを起こして事情を聞くことはさすがに誰も出来ず、イリスが連れてきた人間たちに事情聴取が行われた。こうして本人が寝ている間にイリスの好感度は爆上がりしたのである。


「うぅ……」

(何日寝ていたんだろう、寝すぎで体が重い)

 三日後、イリスが目を覚ますと傍らには大司教と、助けた人間のうちの一人がいた。

「イリスよ、ご苦労だったな」

「いえ、大司教様。大口を叩いておきながら目的を達成できずに申し訳ありません」

 実力こそが誇りの確信であったイリスにとって任務失敗という結果は重くのしかかっていた。そのため、彼女らしくなく謙虚な物言いとなってしまっている。

「いや、元々無理な任務だった」

 ちなみに助けられた人間たちのおかげで庶民の間でイリスが人気者になったため処分することが出来ないという事情もあったのだが、イリスだけがそれを知らない。


「そして起きたばかりで申し訳ないのだが、もう一つ任務があってな」

「……何でしょう」

「魔王を討伐するための勇者を召喚して欲しいのじゃ」

「何と……! 任務に失敗した私が勇者召喚の儀を行ってよいのですか!?」

 イリスは目を見開いた。今まで散々周囲にマウントをとってきた自分だから、一度の失敗で失脚させられると思い込んでいたのだ。

「もちろん。どんな性格の奴が召喚しようと、強き勇者であれば構わぬ」

「はい、お任せください!」

 先ほどまでの落ち込んだテンションが嘘のように、イリスは食い気味に頷く。

「いや、遠回しに性格が悪いって言ってるんじゃがな。まあ、それにもう一つ理由はある」

「何でしょう?」

 すると大司教の隣に座っていた人間が小さな箱を取り出した。

「これはデーモンの心臓です。デーモンの心臓は膨大な魔力を秘めているとされていて、勇者召喚の儀に必ずや役に立つはずです」

「知らなかった、ありがとうございます」

 イリスは彼に向かってほほ笑んだ。その表情は聖女のごとき笑みだったという。

「彼もそれをイリス以外の者が使うのは納得せんじゃろうからな」

「そうですね! SR神官たる私じゃないと使いこなせませんね!」

「……」

 大司教は無言でため息をつく。


「さて、それではこうしてはいられませんね。早速、最強の勇者を召喚しないと」

「大丈夫か? まだ起き上がったばかりだというのに」

「何言ってるんですか。私以外大した勇者を召喚出来ないだろうから、私がしっかりしないと」

「本当こいつ何も反省してねえな」

 大司教は小声で言ってため息を漏らす。横の人間もさすがに苦笑していた。

「え、何か言いましたか?」

 イリスは聖女のごとき微笑みで大司教を見つめた。

「……もう何でもいいや、せいぜい素晴らしい勇者を召喚してくれよ」

「はい、もちろんです」

 こうしてイリスの勇者召喚の儀式が始まるのである。

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