第85話 ファイティングポーズ

 俺と楓は無事に新幹線に乗車することが出来た。


 楓は窓側の席に座り、背もたれを倒して目を閉じている。


 学校を辞めて東京に向かうと言うのに何故これほどに落ち着いているのだろうか。俺だったら子供のように駄々をこねてでも残り半年の学校生活をみんなと過ごしたいと思ってしまうだろう。


 そんな楓とは対照的に、俺は今になって祐奈との約束をすっぽかして楓を追いかけてここまで来てしまった事を若干後悔している。


 俺が屋上に行けばもしかすると告白されたかもしれない。そんな事は万が一にも無いだろうと自分に言い聞かせるが、女子が男子を屋上に呼び出す理由がそれ以外に見当たらない。


 仮に祐奈に告白をされていたとすれば俺はおそらくその告白に良い返事をしていただろう。


 しかし、楓が高校を卒業出来たとしてもすぐに俺たちの街からいなくなると気付いたとき、俺は深い悲しみを覚えた。

 友達としての好きという感情があるから悲しくなったのか、恋愛的な感情があるから悲しくなったのか。


 また分からなくなってしまった。


 祐奈には悪い事をしてしまったと思っているが、楓が学校を辞めないためにも俺は楓についていかなければならない。


 もし俺が祐奈との約束通り屋上へ行き、その後で楓の家に向かっていたら駅で楓と出会うことは出来ず打つ手がなかっただろう。


 そう考えれば、俺が祐奈との約束を守らずに学校を飛び出して来たことは致し方のないことだと自分では思っているのだが……。


 祐奈の気持ちを考えると心が痛む。


 それに、約束を破ってしまった俺は祐奈に嫌われてしまっただろうという後悔の念は拭えない。


 そう思っていたとき、風磨から電話があった。


 楓には誰からの電話か伝えず、ちょっとトイレ行ってくる、とだけ伝え席を立った。


 このタイミングで風磨から電話がかかって来るということは、間違いなく楓の話だろう。


 風磨が楓の話を知っているのだとすればすでに学校全体に広まっていると考えて間違いない。


 とはいえ、まだ楓が日菜だと知らない可能性もある。最初から楓の話をするのではなく、風磨の出方を見よう。


 新幹線のトイレの中に入り電話に出る。


『あ、もしもし祐か? 今何してんの?』


「新幹線に乗ってる」


 ば、馬鹿か俺は‼︎ 風磨に何をしているかと聞かれて何を馬鹿正直に新幹線に乗っていると言っているんだ。


 適当に嘘をつくことも出来ただろうに。


 そう言ってしまったからには嘘を突き通すのは難しい。


『は? 新幹線?』


「ああ。楓も一緒にいる」


『な、なんで楓と新幹線に?』


「ちょっと野暮用でさ」


『そうか。それより聞いたか? 楓の話』


 風磨が楓という言葉を発した瞬間、思わず電話を通して相手に聞こえるほどの大きさでため息をついてしまった。


「……はぁ。もう風磨までその噂が回ってんのか。聞いたも何も、ずっと前から知ってる」


『ま、まじかよ』


 今まで俺は楓が日菜であるという事をひた隠しにして来たが、もうその必要はない。


 今の状況を全て話そう。


「もう風磨も楓が日菜だって知ってるなら隠す必要はないな。楓さ、日菜だって事がみんなに知られたら学校を辞めさせられるんだよ」


『な、なんだよそれ本当か⁉︎』


「本当だ。だから今から一緒に東京に行って、俺が直談判してくる」


『だから新幹線に乗ってるのか。大丈夫そうなのか?』


「分からん。でも、何もしないより何か行動しないと気が済まなくてさ。とりあえずこのことは祐奈には内緒にしてくれ」


『え、な、内緒? わ、分かった。何かあったら言ってくれよ。力になるから』


 会話の最後に風磨にありがとうとお礼を言い電話を切った。


 この話を祐奈に内緒にして欲しいとお願いしたときの風磨の反応が若干心配だが、まあ大丈夫だろう。


 祐奈に今の状況を知られたら心配するだろうし、変に気を使わせたくない。


 楓は絶対俺が連れ戻して見せるから。そしたら全てを話すから。それまで祐奈には辛い思いをさせるだろうけど待っててくれ。


 心の中でそう言いながら自分を奮い立たせファイティングポーズをとる。マネージャーがなんだ。かかってこい。


 トイレからの帰り、車内販売のお姉さんを捕まえてコーヒーを2本買い無言で楓の前に置いた。


 コーヒーなんて飲めないくせにわざと苦いコーヒーを口に含み、顔をしかめ面白おかしく振る舞うことで楓の緊張をほぐそうとした。


 やっと見せてくれたいつも通りの笑顔に俺は一安心した。

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