第3章

第30話 不穏な空気

 目覚まし時計がジリリと泣きわめく音で起床した俺は、昨日の出来事をはっきりと覚えている。

 一応頬をつねってみたが当たり前のように痛みを感じた。やはり昨日の出来事は現実のようだ。


 そして俺は通学中の電車内、今日も楠木とお互いのイヤホンをお互いの携帯に接続していた。


 いつもはゆいにゃんの曲を流している楠木だが、昨日楓が日菜だという事実を知ってしまった今日に限って何故か日菜の曲を流している。日菜が好きな俺に配慮をしてくれたのだろうが、今日に限っては逆効果だ。


 ゆいにゃんの曲を聴くのが日課になってきていた俺は日菜の曲を朝から聴き、さらに日菜の事が頭から離れなくなってしまった。


 楓が日菜だったというまさかの事実が本当なのか、未だに信じられない。

 楠木がオタクであることといい、楓が大人気声優の日菜であることといい、どちらも信じられないような現実だ。また他言出来ない秘密が出来てしまったな。


 学校に到着し、先に到着していた風磨と昨日のアニメの話をしている。


 俺たちはいつも教室の隅で目立たないようにアニメの話をしている。それとは正反対なのが周囲の事などお構いなしに大声で会話をする陽キャのグループだ。


 楠木も所属しているそのグループは全員で5人。男子が2人、女子が3人という構成だ。


 テニス部部長で長身のさわやかイケメン沖田翔馬おきたしょうま。沖田はクラスの中心人物で沖田の言うことには皆が賛同する。その甘いマスクと声で一目ぼれしてしまう生徒が続出している。出来ることならその身長を5cm俺に分けてほしい。


 その沖田にくっついて離れないス○夫タイプの榎田開えのきだかい。いつでもハイテンションで授業もあまり真面目には受けていない。その榎田を沖田が上手く操作しているといった形だ。


 沖田よりも名実ともに皆のリーダー、学級委員長の田中遥香たなかはるか。校則に則ったショートカットはボーイッシュな女子が好きな男子には堪らない。


 そしてお馴染みの楠木祐奈とその友達でギャルの花宮咲良だ。


 クセの強いメンバーがそろっているがよく上手くまとまっているなと感心する。


 楠木とは毎日のようにファミレスに行っていたため親近感を感じるが、その他のメンバーとは一切関わりは無い。近寄りがたい存在だ。


 俺たちの会話が陽キャグループの声にかき消されて聞こえないことも多々ある。


 そんな騒がしい陽キャグループの中でも楠木は、俺とアニメの話をしているときのように食い入って話すことは無くおしとやかにふるまっているため楠木の声はほとんど聞こえない。


 口を大きく開けすぎずおしとやかに笑う楠木の笑顔は、俺が知っている本当の笑顔とは程遠かった。


 楠木がアニメの話を気兼ねなく出来る俺と会話する時にしか見せない笑顔があるということに気づき、気恥ずかしさもあるが素直に嬉しかった。


「おはよ」


 不意を付くように俺の真横で挨拶をしてきたのは楓。


 横にある楓の顔が予想以上に自分に近づいており、顔が熱くなるのが分かった。


「びっくりした……。この前楠木にも同じ事してただろ。反省って言葉を知らないのか」

「知ってる。楠木さんには申し訳ないことをしたけど祐なら話は別」

「俺だって同じ人間だぞ」


 楓が日菜だということを意識するともっと緊張するかと思ったが、見た目がいつも通りの根暗な楓のため、思ったより緊張はなかった。


 そのまま楓に対して変に意識することもなく無事に一日を終え、風磨と教室を出てアニメの話をしながら昇降口に向かった。


「おい、こいつらまたアニメの話してるぜ。きもちわりぃ」


 俺たちの後ろからわざと聞こえるような大きさで聞き捨てならない言葉が聞こえ、俺と風磨は思わず後ろを振り返る。

 そこには陽キャグループ全員がいた。


「キモオタて言うんだぜ? 二次元のキャラクターにしか興味はありましぇーん!!」


 俺たちに対して悪口を言っているのは榎田開。


 げらげらと笑う榎田の姿を見た俺と風磨は榎田に向かって一歩踏み出す。


「だ、だめですよ‼︎ 偏見で物事を決めるのは」


 で、出た!! 俺の天使、楠木祐奈。


 楠木がオタクだということは陽キャグループのメンバーにはばれていない。


 オタクじゃないという立場から偏見は良くないと指摘をしてくれた。


「そうだぞ。好きなものは人それぞれだ。それを否定するのは良くない」


 沖田は如何にも偽善者ぶった発言をする。わざとらしい言葉に血反吐が出そうだ。


「まあ翔馬と祐奈がそういうなら」


 ……祐奈? あいつ、俺の楠木を呼び捨てにしてやがる。


 楠木の彼氏でもないが心底イライラした。


 とりあえずは楠木の一言で、その場は収まり、問題が起きることはなかった。

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