第29話 未開の地

 お茶とお菓子を忘れたと1階に戻って行った楓はお茶とお菓子を持ってすぐ2階の部屋に戻って来た。


 先ほど写真を見ようとして楓が2階に上がってきたことを教訓に、大人しく部屋の真ん中で正座していた。


「なんで正座なのよ」

「べ、別に良いだろ正座でも。これが楽なんだよ」


 正座が楽などと祖父母の様な違和感しかない発言をしてしまう。

 正座が楽なわけもなく、楓の部屋でどう過ごしたらいいのかわからずに思わず正座になっていただけ。


 俺がこの状況でも冷静を保っていられるのは楓が日菜の格好をしていないからだ。


 楓が日菜の格好をしていたら俺は我慢できずに部屋を飛び出してしまうかもしれない。


「気を遣わなくても良いよ。私も楓の姿のままの方が楽だし。なんなら日菜の姿になろうか?」

「ごめんなさいやめてください頭がおかしくなりそうです」


 ふふっと笑う楓の姿に日菜の姿を重ね、思わずドキッとした。


「あのさ」


 楽しく会話をしていた雰囲気から一転、楓は急に神妙な面持ちで話を始めた。


 何を話し出すのかと俺は顔を強張らせる。


「祐って楠木さんと付き合ってるの?」

「……は?」

「いや、は? じゃなくて」

「いや、は? じゃなくて、じゃなくて」

「だって毎日のように一緒にファミレスに行ってるしライブも2週連続で一緒に行ったんでしょ? 私もステージの上から見たもん。楠木さんと楽しそうに、わ・た・し・の、ライブ来てたじゃん」


 くっ。そこを突かれると痛いところはある。


 俺と楠木は付き合っていない。

 しかし、改めて楓に俺と楠木の行動を指摘されると自分でも付き合っているのではないかと疑ってしまうような行動ばかりだった。


 有線のイヤホンではないが、お互いのイヤホンでお互いが流している曲を聴くというのもカップルがやりそうな行為もしている。

 付き合っていないと否定しても信じてもらえないかもしれないが、否定しないわけにもいかない。


「確かにライブは行ったけど、あれはあくまでオタク友達としてだ。付き合ってるとかそういうのじゃない」

「ふーん。ほんとかな~」

「ほんとだって。二次元か声優にしか興味ない」

「学校1の美少女とたくさんデートしてるのに?」

「だから、楠木はただのオタク友達だって。学校1の美少女なのは間違いないけど俺からしたら日菜のほうが何倍も可愛いから」

「……」


 楓と軽い口論になった末、俺は思わず日菜を可愛いと言い放ってしまった。


 日菜のことを大好きだとか可愛いとか愛おしいとか、毎日のように口にしている俺からすればそれは日常茶飯事だ。

 今までも楓の前で何度もそういう発言をしてきたが、今となっては俺が楓の前で日菜を可愛いと言うのは楓本人を可愛いと言っているのと同じ事になる。


 というか今まで楓の前でどれだけ恥ずかしいことしてたんだもう死にたい。


「ごめん、可愛いっていうのは日菜のことであって……いや、楓も可愛いといえば可愛いんだけど」

「……」


 あー俺のばか。自分の発言をフォローしようとして余計に墓穴を掘るとか頭悪すぎだろ。


 日菜のことを可愛いと言うだけならまだしも、楓のことまで可愛いと言ってしまった。


「だ、大丈夫。祐が日菜の事を可愛いって言ってるのは毎日のように聞いてたから耐性は付いてる」

「それならよかった」


 何が良かったのかと自分に突っ込みを入れながらも今の話は頭の中から消し去った。


 それから俺は日菜の活動秘話や、日菜の友達でもあるゆいにゃんの話など様々な話を聞いた。


 楓は声優として活動しているだけあり、高校生のお子ちゃまな俺とは違って落ち着きがあって大人の女性に見えた。


 楓の話す内容は声優業界の話ばかりで、俺とは住む世界が違うと感じた。

 大人気声優の日菜と話しているなんて恐れ多い、と感じたところで丁度お茶とお菓子が尽き、解散する事になった。


「……また来てよ。ライブ」

「おう。絶対行くよ。楠木が学校1の美少女なら俺は世界1の日菜ファンだからな」

「チケットも特別に用意してあげる。楠木さんの分も、風磨の分もね」

「それマジ⁉︎」

「マジ。毎回用意してあげる」

「神様日菜様楓様。一生ついて行きます」


 こうして次の楠木のライブに行くことも確定してしまったわけだが。


 あーすっげぇ日菜だっためっちゃ日菜だった死ぬほど日菜だった。


 だめだ。明日からも普通に楓に接する自信がない。

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