第9話 当落発表2

私は今日もいつも通り、朝から渋谷くんのiPhoneと自分のイヤホンを繋げ日菜ちゃんの曲を聴いていた。


 いつも通りとは言っても、渋谷くんのiPhoneと私のイヤホンが繋がったのは2週間程前。


 それでも私は渋谷君のiPhoneと私のイヤホンが繋がってから既に何ヶ月も経過したかのような落ち着きを感じていた。


 学校に到着するとまた大勢の人がやってきて私を囲み話が始まる。


 はぁ。落ち着かない。渋谷くんとアニメの話がしたい……。そう思う自分の気持ちを抑えて同級生との、たわいない会話をこなす。


 今日は日菜ちゃんのライブとゆいにゃんのライブの当選発表日でもあるため、いつもより緊張していたせいか、少し同級生との会話を上手くこなせなかった気がした。


 その証拠にクラスメイトから何度も「元気ない? 大丈夫?」と心配された。


 もっと上手くやらなきゃ。頑張れ私。


 当落発表は今日の12時。丁度お昼休みの時間。


 恐らく午前中の授業は全く頭に入ってこないだろう。

 そう思って事前に家で教科書を予習済みだ。これで授業に集中出来ないのを気にすることはない。

 私はただ、ゆいにゃんの当落発表の結果を気にするだけで良いのだ。


 渋谷くんと一緒にゆいにゃんのライブを申し込んで、日菜ちゃんのライブの抽選も申し込んだ。


 ゆいにゃんのライブは絶対に当選してほしい。


 今まで幾度となく抽選を行ってきたが当選したことは一度もない。

 ゆいにゃんの曲を一日中、トイレでもお風呂でも聴くほどにゆいにゃんの事が好きなのに何故当選しないのだろうか。


 日菜ちゃんのライブは渋谷くんに喜んでもらうために当選してほしい。

 高校に入ってから一度も出来なかったアニメの話を気兼ねなく出来る唯一の相手になってくれたから、その恩返しのために私は日菜ちゃんのライブを当てなければならないのだ。


 私はくじ運が強いわけでもないしきっと今回も落選するだろうと正直諦めている。

 諦めているとはいってもにわかな期待は持っている。


 ただ、その若干の希望も最初から捨てておいた方が仮にライブに外れたときにショックは少ないだろう。


 こんな時に、良い顔をしてクラスメイトと会話をしなければならない。


「おーい」


 それは私が嘘の自分を演じることでクラスの中心的な人と関わりを持っているからなのだけれど……。


「おーい、聞こえてる?」

「あ、ごめんごめん。ちょっと他のこと考えてたらボーッとしてたみたい」


 私に声をかけてきたのは学級委員長の花宮咲良はなみやさくら。

 咲良は私が高校に入ってから一番最初に話しかけた女の子で今もずっと仲良くしてもらっている。


 ただ、私は咲良のノリが正直苦手だ。いつでもテンションが高く誰にでも楽しそうに話しかている。

 私も頑張って咲良のテンションに合わせようとするけど、とてもじゃないけどついていけない。


「昨日のドラマ見た?いや〜主人公の俳優さんヤバかったよね〜。私もあんな人に抱かれたい」

「ちょ、抱かれたいって何言ってるの。そんなこと大きな声で言っちゃダメでしょ」

「え〜別に良くない? 私はイケメンだったら誰に抱かれても良いな〜」


 正直、ドラマの話とかコスメの話とか、興味もないしどうでもいい。

 ましてや3次元の男性に惹かれることはあり得ない。2次元の男性を本気で好きになったりはしないけど。それでも2次元の人を見てからだとどうしても3次元の人が魅力的には見えなかった。


 それでも私は今のこの立ち位置を変えるわけにはいかない。


 いつまた仲間はずれにされるかなんてわからないんだから……。


 こんな調子で今日もみんなの話に適当に合わせて話していると時間は過ぎてお昼休みを迎えた。


 チケット販売サイトにログインし当落発表の結果を確認する。


 頼むから当選して。私は毎日これだけ頑張って我慢してるんだから、お願いします。


 そう神様に祈ってから当選発表の画面を見る。


『落選』


 結果の欄には、ゆいにゃんのライブも日菜ちゃんのライブも落選したと記されていた。


 やっぱり……。


 どうせ落選だろうとは思っていたが結果を見るとやはり辛い。また今回もゆいにゃんのライブに行けないのか……。


 それに日菜ちゃんのライブも当ててあげられなかった。

 これでは渋谷くんに愛想をつかされてもうアニメの話はできないかも知れない。


 また一人になるのかな。


 そう思って机に突っ伏した。目を瞑って今回の結果を受けとめようとするも、涙が出そうになった。


 いつもは落選したくらいで涙を流すことはないけれど、今回は渋谷君のために申し込んだライブも外れてしまった。


 悲しみは倍増しているのだろう。


 渋谷君に合わせる顔が無いな……。


 落ち込んでいると、突っ伏している机に一緒に置いておいた携帯の通知がなる。


 何気なくその携帯の通知を確認するとラインの相手は渋谷君だった。


『急にごめん。楠木は当選したか?』


 見事に落選したこの結果を伝えるのには勇気が必要だったが、私は正直に渋谷君に落選の結果を伝えた。


『そうか……。わざわざありがとな。申し込んでくれて。俺はゆいにゃんのライブも日菜のライブも当選したから。また計画立てよう』


 ――⁉︎


 私は思わず突っ伏した状態からすぐに起き上がった。


「どうした? トイレ?」


 そう問いかける咲良には、きっと私がいつもより楽しそうに笑みを浮かべているのが気づかれていただろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る