第10話 夜の電話1

 まさか日菜とゆいにゃんのライブの両方が当選するとは予想していなかった。


 楠木が両方のライブを落選したように当選倍率は高くない。どちらか片方のライブが当選しただけでも奇跡と言える。両方のライブが当選するなんて夢のようだ。


 俺の日頃の行いが良いからか、又は女性と関わりの無い俺を見かねた神が与えてくれたチャンスなのか。


 どちらでも良い。折角手に入れたチャンスを棒に振る訳にはいかない。楠木ともっと仲良くならなければ‼︎


 ーーいや違う‼︎ 俺は別に楠木と仲良くなるためにライブに行くんじゃない。純粋に日菜の声を聴くことを目的にライブに行くのだ。


 楠木と仲良くなるなんてのは二の次。そんなことを気にする必要は無い。

 まあ確かに最近よく関わるから前よりも楠木の可愛さを実感する場面は多くある。


 しかし、俺が楠木のことを好きになるなんてことは無いはず。きっと無い。


 好きになっても辛いだけだ。楠木の様な美少女が俺のことを好きになるはずもなく、その恋が実ることは無いのだから。


 とりあえずは当選したことを楠木に報告しないとな。


 通常の昼休みであればクラスメイトに囲まれて話をしている楠木。

 しかし、今日の昼休みは机に突っ伏している姿を見ると両方落選したなありゃ。


 ライブに当選した俺は意気揚々とラインで楠木に当選報告をした。


 すると楠木は俺からのラインの通知を見て突っ伏していた状態から起き上がり口を開け呆然とした様子。


 俺も嬉しいが、今まで一度もゆいにゃんのライブに行ったことがない楠木にとっては喜びも一入だろう。

 自分が日菜のライブに行ける喜びよりも楠木をゆいにゃんのライブに連れて行けるという安堵の気持ちが強かった。


 楠木はこちらを向いて周りの人には気付かれない程度に頭を下げた。


 そんな楠木の姿を見て満足した俺は午後からの授業を難無くこなし学校から帰宅した。


 自宅には母親もモカも誰もおらず、ただいまの一言を言うこともなく靴を脱ぎ自宅に入っていく。


 昼休みに楠木に当選の報告をしてから家に到着しても楠木からお礼のライン等が届くことはなかった。

 俺の知る限り楠木は今日、同級生に囲まれっぱなしだった。それが原因で返信が出来ないのだろう。


 当選が決まった日に喜びを噛みしめる時間がないのも可哀想だが、あの状況こそが楠木が進むと決めた道なのだ。俺には見守ることしかできないが応援しよう。


 リビングのソファーに仰向けに寝転がる。


 最近睡眠不足なのか、やたらと霞んだ目を擦りながらiPhoneを弄る。そして録画しておいたアニメを再生する。


 普段ならこのまま眠ってしまう事は無い。

 しかし、今日はチケットの当落発表で体力を使ったせいかうとうとしてしまい、何度もiPhoneを顔面に落下させてしまった。


 致命傷では無いもののiPhoneが顔面に衝突した時の痛みは相当なものだった。


 そして俺はついに、iPhoneの画面を開いたまま眠りについてしまった。




 ◆◆◆




「……ちゃん」


 誰かが俺を呼ぶ声が聞こえる。


「お兄ちゃん‼︎」

「ふぁっ⁉︎」


 モカの俺を呼ぶ声に気付き目を覚ます。慌てて飛び起きると既にクマをモチーフにしたキャラクターの部屋着に着替えたモカの姿があった。


「もぉ、いつまで寝てるの。早く起きないと夜眠れなくなっちゃうよ」

「おう。ありがとな」

「そういえば私がお風呂から上がった時に電話が鳴ってるみたいだったよ。楠木って名前の人から」

「そっか。わかったーーって楠木⁉︎」

「ど、どうしたのそんなに驚いて。びっくりしたじゃない」


 iPhoneの画面の通知を見ると確かに楠木から電話があったようだ。


 電話がかかって来たのは10分前。その後に楠木からお礼のラインが来ているが、これは電話をかけ直すべきなのだろうか。


 ソファーに座ったまま5分ほど電話をかけ直すかどうか悩んでいるとモカがこちらにやって来た。


「何悩んでるの?」

「いや、特に悩んでない」

「……さっきの電話、女の人?」


「ち、ちちち、違う‼︎ 違うに決まってるだろ⁉︎ 俺に女の子から電話なんて楓くらいなもんだ」


 モカは目を細めジト目でこちらの様子を伺う。耐えきれずに目をそらし冷や汗が滲む。


「……はぁ。そうだよ。女の人だ」

「やっぱり‼︎」


 もう無理だと堪忍した俺は事実を伝えたい。何を言われるかとドキドキしたが、何故かモカは口角を上げご機嫌になった。


「そうかそうか。お兄ちゃんにもついに相手が出来たか」

「何を言ってるんだ⁉︎ 女の子ってだけで別に付き合ったりしてないからな‼︎」


 そう言ってもモカは表情を変えず相変わらず嬉しそうにしている。


「お兄ちゃんが女の子と関わりを持ったってだけでもお祝い事だよ。お赤飯炊かないと」


 赤飯は大丈夫だ、と調子に乗っているモカの言葉を一蹴する。


「で、どんな人なの? 写真は?」

「写真なんて持ってねぇよ」

「じゃあお出かけする予定とかは?」

「ま、まぁたまたま1ヶ月後に出かける予定はあるんだけど」

「じゃあその時に2ショットね」

「バカ言ってんじゃねぇよ。無理だ。無理無理」

「じゃあよろしく頼んだよ〜。あ、ちょっとその前に携帯貸して」


 携帯を貸して欲しいというモカに対してなんの疑問を持つこともなくそのまま携帯を渡す。


 携帯は思いの外一瞬で帰って来た。


「それじゃあ頑張って〜」


 そしてモカはしたり顔で自分の部屋へと去っていった。


 なんであいつあんなに楽しそうなんだ? そう疑問に思いながらiPhoneの画面を見て驚愕した。


 あ、あいつ‼︎ 楠木に電話かけやがったな⁉︎

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