Bluetoothで繋がったのは学校1の美少女でした。

穂村大樹(ほむら だいじゅ)

第1章

第1話 いつも通りの通学

 靴を履くため自宅の玄関に座る。今日もまた、行きたくもない学校に行かなければならない。


 はぁ……、と思わずため息をつきながら靴に足を入れ、つま先で地面をトントンっと2回叩く。入りきっていなかった足は地面を叩いた衝撃で靴にすっぽりと入り学校に登校する準備が出来た。


 足を靴に入れるのが窮屈に感じたのは、高校3年生になった俺の足が成長したということなのだろう。


「ちょっとお兄ちゃーん」


 リビングの方から玄関にやって来たのは妹の渋谷モカ。

 身長は150センチと小柄で華奢な体つきをしている。肩程の高さに切られ艶のある黒髪は清潔感を醸し出している。

 モカはまだ中学生3年生で、高校3年生の俺とは年が3つ離れている。


「どうした?」

「どうしたじゃないよもう。はいこれ、リビングのテーブルの上においてあったよ」


 モカが手からぶら下げているのはBluetoothイヤホンが入った中古屋のビニール袋。俺が春休み中に中古屋で購入したものだ。


「あーわりぃ。完全に忘れてた」

「忘れ物が多いんだから本当に。今日から3年生でしょ。しっかりしてよ」

「ああ、気をつけるよ。ありがとな」


 兄の出発にわざわざ玄関まで出向き、いってらっしゃいと両手を小さく振るできた妹だ。


 今日は4月6日。今日から俺、渋谷祐希は高校3年生になる。


 俺が通う私立神田高校は特に偏差値が高いわけでもない、どこにでもある普通の高校。

 秀でたものがあるとすれば全運動部が全国大会に出場するほどレベルが高いという事くらいだ。


 全国大会に出場する部活動ともなれば朝練で6時起きは当たり前。

 しかし、帰宅部でなんの才能も持ち合わせていない俺は7時30分に家を出る。


 俺の家から高校へ通学するには徒歩と電車で約1時間。長い道のりではあるが外の風景を見ながら歩くのは嫌いじゃない。


 通学の時間で最も苦痛なのは電車に乗っている時間。俺が通学する時間帯は通勤通学者で大混雑。

 寿司詰め状態の電車の中、高校の最寄り駅に到着するまで鞄を抱きかかえて耐え忍ぶ。その時間が嫌いで仕方がなかった。


 しかし、今の俺にはその時間を楽しいものに変えてくれるアイテムがある。


 Bluetoothイヤホンだ。


 イヤホンを装着し、周囲の雑音を切り離して自分の好きな曲を聴く。

 それだけで憂鬱な通学の時間もなんとか耐えることが出来ていた。


 しかし、1ヶ月前に購入したイヤホンが自分の耳のサイズより小さく、フィット感が無かったので中古屋で売った。


 そしてそのお金で中古のBluetoothイヤホンを購入した。バイトをしていない高校生には新品を買えるほどの余裕はない。お財布事情は非常に厳しいのである。


 新しく購入したイヤホンを早く使いたい気持ちを抑え、駅に着いてからイヤホンの電源を入れた。ペアリングなど面倒くさいことは昨日一通りやっておいたからすぐ繋がるはずだ。


 音声ガイダンスでiPhoneとBluetoothイヤホンの接続が完了したことを確認した俺はiPhoneのプレイリストから好きな曲を流す。


 ちなみに俺、渋谷祐希は隠キャでアニメオタク。クラスでも端っこの方でオタク友達と会話をしてるいる根暗な奴。


 アニオタの俺が毎朝聴いている曲は人気女性声優、彼方日菜の曲。


 今日も日菜の声で癒されよう。


 ……ん?なんだこの曲。聞いたことないな。


 イヤホンから流れてきたのは俺が選んだ日菜の曲ではない、別の曲だった。


 日菜の曲ではないが、この曲は日菜とは別の人気声優、真野唯花、通称ゆいにゃんの曲だった。


 俺は確かに日菜の曲を選択し再生ボタンを押したはずだ。


 俺のプレイリストにはゆいにゃんの曲も入っているため、誤って押したとしても不思議ではないが……。

 いや、接続不具合か何かで別の曲が流れてるんだろう。そう思いその日は気にも止めずゆいにゃんの曲を聴いて通学した。


 学校に到着すると何やら生徒が一箇所に集まり盛り上がりを見せている。クラス替えの内訳が発表されているようだ。


 普通の学生ならクラス替えは一大イベントだろうが、俺にとっては興味のないイベントである。


「よっ!」


 俺の肩を叩いたのは高校2年生で同じクラスになり、オタク友達になった鈴木風磨だ。


「また同じクラスだな。今年もアニメの話が

 出来そうで何よりだよ」


 風磨は隠キャのような見た目をしておらずとても爽やかな好青年。

 前髪はアップバンクでうなじ部分を少し刈り上げており、制服も少しだらしなく着こなしている。


 見た目だけなら間違いなく陽キャの部類に入るだろう。そんな奴なのに俺のオタク話についてこれる唯一の友達だ。


「おはよ」


 次に俺に挨拶をして来たのは風磨と同じくオタク友達の古村楓。


 楓は俺より小柄で丁度俺の目線の先に頭のてっぺんがある。目が隠れてしまうほど前髪が長く、声は小さい。失礼だが見るからに隠キャのような見た目をしている。


 普通の女子とは違い、もはや男友達だと思って接している。


 楓は1年、2年と同じクラス。3年も同じクラスだとすれば3年連続で同じクラスと言うことになる。


 クラス分けの表を確認するとそこには楓の名前も含まれていた。


「楓も一緒か。風磨と楓と3人で、また楽しいオタク生活が送れそうだ」

「よかった」


 風磨も楓も同じクラスだったことに安堵していると、風磨が俺を呼び楓から少し離れたところで耳打ちしてきた。


「もう一つ朗報があるぞ」

「なんだ?」


 俺より身長の高い風磨が腰を曲げて耳打つように、実は……と間を開けた後に話し始めた。


「楠木祐奈が同じクラスだ」


「……へぇ」

「へぇっておまえ、嬉しくないのか!?あの楠木だぞ?ゆるふわ系女子の代表格とも言える可愛さで学校中の男を虜にして来た楠木だぞ!?」


 楠木の噂は俺の耳にも入っている。楠木はお淑やかで優しい性格で皆に愛されている。


 性格もさる事ながら、並外れた容姿は一目見た相手を惚れさせる力があるとまで言われている。


 淡いベージュ色のロングヘアをふわっとさせ、なぜか頰はいつも赤みを帯びている。すれ違えば、どこに行けばその匂いを嗅ぐことができますかと質問したくなるような甘い香りが漂ってくる。


 そんな楠木が同じクラスになって騒ぐのは仕方がない。風磨が騒ぎたくなる気持ちも少しは理解できる。


 --がしかし!俺には日菜という心に決めた女性がいる。学校のアイドルなんて小さい枠にハマった女子に目をくれている暇は無い。


「まあ、日菜が同じクラスだって言うならあまりの驚きから教室内を素っ裸で前転しながらぐるぐるしているだろうな」

「すげぇな。オタクの鏡だ。俺が悪かったよ祐。俺もおまえを見習わないとな!」


 クラス替えの内訳を確認し終え、新たな教室に入ると教室の中心に楠木がいた。


 楠木の周りには既に大きな輪が形成されており、楠木と元々仲が良い奴も、関わりが皆無だった奴らもこれを機にとその輪に飛び込む。


 俺と風磨はそんなグループに脇目も振らず窓際の席に座りながらアニメの話をしていた。昨日のアニメがどうだったとか、あの声優のイベントがいつどこであるとか、そんな話をしている。


 クラスが変わっても、学校1の美少女が同じクラスでも、結局やることは今までと変わらない。


 3年生初日は風磨と楓の3人でアニメの話をしながらこれまでとなんら変わらない1日を過ごした。


 この先、自分の生活が激変するとも知らずに。

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