第34話 最後の不死者
そこには死者しか残っていなかった。物言わぬ死体と、死にながらも歩き続ける死体と、機械によって動く死体。色とりどりの死体たちが灰色の戦場に、より暗い灰の衣を纏う。私は足元に転がる屍刀・不死斬りを掴み上げた。死者は地獄へと帰らねばならない。いまだ鋭い刀に虚ろな目が映り込む。
生きる者は自身の手で、道を切り開くものだ。そんな当たり前のことを今になって思い知る。クラウディア、私は間違っていました。結局のところ私は、任務という個人の消失によって社会との同調を受け入れ、あなたの手を取るという選択が生む批判から逃げていただけだったのかもしれません。まだ少し、身が朽ち果て、まだ手のひらの内にあるこの意識を生と呼んで許されるのなら、もう少しだけ生きることを許してほしい。全てが終わったら私は、私の死を受け入れましょう。いつの間にか背後にはエイダがいた。それは輝くブロンドの美しさが翻す瞬き。死者の虚ろな不滅があった。
「エイダ。これで全ての武器が揃った。どうしたらいい」
エイダは自身の首の後ろをまさぐると、端子のついた配線を引っ張りだした。そして不死射ち、不死刺し、不死斬りに備え付けられていたプラグに接続していく。
“実行可能なプログラムを認証しました“
エイダの声は、合成音声のように淡々な違和感へと変化した。口は動いていない。ただ、エイダのコンピュータにあるOSがプログラムを実行しているレスポンスのみがあるだけだ。
装甲化されたオートマタ大隊、機動屍兵連隊構想の全資料を消去中・・・削除しました。
意識アルゴリズムの研究に関する全資料を消去中・・・・削除しました。
意識アルゴリズムの軍事利用、並びにデジタル処理された意識アルゴリズムをコンピュータへプログラムする全資料を消去中・・・・削除しました。
削除しました。削除しました。削除しました。
機械的な音声がプログラムの実行を読み上げる。インターネットに接続したエイダが、自身をデバイスにして死者の残滓を消し去っていく。ブロワールのことだ。意識アルゴリズムに関するファイルは事前に全てネットに接続してあるのだろう。これで悪魔のテクノロジーは消える。後を継ぐ者もいない。世界はいくらばかりか存続に成功したのだ。死者の進軍は実現しない。地獄の門は開かれず、冥界の王たる私が死者の首に鎖を巻きつけて制したのだ。我々の罪は、我々が背負わなければならない。轟々とした風の中に血と炎の匂いが混ざる。この戦場と、これまで私が手にかけてきた者たちの影が足元で渦を巻きながら私の体を引きずり込もうと躍起になってる。今しがた、地獄の業火に身を焼かれる時が来た。
※
「終わったのね」
エイダが呟く。合成音声の冷たい音色は消えていた。
「いや・・・」
そんなエイダに私は首を横に向けて否定した。
まだ終わっていなかったから。まだ、終わるべきではない。
「最後の不死者が残っている」
そう言うと私は人差し指で自身の額をトントンと叩いた。
最後の不死者。それは私自身だった。不死者が誕生するその全貌を知る私は、今や世界で最も脅威の存在となっている。そんなものを目指したつもりは無かったのだが。エイダはじっとこちらを見つめて沈黙している。やがて私の覚悟が本物だと悟ったのか、徐に語り始めた。
「私はね、ジェイ。ずっとあなたに想いを寄せていたわ。クラウディア様やフローレンス様のために身を焦がすその姿が何よりも素敵だった。おかしいわよね。私じゃない他の誰かのために一生懸命な人を好きになるなんて。だからこれまでの時間、そして今、とても幸せなの。まるで新婚生活みたいで楽しかった」
エイダのそんな言葉に私は笑いを隠せなくなってしまった。
「ふっ・・・何だそれは。私たちは夫婦かい」
「えぇそうよ。あなたはお婿さんで、私はお嫁さん。私はそのつもりでいたわ。私の頭の中の話だもの。何を想像しようと勝手でしょ」
そう言うとエイダはプイっと顔を背け。彼女の愛くるしい反応に思わず心をくすぐられる。
「あはは。君も不器用な人だなぁ」
おおよそ人には決して大っぴらに言えない妄想をこうも無表情に語る彼女が可笑しくて、私は大声で久しぶりに笑った。無表情の彼女の顔が、ほんの少しムッとしたように見えた。
「こんな物騒な夫婦とはね。君と私は、想いを交わすことができただろうか」
その問いに、エイダは迷いなく答えた。
「もちろん」
「奇遇だな。私もそんな気がするよ」
そして笑顔を抑え、今度は真剣な顔で問う。
「それでも私は逝こうと思う。君は、受け入れてくれるかい」
やはりエイダは無表情で、しかしその瞳の中には微笑の灯火があり、それが彼女の心の内側を見せてくれている。
「他ならない旦那様の頼みごとだもの。聞いてあげなきゃね。いえ、だから私はあなたに惹かれたのよ」
今度はしっかりと、表情を綻ばせて笑っていた。彼女が笑顔を向けてくれるだけで、何にでも耐え抜けていけそうな高揚を感じる。
「でも、死ぬときは一緒」
そう言うとエイダは拳銃を引き抜き、オートマチックのスライドを引いた。その銃口を私の額へと当てる。彼女の意図を理解し、私も銃口を彼女の額へと当てた。交差する腕と腕。互いの掌に収まった銃の先にはそれぞれの顔。鉄の接吻を交わすように、私たちは思いを分かち合った。
「ありがとうエイダ。君に会えて良かった。地獄で会おう」
「こちらこそジェイ。地獄でも一緒よ・・・」
エイダの目尻が少し落ち、涙のしずくが頬へと降りる。当然、機械に泣く機能などない。グレイゴーストが崩した空から雨が、彼女の瞳を濡らした。
機械化した彼女、私という意識がすり減った人でさえ、どこまでも感情的な存在なのだと思い知る。私たち人間がどれだけ論理的でありたいと願おうとも、決して機械的な思考を持つことなど叶うはずもなく、感情的で、矛盾するものなのだと知る。
どれだけクラウを、フレイを愛していても、目の前の彼女の瞳に惹かれ、逃れられない。
湧き上がるこの思いはどうしようもなく人間的で、きっとそれは彼女も同じで、RPGの衝撃で抉れた脇腹がどれだけ冷たくても、やはり彼女はどうしようもなく人間で・・・
エイダ、私は君を・・・
その先は地獄で伝えよう。そう思い立って言葉を飲み込むと、私と彼女は同時に引き金を絞った。
MI6諜報員及び死兵分隊隊員、ジェイムスン・ドウセットの意識アルゴリズム、並びにその全記録を消去中・・・・
削除しました。
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