幻視の痛み

第25話 母の本

 夕映えするロンドンの郊外。ぼくの家はそこにある。少し古いけど、大きくて厳かな雰囲気があるその家がぼくは好きだ。

 広い庭にぽつんと置かれたベンチに座ってみたり、ボールを蹴ったりと、一通り遊んで心地よい疲労に身を任せて寝そべっていると、母が両膝に手を置いてぼくを見下ろしていた。表情は逆光の黒に隠れているけど、きっと優しく微笑んでくれている。母の手には本があった。母はいつもぼくが寝るときに物語を読み聞かせてくれる。聞いてるときは微睡んでいて、どんな話かあまり覚えていないのだけど、その物語は不思議とぼくを引き込んでいく。


 ぼくが眠そうにして庭に寝転がっていたから、母が気を利かせてくれたのだろう。背筋を正して隣に座る母は、やがてその物語を朗読し始めた。


 ぼくは目を閉じ、母の言葉を頭の中で想像する。


 霧だった想像は組み合わさり結晶になった。人になり、道となった。


 瞼の裏には街がある。

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