第47話 新人類
深夜、電話のベルで鬼神は目覚めた。
「鬼神さん、ドナです」
それはドナからの電話だった。
「どうした?」
「麻子ちゃんがさらわれました」
鬼神は、ベッドから飛び起きた。
「例の男か?」
「そうです。ピエロの面の男です。おそらく正体はジャフェスでしょう。車でA-3エリアの11フロアに向かったようです」
「お前は大丈夫なのか?」
「両腕と左足を欠損しました。腹部にもダメージを受けて、動くことができません。でも、麻子ちゃんのおかげで、頭脳の方は無傷ですわ」
アンドロイドには電話通信機能も搭載されている。頭部に損傷がなければ、電話機を使わなくても会話は可能だ。
「分かった。助けを呼ぶから待ってろ」
「先ほど、警察には連絡しましたから、心配ありません。それよりも、麻子ちゃんを助けて下さい」
「よし、必ず助けるよ。電話はこのままつないでおいてくれ」
鬼神は、いつもは机の上に置いてあるプラズマガンを手にとろうとしたが、もはや、それはないことを思い出した。彩の護衛という仕事に変わったため、プラズマガンは不要と判断され、返却することになったのだ。
スリーパーを相手に、プラズマガンなしで戦わなければならない。相手の強さも数も未知数だ。鬼神は、両手で頬を挟むようにピシャリと叩き、部屋を後にした。
彩の病室からコールがあり、フィオナが駆けつけた時、彩は座ったまま頭を押さえていた。
「どうしましたか、葉月さん?」
「頭が・・・痛いんです」
発症した可能性があると判断したフィオナが、鬼神に電話連絡するが、話し中の状態である。
仕方なく、先にマリーへ情報をインプットした。
しばらくして、竜崎、浜本、マリーの3人が駆けつけた。
「ご両親には先ほど連絡しました。紫龍麻子さんにも電話しましたが、応答がありませんね」
フィオナの報告を聞いて、マリーは
「紫龍さんへの連絡はいいわ。鬼神さんはつながらない?」
と尋ねた。
「話し中のままです」
「仕方ないわ。立花さんにお願いしましょう。私は別の事件でここを離れなければならないから、後はよろしくお願いします」
そう言って、マリーはその場を立ち去った。
鬼神は、A-3エリアの11フロアに到着した。
「ここからは、GPSが頼りだ。ドナ、麻子さんは今どこにいる?」
「10フロアに移動しています」
「10フロア?」
「アンドロイドのメンテナンス工場、汚染地帯の中です」
「そんなところに潜伏していたということか?」
「可能性はあります」
「どこから入ることができる?」
「鬼神さん・・・」
「どうした?」
ドナは、なかなか話し始めようとしなかった。
「急がないと、麻子さんが助けられない。どうやって入ればいいんだ?」
急き立てる鬼神に、ドナは
「中で見たことを、秘密にしてほしいんです」
と頼んだ。
「・・・分かった、約束するよ」
鬼神の返答を聞いて、ようやくドナが汚染地帯への入り方を明かした。
「N231のE872に行って下さい」
鬼神は、指示された場所へ向かった。
「到着したぞ」
鬼神がたどり着いた場所は袋小路になっていて、それ以上先に進むことはできない。
「床のタイルの中央を押してみて下さい」
ドナの指示を聞いて、以前、紫龍を追いかけた時にあった隠し通路のことを思い出した。
予想通り、持ち手が現れ、タイルを外すことができた。はしごが下に伸びていて、その底は暗闇が広がっている。
ライトを点けて、鬼神ははしごを下りていった。
はしごは途中で途切れ、通路を歩いていくと、さらに下りるためのはしごがある。これを繰り返し、ついに鬼神は10フロアへたどり着いた。
そこは暗闇に包まれている。ライトの明かりを頼りに、鬼神は歩を進めた。
「そのまま真っ直ぐ進んで下さい。その先にある大きな建物の中に麻子ちゃんがいるようです」
「ここは、何も稼働していないようだな」
鬼神が、疑問を投げかけた。
「工場地帯の全てがメンテナンス工場というわけではありませんから」
「アンドロイドの姿もない・・・さっきの通路を通ってここまで来るのか?」
「いいえ。9フロアの動力室から専用エレベーターを使います」
「静かだな・・・何の音も聞こえない」
「鬼神さんは、すでにその理由を御存知なのではないですか?」
ドナに質問を投げ返された。
「ノーコメントだ」
道はかなり広いようで、周囲の建物の姿も見えなかった。しかし、鬼神が行く先に、おぼろげに明るく照らされた建物がある。それが、ドナの言っている建物ではないかと鬼神は推測した。
「目的地はN112のE500です」
「間違いなさそうだ。目的地が分かったぞ」
鬼神は、疾風を巻き起こし、全速力で駆け始めた。あっという間に、目の前に巨大な施設が現れる。
入口らしき場所に、一人の男が立っていた。男は茶色の帽子を目深に被っている。ハムが見張り役をしていたのだ。
「まさか・・・ここが何故分かった?」
ハムは狼狽し、叫んだ。
「紫龍麻子がここにいるはずだ。返してもらおう」
鬼神は、ハムの近くまで迫った。
「貴様は誰だ?」
ハムは、鬼神のことを知らない。
「ハンターだ」
「ふん、このまま生きて帰ることができると思うなよ」
ハムは、格闘技の専門家だ。元々、長老の護衛役を主な任務としていた。それがスリーパーになり、スピードもパワーも人間を超越しているわけだから、かなり手強い相手だ。
対する鬼神も、合気道だけでなく、警察に入ってからは空手や柔道など、一通りの格闘技も習得している達人である。
今、勝負の行く末が分からない、超人同士の闘いが始まろうとしていた。
麻子が、もう一度、袋から頭を出した時、目の前に見知らぬ男が立っていた。
広い円形の部屋の中、床は金属製で袋からでも冷たく感じる。天井は高く、たくさんのロボットアームがぶら下がっていた。照明はほとんどなく、薄暗い室内であった。
「紫龍麻子だな」
自分の名前を呼んだその男の目は炭のように黒く、見られているだけで心を見透かされているようで、麻子は恐怖を感じた。
「その顔・・・いつか見たイメージと全く同じだ。お前はいずれ、地上へと出ることになるだろう」
男は笑った。その顔はまるで仮面のようだった。麻子は、怖くて目を閉じようとする。しかし、目を閉じることも、男の目から視線を外すこともできない。
背後で、唸り声が聞こえる。ジャフェスが覚醒したらしい。
「ジャフェスよ・・・お前は今回も我々を裏切った」
男の視線がジャフェスへと移り、ようやく麻子は自由になった。
「すぐに紫龍を束縛から開放せよ」
男の指示で、ジャフェスは麻子を袋から出し、手足にはめていた金属製の枷を外した。まるで操り人形のように、命じられるまま行動するジャフェスの視線は、あの男の目に釘付けになっているらしい。麻子は、ジャフェスが男に操られているのだと悟った。
「紫龍よ、お前はこの世界から抜け出したかったのではないか?」
逃げようとしても、すぐ後ろに立っているジャフェスがいる限りは無理だと判断した麻子は、その場に座ったまま、おとなしく男の問いに答えることにした。
「今は、ここでの生活に満足しているから、地上に出る気はありません」
「本当に満足しているのか? もっと広い世界を知りたいとは思わないのか?」
「地上に出ても、私が受け入れられる訳がありません。それどころか、感染者はすぐに排除されるわ」
「感染していることを隠せばよい。まさか、感染者が地上にいるなどとは思いもせんだろう」
「そうすれば、私はまた一人ぼっちになる。もう、そんなのは嫌です」
「仲間を増やすのだよ。お前がスリーパーを生み出すのだ。血を分け与えれば、あっという間に感染者を増やすことができる」
「そんな恐ろしいこと、できないわ」
麻子は首を横に振って答えた。
「いいか、お前の父親は死んだ。親友は感染し、アンドロイドは破壊された。残るは、お前が頼りにしているハンターのみ。そのハンターが、お前を楽園へ連れ出してくれる。それを拒む理由がどこにある?」
この男は、どうして麻子の親友である彩が感染したことまで把握しているのか?
「鬼神さんが、私を?」
「それが、運命だよ」
男は、また笑った。麻子は再び、男の瞳に吸い込まれるような感覚を覚えた。
鬼神とハムの2人が、少し離れた位置でにらみ合っている。
先に仕掛けたのはハムのほうだ。素早く鬼神の間合いに入り、鬼神の右の頬めがけて回し蹴りを放った。
鬼神は、それを右腕で受け止めようとした。とは言え、まともに受ければ腕をへし折られてしまう。上腕を斜めに構え、ひじで相手の足を上側に受け流そうと考えた。
しかし、相手の足は腕に当たらなかった。ハムは、足を少し曲げることで、鬼神の顔の正面に足を運んだ。そこで足を伸ばし、顔面にヒットさせるつもりだったのだ。
鬼神は、咄嗟の判断で、その場にしゃがんだ。だが、相手はそれも計算に入れていたらしい。伸ばした足を一度上へ振り上げ、真っ直ぐ振り下ろした。当たれば、鬼神の頭蓋骨は粉砕されるだろう。
その攻撃を知ってか知らずか、鬼神はしゃがみながら、ハムの軸足に蹴りを入れた。ハムは、片足の不安定な状態で後ろに飛び退き、足を砕かれるのだけは免れた。
このやり取りで、お互い、相手が只者ではないことを認識した。どちらも、迂闊に手を出すことができない。
次は、鬼神が先手を打った。相手の顔面に対して右手で正拳突きを放つ。
ハムは、鬼神の攻撃を予測していたらしい。左側に避けながら、やはり右手で相手の顔面にパンチを繰り出した。
ところが、鬼神は頭を少し下げ、拳の下へ潜り込むと、左肩で相手の腕を持ち上げ、両腕で抱えてしまった。
腕を固められ、ハムは身動きが取れなくなった。
「降参しろ。でないと、腕をへし折るぞ」
ここでハムは予想外の動きを見せた。右肩の関節を外し、鬼神から逃れたのである。しかも、その状態で飛び膝蹴りを放ち、鬼神の顎を狙った。
鬼神は、後方に宙返りして蹴りをかわす。鬼神とハムは、ほぼ同時に着地した。
「俺に関節技は通用しないぞ」
ハムはそう言って、肩の関節を元に戻した。普通、関節が外れたら、元に戻しても痛みで動かすのは困難なはずだ。しかし、ハムは平気な顔をしている。我慢しているのか、スリーパーだからなのか、それは鬼神にも判別できない。
いずれにしても、関節技は外されてしまう。先に進むためには倒すしかない。しかも手加減はできない。そんなことをすれば自分が殺られてしまう。つまり、この勝負は、どちらかが死ぬまで終わらないということだ。
「俺をこのまま中に通す気はないのか?」
「こんな面白い遊びを終わらせるつもりかよ」
ハムは、闘いをやめる気はないらしい。
2人は再び、対峙した。
マリーは、麻子の新居に訪れていた。
何人かのアンドロイドが、バラバラにされたドナの体を拾い集めている。ドナはもはや動くことも話すこともできない状態だが、目だけは動かすことが可能らしい。じっと、マリーの顔を見つめていた。
マリーとドナは、無線で会話をしていた。会話の内容は、だいたい次のようなものだ。
「どこから侵入された?」
「おそらく窓からだ。玄関側には私がいたから」
「なぜ紫龍麻子を誘拐したのか?」
「それについては分からない」
「行方も不明か?」
「A-3エリアの10フロアに」
「なぜ、分かる?」
「紫龍麻子にGPSを持たせていた」
「そうか。すぐに救助に向かおう」
ドナは、鬼神がすでに救出に向かっていることを伏せていた。なぜ、ドナが警察ではなく鬼神を頼ったのか、それは分からない。
ドナの体は、遺体収納用の袋に入れられ、運ばれていった。その袋の中で、ドナは鬼神に電話を掛けた。
鬼神とハムの闘いは続いていた。
何度か拳を交えたものの、どちらも相手にヒットさせることができない。もっとも、ヒットした時点で闘いは終わるわけだが。
今は、2人とも相手の隙を狙い、必殺の一撃を見舞うつもりでいた。その隙をどう生じさせるか、思案しているのだ。
その時、鬼神の電話のベルが鳴った。
鬼神に一瞬の隙が生じた。これをハムが逃すわけがない。一歩踏み込み、渾身の中段回し蹴りで、右足を鬼神の胴へ打ち込んだ。
ここで鬼神は無意識に動いた。斜め右へと素早く前進し、相手の一撃を避けたのである。ハムの蹴りは空を切り、体は左を向いた状態で、目の前に鬼神が立っている。
鬼神は、ハムの軸足に強烈な蹴りを浴びせた。太い枝を思い切りへし折ったような音が鳴り、ハムの左足は打ち砕かれた。
「勝負あったな。ここは通させてもらうぞ」
地面に転がり、左足を押さえて苦しむハムを尻目に、鬼神は入口から建物の中に入った。
電話はまだ鳴り続けていた。鬼神は電話を取り出し、それがドナからの連絡であることを知った。
「おい、とんでもない場面で電話を掛けてくれたな」
鬼神が一言、文句を言う。
「どんな場面だったのですか?」
「試合の最中だよ。しかし、おかげで勝負が決まったのかな?」
「どちらが勝ったんですか?」
「こうして電話しているんだから、俺に決まっているだろ」
「それは良かったです」
他人事のようにドナは答える。
「で、何かあったのか?」
「麻子ちゃんは、見つかりましたか?」
「もう少しだ。心配するな、必ず助ける」
「マリーも救助に向かう予定です」
「到着する頃には終わってるよ」
「でも、無理はしないで下さい」
鬼神を先に向かわせたのはドナであるが、言うことが矛盾している。それとも、鬼神一人で救出してくれると信じているからなのだろうか。
「大丈夫だ。無事に保護できたら、連絡する。それまで電話はしないでくれ」
「分かりました」
鬼神が歩いている場所は広い廊下になっていた。わずかな照明で、なんとか周囲が見える程度の明るさしかない。廊下のつきあたりには大きな黒い扉が見える。おそらく、その先に麻子がいるのだろう。
(無事でいてくれよ)
鬼神は、その扉へと走り出した。
彩の両隣には父と母が座り、娘の様子を心配そうに見ていた。
少し離れた場所で、立花が彩をじっと監視している。もし、インフェクターになれば、すぐに両親を守り、彩を始末しなければならない。それは辛い役目であった。
「最期に鬼神さんに会いたい。鬼神さんは来てくれないの?」
頭を押さえながら、彩は訴えた。目からは涙がこぼれている。自分の死期を悟ったのだろう。
「大丈夫、鬼神さんは必ず来てくれるわ」
母親が、彩の頭を撫でながら話しかける。その母親も涙ぐんでいた。
「全く、あの色男は何をしているのかしら?」
立花は、苛立ちを隠しきれず、思わずつぶやいた。
病室の外には、竜崎と浜本が立っている。
「なんとか葉月さんが生きている間に犯人を捕まえたかったが」
「竜崎さん、まだ、あきらめちゃダメですよ。彼女がスリーパーになることを信じましょう」
弱気な竜崎に対して、浜本が励ましの言葉を送った。
「・・・そうだな。まだ、きちんと謝罪もしてないしな」
竜崎は、真剣な顔の浜本に微笑みを見せた。
そのとき、竜崎の電話のベルが鳴った。マリーからの電話だ。
「どうした? ・・・そうか、分かった。頼んだぞ」
「何かあったのですか?」
電話を切る竜崎に、浜本は尋ねた。
「ジャフェスが紫龍麻子を誘拐したと連絡があっただろ。居場所が分かったらしい。任務遂行の許可が下りて、今からアンドロイドだけで救助に向かうそうだ」
「どこなんですか?」
「それは聞かなかったな」
「アンドロイドだけということは、まさか汚染地帯?」
「ハンターも連れて行かないのが気になるな」
「何か、考えがあるのでしょうか?」
マリーの行動に対して、2人はほんの少しだが疑問を持った。
「お前は、インフェクターがただの狂人だと思っているのかな?」
男は、麻子に問いかける。麻子が何も答えないのを見て、男は話を続けた。
「インフェクターは学習する。私は、それを実験で示すことができたのだよ」
「実験?」
「そう、簡単な実験だ。インフェクターをそのまま放置すればどうなるか、観察するだけだ。お前たちは、インフェクターを見つけると、すぐに殺してしまう。それではインフェクターを理解することなどできんよ」
「インフェクターは、自分を傷つけて死んでしまうんでしょ?」
「それは狭いところに閉じ込めておくからだ。広いところで飼えば問題はない。もちろん、たくさんのインフェクターを飼っていると、お互いに殺し合いを始める。はじめの頃は失敗の連続だったな」
麻子には、インフェクターを飼うという発想自体が狂っているとしか思えなかった。
「ところが、中にはお互いに協力する者が現れた。新たなインフェクターを加えると、協力して駆逐する場合があれば、同じように仲間にする場合もある。こうして、無秩序な集団は、秩序あるコミュニティに変化していった」
男は、麻子に近づく。麻子は、圧倒するような男の気迫に飲み込まれ、動くことができない。
「個々のインフェクターに目を向けてみよう。最初は皆、闇雲に相手に突進するだけだったが、次第にフェイントや待ち伏せなどを覚えるようになる。分かるかね? 学習するのだよ、インフェクターは。最初は生まれたての赤ん坊のように何も知らない。しかし、徐々に学習し、進化するのだ」
男の顔に、これ以上はないと思われるほど不気味な笑顔が現れた。麻子は、あまりの恐怖に体が震えだす。
「インフェクターは、我々の知らない手段でコミュニケーションをとっている。言語など必要ないようだ。驚くべきことだと思わないかね? これも時間が経つにつれて、より高度で洗練された能力へと進化していくだろう」
男は、不意に麻子に背を見せ、両手を大きく広げた。
「人間が太古の昔にたどってきた進化に似ていないかね? 我々は、自らの力で進化してきたのだと考えているが、それは間違いだ。我々は、古い時代から、ちっぽけな細菌やウィルスに支配されていたのだよ。超人症は、我々の頭脳をリセットし、新たな進化を促すための変化なのだ」
今度はゆっくりと振り返り、麻子を指差した。
「お前は、新しい人類なんだ。古い人類が淘汰され、新しい人類で埋め尽くされた時、お前たちスリーパーは彼らの導き手となるだろう」
「導き手?」
麻子には、男の言っている意味がよく分からない。
「お前は、知識と知能を残したまま生まれ変わった。インフェクターにとっては神にも等しい存在になる。彼らの上に立ち、導くのはお前の役目になるだろう。そして、いずれは伝説として語り継がれることになるのだ。こんな素晴らしいことはないだろう」
麻子が、仮に地上へ出たとする。鬼神も一緒に付いてきたと仮定して、果たしてそれだけで地上にいる全ての人類が感染することなどあり得るだろうか? せいぜい、特定の地域に感染者を出すくらいで、すぐに終息してしまうだろう。麻子は、自分が地上に出れば全人類が感染するなどと、この男が本気で考えているのか疑問に思った。
「私が地上に出るだけで、本気で超人症が広まると思っているの?」
麻子は、震えながらも、あざ笑うように言い放った。
「信じられないだろうだが・・・その通りだ。お前が地上に出ることを拒まない限り、文明は必ず崩壊する」
男が、麻子の目の前に顔を近づける。その黒い瞳が麻子の目を釘付けにした。男の体からは、甘い香りが漂っている。麻子は、その香りを嗅いだ途端、頭がしびれるような感覚を覚えた。
「お前は、地上に出ることを拒むことなどできない。必ず、外の世界へ飛び出すことになるだろう。そして、その後、この地下世界も進化の波に洗われる。この私の手によってな。お前と私は、互いに手を取り合い、共にこの世界を変えるのだ」
麻子は、だんだんと男の言うことに従わなければならない気分になり始めた。地上への道は鬼神が知っている。鬼神にお願いすれば、自分を地上へと連れ出してくれるだろう。簡単なことだ。ためらう必要などない。
男は、笑い出した。その声が部屋の中に響き渡る。麻子は、その笑い声につられて笑みを浮かべた。
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