第22話 感染者の襲撃

「全く、また警察に来ることになるとは」

 男は、愚痴をこぼした。

「仕方ないでしょ、もう一度検査する約束なんだから。私だって家で仕事をしていたいわよ」

 頭を押さえながら女が返す。

 スラム街から救出されたあのカップルである。感染症の検査は、通常2,3回行う。一度の検査では陽性と判断されない場合があるからだ。

 その検査のため、待合室で2人ともソファーに座り、担当者がやって来るのを待っていた。

「どうしたんだ? さっきから頭を押さえて」

 男が、女性の様子を見て尋ねた。

「今朝から頭痛がひどくて」

「いつものか?」

「バカ、違うわよ。朝は大したことなかったけど、だんだんひどくなって」

 男は、嫌な予感がした。

「お前、もしかして・・・」

「変なこと言わないで。私が感染してるなら、あなたも同じことでしょ?」

 男は、とっさに返す言葉がなかった。

 頭を押さえたまま、うずくまる女性を見て

「誰かに頼んで、医者を呼んでこようか?」

 と尋ねるが、女は返事をしない。

「おい、しっかりしろ」

 男は、待合室の外へと目を移したが、誰かが来る気配はない。

「とにかく、ここで待て。すぐに人を呼んでくるから」

 そう言って、男は慌てて飛び出した。


 竜崎が早足で歩くその後ろを、浜本が慌てて追いかけていた。

「全く、話にならん」

「だいたい想像はしてましたけどね。でも、それ以上かな」

「あんなところで暮らそうと考えるような奴らだからな。一筋縄ではいかない」

 ほとんどの者は、黙秘を続けている状況で、捜査は全く進んでいなかった。全ては長老の指示で行動していたのは間違いなさそうだ。しかし、肝心の『ノア』が見つかったという報告はまだ得ていない。

 いったい、あの場所で何が行われていたのか、未だはっきりしたことは分からない状態で、竜崎はかなり荒れている模様だ。

 そんなところに、あの男が現れたので、竜崎は

「貴様、どうして待っていない?」

 と詰め寄った。

「美紅の様子がおかしいんだ。医者を呼んでほしいんだが」

「なに、あの女か?」

「まさか感染しているんじゃ?」

 浜本が叫んだ。

「ハンターを呼んだほうがいいな。お前はここで待ってろ」

 竜崎の言葉に対して

「彼女のことが気になるし、俺は戻るよ」

 と応え、男はもと来た道を引き返そうとする。

「いかん、危険だぞ」

 竜崎が叫んでも、男はそのまま立ち去ってしまった。

「浜本、お前はハンターを呼んできてくれないか。俺はあいつの様子を見てくるよ」

 そう言い残して、竜崎は男の後を追った。


 男が待合室に戻ると、女性は両手に顔をうずめて座っていた。

 その横に腰掛けて、男は話しかける。

「美紅、大丈夫か?」

「・・・大丈夫」

 返事があった。男は少し安心して、なおも問いかけた。

「頭痛は治まったのか?」

「・・・治まった」

 竜崎が部屋に入り、2人の様子を確認する。

「おい、あまり近づかないほうがいい」

「いや、返事をしてくれたから、感染症ではないと思う。頭痛も治まったそうだ」

「・・・そうか。じゃあ、もう少し待っていてくれ。医者を探してくるから」

 竜崎は、部屋を出ようとしたが、ふと何か思い出したような顔で振り向いて

「様子がおかしくなったら、すぐに離れるんだ。用心はするようにな」

 と、ひとこと言い添えた。


 男は、うつむいたままの女性を心配そうに見つめていた。

 今回の騒動の原因は、完全に男の側にあった。

 そのせいで、彼女は締切間近の原稿を急いで仕上げなければならない。まだ疲れが残っているのに、昨日から無理をして作業していたのだろう。頭痛の原因は、それかも知れない。

「本当にごめんな」

 男が謝ったのは、何度めになるか分からない。しかし、彼にはその言葉しか掛けられなかった。

「・・・ごめんな」

 まるでオウムのように、彼女が同じことを繰り返した。男は、少し背筋に寒気を感じた。

「おい、本当に大丈夫なのか?」

 今度は、何も答えない。その代わりに、すっと右手を男のほうへ伸ばしてきた。

 男は、その手をそっと両手で握りしめた。しばらくの間、無言のまま時間が過ぎていく。

 女は、今度は左手を伸ばしてきた。その手は、男の右手首をつかむ。

「どうした?」

 男が、下を向いたままの女性の顔を覗き込もうとした時である。突然、男の右手首が強烈な力で締め付けられた。

「痛い、何をするんだ?」

 振りほどこうとしても、まるで固定されたかのように動かすことができない。気がつけば、左手も握りしめられ、骨が砕かれるのを感じた。

 ゆっくりと顔を上げた女性を見て、男は叫び声を上げることすら忘れ、ただ呆然とするだけだった。

 女の目は真っ赤に染まり、これ以上はできないというほど大きく見開いていた。視線が、自分の顔ではなく、もっと遠くのほうにあるようだ。口元は笑っている。いつも男に見せていた愛らしい微笑みではなく、もっと不気味な、狂気をたたえた笑みであった。

「頼む、離してくれ」

 男は、目に涙をためながら訴えかけた。

「離す?」

 女はつぶやいた。まだ、理性が残っているのかも知れない。男は、一縷の望みにかけた。

「そうだ、手を離すんだ」

 握っていた手の力が少し緩んだ。

「助けて・・・」

 絞り出すような声を聞き、男は女性の目を見た。自分へと向けられたその目には、かろうじて理性の光が宿っているように見える。そして、恐怖に怯えていた。自分ではない何かに変化することへの恐怖なのだろうか。

 しかしその光は、濁った膜のようなもので覆われて一瞬にして消え去った。男は、その目を見て悟った。女性は、完全に支配された。狂気を生み出すバクテリアによって。

 女は突然、男に襲いかかった。男は仰向けに倒れ、その上に馬乗りになった女は、腕を思い切り男の顔面に振り下ろした。

 何かが潰れるような、実の詰まった果物を叩き割ったときに似た音が部屋の中に何度も鳴り響く。それはだんだんと水っぽく、泥を手のひらで叩いているような音に変わっていった。


 竜崎と浜本が、ハンターと医者を連れて待合室に着いた時、女性の姿はすでになかった。

 部屋の中は惨憺たる有様だ。壁にはまるで真っ赤なペンキをまき散らしたかのように血糊がべっとりと付いていた。窓ガラスが割れ、窓枠にかろうじて残ったガラスは赤く縁取られていた。

「まさか、外へ逃げたのか?」

 竜崎が部屋に入ろうとするのを医者が慌てて止めた。

「だめです。感染者の血液だった場合、危険です。部屋の中はアンドロイドに処理をお願いしましょう」

 すぐに竜崎は電話を掛けた。

「インフェクターが警察から逃げた模様。この付近にいるものと思われる。至急、アナウンスを頼む」

 それからハンターに顔を向ける。

「すぐに捜索を始めてくれないか。このあたりは人通りが少ないとはいえ、誰かがインフェクターと遭遇する危険は十分にある」

 ハンターは、片手を上げて分かったと合図したかと思うと、すぐに出口へと駆け出した。

「くそっ、俺の責任だ」

 竜崎の悲痛な叫びに

「昨日は検査で陰性と判断されたんですよね。そんな人間が、一日でインフェクターになるなんて聞いたことがない。あなたの落ち度では決してありません」

 と医者が言葉を掛ける。

「この病気は100年経った今でも謎が多いんです。最悪の事態は想定しておくべきだった」

 竜崎は、そう反論するが

「『覆水盆に返らず』ですよ。今は、どう対処するか、考えることが先決でしょ?」

 と浜本も竜崎に説教だ。

「ああ、わかったよ。とにかく、この部屋を片付けなきゃ」

 竜崎はため息をついた。


 彩たち3人組は、役所のエントランスから外へと出たところだった。

「晴れて2人は家族になったのだから、今日はそのお祝いもしなくちゃね」

 彩は嬉しそうに2人に話しかけたが、ドナは真剣な顔で遠くを眺めていた。

「どうしたの?」

 彩が不安げに声をかける。

「インフェクターが、このエリアに出現したようです」

 ドナは歩くのを止めた。

「ここは危険です。いったん、役所の中に避難しましょう」

 ドナがそう言った瞬間、人を不安にさせるようなサイレンの音が周囲に鳴り響いた。

「こちらは警察署です。インフェクターがこのエリア内に出没しました。外出を直ちに止めて、最寄りの建物に避難してください」

 機械的な女性の声に、彩と麻子が顔を見合わせた。

「まさか、こんな場所にインフェクターが?」

 彩が驚いて叫ぶ。

「とにかく、隠れたほうが・・・」

 そう言いかけた麻子の目が、遠くに何かを見つけ、驚きの表情に変わっていった。

 その顔を見た彩は、ゆっくりと後ろを振り向いた。

 遠く離れた場所に、一人の人間が立っている。腕を前にだらりと伸ばし、少し前にかがんだ状態で、しかし顔だけは自分へ向けられているのが分かる。

 顔の表情ははっきりしない。しかし、腕がどす黒いなにかで汚れていることはよく分かった。

 突然、サイレンの音さえ打ち消してしまうような金切り声が、耳に突き刺さるような感触を覚えた。人間の声だとはとても思えない。なんと、遠くに見えていた人間が、そのままの格好で急速に近づいてきた。それは人が走っている姿ではない。彼女たちは見たことがないだろうが、まるで昆虫が少しずつ距離を詰めてくるような、気味の悪い動きであった。

「早く、建物の中へ!」

 ドナの叫びを聞いて我に返った2人は、同時に走り出した。しかし、ハイヒールを履いていた彩が途中で転んでしまった。

「彩さん!」

 彩は立ち上がることができない。どうやら、足をくじいたらしい。

「私はいいから逃げて!」

 そう叫ぶ彩のもとに、ドナが駆け寄った。

「立てませんか?」

「足をひねってしまったみたい」

 苦痛に顔を歪める彩を見て、ドナは素早く彩を抱え上げた。

「さあ、麻子ちゃん、建物の中へ」

 ドナが彩を抱えたまま走り始めるのを見届けて、麻子も走り出した。一瞬、背後にインフェクターが迫っているのを見て、逃げ切れないのではないかと不安になった。

 周囲には、サイレンと女性のアナウンスが交互に絶え間なく流れていた。


「今、アンドロイドの一人から連絡がありました。『行政サービスコーナー』付近でインフェクターが出没。現在、他の2人の人間たちとともに追われている模様です。至急、移動してください」

 ハンターは、警察からの電話を切るやいなや、疾風のごとく駆け始めた。『行政サービスコーナー』までは距離がある。まさか、そんなところまで移動しているとは予想していなかったらしい。

 途中で車を見つけ、すぐに乗り込む。

「『行政サービスコーナー』へ大至急」

 そう告げると、今度は腰に装着したプラズマガンを引き抜いた。

「間に合ってくれよ」

 ハンターは、ボソリとつぶやき、額に片手を押し当てた。


 鬼神たちは、あの祭壇の調査を終え、捜索を再開していた。

 どこを見ても似たような作りの建物が続く。他の商業スペースも、こんなに見分けが難しい場所ばかりだったのか、鬼神は思い返してみるが、今までに迷ったことなど一度もなかった。この場所が特殊なのか、飾りつけがなくなれば、他の場所も判別がつかなくなるのか、鬼神には判断できない。

 広場のような場所へとたどり着いたときである。黙ったまま歩いていたマリーが、突然、鬼神に話しかけた。

「小谷さんのグループが、大量のインフェクターと遭遇しているようです」

「大量の?」

「すでに17人目らしいですね」

「インフェクターが一箇所に固まっていると?」

「私も初耳です。彼らは単独行動が基本だと思っていましたから」

「で、助けに行くのか?」

「ここから近いようですし、援助に行ったほうがいいですね」

 鬼神は、その言葉にうなずいた。これが地獄の始まりだとは、今はまだ知る由もなかった。


「くそっ、これで18人目だぞ」

 炎を上げる遺体を目にして小谷は叫んだ。

「ここは、いったいどうなっているんでしょうか?」

 イヴが周囲を見渡しながら小谷に話しかける。

「インフェクターの住処なんだろ? こんなに一度に処分したのは初めてだな」

 額の汗を拭い、小谷は話を続けた。

「こっちの被害状況は?」

「すでに10体以上は完全に破壊されました。残りも無傷の者はいません」

「お前は大丈夫か?」

 イヴは右腕がなかった。インフェクターに腕を引き抜かれたのだ。

「破壊されたのは腕だけですから、動くことはできます」

「そうか・・・やっぱり、引き返すべきだったかな?」

 インフェクターに連続で遭遇した時、このまま進むことを決断したのは小谷自身だった。その後、複数のインフェクターに襲われ、奥へと逃げながら、追ってくる者はなんとか処分したのだが、こちらの損害もかなり大きくなってしまった。

「あと100mほど進めば、おそらく最深部になりますね。どうしますか?」

 イヴの言葉に、小谷は返答できず、ただうなずくだけだった。

「もう一つ、鬼神さんのチームが援護のためこちらに向かっています」

「待て、それは危険だぞ。どれくらいインフェクターが潜んでいるのか分からないというのに」

「危ない!」

 イヴが小谷の頭上を見上げ、叫ぶ。小谷は素早く反応した。プラズマガンを持ち上げ、上から降ってくる何者かに照準を合わせようとする。しかし、相手が落ちてくるほうが早かった。

 手に持っていた銃が弾き飛ばされる。インフェクターはそのまま馬乗りになり、小谷の首へと手を伸ばしてきた。小谷が両手首を掴み、それを阻止する。

 小谷は、腕の骨を砕かんばかりに強く握りしめたが、相手は構わず腕を伸ばしてくる。力は、相手のほうが上だった。小谷は、為すすべもなく耐えるしかなかった。

 あと少しで、小谷の首に手が届きそうになった時である。突然、相手が横に倒れ込んだ。イヴが体当りしたのだ。

 小谷は、素早く起き上がり、インフェクターの首を思い切り蹴り上げた。骨の砕ける乾いた音とともに、相手は絶命した。

 その横には、イヴが横向きに転がっていた。右手を失い、うまく立てないようだ。

 小谷が、イヴの左手をそっと握り、起き上がらせた。

「ありがとう、助かったよ」

 歯を見せて笑いながら、小谷はイヴに礼を言った。

「危なかったですね。ですが、まだ危険が去ったわけではありません」

 イヴが見遣る方向へ目を移すと、いつの間にか大量のインフェクターが行く手を遮っていた。

「もと来た道を引き返すしかなさそうです。鬼神さんたちと合流しましょう」

 小谷はすぐに、地面に落ちていた銃を拾い、一人に向けて発砲した。インフェクターの体が炎に包まれると、他のインフェクターが一斉に走り寄ってくる。

 他のアンドロイドとともに駆け出した小谷には、どうしても腑に落ちないことがあった。

 インフェクターは、脳を完全にバクテリアに冒される。正常な判断などできるはずはなく、人間を見つけると、たいていは突進してくるだけだ。

 しかし、この場所にいるインフェクターは違った。

 彼らは待ち伏せするという術を知っていた。先程のインフェクターは、頭上から奇襲をかけ、銃を弾き飛ばし、しかも弱点の首を狙ってきた。

 人間のように、考えて行動しているようなのだ。

 小谷は、その事実に底知れぬ恐怖を感じていた。


 鬼神が入ったビルの中は、両側に黄色い壁の小さな家が並んだ路地がまっすぐ続いていた。昔は店舗として機能していたようだが、今は瓦礫が入り口を塞いでいる。

 天井は高く、アーチ状になっていた。光源が、白いタイルを敷き詰めた地面をやさしく照らしている。

 しかし、その地面には至るところ、人骨が散乱していた。いつ頃からそこにあるのか、想像もできない。

 新しい死体も見つかった。おそらく、小谷たちが倒したインフェクターだろう。完全に黒い炭と化したもの、レーザーガンで顔を撃ち抜かれたものなど、その状態は様々だ。

 一体、アンドロイドの体を見つけた。首が胴体から離れ、完全に機能停止している。

「イヴから連絡がありました。複数のインフェクターの襲撃を受けている模様です。現在、こちらに向かって逃走中」

「不思議だな。インフェクターどうしで潰し合うように思うんだが、協力しあっているということか?」

「たしかに奇妙ですね。インフェクターが集団で行動するなんて」

 あたりは不気味なほど静まり返っていた。アンドロイドたちの乾いた足音だけが周囲に響く。

 背後で瓦礫が崩れる音がした。振り返ると、そこには数人の男女が立っている。首を小刻みに揺らし、ゆっくりと近づいてきた。

 鬼神がプラズマガンをその一人に向けた時である。突然、鬼神の周囲の光が何かに遮られた。

 とっさに身をかがめ、前へと駆け出した。何かが落ちてくる音が聞こえる。インフェクターだ。小谷のときと同じように、鬼神に奇襲をしかけたのだ。

 インフェクターは、そのまま鬼神に突進してきた。しかし、鬼神はそれを避け、銃のグリップで相手の頭を打ち砕いた。

 頭上を見上げたところ、他にインフェクターが潜んでいる気配はなかった。背後ではアンドロイドたちがインフェクターをレーザーガンで仕留めたところだ。

「たしかに、彼らは集団で行動しているようですね」

 鬼神が仕留めたインフェクターの様子を見ていたマリーの言葉を聞いて

「これは思ったより危険だな。用心して進もう」

 と鬼神は応えた。


 大量のインフェクターに追いかけられ、小谷たちは苦境に立たされていた。

 インフェクターたちの走り方は相変わらず異様だが、驚くほど速く、もう少しで追いつかれそうな勢いだった。

「小谷さん、先に逃げて鬼神さんたちと合流して下さい」

 イヴが叫ぶが

「お前たちを置いていけるか。俺の心配はいいから、今は逃げることに集中しろ」

 と言いながら、小谷は背後に銃を向けた。

 アンドロイドの近くまで迫ったインフェクターに狙いを定めて撃つ。たちまち、インフェクターは炎に包まれた。

 近づいてきたインフェクターを、小谷は手当たり次第に標的にした。次々にインフェクターは倒れるが、その後ろから新しいインフェクターが現れる。

「ふん、銃の訓練にはちょうどいいな」

 半数ほどインフェクターを倒すことができただろうか。イヴが突然、大声を出した。

「前方にインフェクターです。挟まれました!」

 小谷は前方に視線を移した。背後の敵と同じ数はいるように見える。全員が頭を揺らしながら、動かずにこちらを見ていた。

 背後で何かが倒れる音がした。アンドロイドの一人がインフェクターに捕まったのだ。

「止まるな! 突破するぞ」

 小谷が叫ぶ。

「無茶です。危険すぎます!」

「危険は承知の上だ。他に逃げ道はない」

 小谷の言葉に、イヴも覚悟を決めたらしい。前方を見据えて、最適なルートを選び始めた。

 小谷は速度を速め、インフェクターの群れに突進した。目の前の一体の顔を殴り倒し、その後ろにいるもう一体に飛び膝蹴りを食らわす。

 そして、そのままインフェクターたちの頭上を飛び越え、背後を取った。

 インフェクターたちが慌てて、自分の方へ体を向けるのを、小谷は笑って見ていた。

 その隙間を縫うように、アンドロイドたちが通り過ぎる様子に、小谷が一言

「ざまあみろ」

 と言い残して再び走り出した。

「お前たち、やっぱり・・・」

 『間抜けだな』という言葉を発する前に、物陰から誰かの突進を食らい、小谷は地面に転がった。

 仰向けの状態で立ち上がろうとするが、その何者かが覆いかぶさってきた。髪の長い、女性のインフェクターだ。小谷は銃を向けて撃った。

 たちまち炎に包まれ、小谷は慌てて女性の体を跳ね除けた。起き上がり、眼前に迫ったインフェクターの顔を鷲づかみにして地面に叩きつける。

 しかし、高く飛び上がった他のインフェクターに押さえ込まれ、再び倒れてしまった。

 醜く歪んだ相手の顔を見たとき、どんな苦境の中でも生きて帰る自信のあった小谷が、初めて死を覚悟した。

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