第11話 聖者か狂者か

 鬼神は、目の前に並んでいるものを見て愕然とした。

 そこには、フックにぶら下げられた人間の体がずらりと並んでいた。

 全ての死体は首が切断され、腹から内臓が取り出されていた。足や腕のないもの、下半身がすっかりないものもある。

 男性や女性、子供の体もある。それらが全て、食料として貯蔵されているのだ。

 ここは、『ハイエナ』の活動拠点なのだろう。もし、自分がスリーパーでなければ、すでに処理されていたのかも知れないと思い、鬼神は血の気が引いた。

 壁に沿って反対側へ回ってみる。別の扉を見つけた。その横にあるスイッチを押して中の明かりを消してから、鬼神はレバーをゆっくりと回した。

 扉のすき間からわずかに光が差し込んだ。そっと外を覗いてみる。そこはキッチンのようだ。扉とは反対側の壁に出入口があり、そこから光が漏れていた。

 流し台の上に肉切り包丁を見つけた。鬼神は、それを手にすると出入口へと近づいた。

 元々はレストランだったのだろう。備え付けのテーブルが規則的に並んでいる。天井にあるいくつかの照明が床を照らし、明暗を生み出していた。人のいる気配はない。反対側の壁にガラス製のドアがある。姿勢を低くして、鬼神はゆっくりと扉の近くへと進んでいった。

 ドアに近づくと、センサーに反応したのか自動的にスライドした。目の前には広い通路が左右に伸びている。通路の天井にも壊れていない照明があり、あたりの様子を伺うことができた。ここにも人は見当たらない。見張りが誰もいないことを、鬼神は不思議に思った。

 右側は遠くに壁が見える。T字路になっているらしい。左側は通路が曲線を描き、右に曲がっていた。

(どちらへ進むか・・・)

 まずは建物の外へ脱出したかった鬼神は、選択肢の多い右側の方へ進むことに決めた。

 床はグレーと白のチェック模様で覆われ、天井は美しいアーチを描いている。自分の歩く足音が周りに反響する以外、何の音も聞こえなかった。

 つきあたりにたどり着き、右を見る。その先は暗闇に覆われていた。ライトの光で照らしてみると、奥にシャッターが見えた。

 左側を見ても、シャッターで塞がれている。どうやらハズレを引いてしまったようだ。

 元の場所に戻ろうと振り返った時である。反対側から歩いてくる集団がいることに気が付いた。

 ちょうど同じタイミングで、相手も鬼神の存在に気付いたらしく、一斉に走って近づいてくるのが見えた。

 鬼神は一瞬どうするか迷ったが、すぐに近づいてくる相手に向かって走り始めた。

 『ハイエナ』たちは、鬼神が信じられない速さで近づいてくるのを見て立ち止まり、手に持っていた棍棒を構えた。

 それでも鬼神は走るのを止めなかった。むしろ、さらに加速する鬼神に対して『ハイエナ』たちはたじろいだ。

 もう少しで衝突するという時である。鬼神は力強く飛び上がった。鬼神の体は『ハイエナ』たちの頭上を越え、はるか後方に着地した。

 そのまま走り去っていく鬼神の姿を、あっけにとられた顔で見ていた『ハイエナ』たちが、我に返り追い掛け始めたが、すでに鬼神ははるか遠くにいた。


「あの店だったら知ってます。ミルクレープがおいしいんですよね」

「ミルクレープもいいけど、シフォンケーキも絶品よ。びっくりするくらいフワフワなの」

 麻子と彩は、すっかり打ち解けていた。麻子は普段から人と話す機会が少なく、会話に飢えていた。共通の話題を持った相手が現れたのが、麻子にとっては嬉しかったのだろう。

「あら、もうこんな時間なのね」

 彩が、壁に掛けてあった時計を見てつぶやいた。

 麻子も時計を見ると、すでに10時を過ぎていた。

「すっかり話し込んじゃったわね。ごめんね、こんな遅くまで」

 彩が申し訳なさそうに謝るのを

「いえ、そんな・・・すごく楽しかったです。こんなに話したのは久しぶりで」

 と麻子は軽く頭を下げた。

「私の連絡先を教えておくわね。もし、気が向いたら電話してちょうだい。こうやって話をするだけでもいいわよ」

 彩は、一枚の名刺を麻子に渡した。

「はい、あの、今日はありがとうございました」

「別に礼を言われるようなことはしてないわよ。でも、外にいたときよりも元気になったみたいね」

 彩の言葉を聞いて、麻子は大きくうなずいた。

「余計なことかも知れないけど、何か悩みがあるのなら相談に乗るわよ」

 彩が心配そうな顔で尋ねた。しかし、麻子がうつむいたまま無言になったのを見て

「私、こう見えてももう30歳を過ぎてるのよ。若く見られるのならいいけど、子供に見られることもあるのよね」

 と彩は笑みを浮かべながら白状した。

「えっ、とてもそんな風には見えない」

 麻子は思わず口にした。

「本当よ。だから、恋愛でも勉強のことでも人生経験の豊富な私にまかせなさい。まあ、気が向いたらでいいけどね」

 彩の穏やかな微笑みは、麻子の心をいくらか安らかにしてくれた。


 鬼神は、速度を緩めることなく通路を走り続けた。

 右の方向へ曲がると少し先に広いホールが見える。中央に何かのオブジェがあり、反対側は見えないが、もしかしたら外への出口かも知れないと鬼神は考えた。

 ホール中央のオブジェは巨大でいびつな楕円体で、銀色の地に黒い斑点がランダムに散りばめられていた。その大きさに圧倒されながらも、鬼神はオブジェの横を通り抜けた。

 鬼神の予想は正しくなかった。反対側に出入口はあったが、金属製のシャッターで完全に塞がれている。

 ホールの両側には螺旋を描くように上り階段が伸びていた。その先を見ると踊り場があり、2つの階段はそこでつながっている。踊り場から別の広い通路へと続いているのを見つけ、鬼神はすぐに階段を登り始めた。

 鬼神が踊り場へとたどり着いたときである。通路から一人の男が現れた。『ハイエナ』たちの中にいたスリーパーだ。手には、鬼神のプラズマガンが握られている。その銃口は、鬼神の方へと向けられていた。

「止まれ!」

 男の掛け声に、鬼神は走るのを止めた。

 相手は、少し不満そうな顔をしていた。しばらくの間、鬼神の顔をじっと見ていたが

「手に持っているものを捨てろ」

 と命じた。男の指示通り、鬼神が手に持った肉切り包丁を床に放り投げ、あたりに乾いた音を響かせた。

「ついてこい。長老がお前に会いたいとのことだ」

 とだけ告げ、男は通路の奥へと消えてしまった。

 鬼神は、男の後を追い掛けた。男は、鬼神が近づいても全く気に留める様子がない。通路は大きく左へカーブした後、長い直線を描いていた。遠目にもはっきり分かるほど派手で明るい看板が目に入り、鬼神は目を凝らしたが文字までは読めない。

 後ろから、先ほどの『ハイエナ』たちが鬼神の背後と横に並び、完全に囲まれた形になった。

「長老とはいったい誰だ?」

 鬼神が男に問いかけてみたが

「着けばわかる」

 とぶっきらぼうに言うだけで、男は振り返りもしなかった。


 車の中で、麻子は彩からもらった名刺を眺めていた。

 セーラム通信


 記者 葉月 彩

 『セーラム通信』は、割と名の知れた情報配信業者であった。様々なジャンルの記事を扱い、ファッション関係も力を入れているようで、この業者専属の有名なモデルも何人かいる。

 しかし麻子は、モデルになるつもりは全くない。興味がないわけではないが、スリーパーであることを隠すことはできないだろうと思っていたからだ。彩にも、自分がスリーパーだと知られることが麻子には怖かった。

 名刺の下には、連絡先を示すコードが記されていた。それを見て、麻子はなんだか安心することができた。

 両親とも兄弟はなく、しかもどちらの祖父母も亡くなっていた。頼ることのできる身内は全くいない。心細いのは当たり前のことであろう。こうして、相談できる相手が増えたのは麻子にとって非常に嬉しいことであった。

「間もなく、目的地に到着します」

 ナビゲーターの声を聞いて、麻子は気を引き締めた。

 車が停まり、ドアが開いたと同時に麻子は急いでエレベーターの前まで来ると、ボタンを押した。

 エレベーターが到着するまでの間、周りに誰かいないか気になって仕方がない。

 ようやくエレベーターが到着し、麻子はすぐに乗り込んで家のある階のボタンを押した。

 エレベーターから出ると、静かに扉の前まで移動し、ロックを解除した。

 中に入り、ドアを閉める。ようやく、麻子は落ち着くことができた。


 鬼神は、赤い光で縁取られた看板を見た途端、呆然と立ちすくんだ。看板には黄色い光で『Abel』と書かれていたのだ。

「ここが『アベル』か・・・」

 中に入るよう促され、鬼神は扉を開けた。室内に充満している甘い香りに、頭がしびれるような感覚を覚える。目の前にカウンターがあり、そこに一人の男が立っていた。鬼神は、その男の顔に見覚えがあるのだが、どこで会ったのか思い出せなかった。

「我が館へようこそ。お待ちしておりました」

 男は穏やかに微笑みながら両手を挙げて鬼神を迎えた。

 その顔は、紫龍を追跡中に出会った男のものではなかった。鬼神が困惑しているのに気付いたのか

「私は紛れもない『ノア』本人ですよ。またお会いできて光栄です、鬼神さん」

 と、にこやかに話しかける顔に鬼神はふと気づいた。それは、バー『ムートン』で封書を渡した男の顔だった。

「あんたが『ノア』?」

 信じられないという顔をした鬼神に

「その通りです」

 と『ノア』はうなずいた。


「弟子たちが粗相をしたようですな。申し訳ない」

 『ノア』は軽く頭を下げた。

「つまり、あんたが『ハイエナ』の頭というわけだ」

 鬼神の言葉に、横にいたスリーパーが銃を振り上げた。

「待ちなさい、ジャフェス。無駄な争いをしてはいけない」

 ジャフェスと呼ばれたスリーパーは、『ノア』の声に反応して振り上げた手をゆっくりと下ろした。

「『ハイエナ』というのは正しい言葉ではないな」

 『ノア』がそう否定するのを

「『ハイエナ』が共食いすることはないからな。確かに『ハイエナ』にとってみれば迷惑な話だ」

 と鬼神はからかった。

「あなたは、あの貯蔵庫をご覧になったようですな。私達は、他の動物たちの肉は不浄なものとして口にしません。同胞の血肉だけが、我らの体を満たすべき唯一の糧なのです」

「殺される方はたまったもんじゃないな」

「そうでしょうか? あの者たちは、我々の体とひとつになり、ともに進化するのです。こんな素晴らしい話はない」

 『ノア』は静かに目を閉じ、上を見上げた。

「お前は・・・狂っている」

 鬼神は、言葉を一言ずつ吐き出すように言い放った。

「あなたは、常人と狂人の境界を考えたことはありますか? どこまでが常人で、どこからが狂人か。あなたは、自分のことを狂っていないと思いますか? それはどんな尺度を使っているのですか?」

 『ノア』が早口で持論を展開する。しかしその間も、穏やかな笑みは消えない。

「人と違うことをするだけで、人と異なる思想を持つだけで、狂っていると言えますか? その人の考えを、行動を受け入れられないというだけで、簡単に狂人のレッテルを貼るような真似は褒められた話ではありません」

「それにも限度があるだろう。少なくとも、人を殺して食うような者を世間一般が許すことなどない。お前たちがやっていることは明らかに犯罪行為だ」

 『ノア』は、口に人差し指を当てて鬼神の言うことに耳を傾けていた。しばらくの間、無言の間が続く。

「そう・・・人を殺すことは許されるべきではない。しかし、哀れな羊たちを救うためには、我が体に迎え入れる他に手段はあるまい」

 盲目的な信念を曲げることは容易ではないらしい。相手は、自分が食べることで人を救うことができると固く信じている。どうして、そんな考えに至ったのか鬼神には理解ができなかった。

 そして、そんな相手でも殺人がよくないことは理解しているのだと分かった。そして『ノア』は、それを実行しているはずであった。

「お前は、殺人が許されるべきではないとは理解しているようだな。その殺人をお前は以前犯した。違うか!」

 『ノア』は表情を変えず、ただ鬼神の顔を見ていた。狂気を孕んだ黒い瞳が蛇のように一点を注視している。

「・・・あれは、不幸な事件だった」

 その時のことを思い出すかのように、『ノア』はまた目を閉じた。

「あの女性は我らとともに歩むことを誓った。しかし、その言葉は偽りだった。私は、彼女を正しい道に導くことができなかったのだ」

「それで、貴様は彼女を殺したのか?」

 鬼神の語気が荒くなった。

「私は、彼女を救う必要があった」

「貴様が殺したのだな?」

 鬼神は今にも『ノア』に飛びかかりそうな勢いだ。しかし

「動くな」

 とジャフェスが銃口を向けたのを見て鬼神は踏みとどまった。

「あなたの目は敵意に満ちている。あなたには私の本懐を果たしてほしいのです。どうか、心を安らかに聞いていただきたい」

「貴様は、俺の家族を奪った。俺は貴様を許さない」

 『ノア』は驚いたように眉を上げた。

「彼女はあなたの妻だったというのですか?」

 その問いに鬼神は何も答えず『ノア』を睨みつけていた。

「そうですか、彼女は木魂と名乗っていましたが、嘘でしたか」

 首を横に振りながら、『ノア』はため息をつく。

 黒い瞳が、鬼神の目を捉えた。鬼神の赤銅色の目が、その眼光を受け止める。

「あなたは、外の世界に興味はありませんか?」

 『ノア』は穏やかな顔で鬼神に尋ねた。


 風呂から出た麻子は、ベッドに腰掛けて右手でタブレットを操作し始めた。髪は濡れたままで、タオルで巻いている。水色の地にランダムな文字が並んだパジャマを身につけて、左手に持ったタオルで顔についた水滴を拭いながら、目はタブレットの画面をじっと見ていた。

『連続殺人事件、被疑者死亡のまま書類送検』

『連続殺人犯の転落死について、警察の対応に問題はなかったか?』

『犯人の動機、未だ解明されず』

『意外な素顔! 連続殺人犯の実像に迫る』

 ショッキングな事件であっただけに、連続殺人事件に関する記事は否が応でも目に入る。自分とは無関係だと思っても、世間はそうは考えない。少なくとも、近所ではもう噂になっているのだろう。スリーパーだということもあり、普段から近所付き合いは全くしていないが、今まで以上に人と顔を合わせるのが辛くなる。

 父親がなぜ、人殺しなどをしたのか、見当もつかなかった。事件があった時、家を留守にしていた父を疑っていたものの、それを何とも思っていなかった。捕まっても気にはしない。しばらく顔を合わせる必要がなくなるから気分が楽になる。そんな風に考えていた。

 父親が死んだと聞かされた時、かなり動揺した。しかし、不思議と涙はこぼれなかった。涙があふれたのは、連続殺人事件の犯人だと聞かされたときだ。その途端、考えが切り替わったような気がした。人を殺さなければならないほど追い込まれていたのか。追い込んだのは自分自身なのではないかとまで考えた。悲しそうな顔をする父の姿を思い出すたびに、後悔の念に駆られた。

 まだ小さかった頃、近所の子供と一緒に遊ぶことができなかった。父は、麻子のためにいろいろな玩具を買ってくれたが、麻子はそれよりも友達がほしかった。

「どうして、友達と遊んじゃいけないの?」

「麻子の体は特別なんだ。あまり他の子に近づいちゃダメなんだ」

 父親は、腫れ物に触るかのように麻子に接した。子供のスリーパーはまだ力を加減することを知らず、怪我をする確率が高いためだ。外で遊ぶこともあまりできず、ときには泣き出す麻子を、困った顔でなだめる父の姿を思い浮かべた。

 自分がスリーパーであることを自覚したのがいつ頃だったか、はっきりとは覚えていない。しかし、その頃から父親のことを恨むようになった。自分の人生を台無しにされたように感じ、将来に絶望したこともあった。

 自殺を図ったこともある。未遂に終わり、病院の中で気がつくと、父が自分の顔を見て泣き始めたのを麻子は覚えていた。

 それからだろうか。2人はほとんど会話しなくなった。

 父親は、その時できる精一杯のことを麻子にしてくれた。しかし、麻子がそれに応えることは一度もなかった。いつも、父親を困らせていた。つらい思いをさせていた。それを詫びることはもうできない。

 タブレットをベッドの上に放り投げ、麻子は洗面所へと向かった。頭のタオルをほどき、手櫛で髪をほぐしてから、自動的に頭上を飛行するドローン式のドライヤーで髪を乾かし始めた。


「そんなことを聞いてどうするんだ?」

 『ノア』は、鬼神の質問には答えず、小さな皿にコーン型をした炭のようなものを置き、その頂点に火を灯した。

「ジャフェス、下がりなさい」

 『ノア』の命に従い、ジャフェスは外へと出ていった。

「あなたはなぜ、紫龍さんが人を殺したのか、知りたくはないですか?」

「お前がそそのかしたのだろう」

「彼は簡単に騙されるような馬鹿な男じゃない。彼にはアンドロイドの頭を持ってくるように頼んだのです。残念ながら、最初の2人は人間でしたがね」

 鬼神が何も言い出さないのを見て、『ノア』は話を続けた。

「以前、お話しましたよね。アンドロイドの秘密について」

 そのことを語ったのは別の人間だ。鬼神には訳がわからない。

「ああ、あのときとは顔が違っていましたね。しかし、あれも私だったのですよ。まあ、そんなことはどうでもいい。アンドロイドのメンテナンス場所の話でしたね」

「メンテナンス場所が別にあるという話だったか」

「その通り。A-3エリアにあるメンテナンス工場。アンドロイドは自分で判断し、勝手にその場所へと向かう。我々は、それに関与することはほとんどありません。彼らが自主的に動きますからね。せいぜい、外観や性別を変えるよう指示するくらいですか」

 鬼神は、少し頭がしびれるような感覚を覚えた。

「しかし、少し考えればおかしいと誰もが気づくはずです。誰も、それを口にしないのが不思議だ」

 目が霞んできた。『ノア』の顔がはっきりと見えない。ただ、黒い瞳が大きく、目の前に迫ってくるように感じた。

「いいですか。メンテナンス工場は汚染地帯なんですよ。百年前、汚染地帯は隔離され、全ての者は立ち入りができなくなった。アンドロイドが、そのルールを破ると思いますか?」

 地面が揺れているように感じる。鬼神は崩れるように座り込んでしまった。『ノア』の低い、穏やかな声だけがはっきりと聞こえる。

「メンテナンス工場の下にある動力室からエレベーターで地上に出られます。これこそ、アンドロイドたちが我々に明かさなかった秘密です。そこへたどり着くためにはアンドロイドの額に埋め込まれたチップが必要だ。それは、紫龍さんが持っていた小さなリングケースの中にある」

 意識が遠のいていくのを感じる。何かに包まれているような穏やかな気持ち。何年もの間、感じたことのなかった安らぎだ。

「紫龍さんは、娘を地上へと連れて行きたかった。私は、あなたにその代役を果たしてほしいのです」

 鬼神は、泥の中にだんだんと体が埋まっていくような幻想を抱いた。しかし、このまま飲み込まれるのを拒否し、泥から這い出そうともがいていた。

「貴様は・・・娘に・・・何をした?」

「木魂咲紀さん・・・彼女もまた不幸であった」

「何を・・・したんだ?」

「それは・・・聞かないほうがいい」

「咲紀は・・・感染した・・・なぜ・・・」

 鬼神は、もはや限界だった。少しでも気を抜けばたちまち意識を失うだろう。

「あなたは、娘さんを感染させた者がにくいのですか?」

「必ず・・・殺してやる」

 『ノア』の声が聞こえなくなった。この場を立ち去ったようである。鬼神は、ついに意識が遠のいてしまった。

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