第2話 第二の殺人
ビルの谷間に、色とりどりの看板が並び、その灯りが闇の中に文字を描いていた。
上空には立体交差した道路が何本も架けられ、ゆっくりと点滅する光が夜空の星のように見える。
深夜の歓楽街は、まさに不夜城であった。
道を行き交う人は多く、吸い寄せられるようにビルの中へと入っていく。
その様はまるで、光に集まる哀れな虫たちを連想させた。
頭が痛くなるほどの喧騒の中、店の前で店員にクレームをつける女性の甲高い声が際立って聞こえてくる。
店員は、愛想笑いを浮かべながら辛抱強く応対していた。
そのそばを、2人の男が肩を組みながら通り過ぎていった。足元がおぼつかないのを見ると、だいぶ酔っているようだ。
「もう一軒行こうぜ」
「おい、明日も早いんだろ? 大丈夫か?」
「どうせポンコツ野郎に叩き起こされるんだから、心配ないよ」
「なら、あっちの通りに、天然肉が食べられる店があるぜ」
「いいねえ、行ってみよう」
ビルの間の細い通路へと入っていくと、光がほとんど届かず地面は真っ暗だ。
遠くに見える明るい光を目指し、2人はフラフラと歩き続けた。
しばらく進んだ時である。一人が何かにつまずいて転んだ。
「おい、大丈夫か」
「痛え、何が置いてあるんだよ」
そう言いながら足を引っ掛けたものをよく見ると人間の身体だ。
「こんなところで誰か寝てるのか?」
ポケットから小型のカードを取り出し表面に触れると、ライトが点灯した。その光を倒れている者の方へとあてた。
それを見た瞬間、男は吐きそうになった。
立って見ていたもう一人の男が大きな叫び声を上げる。
その者は壁にもたれかかり死んでいた。首から上がない状態で。
「また同じような殺し方だな」
竜崎が死体を見ながら一人つぶやいた。
死体は首から上がない。頭部は近くに転がっていた。またも目が潰されている。
「今度は、首から引っこ抜いて殺したようだ」
やって来た浜本に竜崎が伝えた。
「そんなこと、できるんですかね?」
「背後から首を絞めて、そのままねじ切ったんだろうな」
遺体の様子を探りながら竜崎は応えた。
「ひどいもんですねえ」
「まったくだ」
浜本の後ろからマリーがやって来た。
「お待たせしました、竜崎さん、浜本さん。さっそく、死体の検分から始めます」
死亡推定時刻は夜の9時頃、首を引き裂かれたことにより即死の状態だったらしい。
「被害者は深村真、17499031です」
「佐島太一と何か接点は?」
「特に接点はありません」
「無差別殺人の可能性があるな」
そう言いながら竜崎は遺体に近づいて周囲を調べ始めた。
「やはり、我々をからかっているんですかね」
浜本が竜崎に話しかけた。
「それだけではないだろう。この殺し方が気になる。なにか理由があるような気がするんだ」
マリーが捜査を終えて現場を去り、遺体の頭蓋部分が運ばれていくのを浜本はじっと見ながら
「犯人は、頭でも集めたいんですかね?」
と冗談で言った。
「俺もそれを考えていたんだが」
「えっ?」
浜本が不意をつかれたような顔で竜崎を見た。
「頭を取り外したのはいいが、自分の目的に合わなかった。何の目的かは知らないが」
竜崎の言葉に、浜本は
「何のために頭を集めるんですか?」
と竜崎に質問した。しかし、竜崎は肩をすくめて
「犯人に聞いてくれよ」
と答えるだけだった。
森の中は暗く、静まりかえっていた。
湿った土と木のにおいがあたりに漂い、鼻を刺激する。
鳥のさえずりも、虫の鳴き声も、何も聞こえない。そこは無音の世界だった。
男が一人、木に寄りかかって休んでいる。
顔が血で赤く染まっていた。服は黒く、血を浴びているのかどうかはわからない。手だけはきれいなままだ。おそらく手袋をはめていたのだろう。
身体の血を気にする様子もなく、男は目を閉じたまま動かなかった。
ふと、何者かの気配を感じて立ち上がった。
遠くから、近づいてくる者がいる。
「あんただったのか」
誰が近づいてきたのかが分かり、男は再びその場に座り込んだ。
「ご苦労様でした。どうでしたか?」
男の下に近づいて来た何者かが口を開いた。
「ついてないな。またハズレだよ」
「そうですか」
男の言葉に、しばらくはうつむいたままでいたが、手にしていた袋を男の方へ投げると
「新しい服と食料、水が入っています。まずはその血を拭った方がいいでしょう」
と言った。
「もう一度やらなきゃならないな」
男は座ったまま袋からパンを取り出し、身体に血が付いているのも気にせずに食べ始めた。
「予想より時間がかかってしまいそうですね。娘さんは大丈夫ですか?」
その言葉に、パンを噛んでいた口が止まった。
「心配ないさ。俺などいなくても一人でやっていける」
立ったままの相手の顔を見て男は答えた。
その言葉を聞いて
「いいでしょう。次のターゲットですが・・・」
と相手は話し始めた。
竜崎は、部屋でひとり資料を眺めていた。
そこに浜本がやって来た。
「深村真は、殺される直前まで近くにある店で飲んでいたようですね」
浜本の言葉に、竜崎は視線を浜本へ移し、資料を机の上に置いた。
「ああ、同僚と別れて一人であの路地に入ったところを殺られたようだ」
「殺害現場ですが、普段は店の関係者しか通らないそうです。たまたま殺された可能性が高いように思いますね」
竜崎は、資料に視線を落とした。
「何を見ていたんですか?」
浜本の問いかけに
「佐島太一は5月1日からあの公園に配属されたらしい」
と竜崎は答えた。
「それが何か?」
「いや、もしかしたら前任者を狙ったのかも知れないと思ったんだ」
「前任者は誰だったんですか?」
「アンドロイドだよ」
竜崎はそう答えると、額に手をあててため息をついた。
鬼神は、とある居住区の扉の前に立っていた。
扉に付いたボタンを押してしばらくすると、ボタンの下にあるスピーカーから声が聞こえた。
「どなたですか?」
若い女性の声だ。
「警察の者です。少しお話を伺いたいのですが」
スピーカーから返事はなく、鬼神は扉の前でただ待つしかなかった。しばらくして扉がゆっくりと開いた。
扉の向こうから顔を出したのは、まだ十代前半くらいと思われる女の子だった。長い黒髪が艷やかに光り輝き、真っ白な肌を際立たせている。緑青色の瞳が真っ直ぐに鬼神の目を見ていた。その愛らしい顔は、しかし何となく強張った表情をしている。
「どんなご用件ですか?」
明らかに鬼神のことを警戒していた。鬼神は、警察バッジを見せながら
「紫龍匠さんはご在宅かな?」
と少女に問いかけた。
「父は今、外出中です。しばらく家を留守にすると言っていました」
「そうですか。いつ頃から?」
「一週間ほど前になります。いつ帰るかはわかりません」
「そうですか・・・えっと、お母さんは別の家に?」
「母はだいぶ前に亡くなりました。今は、父親と2人で暮らしています」
「これは失礼しました」
「いえ・・・あの、あなた、ハンターなんですよね」
「・・・そうです」
鬼神がハンターであると気付いたようだ。鬼神は素直に認めた。
「父がなにか事件を起こしたのですか?」
「いや、事件のことで少し伺いたいことがあっただけです。なので、私ではなく警察のほうでもよかったんですけどね」
ハンターは、インフェクターやスリーパーを処理するのが主な仕事だということをこの少女は知っているらしい。鬼神は、相手が警戒しないように次の言葉を思案していた。しかし
「別に隠さなくてもいいんです。あんなやつ、どうなったって構わない。もし、ここに戻ってきたら、すぐに連絡します」
という言葉を聞いて、鬼神は少し面食らってしまった。
「それでは、戻られたらこの番号に連絡をして下さい。実は、ある事件に関してスリーパー全員を対象に調査をしていまして。紫龍さんには、いくつか質問をしたかっただけです」
そう言って、鬼神は番号を書き留めたメモをそっと差し出した。
「えっと、お名前は?」
メモを受け取りながら、少女は尋ねた。
「失礼しました。鬼神といいます」
「わかりました。戻ったら連絡するようにします」
そう言うと、少女は扉をバタンと閉めてしまった。
「まずは、監視カメラの解析結果を教えてくれ」
竜崎がマリ-に命じた。
「殺害現場は細い路地で、監視カメラはありません。付近の監視カメラから、殺害時刻に現場にいた可能性のある人物が11名いましたが、いずれもスリーパーではありません」
「もし、スリーパーが犯人だとすれば、今回も監視カメラには映っていないということだな」
「その通りです」
「いったい、どうやって現場にたどり着いたんだ?」
「光学迷彩でも使ったんですかね? 昔の軍の装備でも持っているとか?」
浜本の意見を
「そんなものがこの穴蔵の中に残っているわけないだろう」
と竜崎は一蹴した。
「しかし、その技術はあったわけだから、誰かが作り出したということもありえますよ」
「光学迷彩服に必要な材料は地上にしかありません。地下施設の中で作り出すことは不可能です」
マリーがダメ出しした。
「スリーパー全員の洗い出しは進んでいるのか?」
竜崎がマリーに尋ねた。
「現在、ハンターが調査を進めているところです」
「おそらく、簡単には絞り込めないでしょうね」
浜本の言葉に
「くそっ、スリーパーにはGPSを埋め込んでおくべきなんだ」
と竜崎は大声で叫んだ。
「どこぞの人権保護団体が聞いたら非難殺到でしょうね」
浜本が笑みを浮かべて応える。
「そのせいで隔離もできない。だから未だにインフェクターが現れるんだよ」
竜崎が両腕を広げて力説するが
「基本的人権の尊重は決して無視することのできない原理です。その発言には問題があります」
とマリーに真顔で注意された。
「ネズミみたいに穴の中に閉じ込められて、俺達の人権はどうなるんだ?」
竜崎は、不服そうな顔でつぶやいた。
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