第6章 『男性恐怖症気味の一宮茜の証言』 全25話。その18。

        十八 男性恐怖症気味の一宮茜の証言。



「次は一宮茜さんの部屋か。よし、行くぞ!」


「ここが一宮茜さんの部屋ですか……?」


 そんな勘太郎のかけ声に羊野は一宮茜がいる部屋のドアの前で何か考え事をしている用だったが、直ぐにいつもの笑顔に戻ると「ええ、行きましょう」と言いながら返事を返す。


 時刻は午後の十四時丁度。杉田真琴の取り調べを終えた勘太郎と羊野は、三〇六号室にいる大江大学一年生の一宮茜の元を訪れる。


 部屋のドアをノックし彼女の出迎えで部屋に入ると入り口前の床には大きめの薄い足拭きマットが敷かれており、テーブルの上には本人が持参したと思われる参考書らしき本が数冊綺麗に積み上げられていた。

 法律関係の本が主な事を見ると、どうやら彼女は弁護士か政治秘書的の用な仕事を目指しているのだろうと自然に思う。

 彼女の見た目や内面から漂う雰囲気からして、それが一番しっくりくると誰もがそう思うからだ。

 そんな威厳漂う一宮茜のいる部屋の真下でΟBの畑上孝介が何者かに矢で腹部を射貫かれて死亡すると言う事件があった事もあり、何も知らずに寝ていた一宮茜としても余り気分のいい物ではないはずだ。

 何せ死亡した畑上孝介の部屋の真上にいるという事は、この部屋から畑上孝介の部屋に侵入した犯人だと疑われる可能性も充分にあり得るからだ。

 現に勘太郎と羊野はその可能性も視野に入れて行動をしている。


 仮に一宮茜が犯人だったとして(昨夜に)あの雨の中をロープ一本で窓から下に降りる事が果たして出来る物なのだろうか。いや先ずは出来ないだろう。何故なら畑上の部屋の下の窓はしっかりと施錠されていたので中に入る事は先ず不可能だからだ。


 実際(鍵が掛かっておらず)開けられる窓は上の格子の小さな窓だけで、三十センチ程なら開けられる用にストッパーがついた仕組みになっている。だがあの狭い窓の上の格子から潜入するのは余りにも現実的ではないので、格子窓からの侵入は考えにくいと言うのが勘太郎と羊野が出した結論だ。

 そんな勘太郎と羊野の考えなど知るよしも無い一宮茜は二人に椅子を勧めると、まるで男である勘太郎からは出来るだけ距離を取るかのように離れ。そのまま目の前にあるベットの上へと腰をかける。


「探偵さん達は昨夜の私のアリバイを調べに来たんですよね。ならお話しますわ。私も皆さんと同じように二十一時から~二十二時四十五分まで食堂で夕食を食べていますし。その後に行われた朗読会の打合せには部屋には戻らずにそのまま出席をして食堂に残りましたから解散した深夜の一時までのアリバイはちゃんとありますよ。そしてその後、部屋に戻った私は直ぐに布団に入って寝てしまいましたから、朝の七時まで部屋からは一歩も出てはいません。勿論部屋には一人でいたのでアリバイを証明出来る人はいませんけどね。でもみんな似たような物じゃないかしら」


 一宮茜は顔色一つ変える事無くポーカーフェイスを決めながら淡々と応える。


「何か物音や変わった事はありませんでしたか。どんな些細な事でもかまいませんから教えてください」


「そう言われてもねぇ、ぐっすりと寝ていたから分からないわ。ごめんなさいね」


 下がる長方形型の眼鏡を人差し指で軽く上えとあげながら一宮茜は勘太郎の質問を軽くあしらう。


「では死んだ畑上孝介さんについてですが、彼が誰かに恨みを買っていると言う話を聞いたことはありますか」


「恨みを買っているかどうかは分かりませんが、畑上先輩に関しては余りいい評判は聞きませんわね。あの堀下先輩とつるんで、またよからぬ事をいろいろとやっていたみたいですから」


「ほう、例えばどんな事ですか」


「人の噂話だと、後輩に無理難題を言ったり。厳しい言葉で相手を罵倒したり、自慢話をしたり。後は女子学生達にセクハラめいたちょっかいを出したりと、一時期大学側でもかなり問題になりましたからね。既に大学を卒業したはずのOBの部外者が勝手に大学に来て後輩達に悪さをしているとね。まあ、話では昔からいろいろと問題のある人だったらしいですからね。私は今年ミステリー同好会に入った一年生なので正直、畑上孝介さんとは余り面識はありませんが、その悪い噂からして彼に激しい恨みを持っている人がいたとしてもそんなに不思議ではないと思いますよ」


「なるほど、では堀下たけしさんの方はどうですか」


 その勘太郎の言葉に一宮茜は無表情だった顔を行き成り険しく歪める。その表情を見ただけでΟBの堀下たけしをどれだけ嫌っているのかが直ぐに分かってしまう。それだけ堀下たけしを一宮茜は嫌悪しているのだ。そんな感情を露わにしながら一宮茜は淡々と語り出す。


「堀下先輩のあのしつこさと女癖の悪さは犯罪物ですよ。ねちっこいし陰湿だし、もうストーカーと化していましたからね。現在付きまとわれている東山先輩が可哀想です。もっと座間先輩がしっかりしていたらいいのですが」


「つまりは、堀下たけしさんもいろんな人達から恨みを買っていると、そう言いたい訳ですね」


「まあ、そういう事になりますね。実際あの人の事でいい話は全くと言っていいほど聞きませんからね。噂では、過去に堀下先輩に付きまとわれて自殺をしたり、強いストレスで精神に異常を来たしたりした女性も何人かいたらしいですよ」


「確かに今までの言動を見る限りでは女癖はかなり悪いみたいですね。それに後輩に対する態度もかなり横暴で雑なようです。だからこそ誰に質問をしても彼に対する印象はそんなに良くは無かった」


「それだけ日頃の行いが悪いからです」


 そう吐き捨てると一宮茜は何処か遠い目をしながら窓の方に視線を向ける。その窓の外側ではまだ午後の十四時三十分だというのに空はどんよりと暗く染まり、動物の鳴き声一つしない外界の山々には今も小雨の雨が降り続いていた。

 そんな中で羊野がいつものように態とらしく笑顔を向けながら、一宮茜に話かける。


「所で一宮さん。畑上孝介さんの死の原因はもう知っていますか」


「ええ、私も遠目で畑上先輩の死体を見ましたから。確か腹部に矢が刺さっていたんですよね」


「はい、スマートフォンを片手に持ちながらくの字になって死んでいましたわ」


「矢による殺害ですか。でもその犯人が一体どうやって部屋の中に潜入したのかが分からないとか」


「部屋の窓の鍵は施錠されていて外からは開けることは出来ず、部屋の入り口のドアの鍵も外からのカードキーで見事に施錠されていましたから当然開けることは出来ません。しかもその部屋のカードキーの鍵は既に死亡している畑上孝介さんの財布の中から見つかっていますので、これは完全な密室殺人と言う事になります」


「完全な密室殺人ですか。それはミステリー同好会の部員の一人としては、不謹慎ながらも心揺さぶられる物がありますね」


「ええ、全く同感の意見ですわ」


「フフフフ……」


「ホホホホ……」


 そう言うと羊野と一宮はお互いに見つめ合いながら不適に笑い合う。


「後聞きたいことは、昨日の午後の十八時三十分くらいに管理人の山野辺さんが部屋の窓の開けっ放しに注意するようにとあなたがいる部屋に電話を掛けた見たいですが、それは本当ですか」


「え、ええ、確かにその時間に管理人の山野辺さんからそんな電話を貰いましたわ。よく知っていますね」


「ならあなたのアリバイはその山野辺さんの部屋に掛けた電話で証明出来ると言う事になりますね。なぜその事を昨日の玄関前のロビーで話を聞いている時に私に言わなかったのですか? この話を山野辺さんからもし聞いていなかったらあなたのアリバイは今も無いままだったと言うのに」


「ああ、単純に言うのを忘れていただけですよ」


「忘れていただけですか。あなたにあらぬ疑いが掛かっているあの状況で」


「あのボウガンを持つ男の犯人の事で気が動転していたんですよ。でも今あなたに言われて確かにあの時管理人の山野辺さんからこの部屋に確かに電話が掛かって来たことを思い出しましたわ」


「そうですか……思い出しましたか。この部屋に電話が掛かって来た事を……」


 何やら意味ありげに言うと羊野はまるで何かを思い出したかのように直ぐに次の質問へと移る。


「あ、密室……部屋というキーワードで思い出したのですが、部屋の状況証拠を残す為に畑上孝介さんの死体は無理に動かさず出来るだけそのままの状態にしてはいるのですが、警察が本格的にここに来るまでまだ時間が掛かりそうなので、それまで私達が(赤城刑事の頼みで)現場の写真を撮ったり証拠に繋がる物を調べたりといろいろと証拠集めをしています。ですが私達だけでは何か見落としがあるかも知れません。なので、私達が撮ってきた現場の写真を一宮さんも一緒に見てはもらえないでしょうか。畑上さんとは余り関わった事がないようですが、だからこそ物事を客観的に見れるミステリー同好会部員の視点から見たら何か違った発見があるかも知れません。なのでご協力の程をお願いします」


「つまりあなた方が撮って来た畑上孝介先輩のお部屋の二〇六号室の写真を見てくれと言う事ですか。いいですよ、私でよろしければ」


 羊野の思わぬ頼み事に、一宮茜は前髪をかき上げながらさり気なく応える。


「流石に畑上孝介さんの死体がある現場にそのまま貴方を連れて行く訳には行きません。なので、私がいくつか写真を撮って来ていますのでその画像の写真を見て下さい」


 そう言うと羊野は自分のスマートフォンに保存し、撮り溜めてある写真の画像を一宮茜に見せる。


 その撮り溜めた写真数十枚をジーと見つめていた一宮だったが、行き成り目を大きく見開く。それだけ撮りためた数十枚の画像写真に集中しているからだ。

 何か手がかりを見つけてやろうとするかのように丹念に写真の画像を見る一宮の傍で、羊野は怪しく囁く。


「どうですか、何か気付いた事でもありましたか。どんな些細な事でもかまいませんから、何か気になる点でもあったら指摘して見てください」


「んん~やっぱりこれだけでは分からないわね」


 その一宮茜の言葉に釣られて勘太郎は思わず一宮茜の後ろに近づくと、その接近に驚いた一宮茜は行き成り椅子から立ち上がり大袈裟に距離を取る。


 険しい顔で牽制する一宮に勘太郎は「へ?」と言いながら呆気に取られていると、その状況を見ていた羊野が代わりに一宮茜に対する疑問を問いかける。


「一宮さん、やはりあなたは男性恐怖症のようですね。違いますか?」


 その羊野の言葉にはっとした一宮は少し考え込んでいる用だったが、仕方が無いといった感じでゆっくりと話出す。


「そこの女探偵さんの仰る通りです。私は男に触られたり話をしたりするのが極端に嫌いです。何故そうなのかは私自身にもよくは分かりませんが、子供の頃からそうなのでこればかりはどうしようもありません。中学生時代に水泳部の友達に用があってプールサイドを歩いていた時、たまたま男性部員の裸を見てしまって目眩と嘔吐を催した事がありました。なので私は男性が心底嫌いなのかも知れませんね」


「そこまで精神的に男性を嫌っているのですね。そうか、だから最初に俺と顔を合わせた時も、羊野とは握手をしてはいましたが、俺とは握手をしてはくれなかったのですね。もしかして過去に特定の男性と何かあったのですか?」


「不快な思いをさせてしまってごめんなさいね。べつに探偵さん個人に悪気は無いんです。ただただ精神的に男性が苦手で……」


 そう言いながら一宮茜は勘太郎に向けて深々と頭を下げる。


「いや、いいんですよ、それくらい。人間誰しも人には言えない悩みの一つや二つくらいはある物ですからね。お互いにわかりあえたらそれでいいんです。原因も分かってわだかまりが無くなった所で俺の撮り溜めた写真もついでに見ますか。実は俺も畑上孝介さんがいた部屋の画像を俺の携帯電話で写真を何枚か撮っていたんですよ」


 そう言いながら勘太郎は携帯電話が入っていると思われるスーツズボンのポケットの中を懸命に探す素振りを見せる。


「あれ~あれ~、どうしたんだ。俺の携帯電話が何処にも無いぞ。どこかに落としたのかな?」


「またですか、黒鉄さん。あなたは直ぐにご自身の携帯電話をよく落としますから、もっと良く探して見て下さい」


 勘太郎の慌てふためく言動に半ば呆れ顔の羊野は大きく溜息をつく。


「そんなこと言っても無い物は無いんだよ。可笑しいな、一体何処にいったんだよ!」


「いつもテンパったり、ボーとしていたりするからですわ」


 そんな勘太郎と羊野のやり取りを見ていた一宮茜は遠慮がちに聞く。


「無いんですか。携帯電話?」


「え、ええ、どうやらそうみたいです。おかしいな~どこかに置いてきたのかな。一宮さん、もし俺の携帯電話を見つけたら教えて下さい!」


「分かりました。見つけたらその時は必ずお知らせします」


 そう言うと一宮茜は小さく頭を下げる。


「しかし残念だな。結構な数の物的証拠となり得るかも知れない証拠写真を一杯撮り溜めていたのに……実に勿体ない」


「先程私が頼んだ脱衣場の写真ですね。その写真を見せてくれたのなら何か更なる発見があったのかも知れませんけど、無くしたのなら仕方がありませんね。あんなダサい携帯なんかを使っているからですよ」


「またその話を蒸し返すのか。いいだろう俺がどんな携帯電話を使っていても。なあ一宮さん、あんたもそう思うだろう」


「そうですね。柄系携帯も味が合っていいと思いますよ。せっかく苦労して取っていたみたいですからミステリー同好会の部員としては是非とも見てみたかったですね。畑上先輩を殺した犯人を捕まえる為にも……」


 一宮茜のその言葉に、勘太郎と羊野は静かに押し黙る。


「「……。」」


「なるほど、確かに言い過ぎましたわ。黒鉄さん、ごめんなさいね」


「いや、いいよ。分かってくれたのなら、それでいい」


 そう言うと勘太郎と羊野はお互いに溜息をつく。


「それと最後に一つ。一年前にこのミステリー同好会に所属をしていた立花明美さんという人物を知っていますか?」


「いいえ、一年前、私はまだ高校生でしたから当然知りませんよ。その人がどうかしたのですか?」


「いいえ、ご協力ありがとう御座いました」


 最後の締めとばかりに笑顔を絶やさない勘太郎と羊野は、丁寧に頭を下げるとそのまま一宮茜の部屋を後にするのだった。

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