第6章 『陰を落とす杉田真琴の証言』   全25話。その17。

       十七 陰を落とす杉田真琴の証言。



 昼食を兼ねた夏目さゆりの聞き込みが終わり、勘太郎と羊野は事件の真相を探る為また聞き込みに戻る。

 結局未だに姿を見せない赤城文子とはすれ違いとなり、仕方なく勘太郎と羊野は当初の予定の通りに頼まれた聞き込みの仕事を続ける。

 そんな決意を胸に次に訪れた部屋は、三階の女性の階にある三〇四号室。隣に非常階段のドアが近いこの部屋には活発そうな容姿とショートカットが良く似合う、大学二年の杉田真琴が宿泊していた。


 当初羊野はいつものように白い羊のマスクを被りながら杉田真琴の前へと立つが、杉田真琴が余りに怯えにも似た眼差しを羊野に向けるので勘太郎は羊野にその被ってあるマスクを外すようにと命令する。

 この建屋の中なら羊野が弱点とする日の光は当たらないだろうし、それに今は雨が降っているので大丈夫だと判断したからだ。


 そんな事もあり羊野がブツブツといいながら羊のマスクを脱ぐと、その行為を確認した勘太郎は直ぐさま杉田真琴の方へと振り返り改めて声を掛ける。


「すいません杉田さん、二~三お聞きしたい事があるのですがよろしいでしょうか」


「ええ、構いませんよ。私のアリバイを聞きたいんですよね。お昼にそこにいる女探偵さんが言っていましたから」


 その言葉を聞いた羊野が笑顔でペコリと頭を下げる。そんな何気ない光景を見ながら勘太郎はさり気なく彼女の部屋の中を見渡す。


 無駄なく綺麗に使われている部屋の中はシンプルに整頓され、机やベットの上に置かれている何冊かのスポーツや健康に関する雑誌は申し訳なさそうにその場に散らばる。

 そんな部屋の壁に立て掛けられている古風な時計の針は、午後の十三時三十分を指していた。


 杉田真琴は部屋の壁にくくり付けられている柱時計を見ながら意気揚々と自分のアリバイを語り出す。


「私の昨夜からの夕食会後のアリバイが聞きたいのでしょ。ならお話しますよ」


「ではお願いします」


「昨夜の二十二時四十五分から深夜の一時までの間は一体何をしていたかだったかしら。勿論、私はみんなと一緒に今日の日に行われるはずの朗読会の打ち合わせをしていましたよ。その後は自室に戻って夜遅くまでテレビを見ていましたがそのままベットで寝転がっていたらいつの間にか寝てしまいました。ですので朝の七時丁度に起きれた事が奇跡だとも思っています。いつもなら絶対に午後まで寝てしまいますからね。そして当然アリバイはありません。でも他の人達も恐らくは皆そうなんじゃないかしら。夜はお部屋で一人で寝ているのが当たり前ですからね」


「なるほど、深夜の時間に夜遅くまでテレビを見ていたと言う事はそれまでは起きていたと言う事ですよね。その時に何か気づいた事とかはありませんでしたか。どんな些細な事でも構いませんから教えてください」


 その勘太郎の言葉にしばらく考えていた杉田真琴は何かを思い出したかの用にある事を話し出す。


「あの~かなり眠かったし気のせいかも知れないんですけど、昨夜の深夜二時二十分くらいに私の部屋の前を誰かが走り去る音を聞いた用な気がします」


「な、なにいいぃぃぃぃ!」


 初めてでた有力な情報に、勘太郎は思わず前のめりになる。何故なら深夜の二時二十分と言ったら昨夜にあのボウガンを持つ犯人が非常ドアから外へ出たまま何処かに消えた時間帯である。もし杉田真琴の言っている事が本当なら犯人は三階の非常ドアから再び中に入ったと言う事になるからだ。勘太郎は生唾を飲みながら震える声で再度確認を取る。


「そ、それは本当ですか。間違いありませんか!」


「ええ、私の幻聴じゃ無いのならね」


「それと……昨日の午後の十八時三十分は座間隼人さんと二人で玄関前のロビーにいたようですがそれは本当ですか」


「ええ、いたわよ。その事は同じく玄関前のロビーにいた座間先輩やフロントにいた管理人の山野辺さんが知っていると思いますから後で彼らに聞いてみたらいいと思いますよ」


 そう呟きながら杉田真琴は屈託の無い笑顔を向け軽く微笑む。


「そうですか、では質問を変えます。OBの先輩の畑上さんと堀下さんについてですが、二人はあなたから見てどんな先輩でしたか」


 その質問に杉田真琴は一瞬眉を吊り上げるとそのまま目を細め嫌悪にも似た表情をするが、直ぐにいつもの屈託の無いスポーツ少女に戻ると意味ありげに話出す。


「今のこの状況であの二人の悪口を言うと私が犯人に疑われそうですが、私は嘘が嫌いなので正直に言いますね。私は正直言ってあの畑上先輩と堀下先輩が嫌いです!」


「嫌いって何故ですか」


「あのお二人の横暴さは少しは見ていたでしょ。畑上先輩は傲慢で神経質で気難しいし、堀下先輩は人の迷惑を顧みない程に自分勝手で女癖も非常に悪いですから。旗から見ていたらかなり気持ち悪いです。そして今は東山さんがしつこく付きまとわれていますけど、一年前は立花さんと言う私の友達が被害を被っていましたから……本当に許せないです」


「立花さんだって。杉田さんは立花明美さんの事を知っているのですか」


「ええ、彼女とは同期でしたからね。まあ直ぐに大学を辞めちゃったんで短い付き合いでしたけど、中は良かったですよ。その彼女の事を探偵さんが知っていると言う事は、一年前に起きた事件の事も当然知っていると言う事ですよね」


「ええ、そう言う噂話があったと言う事までは知っていますよ。その真相が本当かどうかはまだ分かりませんがね」


 その勘太郎の何気ない言葉に、杉田が苛立ちを露わにしながら噛みつく。


「本当の事に決まっているじゃないですか。あの鬼畜共は、部屋で寝ていた立花さんの布団に忍び込んで彼女に乱暴をしたんですよ。本当に許せませんよ、あの二人は。朝方トイレで一人で泣いている立花さんから直接聞いたから間違いないですよ!」


「そこまで分かっていながら何故彼らを訴えなかったのですか。その時ならまだ彼らを訴える事が出来たかも知れないのに」


「それ本気で言っています? やっぱり男の人には分からないのかしら。もし訴えたら、その忌まわしい記憶を根掘り葉掘り警察に言わなきゃいけないじゃ無いですか。裁判なら尚更です。世間にも知れ渡りますし、そんな度胸……心が深く気づ付けられた立花さんにはありませんよ。当時私も立花さんに勇気をだして訴えようと言ったんですけど、この事を誰にも知られたくはないと強く懇願されたので、私は仕方なく彼女の意思を汲み取って黙っている事にしたんです。私も大人なので普段顔には出しませんが、それ以来あのお二人の先輩のことは本当に軽蔑しています」


 冷たく言い放つ杉田真琴の言葉に勘太郎は内心恐怖を感じる。それだけ彼女の怒りと嫌悪は深く、普段見せていた屈託の無い笑顔とは違い、その態度に大きな差があったからだ。

 勘太郎が杉田真琴の怒りに尻込みしていると、隣にいた羊野がバトンタッチをするかの用に代わりに話出す。


「あなたのお気持ちは痛いほどに……充分に分かりますわ。同じ女性なら耐えられない程の屈辱と恥辱でしょうからね。隣にいるこの探偵さんは、童貞で二次元の女性にしか興味が無い卑屈なオタク野郎ですから、少し言葉が足りず無神経だったかも知れませんね。まあ、可哀想な人種だと思って許して上げて下さい。彼は普通の女性には(変わり者過ぎて)相手にされない悲しい生き物ですから」


 羊野の口から出た笑顔の発言に、勘太郎は「ええぇぇぇ、お、お前、なにどさくさに紛れて俺の悪口をいちゃってんの!」といいながら真っ赤な顔を向ける。


(いや、いや、明らかに今のお前の発言の方が凄く失礼なんだけど。俺今、無茶苦茶に心が傷ついているんだけど。童貞のオタクとか、なに何気に俺の恥を公開してんだよ。杉田さんこっちを見て思いっ切り引いてるじゃないか。流石に恥ずかしいわ! それに俺は二次元の女性だけではなく現実の女性にも普通に興味があるぞ。なので勝手に人を痛い人間と決めつけるな!)


 そう心の中で叫びながら勘太郎は、羊野の杉田真琴に対する事情聴取を怪訝な顔で見守る。


「所で話は変わりますが、杉田さん。昨日の夜の二十時〇五分くらいに男子達がお風呂に入る為に洗濯場のコインランドリーの前を通ったのを覚えていますか。一応私もいたのですが」


「ええ、覚えているわ」


「その時に貴方と東山さんがいたのを見かけたんですけど」


「ええ、確かにその時間はコインランドリーにいたわよ。東山さんも同じく、汚れた衣類の洗濯に来ていましたから間違いないです。その時に貴方と男達が洗濯場の前を通ってお風呂場の方へ歩いて行くのを確かに見ましたよ。軽く会釈もしましたから間違いないです」


「覚えていましたか。では一体何時くらいまでそこで洗濯をしていたのですか」


「洗濯したのは二十時丁度からだから……多分、二十時五十分くらいまではその場にいたと思います。約五十分くらいです。衣類の乾燥に時間が掛かりましたから。なので同じく洗濯に来ていた東山さんと取り留めの無い雑談をしながら暇を潰していたんです。でもその東山さんも二十時四十分には自分の部屋に戻ってしまいましたけどね。そして二十時五十分には私も部屋へと戻る準備をしていましたわ」


「五十分と言うと、畑上さんや堀下さんがお風呂から上がった時間帯ですよね」


「ええ、畑上先輩・堀下先輩・座間先輩・そしてそこにいる男の探偵さんの四人が廊下を通って部屋に戻るのを確認してから私も戻りましたけどね。あの先輩達と一緒に部屋に戻るのは何となく嫌でしたから」


「なるほど~なるほど。ではその二十時〇五分から~二十時五十分までの間に何か変わったことはありませんでしたか。例えば物音を聞いたり、誰か人が目の前を通り過ぎるのを見かけたとか」


 羊野が出した問いにしばし考えていた杉田だったが、何かを思い出したのか直ぐに声を上げる。


「あ、そう言えば、コインランドリーフロアの隣にあるドリンクコーナーのフロアには、確か一宮さんがいたはずです。何かとスマートフォンを弄って遊んでいましたからまず間違いないです。でもそんな彼女も二十時三十分くらいには自分の部屋へと戻って行きましたよ」


「他に気づいた事は」


「あ、そう言えば、二十時四十分に部屋に戻った東山さんと一先ず別れた時、脱衣場の向かい側にあるトイレから、音も無く静かに出て来る背島先輩を見ましたよ。なんだか異常に辺りを警戒していたみたいでしたけど」


「なるほど、二十時三十分にドリンクコーナーで休憩を終えた一宮茜さんがお部屋へと戻り。続いて二十時四十分には洗濯を終えた東山まゆ子さんがお部屋へと戻った訳ですか。その東山さんを見送った直ぐ後に、今度は男性用のトイレの中から回りを警戒しながら背島涼太さんが出て来て、そのまま男性用の脱衣場の方へと戻って行ったのを見たと言う事ですか。それで間違いありませんね」


「はい、間違いないです」


 迷いの無い自信に満ちた声で話す杉田真琴を見た勘太郎は、ある小さな疑問に気づく。

 先程の背島涼太の証言では、畑上や堀下らがお風呂から上がって来るまで何処にも行くこと無くマッサージ機チェアーで肩をほぐしていたと言っていたが、もしこの話が嘘だったら若干話の流れが違ってくる。

 一体なぜ背島涼太は脱衣所からは一歩も出てはいないと嘘を言ったのだろうか。それともトイレに行っただけなので言う必要が無いと思ったのか。はたまた、ただ単にトイレに行った事を忘れているだけなのか。もう一度本人に問いただして見ない事には真実は分からないだろう。 だがこの話の流れではっきりとしていることは、杉田真琴の目撃証言で背島涼太の脱衣場でのアリバイが崩せるかも知れないと言う事だ。

 そんな勘太郎の勝手な期待を背負いながら、羊野の事情聴取は更に続く。


「それで、その時にトイレから出て来た背島さんは、あなたの存在には気付いていましたか?」


「た、多分気付いてはいなかったと思います。彼の視線は別の方向を向いていましたし、何かを考え込んでいる用でしたからそのままトイレから出て来たと思ったら直ぐに脱衣場の中へと消えてしまいましたよ。なので私も特に声をかけてはいません」


「そうですか、あなたの存在に気付いてはいませんでしたか。それは好都合ですわね。フフフっ」


 そう言いながら羊野は意味ありげに小さくほくそ笑む。


「最後にもう一つ、昨夜に行われた夕食会の事で、お聞きしてもよろしいでしょうか」


「ええ、いいですよ。何でしょうか?」


 何だろうと神妙になる杉田真琴に、羊野がとんでもない事を言い出す。その言葉に近くにいた勘太郎も思わず仰天する。


『杉田さん。夕食会の半ば辺りで、何故、畑上孝介さんのスマートフォンをすり替えたのですか』


「なに~ぃぃぃ、杉田真琴が畑上孝介のスマホ携帯をすり替えた張本人だと!」


「行き成り何を言い出すの、あなたは。私じゃ、私じゃ無い! 何故私がそんな事をしなきゃ行けないのよ。証拠をだしなさいよ、証拠を!」


「そうだぞ、羊野。根拠は、根拠はなんだ。一体何故杉田真琴が畑上孝介のスマホ携帯をすり替えた張本人だと思うんだ?」


 思いも寄らない羊野の発言に、勘太郎と杉田はその根拠を求める。


「黒鉄さん、あの時の事をよく思い出してみて下さい。あの畑上孝介さんの死体が握っていたスマートフォンは同じくブルーカラーの機種ではありますが畑上孝介のスマホ携帯ではありませんでした。つまり電話会社と契約していない通話が使えない携帯電話です。ですが私達がビンゴ大会の蟹詰め合わせセットではしゃいでいた時には畑上孝介さんのスマートフォンはまだ本物だったのですよ。それは何故だと思いますか」


「それは……ああ、そうか!」


「ええ、そう言う事ですわ。あの時蟹の話で黒鉄さんと話していた時に、確かに畑上さんのスマートフォンの着信が鳴ったのを私は耳にしていますわ。まああれはバイブレーション機能を使っていましたから、正確にはバイブ音が震えたのを聞いたのですが」


「ああ、俺も聞いたな。一~二回程震えていたな。テーブルに振動が伝わっていたからな。だけど直ぐに畑上さんが携帯電話を手にしていたから、俺達以外には誰もその事に気付いてはいなかったがな」


「つまりあのビンゴ大会の雰囲気に飲まれずに冷静でいた私達だけが、畑上孝介さんが持つスマートフォンの着信のバイブ音に気づいていたと言う事ですわ」


「まあ、そう言う事だな……ってお前、確かあの時蟹の詰め合わせセットを貰って一番はしゃいでなかったか」


「さあ、一体なんのことですかね」


 勘太郎の指摘に痛いところを突かれた羊野は直ぐにすっとぼける。どうやら昨夜あれだけ蟹の詰め合わせセットではしゃいでいた事実を無かったことにしたいかの用だ。


(夕食会の途中で畑上孝介のスマートフォンに(バイブ音で)着信があった事は羊野に言われるまで勘太郎も気付かなかった事なので、今は羊野の言葉に頷くしか無い。しかし、あの誰もが気にも止めない騒がしい状態で俺以外にあのバイブ音に気付くとは、毎度の事ながら羊野の洞察力と記憶力には頭の下がる思いだ。)


 そんな事を思っていると、羊野が勘太郎に向けて意味ありげにニッと笑みを見せながら語り出す。


「みんなのテンションが最高潮に上がっている中で何故か黒鉄さんだけが冷静でしたからね。だからこそ冷静な洞察力で見抜く事が出来たのでしょうね。さすがは黒鉄さんですわ」


(いや、ただ単に『ビンゴ大会の賞品が不満で、テンションダダ下がりだったから気づく事が出来たんです』とは流石に言えない雰囲気だな。て言うか羊野の奴知ってて技と言っているな。本当に性格の悪い探偵助手だぜ。)


 勘太郎はぎこちなく笑顔を返しながら冷静さを装う。目の前にいる杉田真琴に無能で痛い探偵とは思われたくなかったからだ。

 そんな勘太郎と羊野とのやり取りを険しい顔で聞いていた杉田真琴は凄い剣幕で二人に言い寄る。


「そ、それが何だと言うのよ。仮にあなた達の言う用に夕食会半ばまでは畑上先輩のスマホが本人の……本物の携帯電話だったのだとしても、他のみんなだって畑上先輩の傍を通ったり近づいたりはしていたから、誰でも畑上孝介先輩のスマートフォンをすり替えれる状態にはいたはずよ。なのに何故私だけが犯人扱いされないといけないのよ、おかしいじゃない。確かにあの時私は畑上先輩の隣でお酌をしていたけど、東山さんだって私と変わらないくらいにお酌はしていたわ。だから納得のいく説明をして頂戴!」


「杉田真琴さん、間違いなく畑上孝介さんのスマートフォンをすり替えたのはあなたです。あなたしかいないのですよ」


「だから一体何故そう思うのよ!」


「バイブ音が鳴ってから夕食会がお開きになるまで、誰も畑上孝介さんには近づいてはいないからですわ」


「そんな事は無いわよ。何人かは絶対に近づいていたじゃ無い!」


「じゃ説明がてら一人ずつ昨日そこにいた人物を除外して行きますね。所謂消去法という奴です。先ず夏目さんと赤城さんはウイスキーを飲みながら二人で仲良く会話をしていましたから除外しますね。続いて背島さんはあなたとローストビーフの早食い競争に負けてテーブルで伸びていたのを私が確認済みですわ。その隣のテーブルにいた座間さんはただ真っ直ぐに東山さんを見つめながらビールをチビチビと飲んでいましたし。そしてその座間隼人に見られ、さらには堀下たけしさんにしつこく絡まれているあの東山まゆ子さんに、畑上孝介さんのスマートフォンをすり替える事は先ず出来いないと思いますのでこちらも当然除外します。そして畑上さんの右側隣にいた一宮茜さんは私の隣でお話をしていましたから携帯をすり替える隙は当然なかったでしょうし、その反対側の左隣にいた堀下さんは、途中から酒に酔ったせいかず~と眠そうに東山さんにだけちょっかいを出して絡んでいましたから畑上孝介さんの方は見てはいなかったと思いますよ。そしてその後、夕食会のお開きが近づいた時に畑上孝介さんのスマートフォンが紛失したのですよね。その間にも畑上孝介さんの隣で直にお酌をしていたのは、杉田真琴さん……あなた一人だけなんですよ。みんなが食堂で入り乱れているから皆が容疑者になり得ると……バレないと思っていたみたいですが、畑上孝介さんはそんなにお友達の多い人では無いみたいですからね。最初の方では皆が社交辞令とばかりに挨拶程度に絡んではいたみたいですが、後半からは結構みんな自分勝手に動いていたみたいなので畑上さんに対しては必要以上に近づいてはいなかった見たいですわね。まあ逆に畑上さんに近づいて行った人間が限定されていたからこそ犯人を区分けできたのですけどね。あなたの最大の失敗は、ミステリー同好会の部員達を隠れ蓑にして畑上孝介さんに近づこうとした事ですわ。その隠れ蓑は最初から区分けされていたので最初から使えなかったと言う事です。ただでさえ疑惑突きの傲慢で気難しいと分かっているあの畑上孝介さんに誰が好き好んで近づきたがるものですか。しかもあの酒で冷水仕切っているあの状態で。その事を一番良く知っているのは他ならぬあなただったはずです。どうやらあなたは皆さんの言動と心理を読み間違えてしまった用ですわね」


 羊野のその分析めいた言葉に、話を黙って聞いていた杉田真琴が思わず絶句する。


「あなた、あの騒がしい状況で、みんなの一人一人の行動を見て覚えていたとでも言うの。何という洞察力と記憶力なの……」


 羊野の推理に動揺を隠せないでいる杉田は、大量の汗を掻きながら体を震わせる。そんな彼女の動揺と憎悪を感じながらも勘太郎は思う。


 自業自得ではあるが、いろんな人に嫌悪され嫌われている畑上孝介は本当は可哀想な人間だったのだと、勘太郎はそう思わずにはいられない。


 確かに犯罪を起こしてしまった事は許されないし恥ずべき事だが、もし堀下たけしの口車に乗らずに別の友達を作っていたなら、少しは違った人生を送っていたのかも知れない。

 そう考えると冷たい死体となった畑上孝介に対し少しばかりの同情をするのも仕方の無いことである。

 何せ羊野の歯に物を衣着せぬ説明で、本当の友達が一人もいない事が暴露されてしまったからだ。

 そんな同情と哀愁に勘太郎が浸っていると、余りの緊張に逆ギレした杉田真琴が最後の抵抗とばかりに声を荒げて叫ぶ。


「でもそれはあくまでもあなたの仮説でしょ。証拠にはならないわね。絶対的な物的証拠を見せてみなさいよ!」


 何かに焦りながら言う杉田真琴に、羊野は優しく追い立てるかの用に彼女に近づく。


「確かに今の現状で畑上孝介さんの本当のスマートフォンが無い以上、私の推理はただの仮説に過ぎません。でもいいのですか、杉田さん、あなたはそれで」


 そう言いながら羊野は杉田の肩に軽く手でさすりながらその白い顔を不気味に近づける。その姿は何とも威圧的で、あの強気だった杉田真琴も心なしか怯えている用だ。


「杉田さん、私は何もあなたを畑上孝介さんを殺した犯人だとは思ってはいませんよ。あなたはただ単に利用されただけですよね。あのボウガンを持つ犯人に。あなたの主な役目は畑上孝介さんのスマートフォンを偽物へとすり替える事だったはずです。そうではありませんか。まあ、いずれにせよその犯人を捕まえれば芋ずる式に全てが分かるのですから、知っている事は今のうちに話した方がいいと私は思いますけどね。今ならまだ軽い罪で済みますから。まあ時間はまだありますからじっくりと考えてみて下さい。例えどんなに深い事情が絡んでいたとしても、犯人に協力をするのは紛れもなく犯罪ですよ、杉田真琴さん……」


「もういい羊野、もうよせ。強引すぎるぞ!」


 勘太郎は慌てながら羊野を杉田真琴から強引に引き剥がす。


「なぜ止めるのですか、黒鉄さん。ここからがいい所なのに!」


 赤い瞳をギラギラとさせながら不気味に語りかける羊野の言葉に杉田真琴は「知らない。私は何も知らない!」と囈言の用に繰り返しながら、まるで良心と罪の狭間で苦しんでいる用に勘太郎には見えた。


 そんな杉田と勘太郎に目を向けながら、羊野は落ち着き払った声で質問をする。


「黒鉄さん、もし彼女が誰かに畑上孝介さんの持つスマホ携帯をすり替える用にと命令されていたのだとしたら、その指令は一体どこから来ていたと思いますか?」


「何だよ突然。やはり相手に顔を見られたくないだろうから、やはり手紙か電話とかじゃ無いのか」


「でも手紙じゃ相手から返事を貰うまでに時間が掛かりますし、なにかの拍子に犯人の正体がばれてしまうかも知れませんので手紙はないと思いますよ。それに電話じゃ声で相手に正体がバレてしまう恐れがありますから、電話も違うと思います」


「じゃ普通にスマホのライン機能かメール機能とかで指示を送っていたんじゃないのか。だけどそれじゃいくら何でも通信手段としては余りに在り来たり過ぎかな。直ぐに足も付きやすいしな」


「確かに、今回のように殺人事件になってしまったら直ぐにメールアドレスから身元が特定されてしまいますので、犯人側の心境に立つのならスマートフォンでの情報のやり取りは余りお勧めは出来ませんわね」


 勘太郎達のその会話にハッと顔を上げた杉田真琴は(あんたら一体何が言いたいんだ!)と言うような顔をしていたが、羊野は構わず話を続ける。


「ですが私の見立てでは、どうやらボウガンを持つこの犯人は案外ずぶの素人さんなのかも知れませんね。そのような気がしますわ。結構いろいろと証拠となる品を残しているみたいですから。そして犯人が残したそのミスは、当然そのメールを貰った人にも伝染する物ですわ」


 そう言うと羊野はどこからともなく手に持ったスマホ携帯を掲げるとその中身を手慣れた手つきで調べ始める。


「あ、それ、私のスマートフォン。いつの間に盗んだのよ!」


 そう叫びながら羊野に詰め寄る杉田真琴だったが、羊野はそのスマートフォンから昨日のメールの履歴を見つけると近づく杉田真琴の目の前に突き付ける。


「やはり履歴を消してはいませんでしたわね。自分が疑われていない限りスマートフォンの中身は調べられないと思って高を括っていたようですね。犯人とのやり取りがあったのなら直ぐにメールは消去をしないと駄目じゃ無いですか。杉田真琴さん!」


まるで鬼の首でも取ったかの用に得意げに言う羊野は淡々と語りながらニンマリと笑う。

 そのメールのやり取りが書かれた内容には、畑上孝介の携帯電話を夕食会ですり替える具体的な指示から始まり、その後その盗んだブルーカラーのスマートフォンを一階の男性用大浴場・脱衣所のゴミ箱の中に捨てておく用にとの指示が事細かく書かれていた。


「杉田さん、やはりあなたが畑上さんのスマートフォンをすり替えた張本人だったのですね。何故そうしたのかを詳しく聞かせてはくれませんでしょうか」


 羊野の読みが的中し証拠を暴露された杉田は、唖然とした顔を羊野に向ける。

 その掟破りの手癖の悪さでメールの中身を見られた杉田は、言い逃れの出来無い決定的な証拠を突きつけられた事で、ただジッと下を向きながら酷く項垂れる。


「実は昨日の午後の十五時頃にペンションに着いた私の元に正体不明の人物からあるメールが届いたのよ。あの畑上孝介と堀下たけしの二人に陵辱された立花明美さんの敵を私が代わりに討ってやるから、あの二人を許せないと言う気持ちがまだ残っているのなら、杉田真琴さんあなたも私の計画に協力しろとね。最初は誰かの悪質な悪戯かとも思っていたんだけど本当にボウガンを持つ犯人が現れて夏目先輩達が乗るワゴン車が襲われたと聞いて、あのメールを送って来た人物の殺意と本気度は本物だと私は感じたわ。だからこそこの犯人に協力をする気になったのよ。一年前に泣き寝入りをして大学を辞めた立花さんの復讐の為にね。いいえ……これは私の復讐でもあるのですから」


「杉田真琴さん……」


「それに昨夜の二十時五十五分にコインランドリーから部屋に戻ってきた私の部屋のドアノブに小さなビニール袋が掛けられてあって、その中には新聞紙にくるまれた畑上先輩が持っているスマホと全く同じ機種のブルーカラーのスマートフォンが入っていたわ。そして既に着信のあった私の携帯電話のメールには、(夕食会の終わりまでにその偽物のスマートフォンと畑上孝介が持つ彼のスマートフォンとを速やかに取り替えろ)という計画の内容が犯人から届いていたわ。そして後はご推察の通りよ。堀下先輩と畑上先輩を陥れる為に、まずは手始めに畑上先輩の持つ自身のスマートフォンと犯人が用意した偽のスマートフォンとをすり替えて見せたのよ。お酒をグラスについでいる時も畑上先輩と堀下先輩は何だかひどく眠たそうにしていたから絶対に行けると思ったのよ。でもまさかそのボウガンを持つ犯人が本当に畑上孝介先輩を殺してしまうとは思わなかったから、間接的に協力をしてしまったのが怖くなって、このまま隠しきろうと思ってしまったのよ。最初の計画ではただ単に手持ちの携帯電話をすり替えて畑上先輩を困らせたり。ボウガンを持つ犯人の存在を分からせる事で二人を異常なまでにビビらせて今回のターゲットでもある東山まゆ子さんをあの二人の魔の手から守ってやろうという話だったのに、機械仕掛けの矢で堀下先輩を殺そうとしたり……部屋で畑上先輩を殺したりして……全然話が違うじゃ無い!」


「それで、畑上孝介さんの本物のスマートフォンは一体何処に隠したのですか」


「夕食会が終わって少し休憩をしていた二十二時五十五分に一度トイレに行くと言って食堂を抜け出して、一階にある男性用の大浴場へと向かったわ。そしてその男性用の脱衣所のゴミ箱の中へ、そのすり替えたばかりの本物のスマートフォンを捨てて直ぐに食堂の方へと戻ったのよ。畑上孝介先輩から回収したスマートフォンはその脱衣所のゴミ箱に入れてそのボウガンを持つ犯人に渡す算段だったからね」


「そうか、だから昨日の深夜二時くらいにボウガンを持つ男は脱衣場の中から現れたんだな。その目的は二十二時五十五分に男性用の脱衣所のゴミ箱の中に杉田真琴さんが隠したとされる、畑上孝介のスマートフォンを回収する為に」


 その勘太郎の言葉に緊張の糸が切れたのか突如杉田真琴の目からは大粒の涙が零れ落ちる。

 間接的ではあるが犯罪に協力した代償のでかさに、杉田真琴は今更ながらに後悔をしている用だった。

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