第6章 『不可能な密室トリックの謎』   全25話。その11。

        十一 不可能な密室トリックの謎。



 あれからみんなを引き連れて一階の食堂に戻った赤城文子刑事はみんなを集め、深夜二時に起きたボウガンを持つ犯人がこのペンション内にいた事を細かく説明する。

 その間に勘太郎と羊野だけになった部屋の中では、死体となった畑上孝介の死因の証拠やその部屋の状態を写真に収めながら、携帯電話のカメラ機能でパシャパシャと音を鳴らしながら写真を撮っていく。


「よし、これで大体の写真は撮れたぞ」


「黒鉄さん、そのかなり古い柄系の写真機能で写真を撮っても画質は悪いので余り使えないと思いますよ。それよりは私の持つ最新のスマホ携帯で取った方がより鮮明に取ることが出来ますから私に任せて下さい」


「羊野、お前、この俺の愛用の柄系の携帯電話を馬鹿にしているな。こいつは俺と長年仕事をして来た、いわば戦友の用な代物なんだぞ。その戦友の機能を馬鹿にしてはいけないぜ」


「はあ、どうでもいいですけど、その無駄な時間がもったいないですわ。時代遅れの古いガラクタなんか持ち出して、はっきり言って黒鉄さんがやっている事は二度手間ですわ」


「な、なんだとう。世界各国と日本全国の折りたたみ型の柄系を今も愛用し、そして使っている不屈なる人達に深々と頭を垂れて謝れ!」


 そんな小さないざこざを羊野と繰り広げながら柄系携帯で写真を撮り終えた勘太郎は、畑上孝介の骸の上に白いシーツを静かにかぶせる。

 そんな死体の傍から見える入り口のドアのその横には、畑上孝介が持ってくる用に山野辺に言いつけていた箒とちりとりが今は悲しく靴棚の前に立てかけられていた。


「う~ん、特に変わった様子は無いな。矢を発射したボウガンも見つからないし、これは本当に姿無き密室殺人だな」


 そう弱音を吐いた勘太郎に羊野は部屋のカーテンを開け、窓ガラスの上にある小さな長方形の格子に手をかけながら問いかける。


「果たして本当にそうでしょうか。確かに部屋のドアや下の大きな窓ガラスの方は鍵が閉まっていて開きませんが、上の格子の窓ガラスの鍵の方は少しだけなら開く仕組みになっている見たいですよ」


 そう言うと羊野は勢いよく上の格子の窓ガラスを開ける。だがその格子の小さな窓は中途半端に途中で止まり、三十センチくらいしか開かなかった。


「どうやら窓枠の木工で出来た木のサッシには窓ガラスの開閉を途中で止めるストッパーが付いているみたいですね。これでは三十センチくらいしか窓は開きませんわね」


 その瞬間、外の曇り空と長雨からの梅雨の湿気が部屋の中にどっと入る。


「やめろ、羊野、何をしているんだ。いいから早く格子の窓を閉めろ。上から直接吹き付ける風で部屋の中が雨で濡れちゃうだろうが!」


 そう怒りながら勘太郎は、羊野が開けた格子の窓を再び閉める。


「それで、お前の推論では、この犯人は外にいるとされる第三者では無く、このペンション内にいる誰かが犯人だという仮説だったな」


「はい、その考えは今も変わりません」


「だったら先ずはミステリー同好会の部員達からアリバイを聞くしか無い用だな。場所を変えて一人一人に話を聞くんだ。何かそこから新たに分かることがあるかも知れないからな」


「分かりました。では一度赤城文子刑事の元へ戻って事情聴取の準備をして来ますね」


 そう言いながら部屋を出ようとした羊野の前に、ドアを開けて入って来た赤城文子刑事が姿を現す。


「その必要はないわ。もうみんなには一度自分の部屋に戻って貰って、呼び出しがあるまで待機をして貰っているから。この後、一人一人の部屋を訪れても多分大丈夫なはずよ」


「俺達がこの畑上孝介の部屋で色々と調べている間に赤城先輩はスムーズに聞き込みや取り調べができるようにと密かに段取りを組んでくれていたのか。流石は赤城先輩だ。話が早いですね」


 部屋に入って来た赤城文子刑事をおだてながら、勘太郎はすかさず言葉を返す。態とらしく無駄に褒め称える事によって刑事にしか出来ない仕事を代わりに赤城文子刑事にやって貰おうと考えているからだ。


 腐れ縁の先輩でもある赤城文子刑事の性格を知り尽くしている勘太郎は、主人公にあるまじき姑息な手口を使い、この事件を出来るだけ苦労なく解決出来る用にと打算をする。

 その打算で得られるかも知れない報酬とは、例えば他の刑事や鑑識から後に出た情報を流して貰ったり、その後のいろんな面倒臭い後始末とかを代わりにやって貰ったりといろいろだ。

 何せ円卓の星座が絡んでいない殺人事件には基本的に(ただの民間の探偵でもある)勘太郎は絡む事が出来ないので、そういった一般的な事件には赤城刑事の力を借りる以外に道はないのだ。


「では今回の事件のおさらいをするわね。被害者は大江大学のOB畑上孝介・二十五歳。このミステリー同好会恒例の合宿をする際にこのペンションをただで提供してくれているこの宿のオーナーの息子です。死亡推定時刻は昨夜の二十三時から~深夜の一時までの間。死因は腹部に受けた矢による出血性ショック死である可能性がもっとも高いとの事ね。羊野さんの話ではもしかしたら矢先に毒物が塗られているかも知れないらしいけど、今はそれを調べられる状況じゃないから、後に鑑識がこの場所に到着したら調べて貰う予定よ。状況証拠も確保したいらしいから、それまでこの場所を保管してほしいと言う話だけど……でもそんな悠長な事は言ってられないので、私達は今私達に出来ることをしましょう。ドアには電子ロックの鍵が掛かっていて完全な密室だったみたいだけど。今の羊野さんの話しぶりだと、その上の格子の窓の鍵の方は少しだけ開いていたみたいね。でもここは二階だから外からこの部屋へ侵入する事は先ず不可能だわ。何故ならこの窓ガラスの下には足をかける足場は全くなく上れないからよ。つまりベランダが無いのよ。それに、この上の三階の並びの部屋には一宮茜さんの部屋があるから上からの侵入も先ず無理だし。更にその上は屋上では無く直接屋根になっているので、上にあがる事は出来ないと言う事らしいわ。それに例え格子の窓ガラスを外から開けれたとしても三十センチほどしか開かない用にストッパーで固定されていたみたいだから、そこから中に入るのは流石に厳しいと思うわ。しかもそれに加えて畑上孝介自身が自分の部屋のカードキーを持っていたみたいだから、たとえ畑上孝介に部屋を開けさせて殺す事が出来たとしても部屋を出る際には必ずこの部屋のカードキーを使って外へ出ないとどうしてもこの部屋の施錠の説明が付かないわ。何せ私達がここへ来た時には部屋の鍵は確かに掛かっていたのだから」


 そう力説すると赤城文子刑事は静かに息を整える。


「それで、スペアーキーの方はどうでしたか。そのスペアーキーの鍵を人知れず使われていたら密室のアリバイは崩せるのですが」


「確かに羊野さんの言う用に人知れずスペアーキーが使われていたら畑上孝介さんの殺害は可能でしょうけど、それは先ず無いわね」


「どうしてですか」


「管理人の山野辺さんに聞いたんだけど、あのスペアーキーはいつもは一階フロントの管理室の中に保管してあるみたいなのよ。しかもその部屋も電子ロック式のカードキーでしか空かないから開けることは先ず無理との話よ。その管理室の鍵は堪えず山野辺さんが肌身離さず持ち歩いていたみたいだから、まず犯人がそのスペアーキーを手に入れる事はできないでしょうね」


「そうですか、ならスペアーキーを人知れず盗んでの侵入は出来ませんわね」


 そう言うと羊野は考え深げに左手の親指と人差し指をその細い顎に乗せながら考え込む。その数秒後何かを思い出したのか羊野は畑上孝介の死体の前に立つと、畑上が手に持っていた携帯電話を取り上げて青いタッチパネル型の携帯電話の中身を確認する。


「赤城文子刑事、畑上孝介さんの携帯電話の番号は知っていますか。もし赤城文子刑事の着信履歴の中に畑上孝介さんの電話番号があるのなら、彼に電話をして見て下さい」


「ええ、一応ここに来る際に一通りみんなの電話番号は控えていたから知っているわよ。じゃ畑上の携帯に電話をかけるわね」


 そう言うと赤城文子刑事は羊野に言われるがままに畑上孝介の携帯電話に電話を掛ける。だが通話の呼び出しは『ツウ……ツウ……ツウ……』と言う通話が切れた時に出る音だけが流れるばかりで畑上孝介が持つ青のスマートフォンに繋がる事はなかった。


「これは一体どういうこと、何故畑上孝介の携帯電話に繋がらないの?」


「別に携帯電話の電源を切っている訳じゃありませんよ。答えは至って簡単ですわ。この携帯電話は畑上孝介さんの物では無いからですわ」


「畑上孝介のスマートフォンじゃ無いだってぇ。だけどその青いタッチパネル型の携帯電話は紛れもなく昨日畑上孝介が持っていたブルーカラーのスマホ携帯に間違いはないぜ。デザインだってそのまま出しな」


 すかさず勘太郎がそう言うと、羊野は微笑みながらその青いタッチパネル型の携帯電話を掲げて勘太郎と赤城文子刑事に見せる。


「ええ、ですからこの犯人は畑上孝介さんを殺す前に、前もってどこからか購入していた同じ機種で同じデザインのブルーカラーのスマートフォンをわざわざ準備をして本物とすり替えたのだと思いますよ。そしてこの偽のスマートフォンは当然どこの電話会社とも契約をしてはいませんから当然親しい友人はおろか警察にも助けを呼ぶことは出来なかったのですよ」


「そう言えば昨夜の夕食会が終わる少し前に畑上が携帯電話を無くしたと探していたな。だが直ぐに足元に落ちていたとか言って事なきを得ていたのだが、まさかあの時にはもう既に携帯電話がすり替えられていたのか」


「あの時の畑上さんは酔いと眠気が勝っていたせいで倒れ込む寸前でしたから、スマートフォンの中身を確認する事もなかったでしょうし、まさかご自身のスマートフォンが偽物と変えられているとは夢にも思わなかったでしょうね」


「なるほどな。そして畑上孝介が持つ本物のスマートフォンと犯人が持つ偽物のスマートフォンとをすり替えた理由は、矢で刺された畑上が助けを呼ぶために携帯電話を使って電話を掛ける事を阻止する為か」


「ええ、毒が全身に回るくらいの時間稼ぎにはなったと思いますよ。ですがそう考えたのならまた新たな疑問が湧いて来ますわ。仮にこの犯人が直接傍にいて手を下したのならこんな手の込んだ仕掛けは必要ありませんわ。だって矢が刺さった畑上さんの電話の阻止はその犯人が直接行えばいいのですから。それが出来ずあんな偽の携帯を仕込んでまでわざわざ時間を稼いでいたと言う事は、恐らく犯人は畑上さんが矢に刺されてもだえている時にその場にはいなかったと言う事になります」


「犯人がその場にいなかっただって。じゃその犯人は一体どうやって畑上孝介を矢で射殺したんだよ。ボウガンで直接撃たないと畑上孝介の腹部には矢は当たらないだろう。それとも夕食会で堀下たけしを射ろうとした用に畑上孝介も自動タイマー装置付きのボウガンか何かで撃たれたのか?」


「その場に犯人がいなかったのなら、何かしらの仕掛けで射たれたと考えるのが普通でしょうね」


「いや、それは流石に無理があるだろう。犯人の正体が畑上孝介のよく知る人物なら、ドアを開けた畑上を射殺す事も出来るだろうが、犯人と畑上がこの部屋で直接会っていないのなら、畑上が部屋にいない時を見計らってわざわざ畑上を射殺す為の仕掛けをこの部屋の中に仕掛けたと言う事になるぞ。その仕掛けとやらを設置するのだって手間が掛かるし、第一その部屋の鍵を容易に開ける事が出来ないから矛盾が生じているんじゃ無いか。罠を仕掛ける事は直接行って殺すよりも難しい事だぜ。よしんばその部屋に矢が飛び出る仕掛けを仕掛けられたとしても、その装置をその後一体どうやって回収するんだよ。二〇六号室のカードキーは畑上の財布の中にしっかりと納められていたんだぞ。とてもじゃないが犯人は(カードキー無しで)この部屋に鍵はかけられないぜ。それは犯人が直接、畑上を殺しても一緒だがな」


「そうですわね、この密室殺人のトリックの基礎はまさにそこにあるのかも知れませんわね。不可能犯罪になり得る謎が」


 犯人が作り出す更なる展開に期待を込めながら、羊野はこの不可思議な謎を解く為に、この非日常的な危険な状況を大いに楽しむつもりでいる。

 そんな危険な発想で不気味に微笑む羊野と、己の刑事としての正義感と使命感を全う使用とする赤城文子刑事を交互に見ながら勘太郎は、これから行う事情聴取と言う名の取り調べに、どうした物かと己の探偵としての考えを頭の中で巡らせるのだった。

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