第6章 『勘太郎、ペンションに到着する』  全25話。その4。

  四 勘太郎、ペンションに到着する。



 時刻は夜の十九時十分。



「夏目先輩、大丈夫ですか。怪我はありませんか! その話が本当ならまだその犯人はこのペンションの付近に潜伏していると言う事になりますよ。ここは大丈夫なのですか。その異常者が入ってこないように戸締まりだけはちゃんとしておかないと」


 ビックリした様子で駆けつけたのはインテリ風の雰囲気を漂わせる細身の女性だ。


 夏目さゆりから事前にメールで送られて来た情報で事の詳細を知ったその女性は長四角い眼鏡を指でズリ上げると、勘太郎達が遭遇したボウガンを持つ謎の犯人の出現にひどく驚いているようだった。

 そんな彼女の少し大袈裟な反応に一瞬戸惑いを見せた夏目さゆりは自らの気を落ち着かせると、直ぐに笑顔を向けながら安心させる用に話かける。


「まさか一宮さんにそんなに心配して貰えるだなんて正直思わなかったわ。あなたはもっと物事にクールな人だと思っていましたからね。でもまあ本気で心配をしてくれてありがとうね。どうにかみんな無事でしたから」


「私だって心配くらいするに決まっているじゃないですか! もしかしたら死人が出ていたかも知れないと言うのに、こんな時に落ち着いてなんかいられませんよ。でも本当にみんな無事で良かったです」


 夏目さゆりが漏らした些細な言葉を勘太郎は聞き逃さない。どうやらあの堅物そうな彼女の名字は一宮と言うらしい。

 その一宮のむっとした視線に本気で心配してくれていた事を感じた夏目さゆりは、優しい声で「ありがとう、一宮さん。でも本当に大丈夫だから」と言いながら、ゆっくりと一宮の頭を撫でる。


 そんな微笑ましい二人のやり取りを笑顔で見ているのは、さっきまで夏目さゆりと軽く挨拶を交わしていたショートカットのよく似合う健康美溢れる大人びた女性だ。

 しなやかに引き締まった体と適度に日焼けした小麦色の肌が見える事から、活発でスポーツ好きの女性なのだろうと勘太郎はそう推察する。


 そしてその三人から少し離れたフロントのカウンターの前では、不安と恐怖で泣きじゃくる東山まゆ子とその姿を見て必死に慰めるいかにも気の弱そうな細身の男性が互いに体を寄せ合いながらお互いの無事を確認し合っているのだが、その光景を間近で見た時、東山まゆ子が言っていた彼氏とは間違いなくこの男の事だと勘太郎は直ぐに確信する。

 その証拠に二人を遠目から苦々しい顔で見ている大学OBの堀下たけしの分かりやすい態度からも直ぐに想像ができるからだ。

 どうやら二人の愛溢れる光景が余程面白くないのか、堀下たけしは荒々しくパンチパーマの頭を掻きむしりながら恨みがましい眼光をその二人に向ける。その光景はさながら自分の邪な欲望が思い通りにならない事に打ち狂う危険な野獣の用にも見える程だ。


 そんな互いの思いが交差し合うペンション内の一階ロビーで、勘太郎は羊野から今も借りているスマートフォンを使いながら再度警察へと電話を掛ける。


 トッルルゥーッ!、トッルルゥーッ!、トッルルゥーッ!


「あ、警察ですか。あれからもう何度も電話をしているんですけど、いつ頃に警察はこのペンションに来てくれるのでしょうか?」


 なかなか来てくれない警察にちょっと不満を感じていた勘太郎は再び催促の電話を掛けるが、その勘太郎の電話に応対してくれたのは、おそらくは二十代くらいの新人の若い警察官の用だ。


「も、申し訳ありません。今そちらにパトカーが向かっているはずなのでもう少しだけ待っていてくれませんでしょうか。何でもそちらに向かう途中の橋が川の水で増水して通れないみたいなんですよ。もしかしたら今夜はそちらには迎えないかも知れません」と業務的な対応で説明をされ。勘太郎はまた仕方なく「分かりました」と言いながら再び電話を切る。


「川が氾濫し、増水のせいでついに橋が完全に水に埋もれてしまったと言った所か。くそ~っ、これじゃ今夜は警察がこのペンションに来る事は先ずできないな。それにこのペンションの周りにはあのボウガンを持つ男が隠れているんだから恐らく今夜は誰一人として眠れないはずだ」


 警察の助けも期待はできず、なかなか進まない進展状況に、勘太郎はここへ来るまでの出来事を記憶をたどりながらまるで走馬燈のように思い返す。


            *


 今から四十分前。つまりは夜の十八時三十分。


 ボウガンを持つ男の襲撃後。

 羊野から預かったスマホを片手に事の詳細を警察に何回か説明をした勘太郎は、警察が現場に到着するのをただひたすらに約三十分ほど待っていたが、どうやらこの大雨と突風のせいで地元の警察もあの水没した橋の前で立ち往生をしているとの事だ。


 その話を勘太郎から聞いた夏目さゆりは既に電話で現場に迎えに来てくれていた管理人の山野辺と言う男にこの状況を説明しこの山の上にあるペンションへ向かうことをお願いする。

 正直まだその辺りにいるかも知れないボウガンを持つ犯人に不安を隠せないでいる様子の管理人の山野辺はその言葉を待ってましたとばかりに先に堀下たけし・東山まゆ子・黒鉄勘太郎・そして夏目さゆりの四人をワンボックスカーに乗せると直ぐさま出発の準備に取りかかる。

 だがその出発する状況にも関わらず当の赤城文子刑事と羊野瞑子の二人は、もしかしたらこの後警察がこの現場に到着するかも知れないのでもう少しだけ現場に残ると言い出したので、仕方なく山野辺は先に車に乗っている四人をペンションに送り届けてから再び現場に戻ってくる事を約束し、そのまま他のミステリー同好会の部員達が待つペンションへと向かう。


 ……。


 その十分後。目的地のペンションへと先にたどり着いた勘太郎・夏目さゆり・東山まゆ子・堀下たけしの四人は、間近で見たその和洋風の混在する建物に思わず息を呑む。


 緑に囲まれたその場所には威風堂々と聳え立つ豪華なペンションが建っていたからだ。そんなペンションの玄関前に視線を向けながら四人が車から降りると、素早く運転席から降りた管理人の山野辺が玄関の扉を開けながら笑顔で勘太郎達を迎え入れる。


「皆様、この雨の中、遠い所をようこそお越し下さいました。ここが畑上家が所有する別荘、畑上伝次郎様の所有するペンション、その名も畑上荘です。そしてその息子である畑上孝介様の別荘でもあります!」


 そう仰々しく紹介しながら管理人の山野辺は礼儀正しく静かに微笑む。


 良質の良い木材をふんだんに使ったその豪華なペンションは三階建ての大きな建屋になっており、一目見ただけでこの建屋は立派な豪邸だと素直に納得が出来る。


 夏目さゆりの話ではこのペンションは畑上家が所有する六軒ある別荘の内のその一つで、この地を訪れる夏場だけしか使用はしないとの事なので、ごく一般的な普通の市民感覚しか無い勘太郎に言わせれば、(その維持費もおそらくは大変だと言うのに、ハッキリ言って人がたまにしか来ないペンションを維持するのは無駄金だ)と勘太郎は心の底から思う。


 管理人の山野辺の後に続き玄関の入り口から入った勘太郎が真っ先に感じた事は、この建屋が建ってまだ五~六年しか経ってはいないと言うだけあって材木の柱やそこから伸びる天井の板張りは皆真新しく、その建材の丈夫さと綺麗さが嫌でも目に入る。

 それに加えて廊下のフローリングや玄関のロビーがまるで磨き上げられたかのように綺麗に掃除されている事にも正直かなりの感銘を受ける。


 やはりこのペンションの維持管理の仕事は今勘太郎達をここまで案内してくれている管理人の山野辺が責任を持って任されているのだろうから、この気持ちのいい清潔感はおそらくは山野辺のきめ細やかな清掃から来る物なのだろうと勘太郎は大いに感心をする。


 その年相応の清潔感のある出で立ちからして、恐らくは山野辺と名乗る管理人の年齢は六十代くらいと推察するが、そんな彼の性格は物腰は柔らかでまるで礼儀正しい老紳士の用な振る舞いを感じさせる。

そんな管理人の山野辺はまだ事件のあった現場に残っている羊野瞑子と赤城文子刑事の二人を迎えに行く為再び車でその場所へと向かおうとするが、その二人が管理人の山野辺と一緒にこのペンションに帰ってくるのをこの玄関ロビーでただひたすらに待つことにしたようだ。


 そして今に至る。


            *


 広いロビーの奥には豪華なフロントが見え、壁側に固定された棚には持ち主の趣味なのか高そうな装飾品が綺麗に並ぶ。

 そんなペンションの外観はアルファベットの『L』字を横に寝かせた用な形になっている事もあり、L字ののような建屋だと勘太郎は内心そう思っている程だ。


 そして今現在みんなが集まっているロビーから北階段方面の通路側には、順番に・エレベーター・機材室・男女のトイレがあり、そして玄関がある廊下を挟んだ反対側には、自動販売機フロア・コインランドリーフロア・そして最後に、今日一日の疲れを癒やす男湯と女湯と書かれた大浴場を示す看板がハッキリと目に入る。


 そんな大浴場の入り口の横には二階へと続く北側階段があり、大浴場に行くならこの北側の階段から降りた方が最短だと夏目さゆりに聞かされていたので、大浴場に行く際は是非この通路を使わせて貰おうと勘太郎は密かに思っている。


 続いて反対の左側通路は思いのほか廊下が短くなっており、目の前には鉄で出来た重々しい非常用のドアが目に入る。

 話によるとこの非常用のドアは内側からは難なく外へ出る事が出来るが、一度外へ出てしまったら外側からは絶対に鍵が無いと開けられない仕組みになっている。

 そうこれなら部外者からの侵入をその場で防げるだけでは無く、火事で逃げる際も直ぐに非常口から逃げる事ができるので防犯の方はかなり安心だと管理人の山野辺がそう自慢げに説明をしてくれた。


 そして外に設置してあるとされる非常階段は最上階の三階まで伸びており、二階や三階の非常ドアも一階のドアと同じように、外から中へは絶対に入る事はできないという話だ。


 その一階の非常ドアの前を右に曲がると廊下の奥には大きな食堂の扉があり、そのフロアーの中にはみんなが大勢で食事ができる大きな食堂のフロアーが視界に広がる。


 その大きな会場で朝食・昼食・夕食の食事が常に作られているらしいので、勘太郎は内心その食事を心ゆくまでいただくのをとても楽しみにしているようだ。

 そして通路の奥の先端には二階に続く東側階段があり、食事を食べる際にはこの階段を使って移動した方がいいと言う事ももう既に話は聞かされている。


 そんな食欲と言う名の欲望を心に抱きながら勘太郎はフロントの前でペンション内の地図を確認していると、傘を差したままの管理人の山野辺が少し雨に濡れた赤城文子刑事と羊野瞑子を連れながら広い玄関を通りフロントのあるロビーへと戻ってくる。


 その時点で時刻はもう既に十九時三十分を過ぎようとしていた。


 その顔を見てみると二人の表情は雨に濡れていたせいか衣服のベタつきと憂鬱感を誘い、その雨による鬱陶しさも相まって少し疲れている用にも勘太郎には見えた。


「ご苦労様です。はい、二人ともタオルをどうぞ。これで濡れた頭をお拭き下さい」


「あ、ありがとう御座います。助かります」


「ありがとう、おじ様、助かりますわ」


 管理人の山野辺から綺麗なタオルを手渡され、直ぐに濡れた頭を拭く赤城文子刑事と羊野瞑子だったが、そんな二人を見ていた勘太郎はあれから一体どうなったのかという素朴な疑問を赤城文子刑事に投げかける。


「ご苦労様です、赤城先輩。それで結局警察はあの後、ワゴン車が大破した現場には来てくれたのですか?」


「いいえ、この大雨でもう既に川の水に道が阻まれてこちらに来ることは出来なかったわ。これからますます天候が悪化して嵐になるみたいだから、今夜は諦めた方がいいわね。地元の警察管の話だとこの大雨は明日の夕方頃まで続くみたいだから、嵐が止むまで戸締まりはしっかりとして大人しくペンションの中で待機をしていて下さいとの話よ。私の携帯電話に地元の警察官が直接電話を掛けて来てくれて話してくれた情報だから、先ず間違いはないと思うわ!」


(なにーぃぃ、赤城先輩には直ぐに警察から連絡が行ったのに、俺には返信すら掛かってはこないぞ。これは一体どういう事だ。お、己ぇぇ、最寄りの地元警察の奴らめ……まさか赤城先輩が警視庁捜査一課の刑事だと知って、俺では無く赤城先輩に電話を優先して情報を伝えたと言う事かな。くそ、赤城先輩の所属と階級にビビり、いい顔をしやがって……ホントにむかつくわ!)


 そんな被害妄想的な些細な事を考えていると、そんなどうでもいいことでフリーズをしている勘太郎を見ながら赤城文子刑事が続けて口を開く。


「後、門の入り口の草むら付近に、犯人が乗り捨てたと思われるスクーターが見つかったわ。その状況から考えて、犯人はこのペンションの外に広がる林の中に逃げ込んで隠れているか。それとも或いは、このペンション内のどこかにもう既に入り込んで隠れて潜伏しているか……のどちらか一つだと思われるわ」


「あの犯人が乗っていたかも知れないスクーターがこのペンションの外で見つかったんですか。マ、マジですか、その話は。だったらそれは大変な事じゃ無いですか。このペンションの外にあのボウガンを持つ犯人がいると分かっているだけでもかなり危険なのに、もしかしたらこの建屋の中にその犯人がもう既に潜入しているかも知れないと言う事ですよね。そんな犯人と共に二泊三日も過ごさないと行け無いだなんて、考えただけでもゾッとしますよ!」


「そうね。なのでみんなの安否を確認後に、このペンション内の戸締まりを徹底しながら各階を管理人の山野辺さんと一緒に調べるつもりでいるわ。まあ私の考えじゃそのボウガンを持った人物は、このペンションの周辺の森のどこかにジッと身を隠していると思うんだけど」


「どうしてそう思うんですか?」


「管理人の山野辺さんの話だと、今日は一日中雨が降るとの話なので、雨風が入らないようにとペンション内の窓や扉は全て施錠してあると言っていたわ。だから出入り出来る所はこのロビーのある表玄関しか無いとの話よ」


「でもその玄関入り口のロビーの周辺にはもう既に二人のミステリー同好会の人がいたそうですから、知らない人が入って来たら嫌でも目に付くと言う訳ですか」


「ええ、まさにその通りよ。仮にミステリー同好会の誰かが犯人だったのだとしたら、ワゴン車襲撃の少し前にペンションの外に出た人物が最も怪しいと言う事になるわ」


「その話ぶりだと、今の所一番怪しいのは夏目さゆりさんから連絡を受けて外へと出た管理人の山野辺さんと言う事になってしまいますよ。ですがそれだと時間帯が合わないでしょ。犯人はその前から道路に立っていて、俺達のワゴン車が通りかかるのをただひたすらジーと待っていましたからね。夏目さゆりさんから電話を貰って駆けつけた山野辺さんとは時間帯がずれているはずですよ。まあ、ロビーにズ~といたというその二人が、人の出入りを見過ごしていたと言うのなら話は別ですけどね」


「山野辺さんの話じゃ玄関ロビーにずっといたのは、ミステリー同好会部員の大江大学二年の『杉田真琴』さんと、大江大学三年の『座間隼人』さんの二人だけらしいわね」


「あ、そう言えば俺達がフロントのあるロビーに到着した時に、確かに二人の男女がいましたね。何だか気弱でモヤシの用な男性と、ショートカットの髪型をした小麦肌の女性との二人が。そしてその五分後くらいに長四角い眼鏡を掛けたインテリ風の女性……確か一宮さんっとか言っていたかな、その女性が駆けつけて、夏目さゆりさんを仕切りに心配していましたからね。なので犯人はあのロビーから中へは絶対に入れやしませんよ!」


「なるほど、確かにそうみたいね。そうなると後この場にいないのは……」


 そう赤城文子刑事が呟いたその時、淡々とした声が勘太郎と赤城文子刑事の耳に届く。


「後まだ部屋から出て来ていないのは、大江大学三年の『背島涼太』さんと、このペンションの持ち主で大学OBでもある『畑上孝介』さんの二人でしょうか」


 その声に思わず勘太郎と赤城文子刑事が振り向くと、そこには手帳を片手にメモを取る羊野瞑子が目を輝かせながら堂々とその場に立っていた。

 どうやら勘太郎と赤城文子刑事が入り組んだ話をしている内に一人で周りの人達から色々と話を聞いて来たようだ。本当に抜け目の無い女である。


「で、お前は一体何を調べて来たんだ?」


「勿論、皆さんのアリバイですよ。ボウガンを持つ犯人が現れたのは夜の十八時三十分くらいです。その時間帯に皆さんがどこにいたのかを簡単に聞いていたのですよ」


「相変わらず仕事が早いな。それで何かわかったのか」


「ええ、夕方の十八時から~十九時十分までの間、玄関のフロントのロビーで皆さんの到着を心待ちにしていた座間隼人さんと杉田真琴さんの二人は、麓まで迎えに行った山野辺さんの車がペンションに到着するのを心配しながらずっと待っていたそうですよ」


「座間隼人と杉田真琴って、あの頼りなさそうなモヤシのような男性と、如何にも何かスポーツをやっていそうなショートカットの髪型の女性のことか」


「ええ、そうです。そして私達を襲撃後、そのボウガンを持つ犯人が襲撃現場から逃げだしたのが十八時三十分の出来事ですから。その後ミステリー同好会の部長の夏目さゆりさんが管理人の山野辺さんに電話を入れた時間が、ほぼ同じの十八時三十五分くらいとの事です」


「その電話を受けて、管理人の山野辺さんは俺達を迎えに来てくれたんだよな。まあ、その三十分の間に俺達は警察がその事件現場に到着するのをじっと待っていたんだが、やはりこの大雨の中じゃいくら待っても結局警察は来なかったがな。その後俺達と同じようにもう既に現場で待機をしてくれていた管理人の山野辺さんが、直ぐに自前のワンボックスカーで俺達を山の上のペンションまで送り届けてくれたんだが、その現場から出発した時間が十九時丁度くらいだったから……ペンションに着いた時刻が十九時十分で……車の片道の移動で約十分くらいの時間でここにたどり着いたと言う事になるな」


「十八時三十五分に夏目さゆりさんは山野辺さんへの電話だけではなく、ミステリー同好会の部員達にも『危険な人物がいるから注意せよ』と言うメールを送って到着が遅れている事情を知らせていたみたいですね」


「なるほど、だから夏目さんがロビーに到着した時、一宮さんと言う女性が心配しながら駆けよって来たと言う訳か」


「まあそう言う事になりますね。十八時三十五分に夏目さゆりさんからメールが届くまで、彼女は自分の部屋で本を読んでくつろいでいたと言う証言を得られましたが、彼女は部屋に一人だったらしいので当然アリバイはありません。ですがメールを貰ってからは真っ直ぐに一階の玄関ロビーに来て夏目さゆりさんが到着するのをず~と待っていたらしいので、そこからのアリバイは流石にあると言う事になりますね。因みに彼女の名前は『一宮茜』大江大学の一年生との事です」


「そうか。なら後は……」


 顎に手を当てながら頭をひねっていた勘太郎の背後から、行き成り誰かの声が飛ぶ。


「こんにちは刑事さん、俺と背島なら、十八時から~十九時三十分以降は俺の部屋でコーヒーを飲みながら他愛もない雑談をしていたから、当然俺達は犯人じゃないぜ。そんな訳でちゃんとアリバイもあるしな。これで疑いは晴れたかな」


 その太い声につられて勘太郎が振り向くと、そこには頭を茶毛に染め黒の革ジャンを着た男と、髪を七三分けに分けた紫色のスーツを着た細目の男が立っていた。

 どうやら二人は東階段方面の廊下を通ってこのロビーに来た男達のようだ。


 その二人の男の姿を見た赤城文子刑事は笑顔を向けながら皮肉たっぷりに口を開く。


「あら、随分と久しぶりね。畑上孝介君。相変わらず自慢の七三分けが似合うじゃない。昔と髪型が全く変わらないのは何か特別なこだわりでもあるのかしら? そしてその横にいる茶毛の彼が、大江大学三年の背島涼太君ね。こんにちは」


「久しぶりだな、赤城。夏目の奴から現役の刑事のお前を連れて来ると聞いた時は正直驚いたが、そのお前の隣にいる白黒の男女の二人が噂の探偵だな。まさか本物の探偵とも繋がりがあったとは流石は赤城文子と言った所かな。流石にびっくりしたぜ。だがよく考えて見たらこの集まりは仮にもミステリー同好会なんだから、お前達をゲストに迎えたのはある意味正しい選択だったのかも知れないな。まあ、来たからには精々楽しんで行ってくれたまえ。赤城文子刑事と白黒の二人の探偵諸君。ハハハハっ! あ、因みに髪型が変わらないのは、この髪型の方が何だか真面目そうで初めて会った人にも好印象を与える事ができるからだよ。それになんだかんだで清潔感も保てるしな。俺はむさ苦しくて汚いのだけは我慢出来ない性格だからな!」


 そう言うと畑上孝介はまるで相手を見下すかのように豪快に笑い出すが、そんな彼を赤城文子刑事は大人の対応をとりながら、態とらしく愛想笑いを浮かべているだけだ。


(お、重い……なんだか空気もピリピリしているし、気が物凄く重いんですけど)


 勘太郎がそんな事を思っていると、何かに気付いた畑上孝介が嫌そうに顔を顰める。その視線は勘太郎達にでは無く、隣にいた背島涼太に向けられていた。


「背島、お前、さっきもあれほど言ったのに、まだ直してねぇのかよ。革ジャンとトレーナーの下からシャツが出ているだろうが、シャツが! だらしがないから身だしなみだけは整えろといつも言っているだろうが。後フケだよ、フケ。フケも肩に溜まっているぞ。俺は汚いのが一番許せない事は、お前もよ~く知っている事だろう!」


「す、すいません、畑上先輩。身だしなみを整えるのをうっかり忘れていました」


 そう言いながら背島は肩に積もっていたフケを払いのけると、出ていたシャツを慌ててジーンズの中へと入れ直す。


 早々と身だしなみを直す背島涼太の姿に渋々納得をした畑上孝介は、次にカウンターで仕事をしている管理人の山野辺を呼び出す。


「後、山野辺、俺の部屋の窓枠の隅に僅かにチリが積もっていたぞ。お前、ちゃんと掃除はしているのか。まるでなっていないぞ!」


「す、すいません、孝介様。今直ぐに掃除をし直します」


「いや、もういい、自分でやるから。後で掃除用具一式を俺の部屋の中に置いておいてくれ。自分でやった方がスッキリするからさ」


「か、かしこまりました。畑上様」


 畑上孝介の言いがかりの様なクレームと注文に、管理人の山野辺は深々と頭を下げる。そんな二人のやり取りを見ながら勘太郎は思う。


(いや、このペンションの中は充分に綺麗だし、掃除も行き届いていると俺は思うんだけど、これだけ綺麗でもあの畑上孝介という男はまだ掃除が行き届いてはいないと言い張るのか。どんだけ綺麗好きなんだよあの男は。ま、まさか、この別荘の異常な綺麗さの原因はあの畑上孝介の異常なまでの神経質と潔癖症から来ているんじゃないだろうな。全くはた迷惑な話だぜ。)


そんな口うるさい畑上孝介の前に突如姿を現した堀下たけしは、さも浸しそうに片手を上げるとその屈託の無い笑顔を向ける。


「よう、畑上、久しぶりだな。今年もまた世話になるぜ!」


「おう、堀下、よく来たな。待っていたぞ。また今年も大いに盛り上がろうぜ!」


「ハハハハ、今年もか……ああ、そうだな、今回も楽しみだぜ!」


 そんな二人の会話から想像するに、どうやら二人は数年前は同じ大学時代の同期であり、そして同じくこのミステリー同好会に所属をしていた親しい友達のようだ。


 続いて堀下たけしは隣にいた背島涼太に目を向けると「テメー背島、先輩に挨拶がね~ぞ。ボッとしてんじゃねえよ!」といいながら、キツめのボディブローを背島涼太の腹部にお見舞いする。


 ドカッ!


「ぐふっ! す、すいません……堀下先輩!」


 そんな歪な人間関係をまざまざと見せつけられた勘太郎は、どことなく嫌な気配を全身に感じ思わずその方向へと振り向く。


 フとその嫌な気配のある方に視線を向けてみるとその視線の先には、ミステリー同好会の部員の座間隼人・杉田真琴・東山まゆ子・一宮茜の四人が不気味に佇みながら、後輩の背島涼太に先輩風を吹かす畑上孝介と堀下たけしを静かに眺めていた。


(な、なんだ、この邪気をはらんだ乾いた空気は……?)


 そう不安に思っていると、その重い空気を掻き消すかの用にミステリー同好会の部長・夏目さゆりが笑顔で玄関フロアーにいる他の部員達を集合させる。


「みんな、私の所に集合して!」


 その掛け声に集まる部員達に、夏目さゆりはサークルの部長らしく今までに起きた事情と詳細を話し出す。


「毎年行われている恒例のミステリー同好会の部員達による合宿なんだけど、今年は開催の日にちがこの大雨と重なってしまい思わぬ出だしになってしまったわ。にも関わらず部員のみんなが参加をしてくれて本当に大変ありがたく思っています。ですが私達がこのペンションに来る途中にこの山の麓の道路で、ボウガンを持った不審な人物に襲われ、その結果私達が乗ってきたワゴン車は木にぶつかり不幸にも大破をしてしまいました。ですがこうして皆が怪我も無く誰一人として死人がでなかっただけでも私は良かったと思っています。もしもこの合宿であなた達に何かがあったらその親御さんに顔向けができませんからね。その後その犯人はこのペンションがある山の上の方へと逃げて行きましたが、この犯人はそのままこのペンションのある近くの森の周辺に隠れている物と思われますので、たとえ雨が上がったとしても決して外へはでないでください。そう警察から連絡がありました。勿論戸締まりもちゃんとして、決して窓や外のドアは開けないように。そんな訳で今回は思わぬアクシデントが沢山起こり、いろいろと変な出来事に巻き込まれてしまいましたが。先ずは私が今日この日の為に連れて来た三人の特別ゲストを紹介しますね。なので皆さんもこの後は、自己紹介の方をよろしくお願いします。私達は大学を卒業したら遅かれ早かれ皆社会人になる訳ですから、勿論何処へ行っても恥ずかしくないようにキチンと挨拶くらいはちゃんとできないといけません。なのでみんなも挨拶だけはハッキリと言うように!」


 てきぱきと周りを取り仕切る夏目さゆりの指示の元、ミステリー同好会の部員達が一人一人自己紹介を始める。

 そんな彼らの挨拶に笑顔で応えながら勘太郎はチラリと壁に掛かっている柱時計に目をやりながら時間を確認する。


 現在時刻は夜の十九時四十五分。そのゆっくりと動く秒針を確認しながら勘太郎は、この長たらしい挨拶が一秒でも早く終わる事を強く願う。

 それだけ今の勘太郎の頭脳は、喉の渇きと空腹を満たす為の欲求に支配されているからだ。



「……。」



 自己紹介もそこそこに思いのほか早くお互いの挨拶を済ませたミステリー同好会の部員達は、堀下たけしの「今日は流石に疲れたから、取りあえずは部屋に荷物を置いて一っ風呂浴びに行こうぜ!」と言う言葉で一先ずは皆その場を解散する。何故なら二十一時に開かれる遅めの夕食会の時間まで自由時間とする事に決めたからだ。

 そんな訳でみんなは各部屋に戻り次第急いでお風呂場に行くつもりなのだ。


 事前に各自に部屋を割り当てられた部屋の(鍵とも言える)カードキーを管理人の山野辺から渡された勘太郎は、カードキーの表側に書かれた部屋の番号を見ながら早足で歩くと二階の東側階段に一番近い201号室の部屋にたどり着く。


 カードキーは磁気ストライプ型の電子キーになっており、カードキーをドアの外にあるスロットに挿し込む事によってピッと音が鳴り、電子ロックの解除でドアが開く仕組みになっていた。


 期待に胸を弾ませながらドアを開けた勘太郎は、自分が想像をしていた部屋よりも遙かに綺麗な部屋であった事に思わず笑顔になる。

 部屋の中は十畳程の広さになっており、人ひとりが過ごすには充分な広さになっていた。


 綺麗な杉の木を使った和と洋を組み合わせた建築物は窓枠や壁はおろか、机・椅子・ベットに至るまで全てが木工製品で制作した作りになっており、優しく暖かな自然の部屋を想像させる。

 そしてその部屋の中にあるテレビや冷蔵庫、そしてエアコンと言った電化製品は、その領域を敢えて守るかの用に近代文明の力をそっと取り入れながら見事なバランスでその場に溶け込んでいた。


 そんな清潔感溢れるこの部屋を一目で気に入った勘太郎は荷物を置きながら早々と用意された浴衣に着替えると、もう既にバッテリー切れの折りたたみ式の柄系携帯電話を持ってきた充電器にそっと差し込む。


「くそ、まさか俺が持つ愛用の柄系の携帯電話がバッテリー切れだったとはな、ハッキリ言ってうかつだったぜ。たったの一日で充電したはずのバッテリーが切れると言う事は、もう今使っているバッテリーがかなり古いのかも知れないな。これは家に帰ったら後で携帯電話のショップへ行って、新しいバッテリーに交換して貰わないとな。それにいつまでも羊野のスマホを借りている訳にもいかないしな。早く返さないと……でないとあいつのことだ。後でこのスマホには利子が付きますとか言うかも知れないからな」


 その後直ぐに羊野との待ち合わせに遅れない用にと急いで部屋の外へと出た勘太郎だったが、もう既に浴衣に着替えて待っていた羊野が「もう準備は出来ましたか」と言いながらにんまりと笑う。


 白く美しいきめ細かい肌に長い白銀の髪が相まって、着ている浴衣とはどうやら相性がいいようだ。その見るからに美しい艶めかしい妖女のようなミステリアスな出で立ちが彼女の美しさを更に強調していた。


 そんな羊野のお早い出現に一瞬焦った勘太郎は、フとあることに気付く。


 どうやらこの部屋の電子ロックは閉めたら自動で鍵が掛かるタイプの電子ロック式ではなく。持っているカードキーで外のドアに付いているスロットに再び差し込まないと鍵が掛からない仕組みになっているようだ。なので勘太郎は普通の鍵の用にカードキーをドアに突いているスロットに差し込む。


 ガチャリ。


 鍵を閉め安心した勘太郎はカードキーを財布の中にしまうと、羊野と共に一階の北側階段付近にあると言う大浴場へと歩き出す。

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