第5章 『勘太郎が持つ劣等感とその暗い思い』全25話。その7。

            7



「勘太郎、起きなさい! いつまでも寝ている場合じゃ無いわよ。別の公園でまた黒いライオンが現れたわ。今度の犠牲者はその公園で寝泊まりをしていたホームレスの人達が三人ほど喰人魔獣の牙で犠牲になったわ。一階のホテルの玄関前に来て待っているから、羊野さんを連れて早く降りて来なさい!」



 十月十二日、晴れ。


 狂人ゲーム開始日から二日目。


 時刻は四時五分。


 暴食の獅子の次なる動きに備える為、千葉県の何処かにある黒鉄探偵事務所から~東京駅の近くにある格安ビジネスホテルに宿泊する事になった勘太郎と羊野は、まだ夜が明けていない時間に行き成り電話を掛けてきた赤城文子刑事に無理矢理叩き起こされる。


 仕方なく身支度を整え急ぎ正面受付のフロントまで降りて来た勘太郎と羊野は、もう既に玄関入り口で待ち構えている赤城文子刑事と合流する。

 

 その赤城刑事が運転する赤いポルシェに乗り込んだ勘太郎と羊野はまだ暗い夜道が広がる道路へと車を走らせる。


 サイレンを鳴らしながら走る車の座席の中で勘太郎が外に目をやると、街明かりに光り輝くネオンだけが、この爽快に走る赤いポルシェを現場へと導いているかのようだ。

 そのネオンの導きに応えるかのように車を走らせる赤城文子刑事の顔は緊張で溢れ。その隣の助手席に座る羊野の顔はこれから起こるであろう新たな事件の予感に心が震えているかのようだ。

 そんな二人を後部座席から眺めていた勘太郎は、これから向かおうとしている事件現場の資料を見ながら本文に意識を集中させる。


            *


 車の上に取り付けてある赤いランプが光ること約三十分。ついに大都会の町中にある低い柵と森の木々に囲まれた大きな公園に到着した勘太郎は、羊野と赤城文子刑事を伴いながら駐車場に停めてある外国製の赤い車を後にする。

 その公園は東京に住む人なら誰もが知っている有名な公園だった。


「ついたわよ、ここが渋谷区にあるみんなの憩いの公園、代々木公園よ」


「へ~え、ここがそうなんですか。俺は来るのは初めてだな」


「はい、私もそうですわ」


 代々木公園の中に足を踏み入れた勘太郎と羊野はその圧倒的な光景と驚きで思わず舌を巻く。

 見ただけでも十分に分かるようにその公園はとにかく広く、そして大きいのだ。

 余りにも広すぎてその敷地の大きさは人の肉眼ではイマイチ測れない程だが、それでも東京都の公園の中ではその大きさは第五位らしい。


 そんな不気味な闇が広がる夜明け前の代々木公園の中で勘太郎と羊野は、赤城文子刑事から今自分達がいるこの代々木公園の事についての簡単な説明を聞く。


「この代々木公園は二十三区内の都立公園の中でも五番目に広く、道路を挟んで森林公園としてのA地区と、それとは対照的な陸上競技場、野外ステージを備えたB地区とに分かれているわ。かつて陸軍の代々木練兵場だったこの場所も戦後は米軍の宿舎敷地・ワシントンハイツとなり、東京オリンピックの選手村を経て公園となったと言う話よ。隣には隣接する明治神宮があって、真っ昼間にはいろんな人達が入り乱れて、お散歩や・サイクリング・そしてパホーマーの人達による、いろんなイベントがあっていい観光名所にもなっている、そんな公園よ」


「へ~え、みんなに愛されている憩いの広場なんですね。どうせならこんな不気味な夜明け前では無く真っ昼間に来たかったですね」


 まだ眠いのか眠気まなこを擦りながら勘太郎がそう呟いていると、隣にいる羊野がある事に気付く。


「あら、そう言えば公園の入り口の門の看板には、開園は午前五時から~閉園が午後の十七時までと書いていましたが門は普通に開いていましたね。もしかしてもう既に現場に到着している捜査一課の刑事さん達が開けてくれたんですか」


「いいえ、この門は事実上は二十四時間休み無く普通に開いているわ。つまり代々木公園はいつでも開放されていて、だれでも入れる用になっていると言うことよ」


「そうなんですか」


「ええ、ここは地震が起きた時の避難場所にもなっているから。それに二十四時間営業の無人ゲート式有料駐車場が隣接されているから、たとえ門を閉じても駐車場から常時出入り出来てしまうし。後は……ホームレスの人達が住み着いていて門を閉められないと言うのも理由だと言っていたわ」


「へ~え、じゃ誰でもこの公園の中には入れると言う事ですか」


「夜の公園は危ないので女性の一人歩きは余りお勧めしません、と言うのがこの近くに住む住人達の意見よ」


 そう言うと赤城文子刑事はまだ薄暗い闇が広がる周りに警戒しながら事件が起きたという現場へと歩き出す。


「じゃ~そろそろ行きましょうか。黒いライオンこと喰人魔獣に行き成り襲われ、そしてその後は無残にも食い殺されたと言う三人のホームレス達が死亡した事件の現場へ」


 赤城文子刑事に急かされて進むこと約十数分。バードウォッチングが出来ると言う広場へと辿り着いた勘太郎・羊野・赤城文子刑事の三人は、既に現場に来ていろいろと調べている警視庁捜査一課・殺人班の刑事達の中へと足を踏み入れる。


「ど、どうも、ご苦労様です」


 お互いに顔を合わせた際に一応勘太郎は挨拶をするが、案の定捜査一課殺人班の刑事達は誰一人として返事をしない。

 あからさまに無視された事でかなり息苦しさを感じていた勘太郎だったが、なんとなくこうなることは予想していたので直ぐに死体のあるテントまで行き、その中で起きた悲惨な現状を確認する。


 六十代くらいの三人のホームレスの男達はどうやら即席のテントの中で襲われて、三人とも首の頸動脈を何か強い力で食い破られて息絶えているようだ。


 鳥達の生態が見れる用に作られたこの場所はバードウォッチングが出来るように作られたエリアである。

 日中はよく人が通る公園の広場で無断でテントを張ったその三人のホームレスの男達は真夜中にその正体不明の黒いライオンらしき獣に襲われ無残にも死んでいるのだから、その後このテントを訪れた第一発見者はこの悲惨な光景にかなり驚いた事が軽く想像される。

 何故なら正体不明の獣に喉を食い破られた事で大量出血による出血性ショックを起こした三人のホームレスの男達は、皆噎せ返る血の海の中で絶望と恐怖の顔を見せながら無残な屍を晒しているからだ。


 勘太郎はそんな三人の死体に手を合わせながら改めてその死体の状況を見る。


「これは、ひで~な」


 勘太郎の素直な言葉に、隣に来ていた赤城文子刑事がすかさず答える。


「ええ、三人とも一噛みで頸動脈を食いちぎられているわ」


「一噛みで……ですか」


「ええ、そうよ。一噛みでね。何かの本で見たけどライオンの噛む力は二百七十キロから~三百二十キロで虎と並ぶ猫科最大の動物とされているけど、その力は想像を絶するわね。そしてこのホームレスの人達は運悪くあの黒いライオンに出会ってしまった。そしてテントの中と言う見通しが効かない最悪な状況下の中で逃げる暇も無いままにただ死を待つしか無かった。このテントの中の惨状はそう告げているわ。死亡推定時刻は午前の牛水時の二時から~三時の間で、第一発見者は三時十五分くらいにこのテントを訪れて、事の現状に取り乱しながらも直ぐに警察に110番したそうよ。そして捜査一課の刑事達がその三人のホームレスの男達の死体を調べた結果、その三人のホームレス達の首元以外で、他の場所への噛み傷は一切見つからなかったそうよ。つまりこの黒いライオンは獲物を捕食する為に三人のホームレスの男達を襲ったのでは無く、ただ純粋に何かの目的を持って……人を噛み殺す為だけにあの三人のホームレス達を襲ったと言う事になるわ」


「ば、馬鹿な、そんな事って実際にある事なのですか。人間を獲物として捕食するのではなく、ただ人間を殺す為だけにその牙を向けるだなんて、絶対に別の誰かの意思をその黒いライオンからは感じるよ。空腹だったのならともかく、お腹が満たされた満腹の状態のライオンはそう無闇やたらに人は襲わないはずだ。しかも昨日の朝に殺されたあの三匹の警察犬と同じように、喉笛を食い破られて殺されている。それにしても何故一人のホームレスの人が襲われている内に他の二人のホームレスの男達は直ぐに逃げなかったんだ? 仲間の為にただその場に残ったとでも言うのか。それともただ単に、あまりの恐怖にテントの中から上手く逃げる事が出来なかっただけなのかな?」


 勘太郎は食い殺されたホームレスの男達の気持ちになりながらそんな事を考えていると、その様子を見ていた羊野が赤城文子刑事に質問をする。


「それで、この三人のホームレスの男達の遺体を見つけたと言う第一発見者は一体どこにいるんですか?」


「事情聴取の為に今はここにはいないけど、同じホームレス仲間で虎田梅太郎さんと言う人よ。彼の話では、まだ闇が深い三時十五分頃、酒瓶を片手に三人のホームレスの仲間達がいる即席のテントに向かったらしいんだけど、テントの中に入って見てみたらそこには大量の血を流して横たわる三人の死体とその近くに堂々と佇むあの黒いライオンを間近で目撃したそうよ。その黒いライオンはその場で腰を抜かして動けないでいる虎田さんを見ると『ガッオオオオォォォォーン!』と大きな雄叫びを上げながら物凄いスピードで虎田さんの横を通り過ぎて行ったそうよ。先ほど西園寺刑事の発案で鶏の生き餌が入った鉄の檻を幾つかこの公園の周囲に設置するとか言っていたけど、多分あの黒いライオンは捕まらないでしょうね。何せ相手はただの野生のライオンでは無く、狂人・暴食の獅子が飼っている、よ~く訓練された忠実なライオンみたいだからね」


「でも、そもそもライオンって馬や犬の用に自由自在に命令を聞くように調教が出来る動物なのですか。動物サーカスでのライオンの芸があるのだから、ある程度は出来るとしても、猫科の動物はなかなか難しいんじゃないですか。しかも離れた距離からこの都会の野外で大胆にも獣を操るだなんて、一体どんな方法でその黒いライオンを操っているのかが全く分かりません」


「ほほほほっ、黒鉄さん。この非現実的な有り得そうで有り得ない狂気の諸行こそがこの魔獣トリックの最大の謎を生み出している事に何故気付かないのですか」


 そう言うと羊野は、調べ終えた死体を外に運び出そうとしている捜査一課・殺人班の刑事を引き止めながら遺体の首筋に残されている傷跡を見る。


「食い破られた首筋がほんの少しだけ焦げていますわね。まるで電流にでも当てられたかの用な火傷の跡ですわ」


「首のアザか、ただの汚れだろ。もう運んでいいか」


 羊野の意見には全く耳を貸さない二名の捜査員は、タンカーで遺体を運び出す為に再び動き出す。

 普通なら遺体運びの仕事は捜査一課の刑事達はまず絶対にしない仕事なのだが、狂人ゲームへの参加者しかこの事件には関われない以上、無闇矢鱈に他の者の手を借りる訳にはいかない。

 なので捜査員達はこの事件で死亡した死体処理も捜査一課の人達だけで行わなけねばならないのだ。

 そんな人手が少ない状況下の中でいそいそと死体を運び出す光景を眺めていた羊野は、被ってある白い羊のマスクを脱ぎながら静かに語り出す。


「昨日の警察犬の事や今のホームレスの人達の遺体の事といい、どんな方法で被害者達を追い詰めてそして殺害しているのかが何となく分かりましたわ」


「どんな方法って、自分のそばまで来た被害者達に電気警棒で電気ショックを直接与えてから、動けないでいる所にあの黒いライオンを使って無残にも襲わせたんじゃないのかよ」


「あくまでも今の段階では私のただの仮説に過ぎませんが、恐らく黒いライオンこと喰人魔獣はターゲットである被害者を追い込むのが主な仕事で、本当は被害者達を襲ってはいないのかも知れませんね。そしてその被害者達を直に仕留めていたのはもしかしたら、あの暴食の獅子の方なのかも知れません」


「なにぃぃーぃぃ! あの黒いライオンは本当は人間を誰一人として襲ってはいないだって。それは一体どういう事だよ。どう見てもあの黒いライオンは人間や犬達を襲い、そして食い殺しているじゃないか。しかもこの五年間の間に人知れずだ!」


「なら黒鉄さんは見たのですか。あの黒いライオンが直接人々を襲い、そしてそのまま補食をしている所を」


「いや~、それは流石にまだ見てはいないけど。人の話では必ずと言っていい程にあの黒いライオンがその死体の傍に不気味に立っていたとの事だ。ならその事実こそが何よりの証拠であり、そして認めざる終えない事実だろうが!」


「何故それが証拠になるのですか。人間があの黒いライオンに直に襲われて食べられている所を、まだ誰一人として見てもいないと言うのに」


 その羊野の意見に勘太郎はつい口篭もるが、負けずに尚も反論する。


「そ、それはそうだけど、でも死体に残されているライオンの牙の跡と、その血に染まった悲惨な現状を見ただけでも十分に分かる事だろう。あの食い散らかされた酷たらしい死体の傍には決まってあの黒いライオンがいたと言うのなら、その被害者を食い殺したと言う犯人はもう言うまでも無い事だろう。絶対にこの殺しはあの黒いライオンこと喰人魔獣の仕業にまず間違いはないと言う事だ。その場にはあの黒いライオンが残した数々の証拠も残されている事だしな!」


「私はそうは思いませんわ。なぜあの黒いライオンの仕業だと思うのですか?」


「なぜって、お前だって昨日の夜明け前に葛西臨海公園で、あの黒いライオンを間近で見たばかりだろうが」


「ええ、見ましたねぇ」


「ならもう答えは出ているだろうが」


「いいえ、まだ出てはいませんわ。あの黒いライオン・喰人魔獣は、五年前から今日まで人を追いかけ回したり死体現場の傍にいる所を他者に目撃されてはいますが、不思議な事にただの一度も人に噛みついたり、人肉を貪り喰らっている所を見た人が一人もいないのですよ。人食いライオンが目の前にいるのに可笑しな話だとは思いませんか」


「だけど黒いライオンを追跡したあの三匹の警察犬達は皆悉く奴の牙で殺されてしまったぞ。あの現場で黒いライオンがやらなかったら一体誰があの警察犬達にあんな牙による攻撃を残せるんだよ。人間である暴食の獅子には絶対に出来ない事だろう」


「絶対に出来ない……暴食の獅子に……何で出来ないのですか?」


「な、なんでって、警察犬達の首に残されていた歯形がライオンの物と見事に一致しただろう。黒いライオンこと喰人魔獣が噛まないで、一体誰が噛むんだよ。同じく現場にいたと思われるあの暴食の獅子が噛んだ訳ではないだろう。どう考えても無理だろう、人間にはライオンの真似事は出来ないんだから。絶対にあの黒いライオンの力を借りて人を食い殺しているに違いないんだ。分かるだろう常識的に考えて」


「いいえ、全然分かりませんけど」


 話が堂々巡りして一向に埒が明かないと思った勘太郎に、羊野が顔を近づけながら優しく言い返す。


「きっと暴食の獅子のトリックの要はその常識の思い込みにあると思うのです。暗闇の中で蠢く得体の知れない不死身の黒いライオンの謎や、その存在を明確にアピールするかのようなライオンのけたたましい遠吠え。そしてその姿を一瞬でくらます事が出来る謎の煙幕に音による他者への誘導や、その場にこれ妙がしに残されてある様々な黒いライオンに繋がる物的証拠を見せつけられたら、人はその恐怖心と答えを求める心に働きかけて目の前にある現実に自分の常識をはめ込んで考えてしまう。『あの黒いライオンは恐らくは人間を食い殺している元凶に違いないと』。自分の身の危険が現実的に関わっていると言うのなら尚更そう思うでしょうね」


「じゃお前は、五年前から起きている喰人魔獣による殺人事件はあの黒いライオンの仕業ではなく、別の何かが関係していると、つまりはそう言いたいのか」


「あの黒いライオンが本物のライオンかどうか……そこまではまだ分かりませんが、あの黒いライオンが人を食い殺していると言う可能性は私の読みではまだ五十パーセントと言った所でしょうか」


「俺はあの黒いライオンがあの三人のホームレスのおじさんを噛み殺したと思うんだけどな。その証拠にさっきのホームレスのおじさん達の遺体の首筋には、またうっすらと焦げた後のような物が残されていたからな。恐らくあれはスタンガン内蔵型の電気警棒での攻撃による傷跡だと俺は思うんだが」


「昨日、あの三匹の警察犬達を殺した時のように、あの黒いライオンを上手く操ってターゲットを誘い込み、その手に持つ電気警棒で相手を感電で動けないようにしてから、ゆっくりと噛み殺して行ったのでしょうね」


 そんな黒いライオンに関する新たな可能性を互いに話し合っていたその時、広場の闇の奥から懐中電灯のライトをつけた西園寺刑事と耳沢刑事、それと後方には川口警部と山田刑事を入れた四人の刑事がその姿を現す。


「赤城刑事に連れられて、やはりこの公園に来ていたか。白い羊と黒鉄の探偵。もう現場の調査は終わったのか」


川口警部のその発言に勘太郎は思わず不満を漏らす。


「あ、川口警部、ご苦労様です。それが遺体を見ようとしたら捜査一課・殺人班の刑事さん達が早々に死体を運んで行ってしまって、ほんの少ししか見る事が出来ませんでした」


「ふん、お前ら素人探偵共が来るのが遅すぎるからだろうが!」と西園寺刑事が悪態をつくが、川口警部に「うるさい、黙ってろ」と軽くたしなめられた事で、西園寺刑事は直ぐにおとなしくなる。

 その姿はまるで、怖い主人に頭が上がらない可哀想な飼い犬のようだ。


「そうか、まあ、ここで調べた詳しい調査結果の資料は後で赤城刑事にでも渡しておくから後で見ておくといい。それを参考にお前達はお前達なりのいつものやり方で自由に動いて見るんだな。そして何か分かった事があったら必ず俺に連絡を入れるんだぞ。暴食の獅子の痕跡を見つけても絶対に深追いはするなよ。いいな」


「へぇ~ぇ、今回は何だかやけに優しいのですね。一体どうしました、今日はもしかしたら雨でも降りますかね」


 羊野が茶化すようにそう言うと、川口警部が渋い顔を作る。


「ふん、上からの命令もあるしな、それに従っているだけだよ。今回のこの狂人ゲームにおいて俺達警察はあくまでもお前らのサポートに回る、それが今回の任務だからな。それに円卓の星座の狂人はあくまでもお前らを対戦相手に選んできているのだから迂闊に勝手なことは出来ないさ。だからこそ黒鉄の探偵……失敗は絶対に許されんぞ。分かったな!」


 その直接的なプレッシャーに勘太郎は思わず「も、勿論、大丈夫ですよ。ま、任せて下さい……」と何の根拠もないカラ返事をしてしまう。

 そんな勘太郎の全身からは大量の汗が流れ、今し方言ってしまった無謀な台詞に言い知れぬ後悔を感じていた。


 代わりたい……代われる物ならこの責任重大な殺人事件の担当を今すぐにでも誰かと代わりたい。

 後四日間以内に事件を解決出来なかったら罪のない民間人が大量に死ぬ事になる。それだけにこの狂人ゲームで負けることは絶対に許されない事だ。

 なので本音を言えば勘太郎は出来ればこの狂人ゲームその物を警察に代わって欲しいと思っているのだが、どうやらそういう訳にも行かないようだ。

 何故ならそんな細かなルール違反すらも見逃さないと言わんばかりにあの円卓の星座の工作員達が何処かで密かに監視しているかも知れないからだ。


 そんな事を考えながら、勘太郎は仕方なく話題を変える。


「それで、この代々木公園の敷地内から逃げたと言う黒いライオンの逃走経路は見つかっているのですか」


「ああ、見つかっているよ。木々に隠れてある金網のフェンスが一部切り裂かれている箇所が見つかったからな。そこから潜り込んで塀を乗り越えて、明治神宮の敷地内に逃げ込んでいることがわかったよ」


「明治神宮に逃げ込んだのですか、それは厄介ですね。あそこは木々が生い茂てて広いし、身を隠せて容易に逃げられる。それに何より、明治天皇様と昭憲皇太后をお祭りする為の神聖な神社だから、むやみやたらな事は出来ないか」


「ま、そういう事だ。それに今日の夜の二十四時まではあの黒いライオンは恐らくは現れないと思うから、この現場を調べ終えたら一旦本庁に戻るつもりでいるよ」


「あの黒いライオンが今日の夜の二十四時までは現れないと、何故そう言い切れるのですか?」


 その勘太郎の質問に傍にいた羊野が代わりに応える。


「私達が五日以内に事件を解決しなけねばならないと言うタイムリミットがあるのと同じように、恐らくは暴食の獅子にも満たさなければならない必要な条件があるのだと思いますよ。例えばこの五日間で、毎日必ず一回は東京二十三区内のどこかの公園にあの黒いライオンを出現させて人を襲わなければならないとか言う……そんな条件があるのかも知れませんよ。て言うかそうしてくれないとこの狂人ゲームは成立しないのですよ」


「成立しないって、何がだよ?」


「だってこの後、残りの四日間、あの暴食の獅子が怖じけづいて引きこもりでもされたらこの狂人ゲームはゲームにならないじゃないですか。だからこそ暴食の獅子は黒いライオンこと喰人魔獣を使って残りの四日間、毎日何処かの公園に現れないといけないのですよ。円卓の星座の狂人・壊れた天秤が定めたルールはあくまでも公平で絶対ですから、仲間には一方的に甘いなんて事はまず無いと思いますよ」


「つまり、ルール上は敵味方関係なく敢えて(フェア)公平と言う事か」


「ええ、そういうことになりますね」


 そんな勘太郎と羊野の会話を聴いていた西園寺刑事が行き成り騒ぎ出す。


「お、俺は納得がいかないぞ。何でこいつらを中心に捜査をしなけねば行けないのですか。狂人・暴食の獅子との狂人ゲームには俺達も参加が認められているんだから、こいつらなんか無視して俺達だけで犯人を追えばいいだけの話じゃないですか。それなのに何故、こんな素人同然の大して役にも立たないへっぽこ探偵と、元円卓の星座の凶悪犯なんかと共に事件を追わなけねばならないのですか。理解に苦しみますよ!」


「お前の気持ちも分かるが、これは上からの命令だからな」


「冗談じゃないですよ。あの羊野瞑子はまだ使えるとして、なんであの素人同然の一般人の探偵もどきに、国からの国家資格を得た我々警察が従わないといけないのですか。しかも彼は自分の偉大な父親の傘を着た、自分の力で数々の難事件を解決していると思い込んでいるただの勘違い野郎だ。ただの七光り野郎に、この人の命が関わっているこの事件を彼に預ける訳にはいきません。ここにいる黒鉄勘太郎はこの事件から外して、俺達だけで捜査をさせて下さい。絶対にあの暴食の獅子とか言うふざけた犯人と、その黒いライオンの正体を突き止めて見せますから」


「おい、いくらなんでも言い過ぎだぞ。そんな口を黒鉄の探偵の前で軽々しく吐くんじゃない」


「だって、全て本当の事じゃないですか。ただの民間の一探偵事務所の探偵がこんな大事な殺人事件に堂々と首を突っ込んでいること事態がもう既に異常なんですよ。その事にあの黒鉄勘太郎は全く気付いてはいない!」


 いや十分に、嫌と言うほど気付いているんだが。しかし、ここまで爽快に俺という存在を否定されると流石に自信をなくしてしまうな。まるで俺が密かに心の中で思っていた事を代わりに西園寺刑事が代弁しているかのようだ。

 今までもいろんな警察の関係者や同じ探偵仲間の同業者達からも同じような陰口を言われはしたが、ここまでハッキリとは言われはしなかった。だからこそ西園寺刑事の重い言葉が俺が密かに思っていた事と重なってしまうのかも知れない。


 やっばり俺は……探偵には向いてはいないのかな……?


 そんな心の動きに気付いたのか川口警部は、心の中で塞ぎ込んでいる勘太郎にではなく、その隣にいる羊野に何故かその視線を這わせる。

 その視線に気付いているのかは分からないが、羊野はいつもと変わらない様子でその笑顔を何故か西園寺刑事の方へと向けていた。


「それとですね、あの黒鉄勘太郎と言う男は……」


「もういい、そんな話はもう聞きたくも無いわ、そんな人の悪口などはな。そんな事よりもだ、西園寺刑事。お前しばらくは絶対に一人で行動をするんじゃないぞ。お前の部下達と一緒にいつも行動を共にするんだ。例えどんな時でもだ。いいな、分かったな!」


「ど、どうしたんですか、川口警部。行き成り意味不明な事を言って?」


「それが嫌なら今すぐにでも今言った事を黒鉄の探偵に謝るんだ!」


「なんで警察官僚の候補生でもあるエリートの俺がこんな奴に誤らないといけないんですか。俺は奴の為に言ってあげているんですから逆に感謝して貰いたいくらいですよ。そんな訳でこの狂人ゲームから黒鉄勘太郎を外す事を要求します!」


 まるで蔑む用に言う西園寺刑事の言葉に川口警部は「何度も同じ事を言わせるな。命令は絶対だ!」とだけいいながら現場を後にする。


「あ、ちょっと待って下さい、川口警部。まだ話は終わってはいないですよ」と言いながら後を追いかける西園寺刑事とその後をまるで付き人のようについて行く耳沢刑事を見つめながら、羊野が笑顔でボソリと呟く。


「あの西園寺刑事とか言う人、ちょっと無礼で失礼ですわね。なんか気分が悪いのでちょっくら行って殺して来てもいいでしょうか。大丈夫ですわ、証拠が残らない用に上手くやりますから」


 気軽に言う羊野のその言葉に勘太郎は息を乱しながら思わず咳き込む。


「ゲホゲホゲホッ、な、なに恐ろしい事をさらっと俺に公言しているんだよ。だ、駄目に決まっているだろう!」


「黒鉄さんがあんなに侮辱されたのに……」


「確かに、あの西園寺長友刑事に俺は軽く見られているみたいだし、あの捜査一課・殺人班の刑事達に至っては毛嫌いまでされているようだからハッキリ言って身の縮む思いだが、だからと言って何も殺そうとすることはないだろう。そんな事でいちいち腹を据えかねるだなんて、羊野、お前の人間としての器が知れてしまうぞ」


 羊野のその殺人衝動を何とか思いとどまらせ用と、勘太郎は最もらしい言葉で羊野を説得するが、その話をどう解釈したのか羊野はその妖艶な笑みを勘太郎に向けながら自らの考えを勝手に述べる。


「なるほど、流石は黒鉄さんですわね。つまりあんな雑魚共の戯言など聞く耳どころか気にすら止めてはいないと、つまりはそう言うことですよね。なので殺す価値すら無い彼らを今は自由に泳がせて……黒いライオンを誘き出す為の囮の生き餌に使える時が来たら迷わずあの刑事達を使うと言う事ですか。相変わらず恐ろしい事を考える上司ですわね。そして最後には自分の力だけであの黒いライオンを操る狂気の狂人・暴食の獅子を捕まえて、西園寺刑事の鼻を明かして見せると……その実力を彼らに見せつけるとそう言いたいのですね」


「な、何でそんな話になるんだよ。今の話の流れで、俺がいつあの西園寺刑事の鼻を明かしたいなんて言葉が出たんだよ。そんな事は俺は一言だって言ってはいないだろう。全然違うわぁぁ!」


「いいえ、二代目・黒鉄の探偵こと黒鉄勘太郎は、東京中を恐怖のどん底に陥れている喰人魔獣と、その黒いライオンを操る狂人・暴食の獅子の野望を食い止めて、この事件を解決に導くのですわ。あの捜査一課・殺人班の刑事達はあれだけ私達を侮辱したのですから、私達は黒鉄探偵事務所の名にかけて必ずこの事件を解決しなけねばなりません。あのプライドの高い西園寺刑事の悔しがる顔を見る為にもね。私達二人であの傲慢な刑事達の鼻を明かしてあげましょう」


 その二人の会話を聞いていた赤城刑事と山田刑事が話に加わる。


「ちょっと、あなた達、なに二人だけでこの事件を解決するとか言っているのよ。私達特殊班も一応はあなた達に協力をしている事を忘れて貰っちゃ困るわ」


「そうですよ。いつもは俺もお前達には文句と愚痴しか言わないんだが、あの西園寺刑事が率いる捜査一課・殺人班の刑事達は皆、同僚から見ても確かにエリート風を吹かせて傲慢でむかつく野郎ばかりだから。今回だけはお前らの味方をしてやるよ」


「勿論、裏方で働いている黄木田店長や緑川さんだって皆あなた達の味方でしょ。その事を忘れないでね」


 ウインクしながら言う赤城刑事に勘太郎は内心ほっとする。


 そ、そうだ、俺は決して一人じゃ無い。今までの事件だってこの仲間達だけで何とか乗り越えて来たんじゃないか。だからこそ二代目・黒鉄の探偵は今ここに存在するんだ。

 何も羊野瞑子一人の力だけでここまで来た訳じゃ無い。人知れずみんなに支えられて、俺と羊野は今を生きているんだ。

 でも俺はあの西園寺刑事の言う用にたいして役には立ってはいないと自分でも感じている。名探偵としての偉大な親父が残したその偉業と功績に自分はただ乗っかっているだけだからだ。つまりはただの七光り的なポジションにいるだけの無意味な存在なのだ。

 それだけに西園寺刑事の言った『たいして役にも立たない探偵』という誹謗中傷的な言葉が嫌でも勘太郎の暗い心を傷つけ、そして大きく締め付ける。


 そんな後ろめたい気持ちを隠しながら勘太郎は、赤城刑事と山田刑事にこの後の展開を聞く。


「川口警部はこの後署に戻ると言っていましたが、お二人はどうするんですか」


「取りあえず私はもう少しだけこの辺りを丹念に調べたいと思っているわ。あの黒いライオンに関する私達の見落とした何かがまだあるかも知れないから」


「俺はこの辺りの民家の聞き込みを徹底しますよ。もしかしたらあの黒いライオンに繋がる目撃者がいるかも知れませんから」


 そう言いながら仕事に戻る赤城刑事と山田刑事を見つめながら、羊野は淡々とした口調で言葉を呟く。


「あの暴食の獅子がワザと残していった誤った証拠をいくら調べても、正しい情報や真の犯人に繋がる物的証拠は集まりませんよ。東京中の公園に仕掛けてある監視カメラを使い待ち伏せしても、どの公園に現れるのかが分からない以上、人員が限りなく少ない分、あの黒いライオンを捕まえる事はまず至難の技ですわ。何故ならいつでも早く先手が取れる立場にある暴食の獅子の方が圧倒的に有利だからです。ですのでここは罠を仕掛け、挑発して、そのいるかも知れない警察内部にいるはずの密告者共々・犯人をあぶり出してしまいましょう。任せて下さい、考えがありますから」


 その羊野の話を聞いた勘太郎が思わずびっくりする。


「警察の内部にいる密告者って、一体なんの話だよ。なんだよその話は、俺は初耳だぞ。この警察の内部にあの暴食の獅子に情報を流している犯人の協力者がいるとでも言うのかよ?」


「ええ、この五年間の間、あの黒いライオンがいつも先手を取り、警察の追撃から逃げ切れた事を考えると必ずその情報を事前にあの暴食の獅子に知らせていた密告者が必ずいるはずです。て言うか、むしろ警察の内部にスパイがいないと考える事の方がおかしいでしょう。この狂人ゲームの中にいる警察の中にも必ず密告者はいると思いますわ。なのでその密告者をこれからあぶり出すのです」


「密告者ね……本当にいるのかよ、そんな人が……」


「まあ、炙り出して見なければ一体誰がその密告者かは分かりませんがね」


 そう言うと羊野は、スタスタと川口警部達が去った方角へと歩き出す。


「羊野、どこへ行くんだよ」


「ちょっと川口警部に大事な用が出来ましたので、黒鉄さんは先に帰っていて下さい」


「なんだよ、俺は抜きかよ」


「フフフフ、黒鉄さんには私が仕掛ける演劇を是非とも最高の席で見ていて貰いたいので、今回は観客と言う形でお願いしますわ」


「観客か……まあ、俺は傍にいても大した役には立たないからな」


 公園の闇へと消える羊野を見送りながらそうボソリと呟いた勘太郎は、暗い思いに心を曇らせながら一人で黒鉄探偵事務所に戻るのだった。

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