第5章 『不死身の体を持つ喰人魔獣の謎』  全25話。その6。

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夜明けを迎え太陽の日が昇ったその二十分後。喰人魔獣を追っていた優秀な警察犬、ハイド・ワイド・ハイターの三匹の死体が葛西臨海公園・第二駐車場内の中で見つかる。

 その何れもの死因は、首元の頸動脈を巨大な牙で食い破られての出血性ショックと気道を潰されての窒息死だった。

 そんな犬達の亡骸だけを残し、黒いライオン・喰人魔獣はその場から綺麗に姿を消していた。

 そんな凄惨な光景が広がる第二駐車場で下田刑事はとても信じられないと言った悲痛な顔をしながらその場に立ち尽くす。



「そ、そんな……手塩に掛けて育てた私の犬達が……ハイド……ワイド……ハイター……うっ、うっわぁぁぁぁぁぁぁぁーん!」


「し、下田刑事……」


 回りが明るくなった事で現場の惨状が嫌でも目に入り、現場に駆けつけた他の刑事達もその恐ろしい光景に言い知れぬ不安と恐怖を感じていた。



            *



 それから数時間後、喰人魔獣が通ったと思われる場所を徹底的に調べ幾つかの物的証拠を発見した警視庁捜査一課の刑事達はその数々の証拠を持ち帰り、その証拠の全てがあの黒いライオンに繋がるかどうかを調べる為、葛西臨海公園を後にする。

 だがその後も羊野の現場の証拠探しに付き合う羽目になった勘太郎は喰人魔獣に繋がる証拠を尚も探したが、もう既に現場を調べ尽くして行った捜査一課の刑事達が証拠を全て持ち帰っているので勘太郎は自分の今の行為が時間の無駄で意味が無い物と思っていた。

 何故ならその見つかった証拠の結果は分かり次第、特殊班の赤城文子刑事から勘太郎の元に届くことになっていたからだ。


 そう思っていたのだが、何故か羊野は喰人魔獣が現れた現場ではなく耳沢仁刑事が黒いライオンに目がけて撃ったライフル弾の弾丸の軌跡とその着弾場所を丹念に調べる。


 黒いライオンを狙ったはずの3発の弾丸は全て大きな一本の杉の木の幹に着弾しており、その弾丸を撃ったと言う証拠がくっきりとその木に残されていた。

 なのでもう既に警察の調べで耳沢刑事の撃った3発のライフル弾の着弾場所が直ぐに特定され見つかったのだが、その着弾した弾丸の後を見ながら羊野はひたすら考えごとをする。


「ん、どうしたんだ羊野、耳沢刑事が撃った3発のライフルの弾の跡なんかをじ~と見て。何か可笑しな事でもあるのか?」


「私はライフル銃の種類のことは良くは分かりませんが、競技用のライフル銃のスモールボアライフルでその射程距離は1600メートル。そして耳沢刑事が使っていた大型動物の狩猟に使われているあのラージボアライフル銃の射程距離は、その使用する弾の種類にもよりますが、およそ4キロ以上にも達します。私達が歩き始めた時の黒いライオンとの距離はおよそ八十メートル先でしたが、耳沢刑事がライフル銃を撃った場所とその黒いライオンとの距離は凡そ100メートルくらいだったはずです。まあ、弾が着弾したのは黒いライオンから更に後ろにある大きな一本の木にですが、ここまでの距離を合わせても、恐らくは200メートルくらいと言った所でしょうか」


「200メートルか。そう考えると耳沢刑事は結構近い距離でライフル銃を撃っているんだな。でもあの黒いライオンには3発もの弾丸を撃ったにも関わらず、その3発とも命中はしなかった。いや、でもどう考えても流石にその可能性はないよな。話ではあの耳沢刑事は狩猟の経験は豊富で、ライフル銃の扱いはかなり使い慣れているみたいだぞ。弾を外したのが1発くらいならいざ知らず3発も外すとは流石に考えにくいからな」


「と言う事はやはり、あの黒いライオンには3発とも当たりはしましたが、体を貫通してこの木の幹に突き刺さったのでしょうか? もしそうならあの黒いライオンはかなりの致命傷を負っていると言う事になりますが、でもあの黒いライオンが立っていたあの場所には血の跡は全くありませんでした。と言う事は少なくとも怪我をした感じはないと言う事になります」


「ライフルの弾丸は3発ともあの黒いライオンの体に命中してはいるが、怪我を負っているという証拠は確認出来ず、その場に弾丸だけが残されていたと言う事か」


「ええ、今現在はその3発の弾丸も警察の手によって回収され、弾丸にあの黒いライオンの血液や皮膚組織が付着しているかどうかを徹底的に調べると警察側が言っていました。なのでその答えいかんによってはあの黒いライオンの正体へと繋がるその考え方が一気に変わるのかも知れませんね」


「考え方が変わるって、それは一体どう言う事だよ?」


「あの黒いライオンがこの世に実在する生身を持った生きた生物なのか。それともこの世には存在しない未知なる生き物になり得る存在なのかと言う事です」


「まあ、あの黒いライオンの体に命中して貫通した痕跡がその弾丸に付着していなかったら、その体を弾丸が素通りして、その遙か後ろにあった木の幹に着弾したと言う事になるからな。そうなれば俺達は正に黒いライオンの幽霊でも相手にしていることになるな」


「まあ、喰人魔獣と言われているくらいですから、もしかしたらこの世の生物ではないのかも知れませんね。フフフフっ」


「茶化すなよ、そんな事は微塵も思ってはいない癖に。あの暴食の獅子の事だ、絶対にあの黒いライオンには何らかのトリックが隠されているはずだ。あの不死身の体だって絶対に何らかの仕掛けがあるに違いないんだ。だがそのトリックの正体が全く分からない。だってお前も見ただろう。あの黒いライオンは確かに俺達の目の前にいて、その場に存在していたんだからな。3Dのグラフィック映像や人形のような類いの物を使ったトリックでは絶対にないはずだ」


「ええ、その類いの機材や証拠となり得る物はこの辺り一帯には一切設置はされてはいませんでした」


「しかしまだ始発の電車もまだ動いてはいない4時後半の時間とは言え、耳沢刑事はよく駅の方角にいるあの黒いライオンに向けてライフル銃の弾を発射出来た物だな。もしもこの大きな一本の木の幹に当たらずに弾が一発でも外れていたらその後ろは公共の電車の駅と、更にその後ろには幾つもの民家があるんだぞ。いくらあの黒いライオンが目の前に現れたからと言ってそう簡単にライフル銃の引き金は引けないだろう。もしも俺が同じ立場だったら流石に撃つのをためらうと思うんだがな」


「それだけライフル銃の扱いには自信があったんじゃないのですか。何せあの黒いライオンとの距離は高々100メートルくらいですから絶対に外さないと言う自信と経験があったはずです。だからこそあの黒いライオンとを結ぶ曲線に並ぶこの木の幹に3発ともに着弾させる事が出来たのですよ」


「すると何か、耳沢刑事はあの黒いライオンに狙いの照準を合わせた時、その後ろに見えるこの大きな木の幹に向けてライフル銃の弾を撃ったと言う事か。黒いライオンを貫通したら3発ともこの木の幹に全ての弾が当たるように」


「まあ、ライフル銃に備え付けてある赤外線スコープで目標を見ているはずですから、その更に100メートル後ろにある一本の木の存在にも気付いていたはずです。その証拠に耳沢刑事が自らこの木の幹の場所まで出向いて、撃ったライフルの弾はこの木の幹に着弾したと他の刑事達に教えていましたからね」


「そうか、なら羊野の言う用に狙って撃っていたんだよな、多分。出なければ自分が撃ったライフルの弾が何処に着弾したかなんて到底探しようがないからな。何せ最大の射程距離は四キロだからな」


「まあ、この木の幹に深々と空いている穴の深さから考えて、1600メートル程の飛距離しか飛ばないサポットスラグ弾を使っていると思いますよ。何せ今回の狂人ゲームではあの黒いライオンは東京の23区内に現れると宣言していますから四キロも飛ぶ弾は必要無いでしょうからね」


「そ、そうだな。それとあの三匹の警察犬が右側の方角にある第二駐車場に向かい。そしてその駐車場内で狂人・暴食の獅子とその相棒でもあるあの黒いライオンに警察犬達は皆返り討ちにされてしまったようだが、なら何故あの黒いライオンが姿をくらました時に、如何にも左側の方角に逃げたかのようにあの黒いライオンの遠吠えが聞こえていたんだ。俺も直にあの黒いライオンの遠吠えがこの場所から徐々に遠ざかるのを聞いていたからよ~く覚えているよ。確かにあの遠吠えの持ち主は暗闇が広がる林の中を颯爽と素早く動いていたよ。だとしたならばあのライオンの遠吠えを発している物は何かの生き物なんじゃないのか。そんな声を放つ動きだったぜ」


「でもあの三匹の警察犬達はあの黒いライオンの残した毛の臭いを追跡して、左側とは全く逆の右側の方にその捜査の舵を切ったのですから、左側の方角に移動したと思われるあの姿無き何かは、遠吠えの音を発するスピーカーの機材を身に付けながら左側に移動したのではないでしょうか」


「だがその後に捜査一課・殺人班の刑事達が、あの黒いライオンが通ったと思われる左側の道を隈無く探し回ったらしいんだが、そんな類いの機材は何一つとして見つからなかったと言う話だ」


「そうですか。こっそりと人知れず右側に逃げたあの黒いライオンだけでは無く、その左側を素早く移動して行ったと思われるその遠吠えだけの謎の存在も非常に気になりますね」


「よし、この現場を調べ終わったら、次はこの公園の駅の反対側にある民家に聞き込みに行くぞ。もしかしたらあの黒いライオンや不審な人物に関する情報が聞けるかも知れない」


 そう力強く言うと勘太郎は、木の幹をじ~と見ながら何かを不思議がる羊野と共に更に事件の現場を調べるのだった。



            *



 葛西臨海公園の中で起きた事件の現場を調べ、更には近くの民家へと聞き込みに言った勘太郎と羊野は午前中には全ての家々の聞き込みを終え、午後の14時には既に黒鉄探偵事務所のある家路にと帰ってきていた。


 捜査一課の刑事達が現場から集めた数々の証拠の結果をただひたすらに待つ事になった勘太郎と羊野は、事務室の部屋の中で動物系の癒しのテレビ番組をダラダラと視聴しながら、いずれこの事務所に来るはずの赤城文子刑事の知らせをただひたすらに待つ。


 そんな逸る気持ちに憤る勘太郎は赤城文子刑事の結果待ちに少しイライラしていたが、その焦る思いを隣で食い入るようにテレビを見ている羊野にぶつけてしまう。


「おい、羊野、こんな時にテレビなんて見ている場合かよ。今はテレビを消せよ」


「いやですわ。今とても面白そうな動物の特集をしているんですから邪魔はしないで下さいよ」


「動物ってお前、その動物の警察犬がなんの抵抗も出来ずにあの喰人魔獣に噛み殺されたと言うのによく呑気に見ていられるな」


「別にいいでしょ、何を見ようと私の勝手ですわ」


「全くお前という奴は……。で、それで、一体なんの動物の特集をしているんだ」


「スカンクですわ」


「スカンク、スカンクってあの自分の身の危険を感じるとお尻から臭い匂いを捕食者の肉食獣に向けて吹き付けると言うあのスカンクの事か」


「はい、あのスカンクですわ。そのお尻の器官から噴射される液体はあの百獣の王のライオンですらも尻尾を巻いて逃げ出す程に殺人的に臭いらしいですよ。その悪臭を上手く利用したらあの黒いライオンにも使えるんじゃないかと思いましてね」


「思いましてねってお前、黒いライオン対策の為に動物園からスカンクでも借りてくるつもりかよ。おいおい、それは流石に無理があるだろう。この事務所を悪臭まみれにするつもりか」


 そんな下らない話を二人でしていると、事務所のドアを開けて赤城文子刑事がかなり沈んだ顔で部屋の中に入ってくる。

 勘太郎はそんな赤城文子刑事を見つめながら咄嗟に事務室の壁に立て掛けられている時計を見る。


 現在の時刻は、午後の十五時丁度になろうとしていた。


「あ、赤城先輩、ご苦労様です。それで、警察が持ち帰った数々の証拠の検査はもう終わったのですか?」


「ええ、もう終わっているわ。


「そうですか。そう言えば警察犬の担当だったあの女性の警察官の人は大丈夫でしたか。警察犬達が殺されていた現場じゃかなり落ち込んでいたじゃないですか」


「ええ、彼女自身まだ心の整理が付かずにまだ錯乱しているわ。それはそうよ、手塩にかけて育ててきたあの警察犬達が行き成り三匹も無残に殺されてしまったんだから、それはつらいわよ。下田刑事は自分の指示であの魔獣の後を追わせた事にえらく責任を感じてしまっているわ。私も知らない中じゃないから元気づけたり励まして来たりして来たんだけど、あれはしばらくは立ち直れそうに無いわね。あの警察犬達の殺され方が余りにも無残だったから仕方が無いけどね」


 そう言うと赤城文子刑事は顔を曇らせる。


 赤城文子刑事が言う用に確かに喰人魔獣の殺し方は残酷だった。

 何らかの電気ショックで動けなくされた所に黒いライオンの牙で一匹ずつ生きたまま首元を食いちぎられていたからだ。その犬達の死体の周りは正に血の海だったのを現場に駆けつけた勘太郎も目にしている。

 その時の現状を振り返りながら勘太郎は今思っている事を隠さずに口にする。


「だけど三匹もいる警察犬達がこうもあっさりとこの短時間で皆殺されてしまうだなんて、ちょっと考えられないよな。足の遅い人間ならともかく、俊敏な動きと速さを持つ警察犬がライオンの速さに遅れを取るなんて、しかも三匹もいて皆同じ場所で殺されている。警察犬達が逃げずに皆勇敢に戦ったと言う事なのかな?」


「まあ、あの状況からしてあの警察犬達は勇敢に戦ったんじゃないの。恐らくはあの現場となった駐車場にライオンの臭いの品を持った狂人・暴食の獅子が待ち構えていて、その犯人の存在を臭いで確認した三匹の警察犬達は皆一斉にその場にいる暴食の獅子に噛みつこうとしたんじゃないかしら。警察犬や猟犬は一度腕や服とかに噛みついたら獲物を離さないように訓練されているらしいから、噛みついて動けない犬達に電気警棒で黙らせる事はそんなに難しい事ではなかったんじゃないかしら」


「電気警棒か。暴食の獅子め、また恐ろしい武器を持っているようだな。噛みついて動けないでいる相手に電気ショックを浴びせる事は、あの電気警棒なら可能か。その電気ショックでの火傷の跡を犬達の顔から見つけることが出来たからその殺害方法がわかったんですね」


「ええ、そうよ。犬達の顔に火傷の跡が残るくらいの電流を流し込まれたみたいだからかなり強いワットの電流を流し込まれたんじゃないかしら」


「そしてその後に、電気ショックで動けないでいる警察犬達をあの黒いライオンがゆっくりと噛み殺して行ったと言う訳か。くそ、暴食の獅子の奴め、酷いことをするな」


「ああ、それと、黒いライオンが逃げたルートだけど。警察犬達を噛み殺した第二駐車場の門の入り口の金網のフェンスの一部が、人間が一人だけ出入り出来るくらいに切り込みが入れられているのが見つかったわ」


「へ~え、それは本当ですか。黒いライオンとあの暴食の獅子が出入りしていた入り口ですか。でも意外に簡単に見つかりましたね」


「そうなのよ。しかもご丁寧に木々で外からは見えないように隠されていたからフェンスの網が見えない視覚の場所を敢えて利用してその場所に切り込みを入れていたみたいね。恐らく黒いライオンこと喰人魔獣は、切り込みが入れられた金網のフェンスから逃げた物と考えられるわ。そしてその後、隣の別の会社の敷地に潜入した黒いライオンは、外に沢山置いてある駐車中の車に身を隠しながら咆哮の獅子の用意した車に乗り込んでその場から逃げたんだと推測しているんだけど。どこでどんな車に隠れて乗ったのかはまだ分かってはいないわ」


「そして、今赤城先輩が言った考えはあくまでも警察の推測を述べただけだから、本当に犯人が車で逃げたかどうかはまだよく分かってはいないと、まあそんな所でしょうか」


 勘太郎に最後の落ちを言い当てられ「ええ、その通りよ」と落ち込み気味に赤城文子刑事は頭を下げる。


「沈む気持ちも分かりますが、では赤城先輩、そろそろあの黒いライオンについて警察で分かったことを詳しく教えて貰ってもよろしいでしょうか」


「ええ、いいわ、教えてあげる」


 そう言うと赤城文子刑事は、大きく咳払いを一つすると真剣な顔で話し出す。


「まず、葛西臨海公園の各場所に出現した黒いライオンの物と思われる糞や尿それに体毛は全部回収して科捜研で調べて貰ったんだけど、その全ての証拠が皆本物のライオンの物だと言う事が分かったわ。それと最初の通報で見つかった女性の遺体やその後殺された警察犬達の首に残されていた牙の歯型の噛み跡や、付着していた唾液、それと爪痕に至るまで全てが本物のライオンの物であることが証明されたわ。そして地面の土に残されていた足跡もどうやら本物のライオンの足形にまず間違いは無いみたいなのよ。つまり犬や猪と言った他の動物の足跡では決してないと言う事よ。この結果を踏まえても、あの黒いライオンはやはり正真正銘の本物のライオンだと言う事になるわ。そしてあの黒いライオンの黒い体毛は黒のカラースプレーの塗料で色染めした物である事が直ぐに分かったわ」


「ぜ、全部本物だって、そんな馬鹿な! じゃやはりあの黒いライオンは本当に実在する本物のライオンと言う事になるな。しかしとてもじゃないがにわかには信じられないぜ。あの凶暴な肉食獣のライオンを堂々とこの東京のど真ん中であんなにも使いこなすだなんて、正に驚異の魔獣使いだぜ!」


「ただ、一つだけ気になる事があるわ。知っての通りあの女性の遺体は死んでから既に24時間以上は経過した遺体なのでその場で殺された遺体ではないわ。多分、何処か別の場所で食い殺されてからあの葛西臨海公園の中に運ばれたと考えるのが普通でしょうね。それとライオンの糞の事なんだけど、あの公園に残されていた糞の中からは人間の骨だけではなく……何故か犬の骨も大量に混じっていた事が分かったわ」


赤城文子刑事の説明に、その場にいた羊野は何かを思い出したかのように話だす。


「そう言えばこの五年間の間に現れた黒いライオンの残した数々の証拠の資料を見せて貰ったのですが、あの喰人魔獣が残して行ったと思われる黒いライオンの糞尿を調べた結果、人間の骨に混じって必ずと言っていい程に犬の骨も同時に見つかっているそうですよ。と言う事はこのライオンの主な捕食物は人間では無く犬なのでしょうか?」


 勘太郎。

「犬が主食か……つまり暴食の獅子は、あの黒いライオンの餌に主に犬を提供しているという事なのか。だがそうなるとこの暴食の獅子と言う犯人は何らかの方法で常に数多くの犬を何処かで入手していると言う事になるぞ。そしてそんな事は数多くの犬を飼っている人にしか出来ない事だぞ。もしかしたら犯人は犬のブリーダーか、それとも保健所の従業員なのかも知れないな?」


 赤城文子刑事。

「そして最も腑に落ちない問題は、やはり時間が一日以上は経っているこのライオンの糞の事ね。あんなに外をあの黒いライオンは徘徊していて、何故未だに真新しい糞を見つける事が出来ないのか。それが謎なのよ。時間が経過した一日前の糞は直ぐにみつかっているんだけど、今日の新しい糞はまだ見つかってはいないみたいなのよ。狩人はよく獲物の糞の状態やその時間の経過を見てまだ獲物が近くにいるかどうかが分かるみたいだけど、一体あの黒いライオンはその後はどこに消えたんでしょうね」


 その赤城文子刑事の疑問に羊野が何かを考え込む。


「どうしたんだ羊野。何か気になる事でもあるのか」


「ちょっと気になっていたのですが。何だかこの黒いライオンは物的証拠が余りにも多くそろい過ぎていて何だか変な気持ちです。まるで暴食の獅子に『こんなにも恐ろしくそして凶暴なライオンを自由に操れて、俺って本当に凄い奴でしょう』と間接的に自慢されているみたいですわ」


「いや、それはさすがに考え過ぎだろう。行方を負っている相手が肉食の獣だから、ただ単に数々の証拠が出て来ただけだろう。この東京の町中であの黒いライオンが動けばそれだけで数々の物的証拠は見つかるのは必然だろう」


「そうでしょうか。ただの獣のライオンならそうでしょうが、あの狂人・暴食の獅子が関わっているのならこんなお粗末な証拠の数々をわざわざ残しては行かないと思うのですが。それを残していく理由があるのだとすれば、それはただ一つだけですわ」


「自分の犯行の存在を世間に知らしめ、狂人・暴食の獅子が操るこの黒いライオンは本物のライオンだと確実に皆に信じ込ませる為か。でも今の所はあの黒いライオンが真っ赤な偽物だと言う証拠は何一つとして見つかってはいないみたいなんだが、そこの所はどう説明するつもりだ。やはりあれは本物のライオンじゃないのか」


「黒鉄さん、それは本気で言っているのですか。ライフル銃の弾が全く効かない不死身の体を持ち、しかもその体からモクモクと煙を出す黒いライオンなんてこの世界にいる訳がないじゃないですか。そんないかれたライオンはこの自然界には絶対にまず存在はしませんわ!」


「じゃ~俺達が見たあの黒いライオンは一体なんなんだよ。あれは本当に魔獣か何かなのか?」


 少し取り乱しながら言う勘太郎の問いに羊野はテレビの電源を消しながらその疑問に答える。


「あの黒いライオン……喰人魔獣の謎は正にそこにあると私は思うのですよ。まだ私達の知らない何かがあの黒いライオンにはあるのだとしたら、先ずはその謎を解かなけねばあの暴食の獅子の居場所やその正体に辿り着く事は決して出来ません」


「俺達のまだ知らない謎、まだ明かされていない狂人・暴食の獅子が操る、黒いライオンを使った魔獣トリックの正体か」


 その自分の台詞に勘太郎は少し考え込んでいたが、直ぐに顔を上げて傍にいる赤城文子刑事に話し出す。


「それで結局は黒いライオンとその魔獣を操っているとされるあの暴食の獅子の逃げたルートも分からないのですか。絶対に車か何かの移動手段であの葛西臨海公園から離れたと思いますから、あの時間にあの公園から出た車や貨物車を片っ端から探せばあの黒いライオンの痕跡を見つけることは出来ると思うのですが、そこの所はどうなのですか。主要道路に設置されている監視カメラを調べたら簡単に見つかるんじゃないのですか」


「あのね、葛西臨海公園の前をあの時間帯に走っているあの主要道路の車を一台一台調べていたら一体どのくらいの時間が掛かるのか分かっているの。いくら日の昇る午前4時55分過ぎの時間とは言え、あの上り下りの車が交差するその時間帯を合わせても数多くのトラック車があの近辺の道路を走っていたはずよ。その車の持ち主を全て調べてその犯人が運転していたかも知れないトラック車に辿り着くまでに、その犯人が証拠の隠滅をしていないとでも本気で思っているの」


「た、確かに、流石に遅すぎるか」


「それに狂人ゲームの時間はたったの5日間しかないのよ。その短い時間と限られた少ない人手だけでその全ての車を調べ上げる事はまず出来ないでしょうね」


「なるほど、では警察は一体この後はどう動くつもりですか?」


「そうね、この五日間以内に喰人魔獣が東京のどこの公園に現れるのかが分からない以上、このただでさえ少ない人手をただ無闇に割く訳にはいかないわ。この狂人ゲームに表だって投入できる人数は警視庁捜査一課・殺人班の西園寺刑事が率いる約二十名ほどの刑事達と、耳沢刑仁刑事と二人の猟師を入れた三人のハンターに、いつもの特殊班の川口警部と山田刑事、それに私を含めた三人の刑事に。それとお馴染みの黒鉄探偵事務所の所長、黒鉄勘太郎。その助手でもある羊野瞑子。それにその関係者でもある黄木田喫茶店の店長、黄木田源蔵と。そしてその喫茶店でのバイトの仕事と掛け持ちで働いている黒鉄探偵事務所の臨時の車の運転係でもある緑川章子の四人を入れた、総勢30人の参加者しかこのゲームには参加が許されてはいないのだから。だから今は東京23区内の各公園に仕掛けられている監視カメラを見ながら、あの黒いライオンこと喰人魔獣が再び現れるのをただひたすらに根気強く待つしか無いわ」


「そ、そうですか」


「そうよ、焦りは禁物よ!」


「焦りは禁物か……」


 赤城文子刑事にそう言われはしたが、狂人ゲームにタイムリミットがある以上、やはり勘太郎は心の何処かで焦ってしまう。

 次なる犯行が行われるのをただひたすらに待つしかない……そんな一方的なこの状況で、本当にこの五日間以内に人知れず人間を襲い喰らっているあの恐怖の黒いライオン……喰人魔獣と、その黒い魔獣を自由自在に操る狂人・暴食の獅子を本当に捕まえる事が果たして出来るのだろうか。


 そんな嫌な予感と不安を思い抱きながら勘太郎は狂人ゲーム開始日のその貴重な1日目を過ごす事になるのだが、その悪い予兆が当たらない事を切に願うのだった。

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