第5章 『狂人・暴食の獅子からの挑戦状』  全25話。その2。

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『勘太郎、警視庁宛に、謎の秘密組織・円卓の星座からまた新たな挑戦状が届いたわよ。だけど今度の狂人はあまりにも凶暴で残酷過ぎるわ。その犯人の手口によって死亡したと思われる被害者達の死体は皆、何かの巨大な獣によって食いちぎられたような傷痕ばかりなのよ。つまり今度の狂人はその殺害方法に本物の猛獣を使うという、噂通りの魔獣使いだと言う事よ』



 十月十日、十八時十五分。晴れ。


 外からの強い突風が、とある黒いビルの一階にある喫茶店の窓ガラスを強く叩く。

 そんな昭和初期の雰囲気を思わせる店内で赤いジャケットを着た二十代半ばくらいの女性が目の前にあるカウンターに手をつきながら勢いよく立ち上がる。

 その瞬間目の前に置かれていた淹れたてのコーヒーの液体が激しく揺れ動き、周りのお客さん達は皆何事かと一瞬その女性の方に目がいく。

 その女性の名は赤城文子。警視庁捜査一課・特殊班の刑事であり、勘太郎の高校時代からの頼れる先輩である。

 そんな彼女の警察での仕事は特殊班と言う警察の内部で特別に組まれた班であり、とある謎の組織を追うことに特化した役職である。


 それが特殊班だ。


 その特殊班の女刑事、赤城文子刑事が持ち込んだ事件に勘太郎は耳を傾け、嫌でもその話を聞かなくてはならない。

 その謎の組織が関わったとされる事件を共に検証しそして解決に導く為嫌でも協力しなければならない。それがこの探偵事務所を継いだ二代目・黒鉄の探偵こと黒鉄勘太郎の使命であり、勘太郎の父親、初代黒鉄の探偵こと黒鉄志郎が生前警察の上層部と秘密裏に交わしたとされる契約だ。


 そんな怪しげな謎の契約をそのまま勘太郎が引き継いでいる。


 そしてそれをいいことに闇の組織・円卓の星座が関わる事件を次から次へと持ってくる赤城文子刑事は勘太郎に災いをもたらす腐れ縁の人物である。そんな昔からの繋がりを持つ赤城文子刑事を見ながら勘太郎は大きく溜息をつく。


「ふう~、また円卓の星座の狂人ですか、そんなやばそうな事件ばかりここに持ち込まないで下さいよ。しかも今度の狂人は確か……魔獣使いでしたか? 謎の秘密組織・円卓の星座の狂人の中にそんな恐ろしい猛獣を操る奴がいるだなんて、俺は聞いてはいませんよ」


「そうかな~? この狂人が関わっていると思われる事件が今までに幾つもあるんだけど。あんた、新聞とかテレビのニュースとかはちゃんとチェックはしているの」


「はい、一応人並みには見ているつもりではいますが、たまたまその手の内容のニュースを見逃しちゃったのかな。でも今赤城先輩が話した話が本当なら、その狂人はかなり危険そうな奴みたいですね。なので今回の事件についてはきっちりとお断りしてもいいでしょうか」


 珈琲をすすりながら露骨に嫌な顔をする勘太郎に赤城文子刑事は誰はばかる事無くビシッとした声で言い放つ。


「何を言ってんのよ勘太郎。あなたがこの挑戦を断れば、また罪の無い一般市民が無差別に大勢死ぬ事になるのよ。だからこそ黒鉄の探偵を名乗るあなたには最初からこの事件を断る権利なんて無いのよ。今までだってそうだったんだから、そこは当然分かっているわよね」


「うっ……それは……」


 何とも理不尽極まりない話だが確かにそうなのである。


 謎の組織・円卓の星座の創設者でもある狂人・壊れた天秤は、不可能犯罪を掲げ研究&探究するいかれた狂人である。

 その目的を達成する為ならどんな犯罪をも平気で犯す、そんな初老の男性だと言う話だ。 そんな壊れた天秤が率いる巨大な悪の組織を追っていた初代・黒鉄の探偵こと黒鉄志郎は、ある時期を境に宿敵でもある狂人・壊れた天秤とある密約を交わす。

 その密約とは、円卓の星座に所属する日本中にいる(サイコパス)狂人達の作りし不可思議なトリック犯罪を見破り、その犯人の正体を暴くことが出来たなら、民間人の大量殺害は行われないと言う円卓の星座側との闇の契約だ。


 そして日本中に蠢く闇のトリック使い達との戦いのゲームの名が『狂人ゲーム』だのである。


 警察上層部や有力な政治家達の裏取引での承諾を受け初代黒鉄の探偵こと黒鉄志郎は、数いる狂人達との狂人ゲームに打ち勝ちその名声を高めていったが、突如二年前に不慮の事件に巻き込まれて帰らぬ人となってしまう。

 そしてその後を引き継いだのが、この探偵事務所と黒鉄の探偵の名を引き継いだ二代目・黒鉄勘太郎なのである。


 そんな勘太郎が今いるここは、黒鉄ビルの一階にあるコーヒーがとても美味しい事で有名な黄木田喫茶店だ。


 店内は昭和初期の図書館の用な作りになっており、壁中の本棚には本が綺麗に隙間無く収納されている。

 そしてこの喫茶店の最も面白い特長は、この喫茶店の地下室に収納されている沢山の本の中から好きな本を選び、まるで漫画喫茶のようにくつろぎながら美味しい珈琲を味わうことが出来る点である。


 そんな店の常連でもある勘太郎は赤城文子刑事の話を聞きながらカウンターテーブルに置いてあるコーヒーをおいしそうに飲んでいると、カウンター席を挟んで目の前にいた一人の初老の男性が手に持つお皿を丁寧に拭きながら二人の話に耳を傾ける。


 その初老の男性の名は、ここの喫茶店を営む、黄木田喫茶店の店長、黄木田源蔵である。


 口に白い口髭を生やした黄木田店長は人柄も良く気さくで頭の回転も速い、そんな親しみやすい人物だ。

 服装は白いワイシャツの上に黄色いエプロンを着け、下は黒いスーツズボンを履いている。そんな大人の貫禄と魅力を醸し出す良きジェントルマンだ。

 その黄木田店長が皿を拭く手を止めながら目の前のカウンターテーブルに座る赤城文子刑事に話し掛ける。


「それで、その今回の事件は一体どんな話なのですか?」


 話を聞く素振りを見せた黄木田店長に気を良くしたのか赤城文子刑事が少し得意げな感じで話し出す。

「この犯人が起こしたと思われる奇っ怪な事件を最初に確認したのは恐らくは五年前からよ。その五年間で今日までに確認された遺体の数は五十体にも及ぶわ。その犯行の手口は決まって猛獣のような何かの肉食獣に食いちぎられての死体ばかりなのよ」


「猛獣に食いちぎられたかのような死体……なるほど、だから魔獣使いなのですか。それで、その犯人が円卓の星座の狂人だという根拠は」


「根拠も何もこの犯人は前々から自分は円卓の星座の狂人だと言う犯行声明文をこれまでにも何度も警視庁宛に届けているからよ。自分の犯した犯行を余程自慢したいのか分からないけど、この狂人はかなりの目立ちたがりやさん見たいね」


「そして、自分の犯した犯行をまるで見せつけるかのように、食い殺した被害者達の遺体をその場へとワザと置いていく。そんな凶暴極まりない狂人から今回、狂人ゲームの挑戦状が白い羊と黒鉄の探偵に届いたと、つまりはそう言う訳なのですね」


「ええ、そういう事よ。既に警察の上層部はこの狂人が送ってきたとされる挑戦状を承諾しているわ……て言うか受けざる負えないと言った方が正しいわね。もしこの狂人ゲームに元から参加を許されてはいない警察が勝手に捜査なんかしたら、怒りでとち狂った壊れた天秤が無差別に一般市民をどれだけ殺すかは想像もつかないわ」


 赤城文子刑事のその憤りを聞いた黄木田店長は、何処か遠くを眺めながら大きく溜息をつく。


「ええ、そう言えばそうでしたね。三年前に捜査一課の何処かの警察が勝手に秘密裏に動いて、そしてその動きがあの壊れた天秤にばれて、無差別に日本中の民間人が各県に関係なく、きっちり百人ほど殺されたんでしたよね。ある噂では警察の内部の中にも円卓の星座に関わる工作員がいて、そこから情報を流していたとか。そんな話も密かに流れていましたからね。なのでもうあんな惨劇は決して起こしてはいけません。と言う訳で黒鉄さんには今回も何とか頑張って貰わないといけませんね」


 そう言って視線を向ける赤城文子刑事と黄木田源蔵店長のプレッシャーに内心耐えられず逃げ出したい心境になった勘太郎は、不安そうな顔をモロに見せながらその狂人が操るとされる猛獣について質問をする。


「そ、それで、その狂人が操るとされるその猛獣の正体については何か分かっているのですか?」


「ええ、分かっているわ。その猛獣の糞尿や体毛からその事件が起こったとされる各場所の現場から既にその証拠品が次々と採取されているわ。何せこの五年間の間にず~と犯行を繰り返して来たいかれた狂人とその飼い主に従う恐ろしい猛獣だからね」


「そこまで分かっていながらその猛獣を見つけることが出来ないだなんて、その猛獣とは一体難なんですか?」


「糞尿や体毛、地面に残されていた足跡や死体に残されていた牙の後に唾液、そしてその猛獣の姿を見たという多くの目撃証言を調べた結果、その猛獣の正体は『黒いアフリカ・ライオン』と言うことが既に分かっているわ。それもかなりの大型のね。でもいくらこの猛獣を追いかけてもその足取りはいつも煙のように消えて、その足取りを追うことが出来ないのよ。だから私達警察関係者の間では、この五年間一度も捕まえることが出来なかったこの恐るべき黒いライオンに憤りと畏怖の念を込めてこう呼んでいるわ。人食いの悪魔の獣『喰人魔獣』と」


「ほほほほっ、人を喰らう……喰人の魔獣ですか。なかなかショッキングで面白そうなお話ですわね。そのお話、私も聞かせて貰ってよろしいでしょうか。物凄く興味のあるお話ですわ」


 神妙な顔で話を続ける赤城文子刑事に向けて、まるで待っていたかの用な明るい声が店内に飛ぶ。


 勘太郎は行き成り現れたその声の主の事を当然知っている。


 現在この黄木田喫茶店の厨房で臨時の皿洗いに駆り出されている、勘太郎の優秀な助手にして黒鉄探偵事務所の探偵助手、羊野瞑子である。


 フリフリの長袖、厚手のロングスカートと言った白一色の服装に、精巧に作られた白い羊のマスクを被る羊野はどこから見ても不気味でまるでコスプレの仮装のような出で立ちをしているが、その素顔はメラニン色素の遺伝子情報の欠損により色素が少ない肌を持つそんな変わった人物だ。そう所謂アルビノである。

 そのマスクの下から伸びる長い白銀の髪を揺らしながら羊野は、働いているはずの厨房からでは無く何故か地下にある書庫室からひょっこりと現れる。その手には地下室から持ち出してきた本が二、三冊ほど抱えられていた。


「羊野……お前、皿洗いのバイトはどうしたんだ。なぜ厨房では無く地下の図書室から出てきたんだ。まさかとは思うが今の今までサボっていた訳じゃないだろうな」


 その勘太郎の疑惑の指摘に羊野の声が思わず上擦る。


「え、ええ、勿論働いてましたよ。ですけど今はちょっとした休憩中なのですわ」


 その言葉を聞いた勘太郎は近くにいる黄木田店長に目をやると、当然のように黄木田店長は笑みをこぼしながらも軽く首を横に振る仕草を見せる。


「ほ~う、お前、また思いっきり仕事をサボってやがったな。今日はいつもバイトで来ている緑川の奴が急用の用事で休みだから、その繋にお前を臨時で派遣したんだが、まさか堂々と仕事をさぼっていたとはな……お前、毎月支払われている給料を減俸させられたいのか」


 痛いところを突かれ一筋の冷や汗を額から流す羊野は、全ての悪行を誤魔化すかのように赤城文子刑事の話に無理矢理加わる。


「く、黒鉄さん、今はそんな事を言っている時ではありませんわ。獣の喰人魔獣の方はアフリカ・ライオンだと言う事が分かったみたいですが、それを操る狂人の二つ名は知っているのですか。これから私達が追跡するその狂気の狂人の二つ名を」


「狂人の二つ名だと?」


 狂人の二つ名と聞き、勘太郎の興味は今から羊野が話すその言葉へと集中する。


「魔獣使いと呼ばれている、その狂人の二つ名は『狂人・暴食の獅子』それが今からこの人物の事を捜査する彼の通り名ですわ」


 その羊野の話を聞いていた黄木田店長は、ちゃっかりと椅子に座る羊野に珈琲を淹れながらボソリと呟く。


「円卓の星座の狂人・暴食の獅子ですか……名前は聞いたことがあります。随分と残酷な殺し方をする狂気の狂人だとか。まさか五年前から時折続いているあの黒いライオンに襲われる事件がまた戻ってくるとは、一体暴食の獅子は何を考えているのでしょうか。しかもあれだけの黒いライオンに関わる残された数々の証拠があれ程残っていながら、黒いライオンを見たと言う証言や目撃例が噂の域しか見えない。あの獣に食い散らかされた死体の残骸や毛や糞や足跡と言った数々の証拠が残されているにも関わらず、何故犯人も獣も未だに捕まらないのかが不思議でなりませんね」


 その黒いライオンの謎に赤城文子刑事が好かさず応える。


「先ず犯行現場が山々に近い林や森の中と言った人が普段あまり寄りつかないような所での目撃証言が主なため、その黒い獣を見たと言う目撃者の証言が全てと言う事になるわ。でもその現場にはその黒いライオンがいたと思われる物的証拠が幾つも見つかっているから、そこに本当にライオンがいたのはまず間違いないみたいね。しかもこの黒いライオンは神出鬼没で無差別にあらゆる場所で人を襲うから、この黒いライオンを近くで操っているとされるその魔獣使いの姿も未だに見たという人はいないみたいね」


「この平和な関東地方でその狂人が操る黒いライオンが今も我が物顔で外を闊歩して歩き回っているのか。それで、その黒いライオンの大きさは一体どのくらいあるんですか?」


「魔獣使いである狂人・暴食の獅子の姿を見たと言う目撃者はまだ現れてはいないわ。でも大体はその黒い大きなライオンを見たと言う目撃者はかなりいるみたいね。目撃したと言う人達の推測から察するに、このアフリカ・ライオンの大きさは、体長二百五十センチ。尾の長さ七十五センチ。体重は二百六十キロはあったと言う証言もあるわね」


 その赤城文子刑事の話を聞いていた勘太郎は思わず身震いをする。


「そんな大型のライオンを野放しにして、しかも自由に操ることが出来るだなんて……その暴食の獅子とか言う犯人は猛獣の調教師か動物園の飼育員かなにかなんですか?」


「それは分からないけど……その黒いライオンにはライフルの銃弾の弾も効かないと言う噂もあるし、逃げる際は誰にも見つかること無くその姿を消せるみたいだから、これって十分に不可能犯罪になり得るわよね」


「円卓の星座の狂人も絡んでいるし、絶対に何らかのトリックが隠されているんだとは思いますが、ライフル銃の弾が効かない……そんなライオンが本当にこの世の中にいるんですか?」


「ええ、確実に存在しているわ。しかもこの日本の関東近辺に確実にね。その不死身の消える黒いライオンを一体どうやって操っているのかは分からないけど、狂人・暴食の獅子からの挑戦状が届いた以上、あなたは明日にでもこの事件の捜査を開始するしか無い事だけは確かなようね。どうやら三日前にも、とある東京の何処かにあるとされる竹林公園内でその黒いライオンに襲われて殺されたと思われる人の体の手足が見つかっているみたいだからね」


「竹林公園の中で黒いライオンと共に死体の手足の箇所が発見されただって……それはマジですか。つまりもうこの暴食の獅子とか言う狂人との狂人ゲームでの対決はもう既に始まっていると言う事なのかな……?」


「あ、そうそう、それとこれが今回、狂人・暴食の獅子から届いた手紙の内容よ」


 そう言うと赤城文子刑事は勘太郎にその手紙を渡す。


 手渡された手紙にはこう書かれていた。


            *


『俺の名は暴食の獅子、あの偉大な狂人・壊れた天秤から選ばれた、円卓の星座の狂人の中の一人だ。この五年間の間に我が相棒の黒いライオンを使って無差別に散々人を襲い、そして食い殺して来たのだが、この五年もの歳月に至ってもこの優秀な俺を打ち負かし、そして一向に捕まえる事の出来ない無能な警察に落胆と虚しさを感じた俺は我が力の集大成共言うべき喰人ショーを今日から見せつける事にした。果たして一向に捕まえることが出来ない無能な警察のお前らにこの俺が捕まえられるかな。そして……今まで幾多の狂人達の謎を突き止め、闇に葬ってきた狂人殺しの探偵、二代目・黒鉄の探偵よ。この手紙をお前が読んでいるのなら、この私の挑戦を速やかに受けるがいいだろう。つまり、この俺……狂人・暴食の獅子と白い羊と黒鉄の探偵との狂人ゲームの始まりと言う訳だ。黒いライオン、喰人魔獣を操るこの暴食の獅子を見事に捕まえて、この事件を速やかに解決に導いてみろよ! ハハハハハハ、まあ、お前らには到底そんな事は出来ないだろうがな。

では今回の狂人ゲームでの極簡単なルールを説明する。今回は参加者の黒鉄探偵事務所の面々は勿論の事、警視庁捜査一課・特殊班だけでは無く、特別に捜査一課・殺人班の介入も許す事とする。そして更には長年その執念を賭けて黒いライオンを追っている、この五年間の間に俺と深い因縁のある三人のハンターの介入も特別に参加を許すことにした。勿論このハンターの三人には特別にライフルの使用も認めてやる。ただしそれ以上の他の警察の関係者は一切この事件には介入は出来ない物とする。精々狂人ゲームが終了してからゆっくりとこの事件の残骸を調べるんだな。そして行われる狂人ゲームの期間の事だが。この五日間以内に東京の二十三区内に出没し、そして無差別に人々を喰らう我が魔獣を見事に捕まえる……もしくは射殺することが出来たならお前らの勝ちとする。当然この俺を先に捕まえるのもいいだろう。だが、逆にその時間内にもし俺を捕まえることが出来なかったその時は『俺達』の勝ちとなり、君たちには恒例のペナルティーが発生する。そう我らに負けた罰ゲームとして日本中の一般市民達が百人ほど喰人魔獣の胃袋の中に消える事となるだろう。どうだ、考えただけでもぞくぞくする話だろう。だがそんな事よりだ。少し不思議に思っている事がある。黒鉄の探偵、黒鉄勘太郎よ。俺が黒き魔獣を飼い慣らし操るように、お前もまた自慢の凶暴凶悪で有名なあの白い腹黒羊をその家に飼っているそうだな。あんな恐ろしい女と一緒にいるだなんて、正直お前の神経を疑うが、一体どうやってあの羊を飼い慣らし、そして言う事を聞かせているのだ。その手腕が……その仕組みが大いに気になる所だぜ。そうだ、非常に興味深い話だ。何故ならあの女は円卓の星座の中でもかなり手に余る存在だったからだ。その白い腹黒羊が一体何故お前の言う事にだけは素直に従うのか……それが未だに謎だが、非常に興味深い事だけは確かなようだ。だから早く、あの腹黒羊を我が魔獣が出没するであろうフィールド(狩り場)へ投入してこい。あの白い無垢の皮を被った腹の真っ黒なクソ羊が相手なら、相手にとって不足は無いと言う事だ。黒鉄の探偵同様、我が黒き魔獣の餌食にしてくれるわ。それに本来、羊と言う生き物は、肉食獣の餌に過ぎないのだからなぁ。ハハハハハハハハハハーッ!』


            *


 その手紙を読み終わった勘太郎は大きく溜息をつきながら暴食の獅子が書き連ねた最後の一文に正直な感想を漏らす。


「羊は肉食獣の餌に過ぎない……か。だが羊は羊でもここにいる羊は腹の中が真っ黒な腹黒の羊だがな。勝てるつもりで不用意に噛みついたりなんかしたら食あたりを起こすかも知れないぜ。なにせあれは猛毒を持った羊だからな」


 そう言いながら勘太郎は羊野瞑子の方に顔を向ける。


 羊野はその被ってある白い羊のマスクを外すと、可憐な視線を向けながら妖艶に微笑む。


「黒鉄さん、この暴食の獅子という狂人は、人が肉食獣に喰われるのを見て異常な程の興奮を覚えると言う病的な性癖を持った狂人です。だからこそこの狂人は人を殺す時は先ず必ずそのライオンを使います。人が無残にも襲われて、その後はゆっくりと喰われる様子を見てその光景に興奮するだなんて、私には到底理解ができない趣味趣向の領域ですが、これはかなり異常で自己主張の激しい凶悪な狂人の用ですわね。まあ精々気を引き締めて事にあたって下さい。あの黒いライオンの餌にならないようにね」


「興奮を理解ができないだって、嘘は言うなよ。お前だって狂人達との推理戦や謎解き、そして直接の遭遇戦では常に興奮状態じゃないかよ。今から起こるであろう事件が待ち遠しいと言った感じだったぞ」


「ほほほほっ、そうでしょうか。まあ、敢えて否定はしませんがね」


「笑いながらも邪悪に歪む羊野の顔を見ていた勘太郎は体に伝わる身震いを隠しながら着ている黒いスーツジャケットの襟をぎこちなく直す。


「それに黒鉄さん、一つ気になることがあります。この手紙には自分の事を『俺達』と書いてありましたが、それは黒いライオンを入れての俺達なのでしょうか? この暴食の獅子の魔獣トリックが一体どんな物なのかはまだ正直分かりませんが、この黒いライオンはこの五年間もの間、誰にも捕まること無くまるで相手の先読みでも出来るかのように逃げ仰せたと言う事になりますね。その魔獣トリックの不死身や姿を消すトリックに余程の自信があるのかも知れませんね。それにもう一つ可能性として、或いは警察の内部に彼の仲間がいて、その警察の動きや情報を逐一流して貰っていたからこそ、警察が駆けつける前にどうにか逃げおうせたと言う可能性もありますね」


「まさか……そんな事がある訳が……?」


 そう言葉にした赤城文子刑事だったが、この五年間の間、いつも暴食の獅子に裏を欠かれているといった事実もあり、その可能性を即答で否定する事はできない。

 どうやら警察の内部でも裏切り者の説が過去に何度も浮上し、その度に話し合われていたからだ。


 そんな最悪の可能性を頻りに考える赤城文子刑事を見つめながら勘太郎はまるで条件反射のように手に持つコーヒーを一口飲むと、今のこの状況を心の中で考える。


 毎度の事ながらまた赤城先輩は俺に無茶ぶりをし。そして羊野の奴は何だか異常にやる気満々のようだな。どんだけ自分の命に関わる、そんな奇っ怪な謎解きが好きなんだよ。頼むからこれ以上は俺を……この事件に巻き込まないでくれ!


 しかしこのままだとこの可笑しな事件に強制的に巻き込まれてしまう。なにかこの事件を速やかに断る上手い手立ては無い物だろうか。


 確か手紙には東京都中に出没するとか書いてあったが、二十三区もある東京は流石に広いんだぞ。それを限られた人員だけであの黒いライオンを時間内に見つけられる訳がない。

 よしんば奇跡的に見つけられたとしても、今度はその凶暴な人喰いライオンをどうやって捕まえるんだよ。

 この五年間一度も捕まらずに逃げ仰せた屈強のライオンだぞ。きっと飼い主の命令は絶対に守る用にと調教をされているだろうから、麻酔薬入りの肉の餌や、頑丈な檻の罠には先ず引っ掛からないだろうからな。


 しかも話じゃ猟師のライフル銃の弾丸が全く効かないとか、瞬時にその場所から姿を消す事が出来るとか言っていたな。

 一体どんな仕掛けを駆使すればそんなとんでもないことが出来るんだよ。


 分からない、考えられない、理解ができないよ。


 そんな不安を心の中で連呼しながら勘太郎は汗だくになった背中をまるで乾かすかのように黒いスーツのジャケットを脱ぐ。


「ライフルの弾丸が効かない、不死身の……神出鬼没のライオンが相手だし……今度こそ俺は、そのライオンに食われて死ぬのかな?」


 そんな勘太郎の様子を見ていた赤城刑事と黄木田店長が何やら心配そうに声をかける。


「勘太郎、あんた顔色が悪いわよ、今からそんなんでどうするのよ」


「そうですよ、黒鉄さん。あ、そうだ、景気づけに栄養満点のスペシャルドリンク剤、飲みますか」


 心配する二人の声を聞きながら勘太郎は今回の依頼の件を考える。


 今回は久し振りに闇の秘密組織・円卓の星座の一人の狂人が送りつけてきた日本の警察への挑戦状を、代わりに黒鉄探偵事務所が応じたと言う事になる。


 相手は喰人魔獣と呼ばれる黒いアフリカ・ライオンを操るとされる狂人・暴食の獅子だ。


 そんないかれた狂人との狂人ゲームから絶対に逃げられない状況にある勘太郎は、まだ覚悟も決まらないままにただあたふたと戸惑うばかりだ。

 そんな心の不安定さを隠しながらも勘太郎は、これから起こるであろう事件とその惨劇の場所に、勇気を持って挑む意外に道は無かった。

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