第1話 『蛇マニアが経営する蛇園』 全28話。その17。
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「さあ~着きましたよ。ここにいるアミメニシキヘビがこの蛇園の中では一番大きなボア科の大蛇です。全長は六メートル程あり。ボア科のニシキヘビの中では動きも結構速いし、人気のある大蛇の一つですよ!」
そう言いながら小島は倉庫の一番奥まで来ると、大きなガラスケースに入れられている大蛇の説明をする。
余程うれしいのか説明するその顔は生き生きとし、今の今まで自らの疑いを晴らすために必死にアリバイを語っていた本人とは思えない程だ。
そんな小島の説明を聞きながら勘太郎と羊野は、
「この大蛇が、この蛇園で一番でかいとされるボア科のアミメニシキヘビか。やはり実物を見るとその迫力は断然に違うな」
「ええ、そうですね。何でも世界のボア科の種類の中でも全長が一番長いニシキヘビらしいですよ。中には数十メートルの長さのアミメニシキヘビもザラにいるとの事です」
「へ~え、この六メートルのアミメニシキヘビだって十分にでかいのに、これよりも更にでかい個体の大蛇がいるのかよ。とても信じられないぜ!」
「でも全く動きませんね。私達が来たからか舌をペロペロと出して状況を確認している用ですが、警戒でもしているのでしょうか?」
薄暗い廊下の隅にあるその強化ブラスチック型の大きなケースは、経て一メートル、横幅四メートル程あり。物で例えるなら長方形のティシュ箱を横に置いた用な作りになっている。その中に猫がトイレをする時に使う猫砂が置かれている事から、大蛇の排泄物で床が汚れないようにしっかりとケアされているのが
その大きなケースの中から
「お、なんか
「ハハハッ、あれから3週間は獲物を与えていなかったからな。腹が減って当然か。今からお湯で解凍した子豚を一匹投げ込むから見ていて下さいよ!」
そう言うと小島は既に解凍済みの子豚を一匹、アミメニシキヘビのいる檻の中へと投げ込む。
するとアミメニシキヘビは蛇行しながら子豚の前まで来ると、その長い胴体で子豚の体を丸め込みながら頭に噛み付き。そのままゆっくりと子豚を呑み込もうとする。
「すげ~ぇ。なんて素早く、そして力強い動きなんだ。これなら人間だって軽く絞め殺せるんじゃないのか!」
「この檻の中に被害者がのこのこと入って行ったのならその可能性もありますが、殺されたのは蛇園からかなり離れた蛇神神社内の山の中でですから。そんな所までこの蛇園にいる大蛇は移動は出来ませんよ」
「そうだな。だがもしお前が言うように本当に蛇使いがいたとして、そいつが本物の大蛇を殺人の道具として使っていたのだとしたら、その取り扱いはかなり危険な物だと言う事がこの光景を見ていてよく分かるぜ」
「私は蛇使いが本物の蛇を使って人を殺しているとはまだ一言も言ってはいませんがね」
「分かってるよ。蛇使いは何らかの方法を用意て、宛も大蛇に絞め殺された用に見せかけていると言いたいんだろう」
「仮に、ここで大蛇に人が絞め殺されたとして、その被害者をゆっくりと呑み込もうとしている大蛇から一体どうやってその死体を奪い返すと言うのですか。少なくとも今目の前にいるこのアミメニシキヘビは、獲物を絞め殺したらそのまま頭から呑み込もうとするはずです。なので
「そ、そうだな。あの中に一人で入っていくのは流石に危険極まりないな。て言うか不可能だろう。逆に自分が餌にされかねないからな!」
そう言いながら勘太郎は『本物の大蛇を使って野外で人を襲わせる』と言う計画が如何に難しく、そして困難なのかを直に見て思い知らされる。なので本物の大蛇を使っての殺人の可能性はかなり低いと言う事になる。
そんな一つの可能性が潰えた事で勘太郎が思い悩んでいると、意味深な顔をした小島がある一つの有り得ない可能性について口をだす。
「そ、そうとは言い切れないぜ。あの蛇野川美弥子なら、もしかしたら……或いは、あの大蛇を操れるかも知れないぜ」
顔を引きつらせながら言う小島の言葉に、流石の勘太郎も反論する。
「あの蛇野川美弥子さんが自由自在にあの巨大な大蛇を操る……いやいやいや、流石にそれは無いんじゃないですか。確かに彼女の周りでは今までにも不思議な事が沢山起きているみたいですが、それだけの理由で彼女が犯人だと疑う事は出来ませんよ。それに彼女はただの女子高生でしょう。恐らくこの噂は彼女を良く思っていない大沢家の人達や周りの村人達の根も葉もないデマ話が作り出した、ただの風評話だと思いますよ」
「いや、違うね……あの女の蛇神の力は確かに本物だぜ。その力は正に不可思議にして奇っ怪としか言い様が無い。にわかには信じられないが、オカルトを全くと言っていいほど信じていなかったこの俺が、あの蛇野川美弥子の不気味な力だけは認めざる終えなかったからな!」
「へえ~ぇ、その不思議な力とは一体どんな物なのですか。出来たら詳しく教えて下さいよ」
そんな羊野の言葉に小島は少し悩んでいたが、仕方が無いとばかりにその知り得る限りの情報をゆっくりと語り始める。
「俺は五年前からこの大沢農園で働いているんだが、それ以前の事はこの村の人達から断片的に聞いた蛇野川美弥子に関する過去の話だ。何でもあの蛇野川美弥子がまだ八歳の頃。突然の親の不幸で行き成り大沢家に引き取られる事になったらしいんだが、奥方の大沢早苗さんやその息子達の杉一郎さん・宗二郎さん・柳三郎さんの四人に毎日の用に陰湿な苛めを受けていたとの事だ。だが、その翌日には決まって信じられない怪奇現象が必ず起きていたらしいんだ」
「怪奇現象ですか?一体どんな怪奇現象が起きていたんですか?」
「何でも、蛇に関わる物だったらしい」
「蛇……ですか?」
「ああ、蛇野川美弥子を苛めたその翌日には、決まって玄関先や茶の間に蛇の抜け殻や蛇の骨が置いてあったり。生きた蛇がそのまま布団の中に入っていたりと色々あってな大変だったらしいぜ。そんな現象が続く物だから流石の草五郎社長も仕方なく名のある坊さんや
半ば呆れた用に話す小島は大きな溜息を付く。
「大沢早苗さんや大沢杉一郎さんの事は分かりましたが、何で宗二郎さんと柳三郎さんは急に蛇野川美弥子さんの
「いいや、そんなんじゃ無いらしいぜ。俺もその話をそれとなく宗二郎さんと柳三郎さんに聞いてみた時があったんだが……何でもあの二人はぶっちゃけ蛇野川美弥子の呪いが怖くて怖くて仕方なかったから苛めを止めたらしいぜ。彼らの話によれば、蛇野川美弥子に何かしらの悪ふざけをすると決まって良くないことが起こるからなるべく関わらないようにしていたらしい」
「なるほど、蛇野川美弥子さんに関わる……呪いですか」
羊のマスクの口元を片手で覆いながら羊野はその呪いと言う言葉を口にするが、その仕草に便乗するかの用に考える勘太郎の思いは次のような物だ。
大蛇神を崇めていた神主の忘れ形見にして……娘である蛇野川美弥子の呪いか。これって今回の大蛇事件と何か関係があるのかな?でもだとしたらこの大蛇事件は何かが根本的に可笑しいぞ。もし羊野の言う用にその大蛇事件を仕掛けた犯人がいるのだとしたら、少なくともこの犯人は十年前からこの土地にいたと言う事になる。まあ、蛇野川美弥子の呪いと今回の大蛇事件が何か関わりがあると断定は出来ないが、少なくともどちらの出来事も不可思議な怪事件に変わりは無いだろう。ま、まさか、あの円卓の星座の狂人がわざわざ十年間にも渡ってこの土地でず~とくすぶっていたとは流石に考え辛いし……余りにナンセンス過ぎる。と考えるなら、蛇野川美弥子に関わる祟りや今回殺しがあった大蛇事件は、本当に大蛇神の神様が起こした祟りなんじゃないかと俺まで信じてしまう。
おい、羊野。お前はこの大蛇事件があくまでも人の手が加わった人為的なトリックだと言っているが、本当に分かっているのか。お前が言うその犯人とやらは、この村で十年間にも渡って大蛇の呪いを実行している……かも知れない言わば本物の化け物なんだと言う事を。
まあ実際、蛇使いなんて言う犯人が本当に存在しているのか……それ自体がかなり疑わしくなって来ているがな。
この大蛇事件に
もしもこの事件が蛇野川美弥子の恨みによる
美弥子にしてみたら大沢家は美弥子の父親を借金で自殺に追い込んだ憎っき一族であり。その後その家で養女となった美弥子を十年にも渡り虐待し続けた恨みの対象でもあるはずだからだ。
まだ当の蛇野川美弥子からは昨日のアリバイに付いて聞いてはいないが、想像する限りでは十分すぎる程に動機があると思われる。
果たしてあの気の弱い美弥子にあんな奇っ怪で恐ろしい殺しが出来るだろうか?まあ、考えるまでも無く彼女には先ず無理だろう。それこそ本当に大蛇神とやらの超常的な呪いでも使わない限りは……。
そんな蛇野川美弥子犯人説に勘太郎が思い悩んでいると、まだ話足りないのか小島晶介の話は続く。
「その後も蛇神の呪いは様々な形で蛇野川美弥子を守って来たみたいだけど……大蛇の呪いが人を絞め殺すまでに大きくなったのは美弥子の長年の恨みがついに限界を超えたからだとも噂されているよ」
「小島さん、貴方は伊藤松助・大沢早苗・大沢杉一郎の三人を殺したのは大蛇神の呪いを操ると噂されている蛇野川美弥子さんだと言いたいのですか!」
「その可能性が無いとは言い切れないぜ。現に死を予言する彼女の占いの通りに伊藤松助・大沢早苗・大沢杉一郎の三人は大蛇に首を強く締め付けられて殺されているのだからな。少なくとも俺はそう考えている」
「そう考えているって、それだけで彼女を疑うのは流石にどうかと」
「いいや、あいつの周りには不可思議な事が流石に多すぎる。俺が思うに美弥子は大蛇神を信仰する神主の娘だからこそ、あんな巨大な大蛇に守られていると思うんだ。そうでなければこんな現象は絶対に起こりっこ無いぜ。そうだよ、きっとそうだよ……そうに決まってる。そうでなきゃ流石に説明が付かないからな」
小島は自分の考えを
小島の奴……何だかんだ言いながら結局はこの村に伝わる大蛇神信仰を信じているのかよ。と思ったが、この村に来て五年もの間大蛇神に関わる噂や超常的な呪いを目の当たりにしていたのなら嫌でも信じてしまうのは仕方の無い事である。恐らく彼の蛇好きに更に拍車を掛けたのは、謎の未知なる存在とも言える大蛇神に対する恐怖の裏返しなのかも知れない。
まあ当の本人にその自覚は無いとは思うが、少なくとも勘太郎の目にはそのように見えた。
蛇野川美弥子の呪いと謎の大蛇神か……本人から直接話を聞く必要があるな。そんな事を考えていると、勘太郎の横で話を聞いていた羊野が小島に向けて質問をする。
「小島さん。貴方は随分と蛇野川美弥子さんの内情について詳しそうなのでお聞きしますが、美弥子さんのお父さんが大沢早苗さんから借りた借金で首が回らなくなって自殺したとの事ですが、それは一体何の借金だったのですか」
「借金……ああ、正確には保証人だよ。確か事業で、誰かの借金を肩代わりしたとか聞いているぞ。詳しくは知らない。俺も誰かの噂話を又聞きしただけだしな」
「その美弥子さんのお父さんが肩代わりしたと言う相手の素性は分からないのですか」
「ああ、知らないな。て言うかそんなのは警察が当に知ってんじゃないのか」
「そうかも知れませんが、私は貴方の口から直接聞きたいのですよ。今は亡き蛇野川拓男さんの事を」
「そこまで言うんなら答えない訳には行かないか。蛇野川美弥子の親父、蛇野川拓男に借金を肩代わりさせた人物が誰なのかは知らないが、そいつが何の事業をしていたかは知っているぜ。確か……車やバイクの備品を作っている会社だと、前に誰かが言っていたな」
「車やバイクの備品を製造している会社ですか?今もその会社が存在しているかは分かりませんが、警察でその車の備品に関わる製造業関係を調べれば恐らくは分かるかも知れませんね」
「まあ、その情報を警察が素直に教えてくれたらの話だがな」
勘太郎の否定的な言葉を無視しながら、羊野は一人思いに更ける。どうやら羊野は何かを理解できないでいる用だ。
「それにしてもこの蛇野川拓男さんでしたか。その保証人を頼んだ相手が何の為にお金を工面しているとか。その会社は本当に大丈夫なのかとか。本当にちゃんと調べたのでしょうか。大体友人とは言え、赤の他人の連帯保証人になるだなんて、私に言わせたら自業自得としか言い用がありません。危機意識がなさ過ぎますし、理解に苦しみますわ!」
「それだけその人物を信用していたと言う事じゃないのか」
「私なら絶対に保証人は愚かお金も貸しませんし、人助けや人の頼み事だって絶対に聞きませんわ。まあ、相手から依頼料が発生する仕事なら話くらいは聞いてやらない事も無いですが」
「お前はもっと人に優しくなれよ……全く。と言う訳で羊野、外に出たら自販機で缶ジュース
「絶対に嫌ですわ。そう言うのは逆に上司である黒鉄さんが部下に奢る物ですよ!」
く、くそう、即答で答えを返しやがった……このクソ女がぁぁ~っ!今持ち合わせの小銭が無いから言ってんだよ!
そんな事を思いながら勘太郎は、改めて羊野の
そんないつもの調子で二人が言い合っていると、後ろの方から行き成り誰かに話し掛けられる。
「あの~ちょっとそこいいですか。床掃除の邪魔なんですけど……っ」
いきなり声を掛けられた勘太郎と羊野は、その声の持ち主を確認する。そこには紺の作業着を着た茶髪の優男が立っていた。
「あんたは……確か……」
勘太郎と羊野はそのモッブを持つ男の顔に見覚えがあった。
大沢農園株式会社で正社員として働く、動物の模型作りが趣味の模型芸術家。池ノ木当麻である。
「確か……昨日の昼頃、大沢家でお会いした池ノ木当麻さんですよね。まさかこんな所で会うだなんて……ここで一体何をしているのですか?」
「何をしているって当然働いているんだよ。遊んでいる用に見えるか。蛇園の餌やりが大変だからと言う小島さんの頼みを聞いて、時々蛇園の仕事を手伝っているんだよ。同じ会社で働く従業員の好としてな。まあ、臨時のバイトとしてはそれなりに給金もいいしな」
その言葉に傍で聞いていた小島がすかさず反応する。
「ええ、時々手伝ってくれる池ノ木には本当に感謝しているよ。流石に俺一人じゃ生き物の世話や掃除はかなり大変だからな」
「え、他に従業員はいないんですか」
「ああ、いないよ。この蛇園は俺一人で経営しているからな」
マ、マジかよ……。
顔を引きつらせながら固まる勘太郎の額からは大粒の汗が流れ落ちる。
「何せいくらバイトの募集を出しても誰も来てくれないからな。正直困っているところだよ。しかし一体この仕事の何がそんなに不満なのだろうか?給料もそれなりにいいし、蛇達とも仲良くなれるし、こんなやりがいのある仕事は他に無いと思うんだが」
いやいやいや、小島さん。その不満が何なのかは皆を言わずとも大体分かるだろう。大体爬虫類を好きな人は限られてるし、それなりに知識も必要とするだろうから、そのハードルもグッと上がるだろう。だからこそその手の仕事をやろうとする人は中々現れない。嫌……蛇好きのあんたには一生掛かっても分からない事か。
直接本人には言えない言葉を心の中で呟く勘太郎だったが、ここで池ノ木に出会えた事は実に都合がいい。何故ならこの後聞き込みをする為、池ノ木の家に行く予定だったからだ。
勘太郎はこのチャンスを逃さないとばかりに池ノ木に話しかける。
「しかしこれは丁度良かった。これからあなたの家の方に立ち寄ろうと思っていた所だったんですよ。そんな訳で少しお時間よろしいでしょうか」
「俺になんか用っすか。俺この後、杉一郎さんの通夜の手伝いに行かないと行けないんですけど」
会社員として真っ当なことをいう池ノ木当麻の主張に勘太郎は内心焦っていたが、ここは平常心を保ちながら笑顔で交渉する。
「お手間は取らせません。少しお話を聞くだけですから」
「それが
明らかに不機嫌な顔の池ノ木に勘太郎が苦手意識を抱いていると、隣に控えていた羊野が代わりに
「池ノ木さん、なら単刀直入にいいますね。私達はただあなたから昨日当日のアリバイを聞きたいだけです。勿論話してくれますよね。自分の行いに怪しい点が何も無いのなら」
「おい、白い羊の探偵さん。あんたちょっと失礼じゃ無いのか。何だよその言い方は……まさかこの俺を疑っているのかよ。冗談じゃ無いぜ!」
「私達はこの事件の依頼主でもある大沢草五郎社長からの直々のご依頼で、警察とは違う別の視点から色々と調べています。そしてこの事件は明らかにこの村の中だけで起こっている怪事件です。ですのであなた方はこの事件に関わる関係者として私どもに協力をする義務があるのでは無いでしょうか……と私は考えます。本当にこの事件を一日でも早く解決する気があれば、ですけど」
「な、何だと……」
「ホホホッ勿論話してくださいますよね。池ノ木さん。私達はあなたの完全なる無実を信じているからこそ、早めにあなたの潔白を証明使用としているのですよ。限りなく白に近い人は早めに容疑者リストから消しておきたいですからね」
「それってただ言葉を選んでいるだけで、どう言いつくろっても俺を疑っているよな」
「疑うも何も唯々貴方のアリバイを聞くだけですから、そんなのはどうと言う事は無いでしょう。もし疑われるのが嫌なら早めに協力して下さいな。ただ面倒くさいと言う理由で事情聴取を拒んでいると逆に怪しいと思われてしまいますよ。こんなのは会社の面接や健康診断と対して変わらないのですから、面倒くさがらずに素直に協力して下さい。このアリバイの証明は貴方の疑いを晴らす為の物でもあるのですから」
「あんたらは警察じゃ無いだろう」
「ですが、ここで入らぬ黙秘や抵抗をすると私達だけでは無く警察にも目を付けられてしまいますよ。そうなった時の方がかなり面倒くさいとは思いませんか」
「うう~ん、口の減らない女だな……っ」
「それに貴方とは入れ違いでしたが、東京から来た刑事さん達も貴方のアリバイを聞く為に探し回っているはずですよ。だったら今私達にアリバイを話した方が印象はいいですよね。私、こう見えてもお偉い警察関係者の中に知り合いがかなりいますから、私の話し方一つで貴方の印象もかなり変わると思うのですが……どう思いますか」
「あ、あんた、まさか俺を脅すつもりか!」
「いえいえ、そんな事は一言も言ってはいませんよ。ただ探偵としては、ありのままの真実をそのまま報告書しなけねば行けませんからね。貴方もこちらの情報不足で間違っても冤罪なんかにはなりたくは無いでしょう」
「くそう~人の足下を見やがって。いいぜ何でも話してやるよ。だから早くしやがれや!」
淡々と話す羊野の態度に少し憤慨したのか池ノ木は眉間にしわを寄せながら強い口調で反論すが、事情聴取は素直に受ける気にはなった用だ。そんな二人の対立を勘太郎と小島はただ黙って見守っていたが、頃合いを見て勘太郎が羊野に注意を促す。
「羊野、お前はいつもやり方が強引過ぎるんだよ。ほんと一般人の脅しとかは止めろよな。後々面倒くさいからさ。もっと優しく人に接してくれよ」
「これでも十分に優しく接しているのですが、思いとは中々伝わらない物ですわね。ホホホッ!」
「……。」
勘太郎は羊野のとぼけた言葉を沈黙で返していたが、池ノ木当麻の聞き込みへとシフトを変える。
「それでは、池ノ木さん。昨日の貴方のアリバイに付いて聞いてもよろしいでしょうか」
「ああ、いいぜ。しかし……あの謎の大蛇のせいで従業員の伊藤さんや奥方の早苗さんを失い。そして今度はその息子の杉一郎さんが殺されてしまうとは、流石の草五郎社長もつらいだろうな。何だかやるせない気持ちになるぜ。
話の途中に出たキングコブラがいなくなったと言う池ノ木の言葉に、話を聞いていた小島の顔が固まる。
「い、池ノ木。そのいなくなったキングコブラってまさか、家の蛇園にいる大蛇じゃないだろうな」
その小島の剣幕に池ノ木は『すまん』と言う気持ちを言葉では無く沈黙で返す。
「お前、キングコブラの入ったケースの鍵を閉め忘れやがったな!何でもっと早く報告しなかったんだ。逃げ出したキングコブラが誰かに噛みついたら大変なことになるぞ!」
「あの時、鍵はちゃんと閉めたのでいなくなる訳が無いのですが?でもまあ、そんなに心配しなくてもその内腹が空いたら嫌でも出てきますよ。それにもし最悪外に逃げ出せたとしても、この寒さでは恐らく直ぐに死んでしまうでしょうから大丈夫ですよ」
「勝手な事を言うなよ。これは大変だぞ。俺の可愛いキングコブラが行方不明だ。取り敢えずはキングコブラが隠れそうな所を丹念に探すしかないな。まだ倉庫のどこかに隠れているかも知れないしな!」
そう言うと小島は慌てふためきながら急ぎ倉庫内の奥へと消えて行く。その取り乱し用はかなりの物だ。
だがそのキングコブラの消失に内心一番穏やかではない気持ちでいたのは、他でもない勘太郎自身だろう。何せその行方不明になったとされるキングコブラには心当たりがあるからだ。
ま、まさか……昨夜、羊野が無情にも民宿内で殺してしまった……あのキングコブラじゃ無いだろうな。いや、恐らくは違う……多分間違いだ……そうに決まっている。昨日のあのキングコブラでは無いはずだ。絶対にコブラ違いだ!
勘太郎は内心かなり焦りを感じている用だったが、その話は敢えて聞かなかった事にする。ここで羊野が殺したキングコブラの話を馬鹿正直に持ち出そう物なら、かなりの確率で面倒な事に巻き込まれるかも知れないからだ。
勘太郎は罪悪感を心の中に封印しながら池ノ木の眼前に立つが、その体は何故か不自然に震えていた。
そんな勘太郎の気持ちを当然知らない羊野は、不思議そうに優しい言葉を掛ける。
「黒鉄さん、何だか青い顔をしていますよ。一体どうしたのですか。何処か体調でも……」
「そ、それをお前が言うのか。胃が……お腹が……何だか痛いぃ!」
どうやら当の羊野は全く気付いていない用だ。て言うかそれ以前に、昨夜殺したキングコブラの存在など気にもしていないのだろう。
忘れよう……あの事はもう忘れようと自分に暗示をかけながら勘太郎は、
「池ノ木さん、この事情聴取を行うにあたって一つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか」
「お願いだと……な、何だよ、
「ついでと言っては何ですが、貴方の自慢のアトリエを見せてはくれませんでしょうか。一体どんな模型を作っているのか個人的にも非常に興味があります」
「ええ、それはいい提案ですわね。実は私も池ノ木さんの動物模型芸術作品を間近で見てみたいと思っていた所なんですよ。よろしいですよね!」
「い、いや、俺のアトリエはちょっと……色々とゴチャゴチャしてるし……この蛇園での仕事が終わったら大沢家にも行かないと行けないし……時間が無いんだよ。事情聴取だけならここでも出来るだろう」
「大丈夫ですわ。草五郎社長には私から電話をして起きますし、ここの仕事も今すぐに早退させますから安心して下さい」
「そ、そう言う問題じゃ無くてだな……」
「アトリエに着いたら私、冷たいアイスコーヒーが飲みたいです。ここは暖房が効いてて少し暑いですからね」
「いや、何言ってんのか分からないんですけど……お前ら、人の話を聞けよ!」
そんな羊野の強引なまでのやり取りをまるで援護するかのように、今度は勘太郎が大袈裟に体をふらつかせる。
「うぅぅ~何だか急に気分が悪くなって来たぞ。俺、本当に何処かで休まないと……」
「まあ、それは大変ですわね。では急いで池ノ木さんの家へ行きましょう。そこで休ませて貰いましょう。確か池ノ木さんのアトリエ兼家は、ここから歩いて五分と言った所にあるんですよね。なら物凄く近いじゃないですか。大丈夫ですわ、決してお手間は取らせませんから。では参りましょう!」
「今ここで休んでいけばいいだろう!」
「「いや、蛇園の中でだけはちょっと……」」
その池ノ木の言葉に勘太郎と羊野の言葉が直ぐさまハモる。
「な、何なんだよ。あんたらは一体?」
勘太郎の少し強引な提案に羊野は態とらしく賛美を贈り。
そんな池ノ木の反応を見ながら勘太郎は、いなくなったキングコブラを必死で探す小島に背を向けながら速やかに出口の方へと急ぐのだった。
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